第四話 王都に戻ります
ダンジョンで階層間を移動する『ポーター』には一定の法則がある。
階層を上から下へ移動する場合、その出現場所はランダムになる。もっとも完全にどこに出るのか分からないわけではなく、階層内にいくつか設定されている出現ポイントのどこかに現れる、ということらしい。
逆に、階層を下から上へ移動する場合、必ずさらに上の階層へ移動する『ポーター』の近辺に出現する。これはモンスターの軍団が出来上がった時に、一気にダンジョンから出て王都に向かって出撃するためのものだと考えられている。
そんなわけで、一度上へ向かう『ポーター』を見つければ、ダンジョンを脱出することは簡単だった。
僕は次々と『ポーター』に乗って階層を上がって行った。
経験上『ポーター』で転移した先にモンスターがいることはない。これは魔王の軍団が移動するときに雑魚モンスターが道を塞いで渋滞しないように、『ポーター』と『ポーター』の転移先にはモンスターを近付けないようにしているのではないかと言われている。
おかげで深い階層に潜っても、上階層行きの『ポーター』さえ見つかればダンジョンを脱出することはできる。
第二階層以上の深い階層に潜る冒険者は、まず帰還用の『ポーター』を見つけて、そこを拠点に探索活動を行うのがセオリーだ。
ただし、第一階層にはダンジョンの外に出るための『ポーター』は存在しない。
第一階層とダンジョンの外部とは、物理的な穴でつながっている。
第一階層の出口近くの大部屋に転送された僕は、緩い坂道を登って地上に出た。
地上は明るかった。日は西に傾き始めていたけれど、まだ夕刻というにはちょっと早い。
ダンジョンに潜っていると、どうしても時間が分からなくなるんだよね。前世みたいに腕時計とか、せめて懐中時計があれば便利なんだけど。全くないことはないんだけど、この世界では高価な品だから貧乏な冒険者には買えないし、持っていたとしても失くしたり壊したりすることを考えると怖くてダンジョンに持ち込めないんだよね。
でもよかった。今ならまだ王都行きの馬車に間に合う。
ダンジョンに行く冒険者用に王都とダンジョンを行き来する馬車の定期便があるんだけど、当然昼間しか走っていない。歩いて帰ってもいいのだけど、どうせ夜間は王都の城門も閉まっていて入れない。
だから夜にダンジョンから出て来ると、冒険者用の簡易宿泊施設に泊まるか、ダンジョン入口周辺の夜間警備のアルバイトをするしかない。
ダンジョン入口近辺は一般人立ち入り禁止なんだよね。ダンジョンからモンスターの軍団が出て来ることを警戒して、軍が封鎖しているんだ。
だからこの辺りには王国軍の兵士か冒険者しかいない。どこかの迷宮都市みたいに、冒険者相手に商売する店や宿屋とかは近くには無い。
まあ、王都に近いからあんまり問題ないんだけどね。
僕はそのまま馬車に乗って王都に帰還した。
アルスター王国の首都ロシュヴィルには冒険者ギルドが存在する。
この冒険者ギルドは、三百年前にダンジョンが生まれた後に国外から誘致してきたのだそうだ。
元々アルスター王国は野生の魔物も少なく、ダンジョンや古代遺跡の類もなかったため、冒険者がほとんどいなかったらしい。
ところが魔王エグバートによって突如ダンジョンが発生した。最初は叛乱勢力の討伐ということで王国軍が攻め込んだものの惨敗。組織力で戦う軍にとってダンジョンは相性が悪かった。
とりあえずダンジョンの出入口の近くに砦を築き、周囲を城壁で囲って封鎖したが、ダンジョン内部については調査すら行えずに困り果ててしまった。
そこで、ダンジョンのことならば専門家である冒険者に任せようということになった。
とは言え、いくら高名な冒険者を招いたとしても、一度や二度のダンジョンアタックで攻略できるほどダンジョンは甘くない。数多くの冒険者が長い時間かけて攻略する必要があった。
だから、個別の冒険者ではなく冒険者ギルドを誘致した。
