第六話 勇者パーティーと再会しました
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2021/06/12 誤字修正
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一夜明けた。
宿のベッドでぐっすり寝たので、朝から元気いっぱいだ。
安宿の簡素なベッドでも、ダンジョン内の野営と比べたら雲泥の差がある。
僕が定宿にしているのは、冒険者向けの安宿だった。前世で言うと、ビジネスホテルをもうちょっと簡易にしたような宿だ。
冒険者ならば国の補助もある関係で割引してくれるし、ダンジョンに何日も潜ることのある冒険者にはちょうどいい宿なんだ。
部屋が空いていない場合は、もうワンランク下のカプセルホテルっぽい宿もある。まあ、カプセルすらなく狭いベッドが並んだ大部屋で寝るだけだったりするのだけれど。
自宅を持っている冒険者は少ない。人によっては王都にいる時間よりもダンジョンに潜っている時間の方が長いこともあるのだ。留守がちな自宅を持つ意味はあまりない。
とりあえず宿の食堂で朝食を食べて、しばらくだらだらした後で宿を出る。そしてそのまま冒険者ギルドに向かった。
この時間帯の冒険者ギルドは比較的空いている。
割の良い依頼は早い者勝ちなので、朝早くに取り合いが終わってしまう。
依頼を終えて帰って来るのは夕方が中心で、午前中に終わるような依頼を受けた者はついでに午後に行う依頼も受けるものだ。
ダンジョンに何日も潜る冒険者は帰りの時間がバラバラになるが、夜間にダンジョンから出てきてそのまま一泊した冒険者達が戻って来る朝一の馬車がピークだったりする。
この時間に冒険者ギルドにいるのは、たまたま寝坊したか、依頼が早く終わったので立ち寄ったか、あるいは依頼を持ってきた依頼人か。
迷宮核にどれほどの値が付くのかは分からないけど、大金が入ったと知られると集られるのが冒険者だ。人の少ない時間はちょうどよかった。
「おお、グレッグじゃねえか。」
空いている冒険者ギルドに入った途端に知り合いに捕まってしまった。彼はケリー。ミックとは別のパーティーの一員で、たまに一緒にダンジョンに潜る仲間だ。
特定のパーティーに所属していない分、僕の交友関係は広く浅い。
「勇者サマに魔王を倒すための生贄にされたと聞いたが、本当か?」
ケリーが珍しくまじめな顔をして詰め寄ってきた。ミックからでも聞いたのだろうか。ちょっと変な解釈が入っているみたいだ。
「いやいや、そんなことないよ。魔王の所に行く前に別れただけだよ。一緒に魔王と戦えと言われても困るからね。」
罠に突っ込んで行ったのは自分からだし、アレクのせいにするつもりはない。小説とは違うのだよ、小説とは!
「お、おう。そうなのか?」
今にもアレクに抗議に行こうと言いだしそうな勢いだったケリーが、気勢を削がれてなんだかしゅんとなった。
冒険者は依頼や成果を取り合う競争相手であると同時に、助け合う仲間でもある。
ロシュヴィルの冒険者、特にダンジョンに潜る者達は、たとえ別パーティーでも仲間意識が強い。ダンジョンで助け合わない冒険者はすぐに死んでいくのだ。
ケリーもミックから、僕がアレクに使い捨てられたと聞いて憤慨したのだろう。後でミックにも会って誤解を解かなくちゃ。
「それじゃあ、僕はギルマスに呼ばれているから、またね。」
僕はケリーと別れて受付に向かった。
昨日に引き続き、人生三度目のギルドマスターの部屋です。ちょっと、いやかなり緊張しています。
豪華な部屋に顔の怖いギルマスと二人っきりというのは、正直きついです。
ケリーにはああ言ったけど、受付でお金を受け取って終わらないかなーとちょっとだけ期待していました。
まずは深呼吸だ。スーハ―スーハ―。
と、意気込んでギルドマスターの部屋へと入って行ったのだけど。
「グレッグ、無事でよかった。本当に……」
先客がいました、アレク達。朝一の馬車で帰ってきているとは思ったけど、まさかギルドマスターの部屋で待っているとは思わなかった。
昨日別れたばかりだというのに、ずいぶん久しぶりな感じがする。
でもアレク達も誰一人欠けることなく無事帰ってきたようで、よかった。
あれ、でもこのパターンはちょっとまずい気がする。
「グレッグさん、無事でよかった!!」
「ムギュウ~~」
気付くのがちょっと遅かった。僕の視界は閉ざされた。
こちら、現場のグレッグです。現在の視界はゼロ、何も見えません。
僕の顔面は何か柔らかいもので覆われていて、ちょっと気持ちいいです。
男としてはこのままこの状況を楽しみたいという気持ちはあるのですが、それは死を意味します。
今僕の目の前にいるのは、見えないけれど、勇者パーティーの治癒師、アリシアさんです。
見えないけれど、こんなことをする人は勇者パーティーではアリシアさんだけです。
本名アリシア・ローフォード。なんと公爵家の御令嬢です。貴族様です。
僕とアリシアさんは特別に親しいわけではありません。というか、この人アレクの婚約者です。平民が気楽に触れてよい人ではないです。
アリシアさんには一つの悪癖がありました。
平素は貴族として、公爵家令嬢として完璧な立ち居振る舞いをするアリシアさんですが、お酒が入ったり、感極まったりすると、男女気にせず抱き着く癖があるのです。
一応それなりに気を許した相手にしか抱き着かないそうですが、ダンジョンで苦楽を共にした僕はその範疇に入ってしまったようなのです。
親しくなったことは良いことなのですが、手放しで喜べません。今の状況を事情を知らない人に見られたら、えらいことになります。
アリシアさんは貴族の中でも人気があるそうで、アリシアさんを廻って何度も決闘騒ぎが起こったそうです。
更におっかないのがアリシアさんの父親、ローフォード公爵です。鬼将軍の異名を持つ武人で、娘を溺愛し、娘に群がる悪い虫を何人も再起不能に追い込んだという逸話は平民にまで知られています。
アレクも何時「娘に相応しい男か試してやる」などと言って戦いを挑まれるかと戦々恐々としていました。
一介の冒険者の僕なんか、一瞬で斬り捨てられるでしょう。女が絡むと冒険者同士の友情もあてにはなりません。
しかし、困ったことに振りほどけません。
魅惑のおっぱいに惑わされているとかでは……少ししか……なくて。
物理的に振りほどけません。アリシアさん、治癒師なのに何でこんなに力が強いんですか?
腕をタップするのだけれど、気が付いてくれません。
「アリシア、はしたない。」
この声は、同じ勇者パーティーの魔術師エレノアさん。アリシアさんを窘めてくれていますが、声が小さくて効果がないです。
「グレッグも鼻の下伸ばしてるんやないで。」
こっちは剣士のカレンさん。僕の顔なんか見えてないでしょう! あれ、でもこっちをニヤニヤしながら眺めているカレンさんの顔が目に浮かぶ。
いいかげんに助けてくださいよ~。ああ、息が~、頭がくらくらする~。
「ウォッホン、感動の再会もよいが、そろそろ話しを進めてもいいかね?」
ギルドマスター! あなたは僕の救世主です。顔は怖いけど。
ストックが溜まってきたので、今月は更新速度を週二回に上げます。
次回は11月4日(水)に更新予定です。