第四十二話 第六階層を航行します
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航海は順調だった。
ちょっと順調すぎるかもしれない。
確かに、船を組み立てた砂浜は、それまでの探索や測量の結果を元に船が問題なく外洋まで出ていける場所を選んだ。
持ち込んだ船は、魔力を利用した動力を搭載しており、風任せや人力頼みの船よりも自由に移動できる。
しかし、順調な理由はモンスターの襲撃が少ないことが非常に大きい。浅瀬を歩いて移動していた時の方が襲撃の頻度は多かったんじゃないだろうか。
魔術で探知した限り、水中にモンスターらしき反応はある。やはり水深の深いところの方が、大きくて強いモンスターがいそうな感じだった。
ただ、水中のモンスターが襲ってこない。襲撃が皆無というわけではないのだけれど、船を素通りして水中を去って行く反応も多い。
モンスター以外の魚とかもいるのだろうか?
今使用している魔術は、生命探知と音響探知の二種類。生命探知ではモンスターと動物の区別はつかない。音響探知ではおおよその大きさと形は分かるけれど、それだけではモンスターかどうかは判らない。
音響探知という魔術は、たぶん超音波か何かを発して周囲の地形や存在する物体を検知するというもの。壁の向こうまでは分からないので洞窟型のダンジョンではあまり使用されないのだけれど、暗闇の中での探索や、今回のように水中の様子を調べるには手頃な魔術だった。
今回、水の下の地形も探ろうとしてこの魔術を使っているのだけれど、それとは別に結構な数の魚影らしきものも見られた。
現在位置の水深は五メートル前後。魚のような影は大きいもので一メートル近くある。大小百匹を超える魚影が全てモンスターで、一斉に襲ってくれば、船の方が保たないかもしれない。しかし、そのほとんどが船を無視して通り過ぎてしまう。
ん? 一匹、おかしな動きをする反応が……。
船の下を通り過ぎた大きめの魚影が少し離れたところで反転し、加速しながら突っ込んでくる!
「右舷からモンスターらしき影、突っ込んで来る!」
たまに襲ってくるモンスターがいるから気が抜けない。相手が水中だと、ジェシカさんの聴覚でも捉えることは難しいのだ。
警戒する中、船の右側の水面から水しぶきを上げて飛び出して来たのは、カジキ? 細長い吻は鋭く、大きな背鰭はまるで刃物のようだ。間違いなくモンスターだろう。
一メートル近くある体長はこの近辺では最大級だ。その狙う先は……甲板にいるアレクだ!
「フン!」
アレクが長剣を一閃すると、カジキっぽいモンスターは真っ二つになり、摩核だけが甲板に転がった。
まあ、アレクだからね。この程度の攻撃はたとえ不意打ちでも喰らわない。
けれども、水中では危ないかもしれない。こちらの動きが制限される水中で、魚型のモンスターは高速で移動して死角を突いて攻撃してくるのだ。第六階層のモンスターであることも考えれば、あの突撃は鉄の鎧くらい貫通しても不思議ではない。
もしかすると、ここのモンスターは水中に落ちた冒険者を攻撃することに特化していて、水上の相手を襲うような行動をするものは少ないのかもしれない。
第六階層のモンスターの攻撃方法や戦い方はあまり良く分かっていない。知られているのは、浅瀬の道を渡っていると飛び魚が突っ込んで来ることと、水中に落ちた冒険者が手足を食いちぎられたという事例があるくらいだった。
飛び魚は、体長十五センチくらいの魚が体当たりしてくるだけでたいしたダメージはない。ただ足場の悪い浅瀬でこれを受けると足を滑らせて水に落ちる場合がある。そうなると水中のより凶悪なモンスターが襲ってくるというわけだ。
