第六十一話 第十階層を探索します(後編)
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迷宮核の部屋を拠点として僕たちは探索を続けて行った。
第十階層の底意地の悪い罠を掻い潜り、幾度もモンスターと交戦した。
遭遇したモンスターのほとんどは『ダンジョン小隊』系のものだった。たぶん生み出すコストが低いのだろう。
冒険者を模したモンスターに比べるとダンジョン小隊のモンスターは弱い。けれども決して油断できる相手ではなかった。
大部屋で十組くらい纏めて出て来た時には、軍隊が攻めてきたような迫力があった。それをエレノアさんの範囲攻撃魔術で一掃しようとしたのだけれど、魔術師を含む部隊を中心に三分の一くらい生き残ってしまった。
まあ、エレノアさんの魔術を防いだと言っても瀕死状態だったからすぐに終わったけど。やはり軍隊をまねたモンスターだけに数が揃うと脅威になるようだった。
そうやって探索を続けた結果、また一つ他とは違った特別な部屋を見つけた。
その部屋は、広くて荘厳。壁や柱には装飾が施され、天井は他の部屋や通路のような面発光の照明ではなく、わざわざシャンデリアのような豪華な照明器具が取り付けられていた。
この豪華な部屋を例えるならば――
「まるで、謁見の間だな。」
そう、アレクが勇者の称号を授かった式典を行ったあの謁見の間に似ていたのだ。奥の方には、いかにも玉座と言う感じの椅子が鎮座しているし。
最初僕は、アレク達が魔王と戦った魔王の間に出たのかと思ったのだけど、それは違うらしかった。
「魔王がおったのは、もうちょっと質素な部屋やったで。」
魔王の間よりも豪華な部屋って、いったい何なのだろう。
入口地の所から見ていてもそれ以上のことは分からないので、僕たちは慎重に部屋の中に入って行った。
「もしかすると、本来はこの部屋で魔王と対決するはずだったのかもしれないな。」
確かに魔王と対峙するのにふさわしい部屋だと思うけれど、じゃあアレク達が戦った魔王の間は何だったのだろう?
「魔王は普段別室に控えていて、この部屋に冒険者が来た時点で玉座に現れる。ところが前回我々は魔王の控えている別室の方に出てしまった、と考えれば辻褄が合う。」
僕たちが進むのに合わせて照明が明るくなることから、冒険者がこの部屋に侵入したことを検知する仕組みはあるのだろう。アレクの推測もそう間違っていないだろうと思う。
でもそうなると、前回アレクは裏口から入って楽屋だか魔王の私室だかに突入して倒してしまったことになる。なんだかちょっぴり申し訳ない気分になる。
慎重に進み、玉座の手前まで来ると、無人の玉座にスポットライトが当たった。
「……」
……色々と演出を考えていたんだね。本当ならばここで魔王の台詞が入るはずだったのだろうけど……なんか、ごめん。
「ム!」
討伐済みの魔王は現れなかったが、玉座の横からモンスターが現れた。アレクの警戒が高まる。
現れたのは、騎士のような姿をした人型のモンスター。これまで現れたどのモンスターよりも人に近い姿をしていた。つまり今までで一番強いモンスターと思われた。おそらく魔王の切り札だったのだろう。
騎士型のモンスターは剣を抜くと構えた。
「あの構えは、ベイツ流か!」
ベイツ流と言うのは、アルスター王国に伝わる剣術の流派の一つで、その創始者はリチャード・ベイツ。すなわち、剣聖リチャードを祖とする流派だった。つまり、このモンスターのモデルは……
「百年前の剣聖はんか。腕前、試させてもらうで。」
カレンさんが進み出て大剣を構える。
現代と過去、二人の剣聖が時を越えて対峙した。
「せいや!」
気合一閃、カレンさんの大剣が振り下ろされる。必殺の勢いを秘めたその一撃を、しかし相手のモンスターは最低限の動作で受け流す。
さらには反撃の一撃まで繰り出してくるのだけれど、カレンさんも勢いよく振り下ろされた大剣を軽くといった感じで引き戻し防御した。
剣聖リチャードの技術をどこまで再現しているのかは分からないけど、緻密で繊細でありながらも力強いその技は、剣聖リチャードの魂が籠っていると云われても納得してしまいそうだった。
