第二十一話 名前が判明しました
翌朝、アレクは元気に起きてきた。まあ、二日酔いになってもアリシアさんの魔術で治せるらしいけど。
そしてもう一人、昨日助けた女の子も目を覚ましました。
本当は昨夜の内に意識を取り戻していたらしいのだけど、大事を取って休ませていたのだそうだ。昨夜はアレクも酔い潰れていたからちょうどよかった。
「は、初めまして、ジェシカと言います。昨日は助けてくださってありがとうございます。」
はい、名前が分かりました。ジェシカさんです。ジェシカさん、がちがちに硬くなっています。
まあ無理もない。命の恩人であるアレクは王子様だ。さらに普段からアレクは表情が硬いというか、とっつきにくい雰囲気がある。話してみるとそんなことはないんだけどね。
アレクと初めて会った女性は、「顔は良いけど近寄り難い」という印象を持つらしい。
それに、亜人奴隷として魔道具で強制的に従わされていたのだから、人族全体に恐怖や不信を持っていても不思議じゃない。
僕たちはジェシカさんを怖がらせないように注意しながら、ゆっくりと時間をかけて事情を聴いた。
ジェシカさんは、予想通り最近他国からやって来た冒険者パーティー『暁の戦塵』で働かされていたのだそうだ。
この国のダンジョンは未踏破領域が多いから、高価なお宝がたくさん残っている可能性が高い。それで一獲千金を狙ってやった来たんだそうだ。
実は、他国でちょっと腕の立つ冒険者が同じように考えてやって来ることも多い。そして未踏領域の多い理由をその身で知ることになる。
ジェシカさんのいた『暁の戦塵』も、第三階層での戦いで苦戦して、一度安全地帯に退避しようとして道を間違えたらしい。
地図があるからと言って無計画に動き回ると陥りやすい罠だった。この国の冒険者なら、まず安全地帯を確保して拠点とし、退路を確認しながら探索を進める。
モンスターハウスの真ん中で休憩してしまったパーティーは、ただでさえ消耗している所にモンスターの群れに急襲され、大慌てで逃げ出すことになる。
しかし、全方位からモンスターが迫って来るのだ、部屋から逃げ出すだけでも一苦労となる。そこでジェシカさんに独りで戦うように命じて囮にしたのだそうだ。
結果として、倒れて気絶したジェシカさんは見逃され、逆に部屋から逃げ出した冒険者達はモンスターを引き連れて行ってしまったのだから皮肉なものだ。
「望むなら奴隷から解放するし、帰る場所、行きたいところがあるならば送ろう。だがしばらく待って欲しい。君の元のパーティーの生き残りの状況が分からないうちは、奴隷から解放することはかえって危険だ。」
「……分かり、ました。」
一通りジェシカさんからこれまでの経緯を聞いたのち、アレクは現状の説明を行った。
ジェシカさんが一人だけ倒れていたこと。
その時、ジェシカさんに付けられた魔道具から奴隷主人の設定が消えていたこと。暫定的にアレクを主人として登録したこと。
ジェシカさんの主人になっていた冒険者は死亡したと思われるが、パーティーの他のメンバーの消息は分かっていないこと。
ジェシカさんの主人になっていたのは、『暁の戦塵』のリーダーのホークという男だったそうなので、他のメンバーが生き延びていても『暁の戦塵』が存続できるか分からない。
しかし、ジェシカさんの希望としては『暁の戦塵』に戻りたくないということなので、予定通りしばらくはこのパーティーホームで保護することになった。
ジェシカさんのことを考えると、少なくとも『暁の戦塵』のメンバーの消息がつかめるまでは迂闊に奴隷から解放するのはまずかった。
探索に失敗し、敗走したパーティーは大抵困ったことになる。
状況を的確に判断して危なくなる前に撤退したのならば、再挑戦もさほど難しくない。
しかし、不意打ちを食らったり、想定外の状況でモンスターに敗れ、這う這うの体で逃げ出した場合には失うものが多いのだ。装備や消耗品、特に高価な魔法薬、冒険者としての信用、そしてメンバーの命まで失われると、パーティーの立て直しは難しくなる。
金も装備も人も足りない状況では、冒険者の仕事を再開できるかも怪しい。どうにかしてパーティーを立て直すにしても、冒険者を廃業するにしても、今後のことを考えればお金が必要になる。
だから、ダンジョンで失った装備や荷物のうち、回収できそうなものがあれば必死になって回収する。
普段から懇意にしている冒険者パーティーが拾ってくれていれば、無料あるいは格安で返してもらえることもある。しかし、他国から来たばかりでこの国の冒険者との交流も少ないパーティーの場合それも難しい。
場合によっては荷物を拾った冒険者を脅したり、強引に奪い去ろうとするといった事件も起こるのである。
問題は、奴隷というのもなるべくなら回収しておきたい高価な財産に該当するのだ。この国では無理だけど、他国ならば売れば金になる。それに、奴隷は財産であると同時にパーティーメンバーでもある。『暁の戦塵』にとって冒険者活動を再開するために必要不可欠になっている可能性もある。
さすがに勇者であり、王族であるアレクの財産を強引に奪おうとするほど無謀な真似はしないだろう。
しかし、ジェシカさんを奴隷から解放してしまうと、攫って国外に連れ出し、再び奴隷にしてしまう恐れがあった。アルスター国内でさえバレなければ、その企みは成功する可能性が高い。アルスター王国の周囲には獣人差別、亜人差別の強い国も多いのだ。
アルスター王国では元々獣人系の亜人種がほとんどいないこともあり、裏社会でも奴隷狩りを行う連中はまずいない。だから一番危険なのが『暁の戦塵』の生き残りだっだ。