この辺りは島や浅瀬から離れているから、水上の相手を襲うモンスターは少ないのかもしれない。ダンジョンに船を持ち込むなんて、魔王だって想定外だろうからね。
「船底の塗料のおかげでモンスターの襲撃が少ないのかもしれないな。」
などと考えていたら、アレクが別の意見を言い出した。
「それはあり得る。モンスターからもダンジョンの一部と思われているなら、船は攻撃されない。」
エレノアさんも肯定的だし、可能性は高そうだ。
確かに船底の塗料によってダンジョンの一部とみなされているのならば、モンスターは船に攻撃をしてこないのも頷ける。第五階層のモンスターのような例外を除いて、ダンジョンの壁に突撃してくるモンスターはいない。
たまに襲ってくるのは、船上にいる僕たちに気が付いたモンスターと言ったところかな。船底の塗料を剥がすわけにもいかないから、確認はできないけどね。
「あの~、エレノアさん。それは、いったい?」
中央島からだいぶ離れた所まで来た時のことだった。僕はエレノアさんを見て間の抜けた声を出してしまった。
「沖釣り!」
エレノアさんは手にした釣竿を掲げると、堂々と宣言した。
そして困惑する僕に構わず、甲板に持ち込んだ椅子に腰を掛けると糸を垂らした。
「ま、まあ、こういう探索方法もあるのだろう。」
アレクも困惑気味だが、それでもエレノアさんの行動を容認する。
エレノアさんはたまに、突発的にこの手の奇行に走ることがあるのだけれど、よほど問題がない限りは好きにしてもらっている。さすがにモンスターの只中で採取とかを始めたら止めるけど。
エレノアさんのこうした奇行は、一見気まぐれに趣味に走っているだけのように見えるけど、それが重要な発見につながることもしばしばあるのだ。
アレクは錨を下ろして船を停泊させた。この錨とそれを繋ぐ鎖にも船底と同じように専用の塗料が塗ってあるのでモンスターの攻撃は受けないと思われる。
「グレッグは引き続き探知魔術で周囲の警戒を。他の者もモンスターの襲撃に備えるように。」
この辺りは水深十メートルほど。魚影は比較的深いところを通っていて、今のところ水上まで出てきて襲ってくる気配はない。しかし、二メートルを超える大きな個体も存在するし、いつ襲撃があるか分からないことに変わりはない。警戒は必要だった。
「来たぁ!」
え、もう?
エレノアさんは立ち上がると竿を引いた。ピンと張った釣り糸に、しなる釣竿。確かに何かかかっていた。
右へ左へと暴れる魚(?)を巧みにいなし、エレノアさんは逃がさない。そして、動きが鈍ったところを見計らい、
「おりゃあ!」
乙女にあるまじき掛け声とともに、一気に竿を引き上げた。
――マアジ。体長二十五センチメートル。
……? 何故に、アジが?
第六階層は海洋エリアとか大海階層とか云われているけど、その水は淡水なんだよね。海というより巨大な湖。どうして海魚が釣れるんだろう?
「おっしゃぁー!」
エレノアさん、エレノアさん。嬉しいのは分かりますが、その掛け声は乙女として如何なものでしょうか。ガッツポーズは可愛いのでオーケー。
エレノアさんは釣ったアジを手早く絞めて、氷の入った箱にしまう。……手製のクーラーボックスまで持ってきていたのか。エレノアさんは食べる気満々だった。
しかし、殺しても消えないということは、モンスターではないということだ。ダンジョンに普通の魚がいることが、たった今証明された。
エレノアさんは再び水面に釣り糸を垂らす。
――マイワシ。体長二十センチメートル。
――ゴマサバ。体長三十二センチメートル。
――クロダイ。体長二十三センチメートル。
――トラフグ。体長四十五センチメートル。
――アメマス。体長二十センチメートル。
ジャンジャン釣れるなぁ。あれ? なんか川魚も混じっている。本当にどうなっているんだろう?
