第三十九話 第五階層の罠に挑みます
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第五階層では、この階層固有の罠として『落盤』が存在する。
自然の洞窟や鉱山の坑道と異なり、ダンジョンでは通常落盤事故は発生しない。代わりに、罠として落盤を発生させる仕掛けが施された場所が存在するのだ。
この落盤の罠は直撃すれば生き埋めになったり最悪圧死したりする殺意の高いものだけど、場合によっては通路を塞いで通れなくする効果もある。非常に厄介な罠なのだ。
ただ、あくまで罠なので、仕掛けられている場所は決まっていて調べれば判明するし、罠を解除したり、発動を回避したりすることもできる。
また、ダンジョンの性質として、落盤で塞がった通路も数日もすれば元に戻ってまた通れるようになる。まあ、その時には罠も復活しているわけだけれど。
解除や回避が可能で、塞がった通路もやがて元に戻るとしても、落盤の罠のある通路に入りたがる冒険者はまずいない。
落盤の直撃を受ければ被害は甚大だし、拠点や帰還用の『ポーター』に数日間戻れなくなったら命にかかわる。さらにパーティーが分断される危険もあるのだ。慎重に罠を回避しても、そこでモンスターに襲われたら何が起こるか分からない。
だから、既知の地図も落盤の罠の通路で途切れている場合が多い。つまり、落盤の罠の通路を抜ければ既知の地図に繋がる可能性が高いのだ。
それでも、リスクの高い通路であることは間違いないので後回しになっていた。アレクは特に仲間と分断されることを恐れていたみたいだ。
しかし、探索を進めるうちに他に有望な道が少なくなってきた。まだ未探索で罠のない通路もあるけど、周囲の地図を見る限りあまり広い領域に続いていそうもないものが多かった。
アレクはこの辺りを採掘ポイントが集中した、冒険者を誘い込むための領域ではないかと見ていた。『ポーター』のある領域と採掘ポイントの多い領域を分けて置き、落盤の罠を仕掛けた通路でつないでおけば、落盤事故で死傷する冒険者が増えるだろうということだ。
この推論が正しければ、落盤の罠を避けて通ることはできない。ダンジョンから脱出するにも、さらに下の階層に降りるにも罠の先にある『ポーター』まで辿り着く必要がある。
「ここが落盤の罠の通路か。」
アレクが改めて通路の奥を覗き見る。前にここに来たときは罠が仕掛けられていることを確認して素通りしたのだ。
通路は二十メートルほど先で丁字路になっていた。通路自体は短い。他にも落盤の罠が仕掛けられた通路は三ヶ所見つけたけど、ここが一番短かったので挑戦することにしたのだ。
この手の罠は通路の曲がり角や分岐した個所を越えてまで続くことはほとんどない。だから、この二十メートルさえ抜ければ落盤の危険はなくなると考えられた。
「……魔術による罠は通路の中央まで進むと、通路の両端で崩落する。『魔術解除』……解除できた。」
エレノアさんが、淡々と罠を調べ、解除して行く。
ダンジョンの罠には大きく分けて二種類存在する。魔術的な罠と物理的な罠だ。落盤の罠にも魔術的に仕掛けられたものと物理的に仕掛けられたものの両方が存在する。
魔術的な罠は肉眼では見えない場合が多く、また発動すると大規模な現象を起こしやすい。代わりに魔術の構成を調べればどんな罠が仕掛けられているのか一目瞭然で、仕掛けられた魔術に干渉すれば解除も難しくない。
まあ、エレノアさんだから簡単にやってのけたけれど、魔術的な罠の解除ってかなりの高等テクニックなんだよね。魔法職のいないパーティーには難しいかもしれない。
さて、魔術的な罠を解除したら、次は物理的な罠だ。ここからは僕の仕事になる。あらゆる罠を無効化してくれる便利な魔術はないからね。
え? 魔術的な罠を解除したんだからそれで終わりじゃないのかって? ここのダンジョンでは、物理、魔術両方の罠が仕掛けられていることも珍しくないよ。
物理的な罠は仕掛けが物理的な分、目で見て分かることが多い。例えば天井を支える坑木の梁の部分が欠けていたり腐っていたりする所は崩れやすくなっているから、罠が仕掛けられている可能性が高い。あとは、壁や天井にさりげなく罅が入っていたりする。
……この通路の天井、全面的にヤバいんですけど!
物理的な罠の場合、仕掛けの近くに発動するためのスイッチになるものがあることが多い。遠隔で解除することは難しいし、下手に触ると罠が発動して通路が塞がる危険がある。解除するよりもスイッチを避けて進んだ方が確実だった。
「それでは、行くか。」
僕たちは、ゆっくりと通路を進んで行った。
「ここに糸が張ってあるから引っかからないように気を付けて。それから、その先の色の違う地面に仕掛けがあるから踏まないように。」
通路に入ってからは、一メートル毎に落盤を引き起こすスイッチが仕掛けられていた。そして二段構え三段構えもざらだ。何この執拗さは。どれだけ落盤事故に巻き込みたいのさ!
