第七十八話 最強の守護者と戦います(後編)
カレンさんの捨て身の攻撃が功を奏し、カレンさんが相手をしていた向かって左側の首はブレスを吐かなくなった。
残る二本の首についても、開いた口にエレノアさんが攻撃魔術を撃ち込むことで二回に一回くらいはブレスを止められるようになった。
ブレスの防御に追われていたアリシアさんにも余裕ができ、その分戦闘も安定してきた。やはり補助や回復の支援があるとアレクも戦いやすそうだ。
このまま続ければ、残る二本の首のブレスも破壊できるだろう。
――バフン
あ、エレノアさんの魔術が直撃して、口の中で妙な音を立てて弾けた。口から煙を吹いているし、中央の首のブレスも破壊できたのだろう。
残るはアレクの対峙している右側の首のみ。
けれども、ブレスを全て潰してもそれで終わりではない。
ブレスを封じられても左の首は元気にカレンさんに攻撃しているし、中央の首もアレクやカレンさんにちょっかいを出したり、エレノアさんの魔術を受け止めたりしている。
ブレスが無くても、十分に脅威だった。
問題は攻撃が通らないこと。アレクの聖剣も、カレンさんの大剣も、エレノアさんの攻撃魔術も、守護者の装甲を貫いてダメージを与えられないでいる。いったい何でできているのだろう?
ブレス攻撃が減ったところでジェシカさんも攻撃に加わったけれど、当然のようにこちらも有効なダメージは与えられていない。
ジェシカさんは正面を避け、側面から胴体にシミターで斬りつけている。面積が広い分、頭部よりも装甲が薄いことを期待したのだけれど、それでもやはり傷一つ付かない。
手数で勝負するタイプのジェシカさんは、アレクやカレンさんのような一撃の威力がない。それが分かっているのか、守護者もジェシカさんには攻撃の主力である首を向けようともしなかった。
それでもジェシカさんが攻撃を続けるのは、どこかに弱い箇所が無いかを探っているからだ。
一方、僕は……うん、打つ手がない。
僕の暗殺者スタイルは一撃必殺。一撃で殺せなくても、不意打ちでダメージを与えて即座に離脱しなければならない。
どれだけ不意を突いても攻撃が通らなければ意味がない。硬すぎる相手とは相性が悪いのだ。
暗殺者スタイルに拘らず、ジェシカさんの真似をすることも僕には少々荷が重い。
守護者はジェシカさんには首を向けないけれど、脚や尻尾の攻撃がちょくちょく飛んで来るのだ。ジェシカさんだから避けきっているけれど、一撃貰えば戦闘不能だろう。
アレクやカレンさんの真似は論外。あれは普通の冒険者が真似していいものではない。
結局僕は暗殺者スタイルで行くしかない。
だから、ずっと観察しているのだ。必殺とはいかなくてもどこかにダメージの通る場所はないか。それが無理ならば、せめて行動を阻害できる方法はないか。
全然見つからないんだよね、これが。
カレンさんのやった、開いた口に攻撃を叩き込む方法はブレスを潰すだけにとどまった。それだけでも大成果だけど、守護者を止めるには至らない。
普通の生物ならば弱点になる目に対する攻撃を、アレクもカレンさんも試しているのだけれど、他の箇所と同じでまるで歯が立たない。
そもそもあれが本当に目だとは限らないんだよね。まともな生物じゃないのだから、あれは単なるデザインで、センサーは別についているとかでも不思議はない。
また、鎧のように固い皮膚や外骨格を持つモンスターでも、関節部分だけは柔らかいことが多い。そうでなければ動けないからだ。
だから、アレクも、カレンさんも、ジェシカさんも、エレノアさんも、狙える限りの関節部を狙って攻撃していた。
首、脚、尻尾に至るまで。よく見れば長い首は根元と頭の下の他に二ヵ所関節になっている場所がある。尾は鞭のようにしなる多関節だ。
しかし、どこの関節を狙おうと、剣も魔術も弾かれてしまう。可動部が動いて装甲に隙間ができても、その隙間の下にもまた装甲があるのだ。
どこかを庇う動きとか、死角に入られるのを嫌がる動きとか一切ない。
どうしよう、弱点が見つからない。弱点が見つからないと、僕の出番がない。
僕だけの問題ではなくて、アレクも含めて手詰まり感がある。現状、戦況は悪い。
一見するとアレクやカレンさんが一方的に攻めているように見えるかもしれないけれど、有効打を与えられない以上、実は防戦一方なのだ。
長期戦になれば不利になるのは僕たちの方だった。
アレクかカレンさんのどちらかの集中力が切れ、大ダメージを食らったら終わりだ。一人で首三本の猛攻に長くは耐えられない。僕やジェシカさんでは二人がかりでも代わりにならない。
エレノアさんやアリシアさんの魔力が尽きるのもまずい。エレノアさんの攻撃魔術は、ダメージは与えられなくてもノックバック効果はあるから牽制にはなっている。アリシアさんの支援も前衛を支える重要なものだ。
特に撤退時にはこの二人の魔術が生存確率を大きく押し上げるのだ。
おそらくアレクも既に撤退することを考えているはずだ。倒す手段が見つからない以上、余裕のあるうちに撤退しなければ犠牲者が出てしまう。
でも、まあまだ余裕があるから、アレクならもう少し粘るかな。
今後の再挑戦や撤退時の安全を考えてもブレスは全部潰しておきたいだろう。