一方で現在の剣聖、カレンさんも負けてはいない。大剣の大振りな一撃は力任せに見えるけれど、その実精密にコントロールされていて、相手の意表を突いた攻撃にもしっかりと対応している。
一合、二合と高度な技と駆け引きの応酬が続く。正直僕では割って入ることができなかった。
この場で唯一両者の戦いに割って入ることのできるアレクは、カレンさんに任せつつも不測の事態が起これば何時でも対応できるように戦いの行方を見据えていた。
「前回の魔王討伐でこいつが出てきていたら危なかった。」
魔王エグバートは元は宮廷魔導士だった。優秀な剣士に前衛で守らせれば高度な魔術を使い放題となり、苦戦は免れなかっただろう。
でも、以前よりもさらに強くなった今のアレク達ならば問題なく倒せるのではないだろうか。実際、カレンさんも余裕ありそうだし。
「ベイツ流は古くから続く伝統ある流派、その分対応方法は研究されとる。百年前から変わっておらんことがおのれの敗因や!」
力強く振り下ろされた大剣が、防御した剣ごとモンスターを両断した。
最後のは一見ただの力業に見えるけれど、ただ強いだけの斬撃ならばこれまで何度も相手のモンスターは躱している。強力な斬撃を真正面から受けざるを得ない状況に持ち込んだ、これはカレンさんの技術の勝利だった。
剣聖カレンは、剣聖リチャードを超えた。今がその瞬間だった。
剣聖リチャードっぽいモンスターを倒した後、謁見の間のような部屋の中を調べて回った。
玉座の後ろには隠し扉が三つあった。魔王は討伐済みだからか、全て開いていた。
一つはモンスターが出て来た扉。その先には特に何の変哲もない部屋があった。おそらく魔王を守るモンスターの控室なのだろう。
もう一つの扉の先も部屋になっていた。
「ここは、前回魔王と戦った部屋だな。」
少し調べてアレクが断言する。つまり、ここが剣聖リチャード罠を越えた先にある魔王の間改め魔王の控室なわけだ。
先ほどの謁見の間に冒険者が入ると隠し扉が開いて魔王が登場する仕掛けだったらしい。
アレクは魔王を倒した後この部屋を調べたけれど、この扉は見つからなかったらしい。謁見の間の方に冒険者が入らないと、こちらからも開かない仕組みになっていたみたいだ。
魔王も謁見の間に逃げ込んで、さっきのモンスターと一緒に戦えば倒されなかったかもしれないのにね。ある意味魔王のポカに助けられた形だった。
さて、玉座の後ろに隠されていた三つ目の扉。ダンジョンの、そして魔王の秘密に迫る重要な何かが隠されているとすれば、この奥にある可能性が高い。
慎重に扉の奥へと進むと、そこにあったのは……階段?
扉を抜けた先には、下へ向かう階段が大きく口を開いていた。一体どこまで降るのか、底が見えないんですけど!?
てっきり、魔王が守る最後の迷宮核があるのだと思っていたんだけど、予想が外れたかな?
「まさか、第十一階層があるのではないだろうな?」
アレクが不気味なことを言う。正直それは勘弁してほしい。魔王がいて迷宮核がある階層が最深部でなくて何だというのだろう。そもそもこのダンジョンでは階層の移動は階段ではなく『ポーター』のはずだし。
「他国の例では、元からあるダンジョンの上に別のダンジョンができて一つにつながったと考えられているものがある。」
賢者の豆知識でした。でも、このダンジョンも同じだとすると、王都のすぐそばに未発見のダンジョンが存在し、たまたまエグバートがその上にダンジョンを作ったことになる。そんな偶然あれ得るのだろうか?
それに、たとえエグバートが作ったのではない別のダンジョンだとしても、魔王エグバートが利用していないとは限らないんだよね。
「降りて調べてみよう。」
まあ、そうなるよね。ここまで来て重要そうな場所を調べないわけにはいかない。
僕たちは意を決して、謎の階段を下って行った。
第十階層の下には何があるか? の没案。
1.百階層ある真ダンジョンが待ち構えている。全部攻略しないと帰れない。
2.ブラックホールっぽいものとセットで真ラスボスがいて、勝利して帰って来ると一万年後だった。
3.何故か日本に出てきて銃刀法違反でアレクが逮捕される。グレッグが通訳を頑張る。
4.行き止まりになっていて、「ハズレ」と書かれた紙が貼ってある。




