第二十八話 休日になりました
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翌日、第三階層の空白地帯を大きく更新した地図がギルドから公表された。
昨日の今日で、新しい地図を作ってしまうあたり、冒険者ギルドの底力を見た。過労死しないように気を付けてください。
「第三階層の探索ができるやつは稼ぎ時だぞ! ただし、無理だけは絶対にするなよ!」
ギルドマスター自ら冒険者に発破をかけていた。
そう、昨夜は冒険者の仕事に不安を見せる者もいたけれど、実は今は大変な稼ぎ時なのだ。
第三階層の空白地帯の結構な範囲をアレク達の強引な力押しで探索しまくったわけだけど、僕たちの作った地図をはめ込んでそれで第三階層の地図の更新が終わりというわけではない。
地図をより正確なものにするため、新たな地図を買い取った後も冒険者ギルドはしばらくは同じ範囲の地図の買取を続ける。まあ、完全に未知の領域の地図よりは安くなるけど、普通にモンスターを倒すよりも稼ぐことができる。
それに、今まで空白地帯への侵入を阻んでいた『骸骨通り』から始まる大量のアンデッドをアレク達は退治しまくった。時期的にそろそろ倒したモンスターも復活し始めるころだけど、さすがに二千体のモンスターが一気に現れることはない。アレク達が頑張って倒したのは、三百年かけて数を増やしたモンスターだと考えられた。
つまり、今ならばモンスターのほとんどいなくなった通路を歩いて地図を作るだけで報酬が手に入るのだ。
それに、空白地帯で見つけた『ポーター』を拠点にすれば、今回アレクが探索しなかった通路の探索を行うことも可能だ。
これを機に、第三階層の探索が大きく進む可能性があった。
また、頻繁に冒険者が立ち入って数が増える前にモンスターを倒して行けば、モンスターの数が抑えられてあの辺りも比較的安全になる可能性もあった。つまりモンスターを間引くという意味でも効果が期待できるのだ。
冒険者ギルドが大急ぎで新しい地図を公開した理由はこの辺りにある。
デメリットとしては、欲に目が眩んで無謀な冒険者が命を落とす危険性と、第四階層、第五階層を探索している冒険者が第三階層に回り、深い階層の探索が遅れること。まあ許容範囲だろう。
そんなわけで、冒険者達は活気づいていた。第二階層の『毒の回廊』と異なり、第三階層を探索できる冒険者パーティーならばほぼ確実に儲かるのだ。
そんな中、発端となった勇者パーティーはどうしているかと言えば――
「今日は休みとする。俺はレオン兄さんに呼ばれているので行って来るが、皆は自由に過ごしてくれ。」
ということで、本日はお休みだった。
日帰りでダンジョンの第一階層に通う駆け出しの冒険者ならともかく、ダンジョンに何日も潜って探索する冒険者ならば帰ってきたら数日は休息を取るのが普通だ。何日休むかは、その時の収入でだいたい決まる。
カロリー最優先の携帯食ばかり食べていたら栄養が偏って病気になっちゃうからね。魔法鞄で食材を持ち込む上に携帯食にも栄養バランスを考慮している勇者パーティーには関係ない問題だったりするけど。
僕たちは国からの長期依頼を受けている形になっているから、ダンジョンから帰ってきても仕事は続く。体を休めつつも物資を補充したり計画を練ったりと次の探索の準備に当てるのだ。
ただ、その中心となるアレクが抜けてしまったので、諸々の作業は一時中断となった。レオンハート殿下の話の内容によっては今後の探索の方針が変更されるかもしれないからね。
そんなわけで、今日は珍しく完全に自由な休日だった。
さて、何をしよう?
とりあえず、貴族の勉強とか言われる前に出かけることにしよう。
首都ロシュヴィルの北東の端の方には、平民の中でも比較的貧しい人たちが住む、通称貧民街があった。
その貧民街の一角に、周囲よりも大きな建物が建っている。
別に貧民街に金持ちが住んでいるわけではない。この建物は、孤児院なのだ。
「な、なんでグレッグがおんねん!」
「それは、ここが僕が育った孤児院だからなんだけど。」
そう、ここは僕が育った孤児院だった。里帰り、と言うわけでもないけれど、たまに実入りの良いときはお土産を持って立ち寄っていた。
王都の孤児院は冒険者予備軍みたいな側面がある。実際孤児院出身の冒険者は多く、差し入れ持って孤児院を訪れる冒険者も珍しくないのだけど、今日の先客は予想外だった。
「……それより何でカレンさんがここに?」
この国の出身でないカレンさんは孤児院とはまるで接点がない。それに、今日のカレンさんの服装は薄いピンク色のワンピース。一瞬どこのお嬢様かと思ったよ。そういう意味でも予想外だった。
因みに、貧民街は犯罪者の巣窟と言うわけではないのだけれど、やはり他の場所に比べて治安が悪い。そこにいかにも良家のお嬢様風の小奇麗な格好をしたカレンさんがやって来るのはかなり場違いだった。まあ、カレンさんなら素手でもそこいらのチンピラには負けないけどね。
「あらあら、グレッグのお知り合い? このお嬢さん、何度か寄付金を持ってきてくださったのだけど、いつも名乗りもしないで帰ってしまうのよ。」
この人は孤児院の院長のセレンさん。僕が孤児院にいたころからずーっと院長をやっている年齢不詳のおばさんである。
それにしても、カレンさんが寄付かぁ。
孤児院の財源は主に三つある。一つは国や領主による補助金。王都の場合は王家の直轄地だから国か王家が出資する形になる。これが最も大きなものになる。
