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第二話 ダンジョンと悪意の罠

 僕たちが今いるのはアルスター王国の首都近くのダンジョンの中。

 このダンジョンにはちょっとした曰くがある。

 今から三百年前、この国には一人の魔導士がいた。エグバートという魔導士は、その実力を見出され宮廷魔導士として王宮に勤めるようになった。

 彼は魔導の知識と技術だけでなく政治的手腕も優れていたらしく、とんとん拍子に出世して行った。気が付くと並の貴族では逆らえないほどの権勢を得ていたという。

 だが、そこで彼は少々調子に乗りすぎたらしい。ある時、王家を排して自らが王座に就こうという計画が露見し、彼は逆賊として国から追われることになる。

 即座に反乱を起こし、国軍と戦い始めたエグバートであったが、まだ準備が足りていなかった。状況劣勢で、このままでは勝てないと見たエグバートは秘かに王都を脱出し、持てる魔導の知識と技術をつぎ込んで一つの大魔術を行使した。

 その結果誕生したのが、このダンジョンである。

 後に魔王と呼ばれることになったエグバートはダンジョンの奥深くに潜むことで国軍の追撃を退けた。そして人を捨ててダンジョンと一体化することで今も生き続けているという。

 魔王エグバートはダンジョンの中でモンスターの軍団を作り上げ、再び王都に攻め込んでくるのではないかと言われている。

 以上が、アルスター王国とダンジョンにまつわる歴史である。

 うん、小説の設定と見事に一致する。少なくとも一般常識の範囲内では小説の世界観と大きく異なるところは無さそうだ。

 このダンジョンは階層構造になっていて、第一階層から順に深い階層へと進んでいくことになる。今いるのはその最深部である第十階層だった。

 全十階層というと少なく感じる人もいるかもしれない。前世で読んだ小説なんかだと、平気で百層くらいある話も多かった。

 けれども、たかだか十階層と侮ってはいけない。まず、このダンジョンは一階層がものすごく広いのだ。一度は軍によって制圧した第一階層でも地図(マップ)を完成させるために一年以上、次の第二階層は地図(マップ)がだいたい完成すまでにも何十年もかかったらしい。そして一階層深くなるだけで出て来るモンスターが急激に強くなる。

 特に厄介なのが、次の階層へ行くための仕組みだった。階層間の移動には、『ポーター』と呼ばれる特殊な魔法陣を使用するのだが、一度に移動できる人数は五~六人程度。そして、下の階層に移動する際は、次の階層のどこに現れるかはランダムになる。

 この仕組みのせいで、大軍で攻めようとしても散り散りになって各個撃破されてしまうのだ。

 因みに、『ポーター』での移動しかできないから、各階層の物理的な位置関係は不明だったりする。一応外部との出入口に近い階層を上、魔王のいる最深部に近い階層を下と呼んでいるが便宜上のものだ。

 そんなわけで、下の階層に降りたら、まず次の『ポーター』を探さなければならない。地図(マップ)がだいたい完成している階層でも、まず現在位置を確認するところから始める必要がある。

 複数階層をまとめて下ったり、一度攻略した階層に一気に飛ぶといった親切設計はないから、深い階層まで潜るならばダンジョン内で何日も野営しなければならない。

 僕みたいな雑用係を雇っているのも、食事の準備とか寝るための安全地帯の確保とか言った戦闘以外の細々とした作業が必要になるからだった。

 その雑用係を切り捨てるのには、ちゃんとした理由がある。小説の中のアレクは、「戦闘にも参加しない雑用係が目障りだった」などと言ってのけるのだが、それだけではない。

 最深部の第十階層ともなると、非常に質の悪い(トラップ)が仕掛けられていた。今僕がいる場所もそんな(トラップ)の一つだった。

 ここは一見するとただの行き止まりにしか見えない。しかし、僕が今いるこの場所と、アレクが立っている場所の間には見えない一方通行の壁が存在している。

 姿は見えるし声も届く。けれども僕がアレクたちの所に行くことはできない。逆にアレクたちが僕の方へ来ることはできるけれど、魔王を倒す勇者が(トラップ)に引っかかるわけにはいかない。

 そんなことを考えているうちに時間が過ぎ、アレク達の姿が消えた。

 沈痛な面持ちでこちらと目を合わせないようにしていたアレク達だったが、別にあの場所から立ち去ったわけではない。

 移動したのは僕の方だった。僕の閉じ込められていた行き止まりの通路そのものが別の場所に移動したのだ。

 試しに手を伸ばしてみると、さっきまでそこにあった見えない壁が無くなっている。今ならば僕は目の前の通路に出て行くことができる。それで助かるわけでもないのだけれど。

 この(トラップ)は人を閉じ込めてそれで終わりという単純なものではない。もっと底意地の悪いものだった。


 このダンジョンは広大で危険度も高く、なかなか調査も進んでいない。地図(マップ)がほぼ完成しているのも最初の第一階層と第二階層くらいなもので、それも第二階層にはまだ一部に地図(マップ)の埋まっていない空白地帯が残っている。

