第三十二話 新しい家を貰いました
ブックマーク登録および評価ありがとうございました。
ダンジョンから戻ると、冒険者ギルドでたくさんの報酬をもらい、アレクが酒を奢って泥酔するまで飲むといういつもの流れに……今回はならなかった。
いや、今回も金貨がジャラジャラと貰えるくらい大きな成果を上げているんだよ。さすがに摩核の数で言えば前回より少ないけど、第四階層のこれまで未発見のモンスター情報とその摩核のセットだし、砂漠エリアを探索した地図の価値も大きい。
フィールド型の第四階層には地図が二種類ある。一つはエリアマップと呼ばれ、階層全体の各エリアの配置を示したものだ。このエリアマップはかなり広い範囲ができている。山岳エリアの山頂や、森林エリアの高い木の上などから広範囲の風景のスケッチを行った冒険者達の功績である。
もう一つが各エリア内を探索した結果の詳細な地図だ。明確な通路やマーキングできる場所があまり無いため正確な地図を作ることは難しいのだけれど、それでも目印になるものとだいたいの距離が記載されている。
今回のアレクの探索では、空白地帯であった砂漠エリアの詳細な地図を作り、オアシスと『ポーター』も発見している。さらに砂漠エリアの東のエリアも確認したから、エリアマップの更新も含まれるのだ。
未知のモンスターの情報まで加えれば、金貨数十枚は確実だろう。変わったモンスターばかりだし、ドロップアイテムもあるから、金貨百枚を超えるかもしれない。
しかし今回、王都に戻ったアレクは、冒険者ギルドに直行しなかったのだ。
先に国に報告するのだという。
通常ならばこのような暴挙は許されない。ダンジョンは冒険者ギルドの管轄であり、国であっても冒険者のもたらす情報を冒険者ギルドを飛ばして横取りすることは許されない。
けれども、今回は国の依頼を受けてアレクがダンジョンの調査を行っているという形になっているので、依頼主に中間報告を行うだけだから問題ない、と言うことで冒険者ギルドと話が付いているのだそうだ。
国としてもギルドと揉める気はないから、順序が前後するだけでアレクはちゃんと冒険者ギルドにも報告する。ただ、ダンジョンで得られた情報を一般に公表する前に国の方でも一度チェックし、問題がありそうならば冒険者ギルドと協議することにしたのだそうだ。
何でも、第二階層で発見したミスリル鉱石が問題になったのだそうだ。ミスリルは少量でも使い方次第でとんでもないことを引き起こす戦略物資だ――さすがにダンジョンを作る事ができる魔導士はそうそういないだろうけれど。
ミスリルは特殊な鉱山からごく少量採掘されるとか、古代文明が錬金術で作った金属で遺跡からしか出てこないとか、色々と言われているけれど、いずれにしてもその入手元はどこの国でも国家によって秘匿されていた。
冒険者ギルドは、ミスリル鉱石を求めて無謀なことをする冒険者は出ないだろうと踏んで情報公開したのだけれども、国としてはダンジョンからミスリルが出て来たという情報だけで問題になる可能性があったらしい。
あのミスリル鉱石は宝箱から出てきたものであり、次はないだろうとということで問題なしと言う結論になった。しかし、今後もアレクがダンジョンの探索を続けれは、未踏領域からどんなとんでもない秘密を見つけ出してくるか分からない。
だから、国と冒険者ギルドが協力体制を敷いてダブルチェックを行うようになったということらしい。
あ、あの時のミスリル鉱石は金貨二千枚で引き取られた。迷宮核の十倍だよ、凄いなぁ。冒険者ギルドからミスリル鉱石を買い取ったのは、予想通り王宮だった。
ミスリル鉱石に含まれるミスリルの量は、ミスリル貨の一枚の半分くらいだったそうだ。ミスリル貨の価値は金貨約一万枚分。この世界の通貨の価値は使用する金属の価値で決まっていると考えると金貨二千枚でも少ないのだけれど、鉱石からミスリルを精錬するにもミスリルを加工して硬貨にするにしても高度な技術を持つ専門家が必要になるのだそうだ。だから、冒険者ギルドのマージンも含めると、鉱石の状態のミスリルではこのくらいの値段になるらしい。
アレクはミスリルの代金をいきなり皆に分配しようとしたのだけれど、それは僕が止めた。いきなり大金をもらっても困るからね。金貨二千枚はパーティーの共有資産として、装備品の費用などに充てる予定だ。
見つけたお宝の代金として分配すると、その時点でメンバーでなかったジェシカさんの分は無いけど、パーティーの運用資金に当てれば全員に恩恵があるし、パーティーを解散する時に残っていればジェシカさんにも分配される。そう説明したらアレクも納得した。
まあ、そんなわけでアレクは王宮へと報告に行った。その間、僕たちはパーティーホームで待機だ。大きな問題があった場合、僕たちも王宮に呼ばれて詳しい話をする可能性もあるらしい。
幸い、第四階層の砂漠エリアの情報には国が危機感を覚えるようなものは無かったようで、アレクはその日の午後には帰ってきた。
まあ、それはいいのだけれど……
「カレン、エレノア、グレッグ、三人に貸与される住居が決まった。」
えっ、いきなり何のこと?