一つは孤児たちが行う簡単な仕事の収入。職業訓練も兼ねているのでたいしたお金にはならないけど、それでも頑張った分食事がちょっとだけ増えたりするのだ。
そして最後の一つは寄付金。金持ちの慈善活動としてよく行われるのが孤児院への寄付なのだ。純粋な善意とは限らないのだけど、それでも古くなった設備の改修とか、孤児たちにおやつを配ったりとかに使われるし、助かることには違いない。
「「いつも、ありがとうございます。」」
「や、やめていな。グレッグまで……」
照れてわたわたするカレンさん。うーん、なかなかレアな光景だ。
「うちもな、戦災孤児やったんよ。」
戦災孤児、それはこの世界では珍しくもない存在だった。国が亡ぶほどの大戦はめったにないけど、小競り合いくらいならば毎年のように世界のどこかで起こっている。
たとえ小競り合いでも戦えば死人は出るもの。親が死ねば孤児が生まれる。現在のアルスター王国は積極的に戦争を仕掛けることはしていないけど、それでも他国との国境に近い所では度々小競り合いが起こっている。
「うちは他にとりえもないから傭兵やっとったけど、結局は自分と同じ子供生み出しとっただけやないかと思うてな。」
「まあまあ、それで孤児院に寄付を?」
平和な王都の孤児院はあまり関係なさそうに思えるけど、実は戦災孤児も結構いるのだ。僕もその一人だったりする。
戦災孤児が発生するのは、やはり国境近くの集落が多い。国境付近で睨み合うだけならばともかく、実際に殺し合う戦闘が始まり、近くの村や町が巻き込まれれば多くの難民と共に孤児を生み出すのだ。
そうした地方で発生する戦災孤児を国は一定数首都ロシュヴィルの孤児院で引き受けていた。それは社会福祉と言うよりも、ダンジョンを攻略する冒険者を増やすことが目的だった。
「所詮は自己満足にすぎんのやけどな。」
やや自嘲気味にカレンさんは言う。そんなの、気にすることないのに。
孤児たちにとっては、目の前で親を殺されたとでもいうのでなければ、軍人だろうと傭兵だろうとあまり関係はない。と言うか普段外敵から村を守っているのも軍人や雇われた傭兵や冒険者だったりする。この世界は戦争以外にも危険でいっぱいなのだ。
だから、寄付や差し入れを持ってくる人は誰であれ、孤児にとっては正義です。
え? そこまで現金なのはお前だけだって? そうかな? うちの孤児院ではみんなこんな感じだったけど。
「あれ? それじゃあ、傭兵時代に『守銭奴』とか呼ばれていたのはもしかして?」
カレンさんの傭兵時代の逸話は数多くあり、傭兵とはあまり縁のないであろうロシュヴィルの一般市民にまで伝わっている。その多くはカレンさんの強さにまつわるエピソードなのだけど、それと同じくらい多いのがお金にまつわるエピソードだった。
曰く、傭兵のカレンは大層腕が立ち、困難な依頼でもやり遂げるが、それ相応以上の高額な報酬を要求する。
曰く、カレンがいるだけで戦局が変わるから、負けられない戦いではどの国も無理をしてでも金を掻き集め、彼女を雇おうとする。
曰く、報酬の支払いを渋った依頼主が、敵対勢力側についたカレンによって滅ぼされた。
曰く、大枚を叩いてカレンを雇い、戦いには勝ったが財政が破綻した。
部外者としてはただの面白い話で済むけど、当事者にとっては洒落にならない。そんなカレンさんに着いた二つ名が『守銭奴』だった。
小説の中のカレンさんはただがめついだけの女だった。しかし、この世界では……
「ああ、それな。さっさと傭兵引退しよう思って、金貯めとったんや。」
うーん、世知辛い。
冒険者も傭兵同様、いずれ体力が衰えたり、大怪我をしたりして引退せざるを得ない職業だ。その引退する時に十分なお金か新しい仕事の当てがないとその後の生活は悲惨なことになる。
だから引退するまでにはそこそこの貯えが必要になるのだけど、余計なお金があれば使ってしまう人も多い。冒険者って基本的にバカが多いからね。
たぶん傭兵も大差ないのだろう、将来設計をちゃんとしているだけで『守銭奴』扱いだからね。
「まあ、アレクのおかげで生活の心配はのうなったから、寄付とかできるようになったんやけどな。」
アレクに雇われたから、と言うだけではない。貴族になると最低限の生活は保障されるのだそうだ。
そうか、アレクがカレンさんを引き抜けたのは、軍の要職に迎えるのではなく、冒険者として戦争と関係のない仕事に誘ったからだったのか。
「あらあら、そうなの? でも貴女、この国に来る前から寄付していたでしょう? 結構有名よ、孤児院に多額の寄付をする謎の少女って。」
「え、や、そ、それはたまたまやて……」
再びわたわたし始めるカレンさん。
孤児院の運営は国から委託を受けた教会が行っている。院長のセレンさんは教会のシスターでもあった。そして教会は世界的な組織だ。人族が中心となる国家ならばほぼ全ての国に教会が存在する。
教会のネットワークは、冒険者ギルドとは別口で大きなものがある。孤児院で暮らす孤児たちが意外と国際情勢に明るかったりするのもこのためだ。特に孤児院に対する寄付を行ったという情報は、どこの国であろうと教会を通して筒抜けになるわけである。
カレンさんはこっそりと寄付していたつもりのようだけど、教会にはバレバレだったようだ。
この後カレンさんは、セレンさんにいじられまくった。あと、孤児院の子供たちにモテまくっていた。カレンさん、意外と子供好きだったらしい。
今日は色々とレアなカレンさんが見れて、ちょっと得した気分だった。