「フフフ、私の勘は間違っていなかった。このポイントは大当たり!」
エレノアさんはたくさん釣れてご満悦の様子。
「きた来たキタ! これは大物だ!」
エレノアさんが興奮して叫ぶ。相当大物が食らいついたようだ、竿のしなり方が違う。
「くっ、……負けない!」
竿ごと水中に引き摺り込もうとする強い力に、エレノアさんは魔術まで使用して対抗する。
エレノアさんの気迫が凄すぎて、「アレクに代わってもらえば」とか言い出せない。
「どりゃぁー!!」
そしてついにエレノアさんが気合と共に釣り上げた。なんだか乙女として大切なものと引き換えにしている気がするけど、そこは突っ込まない。
――シュモクザメ。体長三メートル。
でかい。おまけに、釣り上げわれて甲板に上げられてなお暴れ、大きな口を開けてこちらを襲おうとして来る!
「セイヤァ!」
カレンさんが剣を一振り、サメの頭を切り落とす。すると、サメは消えて摩核だけが残された。
……モンスターだったよ。モンスターも釣れるんだね。
「チッ、外道か。」
吐き捨てるように言うエレノアさん。ちょっとキャラ崩壊しています。エレノアさ~ん、帰って来て~。
「ここまで、だな……」
あの後、時々エレノアさんが釣りを楽しみながらも、水上の探索を続けて行った。
今いるところは、水深五十メートルほどで、周囲に島はない。この先にも広い水域が広がっているのだけれど、これ以上進むことは躊躇われた。
この先にあるのは、水深百メートルを超える深い水域。遠くにクジラのような大きな魚影とか、シーサーペントらしき巨大なウミヘビの姿が見受けられる。
この分だと、ダイオウイカとか、クラーケンとか、リバイアサンとかもいるかもしれない。正直、本当にダンジョンの中なのかと疑いたくなるような光景だ。
この先の深い水域には、巨大なモンスターがわんさかといる。
アレク達ならば倒せるかもしれないけど、船の方が保たない。船が直接攻撃されなくても、巨大なモンスターが暴れる余波だけで転覆してしまうからね。
この先に進みたければ、更なる対策が必要となる。船を持ち込むだけでもかなり大変だったのに、これ以上何をすればいいのか皆目見当も付かない。
果たしてこの先にあるのは、人目を避けたところで進行する魔王の企みか?
それとも、実はあの水域に進む正規の方法があり、無謀な冒険者が来るのを待ち受けているのか?
今分かっていることは、この階層のモンスターは、ダンジョンの外に出て王都を襲撃するには向かないということだけだ。
色々と謎を残したまま、僕たちは帰還した。
「まさか、ダンジョンで魚が獲れるとはな。」
アレクの報告にギルドマスターも驚く。
と言うか、真っ先に食付くところそこなんですか? 第六階層の重要な発見は他にも色々あるでしょう? 地味だけど。
「安定して獲れればダンジョン鉱山に続く産業になるんだが……問題は第五階層か。」
第四階層で探索を行える冒険者はそれなりにいる。第五階層のモンスターと戦える冒険者も少なくないだろう。しかし、第五階層に降りるとまだまだ高い確率で空白地帯の探索を行う必要に迫られる。
現在、第五階層の空白地帯を探索できる冒険者は限られていた。逆に言えば、第五階層の地図さえ充実すれば、陸上ならば割と安全な第六階層まで降りる冒険者も増えるだろう。ダンジョンで漁をする者が現れても不思議ではない。
「国でも必要なら何艘か船を用意すると言っているが、やはり第五階層の攻略が進まないことには手が出せないな。」
アレクが事前に協議した国の方でも似た様な感想だったらしい。
王都ロシュヴィルは海から遠いので、新鮮な魚は貴重品だ。それが王都に近いダンジョンで手に入るのならば、その経済効果は大きい。
それは分かるのだけど、……ギルマスや国の要人が食いしん坊キャラに見えて仕方がない。
エレノア「魔王も新鮮な魚を食べたかったに違いない。」




