第三話 ダンジョンから脱出します
「それじゃぁ、行きますか。」
今まで閉じ込められていた罠から新たなる通路へと、僕は一歩踏み出した。
そしてその場で立ち止まると振り返った。
そこにあるのは、僕が今まで囚われていた行き止まり。しばらく待っていると、その行き止まりがフッと消えた。
おそらく、罠が元の位置の戻ったのだろう。時間は十分にあったから、アレク達は既に罠のあった場所を抜けて魔王の間へと向かっているはずだ。
そして僕も歩き出す。罠の行き止まりが消えた後の通路に向かって。
百年前、剣聖リチャードは罠から出るとそのまま正面の通路を突き進んだ。
小説の主人公も、剣聖リチャードの跡を追って進み、モンスターに遭遇して死んだ。
けれども、小説では続きがある。悔しさのあまり死んでも死にきれなかった主人公はゾンビとなって蘇る。そしてはっきりしない意識のまま来た道を逆に進み、罠で出現した場所も越えてある部屋へとたどり着く。
それが、この部屋だ。
「本当にあったよ。」
この世界が小説の内容とどこまで一致しているかは分からなかった。ただ、もしかしたらと思って来たところ、小説通りにその部屋は存在していた。
ならば、部屋の中も同じだろうか?
僕は部屋の中の気配を探りながら、慎重に扉を開けた。モンスターはいなかっので、そっと部屋の中に入り、扉を閉めた。
「中もだいたい小説と一緒かな。」
部屋の中央に目立っているのは大きな魔法陣。帰還用の『ポーター』だ。これで生きて帰れる!
そして壁にさりげなく埋め込まれているのは、人の頭くらいのサイズがある大きな宝玉。迷宮核だった。
そう、ここは魔王の間に並ぶダンジョンの最重要施設、ダンジョンの機能を司る迷宮核のある部屋なのだ。
そんな重要施設に警備のモンスターの一体もいないのは不用心に思えるのだが、重要な場所に見えないように偽装しているのかもしれない。
迷宮核がただのデザインに見えるように、同じように見えるレリーフが他の壁にも施されている。それに、冒険者ならば中央の『ポーター』に意識が向くだろう。
ここまで小説と同じならば、あれもあるかな?
僕はちょっぴり欲を出して、部屋の中を探索した。
「うーん、ないなぁ。」
小説では、ゾンビとなった主人公がこの部屋でフラフラしていると、アレクに倒されて悪霊と化した魔王エグバートが憑りつき体を乗っ取ろうとする。
主人公と魔王エグバートの精神的な戦いが始まるのだが、その時偶然にも室内にあったエリクサーの小瓶を割ってしまい、中身を浴びてしまうというシーンがあるのだ。
超強力な回復薬であるエリクサーはアンデッドにとっては猛毒となる。まだ理性を保っていた魔王エグバートが慌てた隙を突いて主人公が勝利するという展開だった。
しかし、エリクサーと言えば国宝級の高価な回復薬だ。あるのならば持って帰りたかった。一本だけでもちょっとした財産になる。
ここまで小説と一致しているなら、エリクサーもあると思ったんだけど、残念。
「あっ、ちょっと待てよ。」
ふと気になって、僕は自分の荷物を調べてみた。
ありましたよ、エリクサー。
「ア~レ~ク~!」
勇者パーティは貴重なエリクサーを非常用に一本だけ持ってきていた。その一本を僕の荷物に紛れ込ませたのは当然アレクだろう。
なんとしてでも生き延びろというアレクからのメッセージなのだろうが、本当にこれが必要なのは魔王と戦うアレクの方だろう。
僕なんか、モンスターと遭遇したらエリクサーを使う暇もなく死んじゃうよ。
それに、小説だとアレク達は虎の子のエリクサーを使ってようやく魔王に勝ったんだよ。ちょっと心配だなあ。
「仕方がない。さっさとやることやりますか。」
僕は短剣を抜くと、思いっきり迷宮核に突き立てた。
――ピシ!
音を立ててひびが入り、迷宮核は真っ二つに割れた。
これで少しはアレクの援護になったはずだ。ダンジョンと一体化した魔王エグバートの力の源はこの迷宮核だ。小説でも、一度倒された魔王エグバートが復活しようとしていたのも迷宮核が無事だったためということになっている。
非力な僕は今回一度も戦っていない。自分の武器である短剣を抜いたのも今のが最初だった。勇者と一緒に魔王と戦えと言われても足手まといにしかならない。でも、無防備な迷宮核を壊すくらいならばわけなかった。
僕は二つに割れた迷宮核を回収してバックパックに詰め込む。この迷宮核は結構なお金になるらしい。
ダンジョンのモンスターを倒すと手に入る摩核というものがある。摩核は魔術の触媒に使ったり、魔道具の動力源になったりと需要があるので冒険者ギルドで買い取ってくれる。冒険者の収入源の一つだった。
迷宮核はダンジョンそのものの摩核と云われ、大きさも内在する魔力も通常の摩核とは比べ物にならない。ダンジョンから一つしか取れないため、研究用に国で高く買い取ることもあるらしい。
僕みたいに貧乏な冒険者が見逃す手はない。これで、ちょっといい装備を買えたらいいな。
さて、これでもう僕にできることは何もない。さっさと帰ろう。
僕は部屋の中央にあった『ポーター』に乗った。