この世界では、古来より未踏破のダンジョン、未発掘の古代遺跡、秘境や魔境と呼ばれる前人未到の地に赴き、そこに眠る神秘を解き明かすことこそ本来の冒険者の仕事だったのだそうだ。
つまり、できたばかりの未知のダンジョンを踏破してこそ真の冒険者、と言う謳い文句で冒険者を集め、その管理を冒険者ギルドに一任した。
王都ロシュヴィルの冒険者ギルドの使命は三つ。
一つはダンジョンの内部の調査を行うこと。未踏破エリアの調査のみでなく、ダンジョン内部の異常の発生や変化なども定期的に調べることになる。
一つはモンスターの間引きを行うこと。魔王エグバートはモンスターによる軍団を作ろうとしていると考えられ、モンスターを倒すことでその妨害ができると思われた。
最後の一つは、冒険者の管理と育成。他国からやって来た冒険者を受け入れるだけでなく、アルスター王国人の冒険者の育成も行う。また冒険者が問題を起こさないように管理する。
冒険者ギルドはダンジョンで得た情報を国に提供する代わりに、ダンジョンと冒険者に関してはある意味国と対等ともいえる大きな権限を与えられていた。
アルスター王国ではモンスターを倒した冒険者に対する報奨金も出るし、冒険者に対する優遇措置や冒険者を育成するための補助なども他国よりも充実している。
本来国家の枠組みにとらわれない冒険者ギルドではあるが、この国では他国以上に国策に組み込まれていた。
ダンジョンから馬車に乗り、王都にある冒険者ギルドに着いた時には夕刻になっていた。
ダンジョンから王都はそれほど遠くはない。ただ、ほぼ冒険者しか利用しないため馬車の本数はあまり多くなかった。
僕が乗った馬車が今日の最終便だった。アレク達はいなかったから、たぶん戻って来るのは明日になる。
冒険者ギルドの建物に入ると、中はたくさんの冒険者でごった返していた。
実は冒険者ギルドはこの時間が一番混んでいる。
ロシュヴィルの冒険者はダンジョン攻略が主要な仕事だが、それだけでは食っていけない冒険者も多い。だから、王都やその近辺で様々な雑用的な依頼を受けて小金を稼ぐ冒険者も多くいる。
一仕事終えた冒険者達が窓口が閉まる前に依頼終了の報告を行うために列をなし、ギルドに併設された酒場では仕事を終えた冒険者達が食事を取ったり酒盛りをしたりしている。
実は、ダンジョンから帰る最終便の馬車は不人気だった。窓口は混んでいるし、下手に金目のものを見つけてきた場合、酔っ払いに集られるのだ。
金に余裕のある高ランクの冒険者パーティーの場合、ちょっと実入りが良かった時には居合わせた冒険者仲間に一杯おごることも多いのだが、その日暮らしの貧乏冒険者にはきつい出費になる。
「お、グレッグじゃねぇか。帰ってたのかよ。ん、勇者サマはどうした、一緒じゃないのか?」
ギルドに入るなり話しかけてきたのは、僕と同じ冒険者のミックだ。いろいろなパーティーに臨時メンバーとして参加している僕は、彼のいるパーティーにも何度か入ったことがある。それほど親しいわけではないが、冒険者仲間の一人だ。
「ああ、魔王の手前で別れたんだ。それで僕だけ先に帰ってきたんだ。」
「魔王の手前って……まさか!」
ミックが顔を強張らせた。あっ、こいつも知っていたな、あの罠のこと。剣聖リチャードの話は王都の一部の冒険者の間では有名だからね。
ちゃんと説明してあげたいけど、今は先にやることがある。
「悪い、ギルマスに報告に行かなきゃならないからまた後でね。」
僕を見つけた受付のエミリーさんが手招きしているんだよ、並んでいる冒険者の列を止めたまま。急いで行かないとちょっと大変なことになる。
はいはい、今行きま~す。
ダンジョンから生還した時点で、「復讐者にならない」という目標は達成しています。
しかし、ハッピーエンドを迎えた後にも人生は続きます。
ここから先は、既定の運命から逸脱した先の物語です。たぶん。