 それでも三百年間多くの人が挑み続けてきたのだ。より深い階層についても、不完全であってもそれなりの情報が集まって来ていた。

 今から百年ほど前に、当時最強と謳われた剣聖リチャードという人物がいた。剣聖リチャードは仲間を集めてダンジョンへと乗り込むと、破竹の勢いで階層を突き進んで行った。

 剣聖リチャードの目的は魔王討伐だったため、途中の階層の調査は最低限しか行わなかった。だがその代りに最深部の第十階層にまで到達し、しかも魔王エグバートが居住する魔王の間まで発見していた。

 剣聖が魔王討伐を断念した理由は唯一つ。(トラップ)に引っかかったからだ。

 その剣聖リチャードが引っかかったという(トラップ)こそが、何を隠そう僕が今引っかかっている(トラップ)なのだ。

 そう、この(トラップ)のことを僕たちは知っていた。知っていて引っかかったのかと言われれば、その通りだと言うしかない。

 この(トラップ)は、行き止まりの通路と見えない壁の間に人が入ると、一定時間置いて行き止まりの通路ごと中の人を別の場所へ運んでしまう。

 僕からすればアレク達が消えたように見えるが、アレク達からすれば僕の方が消えたように見えるはずだ。

 そしてアレク達から見れば、消えたのは僕だけじゃない。僕を閉じ込めていた()()()()()()()()ごと消えるのだ。

 そして、その先には新しい道が開ける。行き止まりの通路が消えた後に現れる通路こそが、魔王の間に繋がる道なのだ。

 この(トラップ)の最も嫌らしいところがこれである。仲間を犠牲にすれば魔王までの道が開けるというわけだ。

 剣聖リチャードの場合、剣聖自身がこの(トラップ)に嵌ってしまった。残ったパーティーメンバーは先に進んで魔王の間を発見するものの、最大戦力である剣聖が不在のため魔王討伐を断念して帰還する。一方、剣聖リチャードは飛ばされた先で一人モンスターを倒しながら探索を続けるものの、仲間とも合流できず、魔王も発見できずに手持ちの食糧が尽きて帰還している。

 僕も目の前の通路に出で剣聖の見つけた帰還用の『ポーター』まで辿り着けば帰ることができる。けれども、剣聖リチャードが帰還できたのは、第十階層のモンスターを一人で倒せる最強の力があってこそ。僕に剣聖の真似はできなかった。


 第十階層でこの(トラップ)の近くに出た場合、魔王との戦いでは役に立たない僕を犠牲にして先に進むという計画(プラン)はダンジョンに入る前から検討されていた。

 小説のアレクは「役立たずの命で近道できるなら安いもの」と嬉々として主人公(グレッグ)(トラップ)に蹴り込んだのだけど、この世界のアレクはそんなことはしない。犠牲を前提とした作戦を良しとせず、あくまで非常手段として検討しただけで、最後まで使うつもりはなかった。

 けれども現実は厳しかった。ダンジョンでの戦いは激しく、道程は長く、第十階層に来るまでに食糧など各種消耗品も予備の武器もその多くを使い果たしてしまった。

 これ以上モンスターとの戦いが続けば、魔王と戦うための余力が無くなってしまう。

 そんな時に見つけてしまったのだ、魔王の間に通じる最短ルートを。行くしかないだろう?

 だから僕は、自分から(トラップ)に入って行った。

 一度ダンジョンを出て、準備を整えて再挑戦というのは考えられなかった。このダンジョン、一度最深部まで辿り着けたからと言ってもう一度同じことができるとは限らない。一つの階層を通り抜けるのにかかる時間と戦闘回数は運によるところが多い。

 彼の剣聖リチャードにしても、二度目のダンジョンアタックを成功させてはいない。

 それに、僕だって死ぬつもりはなかった。

 僕の実力ではこの階層のモンスターと出会ったら終わりだ。戦いにもならない。けれども、剣聖リチャードが残してくれた情報がある。ここから脱出用の『ポーター』がある場所までの道はおおよそ分かっていた。

 また、第十階層のモンスターは強いが数は少なかったそうだ。その数少ないモンスターを剣聖リチャードが倒しまくった後、百年間でどれだけ補充されたか。モンスターが強い分、再生(リポップ)には時間がかかると考えられた。

 徘徊するモンスターを避け、一度も見つからずに脱出用の『ポーター』まで辿り着けば生きて帰れる。分の悪い賭けだが、可能性はあった。


悪役令嬢ものは割と好きです。悪役とされる側が、実は主人公よりもよほどものの道理をわきまえていた、という展開は面白いです。

この話は、復讐系の物語で復讐される側の人物にも色々と事情があり、実はとっても良い人だったら? という発想で考えてみました。

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