既に首二本分のブレスを潰されて警戒しているのか、接近戦ではあまり有効ではないと判断したのか、最後に残った向かって右側の首はあまりブレスを使ってこなくなっていた。
けれども、撤退時に距離が離れた所をブレスで狙われたら厄介だ。
それに、アレクはまだ奥の手を使っていない。それでもあの装甲を貫けるかどうかわからないけど、試さないで終わることは考えていないだろう。
僕は再びじっくりと観察する。そして考える。
僕にできることは不意打ちだけだ。けれども、僕が不意を打ったくらいでは傷一つ付けられない。関節部分の装甲の隙間を狙っても無理だろう。
アレクやカレンさんほどのパワーはないから、頭突きをかましてくる竜頭を逸らしたり、ましてや打ち返したりなどという真似はできない。できてしまうアレクやカレンさんがどうかしている。
うーん、無力だ。でも、アレクのサポートくらいならばできることもあるだろう。
けれども、何をするにしても通用するのは一度だけだろう。あの守護者、学習能力もあるんだよね。ブレスの発射孔を狙ったエレノアさんの魔術も悉く防がれるようになってしまった。
もっとも効果的な一瞬を狙わなければならない。
…………。
エレノアさんは、火炎系の魔術と氷結系の魔術を交互に使っている。加熱と冷却による熱破壊を狙っているのかな。
…………。
アレクとカレンさんは相変わらず守護者とどつき合っている。近接戦闘ではあの三本の首は拳骨を振るう腕と化す。その巨大な拳と剣で殴り合うのがあの二人だ。僕にはとても真似できない。
…………。
エレノアさんは魔術を石弾に切り替えて中央の首を狙う。温度差による破壊は諦めたらしい。中央の首がアレクやカレンさんにちょっかいを出そうとして横を向くと、横っ面に石弾を受けて軌道を逸らされるという寸法だ。
…………。
む、アレクと対峙している右側の首が動きを変えた。エレノアさんが中央の首にかかりきりになっている間に、ブレスを吐くつもりか?
ここだ!
僕は素早く守護者に近付く。潜伏が守護者相手にも通用しているのか、それとも僕のことを戦力外とみなしているのか、あっさりと守護者の横に辿り着いた。
そして、関節部分が動いてできた装甲の隙間に直刀を差し込み、一気に離脱する。
装甲の隙間を刺したくらいではダメージは入らない。しかし、動いている最中の関節に異物が入り込んだらどうなるか。
――ガキン!
守護者の首が中途半端な位置で動きを止めた。
「『落水』! 『凍結』!」
エレノアさんも狙っていたみたいだ。守護者に大量の水が降り注ぎ、それが即座に凍結して動きを封じる。
「弧月斬!」
そうして生まれた隙を、もちろんアレクは逃さない。半開きの口に向けて、聖剣の一撃を放つ!
対する守護者は開いた口を閉じることもできずに――いや、これは牙で迎え撃つ構えだ。
守護者の牙とアレクの聖剣が激突する。
そして――
アレクの聖剣が――
砕けた。
――え?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
アレクの聖剣は王宮の宝物庫に眠っていた謎の品。
特級の鍛冶師でも再現はおろか、整備すらできないという逸品だった。
これまでどれほど数多くのモンスターを倒しても。
岩のように固いモンスターを斬っても。
それこそ金属の塊のような白い守護者を斬った時でも。
折れず。
曲がらず。
欠けることすらなかった。
その聖剣が。
たった今、竜牙に噛み砕かれ。
砕けて散った。
そんなことがあり得るのか?
あってよいのか?
驚きのあまり思考が停止した僕だったけど、現実は止まってくれない。
――バリバリバリバリ!
音を立てて守護者を戒めていた氷が砕け散る。
僕の挿し込んだ直刀も真っ二つに折れて弾け飛んだ。
カレンさんが慌ててアレクのフォローに回ろうとするが、首の一本に阻まれていた。
エレノアさんは守護者を氷漬けにした魔術に力を注いでいたので、次の魔術がすぐには放てない。
アリシアさんは防御用の魔術を使うタイミングを計っている。
ジェシカさんは再び守護者を斬り付け始めたけれど、僕やジェシカさんでは守護者の気を引くことさえできない。
そして、アレクは――そうだ、聖剣を失ってもアレクには予備の長剣もある。冷静に対処すればまだ立て直せるだろう。何とか撤退くらいはできるはずだ。
そう思ってアレクを見ると、
「ウォォォォォォォ―――!」
アレクは諦めてはいなかった。
と言うか、何してんの、アレク!
アレクは柄だけになった聖剣を大きく振り上げていた。
気合は十分。でも、それでどうするつもり?
あれ?
よく見ると、柄だけになった聖剣から凄い勢いで魔力が噴出している。
その魔力に引かれるように、キラキラとした細かい何かが集まって来る。
あれは――砕けた聖剣の欠片?
アレクの頭上、掲げた柄の先に、幻のように聖剣の刃が現れた。
元の聖剣よりも一回りも二回りも大きいその幻の刃を、アレクは――
「喰らえ! 破竜の一撃!」
全力で振り下ろした。
――斬!
アレクの放った一撃は、向かって来ていた首だけでなく、その背後の守護者の本体をも真っ二つに両断していた。
聖剣「どうやら私はここまでのようです。私に残された最後の力を、アレク、全て貴方に託します。」
こんなやり取りがあったのかもしれません。