落盤の罠にはその目的によっていくつか種類がある。落盤の直撃で直接ダメージを与えようとするもの。通路を塞いで進路や退路を遮断するためのもの。前後を塞いで閉じ込めようとするもの。
エレノアさんが解除した魔術的な罠は通路の両端を塞いで冒険者を閉じ込めるものだった。そして第五階層のモンスターは壁を破って入って来るので、閉じ込められてもモンスターの襲撃はある。
「解除した魔術には、近くのモンスターを呼び寄せる効果もあった。」
……実に鬼仕様である。その上物理的な罠が山ほど仕掛けられているこの場で戦えば、確実に落盤が発生して土砂の下敷きになる。本当に殺意が高いなぁ。
僕は見つけた罠のスイッチを全てメモし、また壁等に注意を促すマークや文言を記入して行った。でもこれ、最初に魔術の罠を解除できないと意味ないのだけどね。
そうやって慎重に進み、どうにか出口まであと五メートルの辺りまで来た時だった。
「! モンスター、上から来ます!」
ジェシカさんの警告に思わず上を見上げ――あ、これ駄目だ。
「全員走って! 天井が崩れる!!」
罠が発動すれば即座に落盤を起こすように脆くなっている天井だ。そこをモンスターが掘り進んできたら耐えられるはずがない。罠のスイッチとか関係なく崩落する。
「『氷壁』!」
落盤に備えてエレノアさんが準備していた魔術を発動する。頭上に現れた氷の壁が一瞬だけ天井を支え、その間の僕たちは全力で通路を走り出た。
――ガラガラガラ、ドシン!!
ふぅ、間一髪。
「全員無事か!?」
アレクが慌てて確認する。うん、全員揃っている。怪我もしていないようだ。良かった。
通路の出口は完全に土砂で埋まって通れなくなっていた。
落盤を引き起こしたモンスターも現れない。もしかして、土砂に埋まって死んだ? 第五階層のモンスターってダンジョンの壁や天井に穴を開けて襲ってくるけど、落盤の下敷きになると普通に死ぬんだよね。摩核の回収はちょっと無理そうだった。
しかし、この通路は通れないものと考えた方が良さそうだな。魔術的な罠を解除して、物理的な罠を完全に回避しても、モンスターが乱入すれば落盤が発生する。通路の入り口の壁に通行禁止のマークを書いておこう。
「よし、探索を再開する。」
アレクは全員問題がないことを確認すると、探索を再開した。残念ながら、通路のこちら側にも先達が探索した痕跡は無かったので、自分達で探索するしかない。
最後に落盤が発生してしまったけれど、全員無事だったから問題なし。通路は塞がれてしまったけれど、まあ想定の範囲内だった。
ただ、これまで拠点にしていた『ポーターの出口』に戻れなくなってしまった。新しい拠点を見つけなければ、このままでは落ち着いて休むこともできない。特にこの階層のモンスターは壁からも現れるので、小部屋に籠って出入口だけ警戒するという手も使えない。
一応、ジェシカさんの聴覚だけでなく、僕とエレノアさんの魔術でも壁を破って襲って来るモンスターを判別できるようになったので、交代で見張りながら休むことはできるのだけれど、やはりモンスターのやってこない拠点で休みたい。それに『ポーター』を見つけないことには帰れないしね。
とは言っても、やることは変わらない。地道に探索を続け、地図を作って行く。ただそれだけだ。焦ったって効率が上がるわけではないからね。
その後探索は進み、『ポーター』も昇り降りを各一つずつ、そして既知の地図の場所も見つけた。
なんと、剣聖リチャードが最深部まで降りて行った時の地図である。つまり、発見した降りの『ポーター』は、剣聖リチャードが見つけ、使用したものだ。
剣聖リチャードも魔王討伐を目的としていたため、必要以上の探索は行わず、下層に向かう『ポーター』を発見次第次の階層に向かった。だから、その地図は非常に簡素だ。
第五階層の場合、『ポーターの出口』から通路を適当に一方に進んだら降りの『ポーター』があったのでそのまま降りた、と言う感じでほぼ最短距離の地図しか存在していなかった。
魔王を討伐した時のアレクもそうだったけど、『ポーター』に近い場所に出ると本当にあっさりと次の階層に行くことができる。
昇りの『ポーター』も比較的近い所に見つかった。剣聖リチャードも、探索のために第五階層に来たのならばすぐに見つけていただろう。
アレクの予想した通り、この第五階層は冒険者が行き来するための『ポーター』を配置した場所と、冒険者を呼び込むための餌となる鉱石等の採掘ポイントがある場所に別れているのかもしれない。
そうそう、採掘ポイントのたくさんあったエリアに戻れそうな通路も見つけた。こちらも落盤の罠が仕掛けられていたので通らなかったけど。位置的に向こう側で見つけた落盤の罠が仕掛けられていた通路に繋がりそうな場所だった。
「ダンジョンは稀に冒険者を深い階層に誘うことがあるという噂、案外本当のことなのかもしれないな。」
アレクがぼそりと呟く。
あ、その噂なら僕も聞いたことがある。魔王のダンジョンは本来、エグバートを討伐しようと迫る国軍や冒険者を排除するためのものだ。侵入した冒険者は各階層で迷い、傷つき、消耗して欲しいはずだ。
しかし、極稀にとんとん拍子に次の階層に向かう『ポーター』を見つけ、深い階層まで一気に降りてしまうことがある。これはダンジョンが敢えて冒険者を深い階層まで誘い込み、強いモンスターで倒そうとしているのではないかという噂である。
ダンジョンの誘いに、勇者でも英雄でもないただの冒険者がうっかり乗ってしまうと、途中で戻ることもできずに次々と深い階層に引きずり込まれ、そして命を落としてしまうという。まあ、ほとんど都市伝説なのだけれど。
『ポーター』の転移先を制御しているのはダンジョンそのものだと考えられている。割とあっさりと第十階層まで到着した前回と、何日も探索してようやく『ポーター』発見した今回の落差を考えれば、何らかの作意があったのではないかと思えて来る。
剣聖リチャードも二度目のダンジョンアタックでは同じような思いを噛みしめたのだろうか。
いつの間にやら、総合評価100ptを超えました。ありがとうございます。
ランキングの上位に来るような作品に比べれはささやかすぎますが、これでも自己記録更新中です。




