第二十五話 ダンジョンで野営をします
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2021/06/12 誤字修正
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「まあ、帰り道のことは置いておくとして、今はこの場所を拠点にして探索だね。」
帰還用の『ポーター』近辺はダンジョン内での活動拠点として最もよく利用される場所だ。基本的に徘徊するモンスターは寄り付かないし、いざとなればそのまま脱出できる。
そしてこの部屋は、四方に通路が伸びている。先ほどやって来たゾンビの道以外にも探索すべき空白地帯が大きく広がっていた。
「それから、魔法鞄の中の便利グッズを使わないで野営する練習かな。」
アレクが頷く。これは以前から計画していたことだった。
ダンジョン内で魔法鞄を失った時、あるいはパーティーからはぐれて一人になってしまった時、ダンジョン内でもしっかりと食事をし休息を取ることができれば生存率は上がる。これはそのための訓練だった。
「ほんで、結局どないするんや?」
「まずは、携帯食を食べるところからかな。」
練習すると言っても憶えることは少ない。魔法鞄がないとできることはかなり限られるのだ。
生き延びるために必要なことは、安全地帯を見つけて食事と休息を取ること、そして帰還用の『ポーター』を探すことだけだ。
このうち、安全地帯や帰還用の『ポーター』を探すために必要な地図の読み方、書き方、探索の方法については既に教えているし、移動中に練習もしている。
後は不味い携帯食に慣れることと、着の身着のままで周囲を警戒したまま仮眠を取ることくらいだ。
「そうだな、だいぶ時間も経ったことだし、このあたりで食事にするか。」
ダンジョン内で時間の経過を知る方法は限られている。この世界には持ち運べる正確な時計というものはないし、あっても非常に高価だ。
だから、探索中の時間経過は、腹時計で測ることになる。これ、結構重要な技術だったりするんだよね。依頼の中には期限が短いものもあるから。
戦闘で激しく運動したり、落ち着いて食事できる場所を探すのに時間がかかったりと規則正しい生活とはいいがたいんだけど、人によっては十日くらいのダンジョン探索なら時間単位で正確に言い当てるから侮れない。
それはともかく、アレクも了承したことだし、みんなで携帯食を食べることになった。いただきまーす。
「「「「う!」」」」
アレク達が一口食べて顔を顰めた。今まで魔法鞄にお弁当屋ら食材やら詰め込んできて、ダンジョン内なのに割と普通の食事をしていたからね。初めて食べる携帯食の不味さは衝撃的だろう。
さて、僕も久しぶりの不味い飯を食いましょうか。……え?
「「美味しい!!」」
僕とジェシカさんの声が見事にハモった。
「「「「ええっ!?」」」」
だって、携帯食と言えば嵩張らなくて長持ちするだけの保存食、特に冒険者向けのものは高カロリーになっているだけで、食えれば味は問いません、と言うものだよ。
中にギトギトに油が入った硬いクラッカーとか、やたらとしょっぱいカチカチの干し肉とかが定番だ。
だけどこの携帯食は、普通の料理のように美味しくはないというだけで、ちゃんと味を調えてある。塩以外の調味料が入っている携帯食なんて初めて見たよ。あっ、乾燥した果物も入っている。これは味だけでなく、栄養のバランスまで考慮しているのか。
うー、金持ちだと携帯食まで違うのか。
「これより、不味いのか……」
アレクも衝撃を受けているけど、僕もショックだよ。この世界では保存食の技術はそれほど発展していないから、美味しい携帯食なんて見たことがない。どれだけお金をかけているんだよ。
食事休憩後、探索を再開した。
この『ポーター』のある小部屋は四方に通路が伸びている。そのうちの一つが僕たちがやって来たゾンビ満載の通路だ。この通路のある方角を仮に西とする。まあ、既存の地図とのつながりで左手から来たということなんだけど。
残る東南北に伸びる通路のうち、既知の地図の場所とは反対側に伸びる北側の通路を探索してこの日は終わりにした。
北側の通路は、西側同様アンデッドのいる小部屋が付随した一本道で、しかも行き止まりだった。ほぼ一日中同じような作業でした。
「ダンジョンでは『ポーター』と『ポーターの出口』が安全地帯になる。だから、探索を行う冒険者はだいたい帰還用の『ポーター』を拠点として休息に利用する。」
そう言えば、このパーティーが帰還用の『ポーター』で休息を取ることはこれまでなかったなぁ。魔王討伐の時は、深い階層の未踏領域でも帰還用の『ポーター』より先に降りの『ポーター』を見つけちゃったし。
「モンスター部屋のモンスターを全滅させた場合もある程度安全が確保されるけど、通路を徘徊するモンスターが入って来ることもあるのであまりお勧めはしない。」
大部屋でも小部屋でも、特定の場所に常駐するモンスターを倒すと、その場所のモンスターが復活するまで数日はかかると云われている。ただ、徘徊するモンスターは関係なくやって来るし、そこにいると知られれば隣の部屋のモンスターがやって来る場合もある。
「それに、『ポーター』の近くが安全地帯と言っても絶対ではないんだ。注意する必要があるのは他の冒険者。一つは、モンスターを引き連れて逃げて来ることがある。」
いわゆるトレインと言うやつだ。勝てそうもないから逃げるということはよくあるけど、下手をすると騒ぎを聞きつけた周囲のモンスターまでまとめて追いかけてくる破目になる。
追われる冒険者は逃げ切るために『ポーター』に向かうのだけれども、『ポーター』近辺が安全地帯と言ってもモンスターが引き返してくれるわけではない。
こうなると『ポーター』で脱出するか迎え撃つしかないわけだけど、普通はさっさと脱出する。
「それともう一つが……」
「他の冒険者に襲われる場合がある。」
答えたのはジェシカさんだった。この国の冒険者は比較的団結しているのであまりないけど、他国ではダンジョン内での冒険者同士の抗争とか、ダンジョンに出没する盗賊などという輩もいるらしい。
この国でそんな真似をしたら、二度と冒険者としてやっていけない。しかし、ダンジョン内で目撃者もなく、被害者も死亡しているとなるとまずバレることはない。
借金で追い詰められた冒険者や他国の冒険者が、独りで弱っている冒険者を見つけたら、犯罪に走る可能性はあった。
「パーティーで行動する場合は交代で見張りを立てるけど、単独の場合は何かが近寄っただけで目が覚めるようにしないといけない。」
熟睡はせずに、疲れを取る。ちょっとコツがいるというか、慣れるしかない。
「武器も荷物も身に付けたまま、壁に寄りかかるように座って寝るのが基本だよ。」
完全に熟睡はせず、何かあった時にすぐに動ける体勢、これが一番だったりする。ダンジョンの中に雨は降らないのでテントも必要ない。
それから、『ポーターの出口』近辺は確率は低いけれど他の冒険者が出て来る可能性がある。しかし、壁際に出て来ることはないので、うっかり踏んづけられる心配もないのだ。
「後は、侵入者を検知する細工とか、斥候用の魔術で『警報』を覚えておくと便利だよ。」
僕は単独で活動することが多かったから、この手の技術は色々と持っている。
まあ、ジェシカさんは種族的に鋭敏な感覚でどうにかなりそうだし、エレノアさんならもっと高度な魔術も使えそうだけどね。