あー、そう言えば貴族の勉強で習った。原則として貴族はみんな王都に家を持つ。貴族は皆国と王家に仕える存在であり、有事の際には王命に従って行動する義務がある。そのため、たとえ地方の領地を治める貴族であっても王都に連絡窓口となる住居を持つ必要がある。
古くからいる裕福な貴族は、自前で王都に邸宅を確保しているけど、僕たちのように平民から貴族に叙されたばかりの者や自前で住居を確保できない貧乏貴族には国から住居も支給される。要は国が大家となる賃貸住宅なわけだ。家賃はいらないみたいだけど。
僕としては豪華なパーティーホームだけで住む場所としては十分すぎるのだけど、ここはあくまでアレクが冒険者活動のために確保した拠点であり、貴族としての自宅は別に確保しなければならないのだそうだ。
貴族って本当に面倒だ。
与えられる住居は、当然貴族の住居が集まった貴族区にある。つまり、今いるパーティーホームの近くだ。
皆で見に行くことにした。
「うわぁー」
なんだか豪華すぎて言葉がない。庶民感覚で言えば個人で所有する家ではない。アレクのパーティーホームを丸ごと一人に与えたようなものだ。
当然一人で管理できるような邸宅ではないので、使用人がいる。この使用人たちも国が手配し、国から給料をもらっているのだ。つまり、下手に隠し事をしても国に筒抜けになる。余裕のある貴族が自前で住居を確保する理由はこの辺りにもあるそうだ。悪事を働くわけでなくても、領地運営の機密事項を他の貴族に知られるのはまずいということらしい。
皆で見に来たのは、この使用人たちとの顔合わせも兼ねている。アレクのパーティーメンバーは、この自宅を利用するようになっても互いに行き来する可能性もあるし、使用人たちがパーティーホームの方に連絡に来る可能性もある。
貴族になりたての者に貸し与える住居はだいたい同じ場所に固まっているから、カレンさんとエレノアさんと僕の貰った邸宅は比較的近い位置にある。三ヶ所とも回って見たけれど、大体似たような感じの邸宅だった。
正直言って、庶民には立派過ぎて住む気にはなれない。いや、もう庶民じゃないのだけど。
そして、恐ろしいことに、庶民にとっては立派過ぎる豪邸でも、貴族としてはとりあえず面目を保てる最低限度の住まいなのだそうだ。
この住居では貴族として生きるだけならば問題ないけど、国の重要な仕事――例えば国内外の要人を招くなど――には堪えられないから、貴族として上を目指す者はまず与えられた住まいを脱して自前の住居を確保するところから始めるのだそうだ。
だから、王都で国から与えられた住居に住まう貴族は、僕たちのような新参者か、没落寸前の貧乏貴族か、さもなければ領地の運営に専念して王都での仕事をほとんど行わない小貴族くらいなのだそうだ。
僕は上を目指す気はないからいいけど、貴族というのもかなり大変だ。この国の、いやこの世界の王侯貴族にはある意味公私の区別がない。もしくはプライベートがない。私邸であっても公務から逃れることはできない。アレクがいくら冒険者として活動していると言っても、王子で勇者であることは付いて回るのだ。
さて、今僕たちがいるのはファインズ騎士爵邸。つまりカレンさん家だ。
僕たちは騎士爵に叙せられた際に、家名を賜った。
カレン・ファインズ。
エレノア・ニコルソン。
グレッグ・ハーマン。
うーん、正直自分の名前だという気が全然しない。
まあ、それはともかく、このファインズ騎士爵邸は、小説の中ではカレンさんの最期の場所だった。




