第十二話 鍛冶屋に行きました
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2021/06/12 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
結局、装備の見直しは丸一日かかった。
いやー、大変だったよ。
アレクの目的も、装備を整えるための財力も、普通の冒険者とはまるで違うから、冒険者の常識が色々と通用しないんだ。
魔法鞄があるだけで戦略の幅がうんと広がるから、検討する内容も膨大なものになってしまう。
アレクは何かの参考にといって、剣聖リチャードの記録まで持ち出していた。剣聖リチャードは国の支援を受けて魔王討伐を目指していたから、アレクと重なる部分がある。
普通の冒険者ならば、今用意できる装備と人員から逆算してどこまで潜って何を狙うかを決めるからね。目標を定めてから装備を揃える余裕のある冒険者はほとんどいない。この件に関しては冒険者の常識はあまり役に立たなかった。
それでもどうにかして、ダンジョンに持ち込む装備品、消耗品の方針は決まった。
消耗品の補充については伝手があるということで、アレクがまとめて発注していた。王族の伝手って……あんまり関わらないでおこう。
ダンジョンでの野営に使用した便利グッズは、前回よく使用したものを中心に厳選した。これでもだいぶ減らしたのだけど、一般の冒険者からすればものすごく贅沢なものだ。
贅沢であっても、しっかりと体調を整えてダンジョンの探索を行うという大義名分のもと、諸々持ち込むことが決まった。
まあ、いざという時のために便利グッズ無しに野営する練習はする予定だけどね。携帯食のまずさをたっぷりと味わってもらおうか、ふふふふふ。
さて、消耗品や普通の道具はそれでいいとして、武器と防具の新調は他人任せにはできない。
これが軍の一兵卒や駆け出し冒険者だったら、店売りの武器から扱えるものを選び、武器に合わせて訓練をする。防具についても既製品からサイズの近いものを選んで自分で大きさを調節する。
ロシュヴィルにおいて、駆け出し冒険者というのはダンジョンの第一階層より下に潜ることを許されていない者のことを言う。
ダンジョンの第一階層は、数による力押しが可能な場所だ。実際に三百年前にダンジョンに攻め入った王国軍も、第一階層は問題なく制圧できたそうだ。今も第一階層で活動する冒険者は多く、何かあった時には助けてもらうこともできる。
しかし、駆け出しを卒業して第二階層以降へ潜ると事情は変わって来る。階層を降るにつれ、他の冒険者と出会える可能性は極端に下がる。どのような難局も自分たちだけで解決しなければならないのだ。
一人前の冒険者は、一人一人が精鋭でなければならない。単に武器を使いこなすだけでは足りず、自分のポテンシャルを最大限に発揮できるように武器や防具の方を自分に合わせなければならないのだ。
だから一人前の冒険者になったら、武器の購入を武器屋から鍛冶屋に変更する。自分専用の武器や防具を作るためだ。
まあ、最初はお金がないから既製品や中古品を調整するセミオーダーになるんだけどね。
そういうわけで、僕たちは鍛冶屋に来ていた。それはいいのだけど、……いやまあ、アレクがいる時点で想像は付いていたのだけど、……いきなり最高ランクの鍛冶屋だよ!
王都ロシュヴィルは幾つかの区画に別れている。
王宮を中心に各種行政機関が存在する行政区。
小売りから国外貿易まで各種商業活動が行われている商業区。
平民の住居がある平民区と貴族の住居が集まっている貴族区は、離れたところに作られている。
そして、様々な生産活動が行われているのが、ここ職人区である。当然鍛冶屋も職人区に集まっている。
鍛冶屋は鍛冶屋ギルドが取り仕切っている。そして鍛冶屋の腕に応じてランクが設定されている。それぞれ、初級、中級、上級、特級に別れている。
この鍛冶屋のランクは、単に鍛冶屋の腕を推し量る目安というだけではない。ランクの高い鍛冶屋には上質な素材が優先的に回され、またより高級な設備も使えるようになる。
つまり、ランクの高い鍛冶屋程、高品質で強力な武器を作れることが保障されているのだ。その分お値段もお高いことが保障されていたりするのだけれどね。特に上級、特級の高ランクの鍛冶屋は安物を作ることを禁じられているのだそうだ。
駆け出しを卒業した冒険者はだいたい自分の実力にあったランクの鍛冶屋に行く。自身のポテンシャルを最大限に引き出すことがオーダーメイドの目的だから、いくら高ランクの鍛冶屋に頼んでも実力以上に強い武器ができるわけではない。ただ高いだけだ。
鍛冶屋によっては実力不足の冒険者には、いくらお金を積んでも武器を作ってくれないこともあるらしい。上質な素材がもったいないと言って。
普通の冒険者ならば、自分に合った一番安い武器を探すからそんなことは起こらない。けれども、金持ち貴族の子息が道楽で冒険者になるような場合、せっかくだからいい武器をと安直に考えた結果分不相応な鍛冶屋にやって来て追い返されることがあるそうだ。
貴族を追い返しちゃって大丈夫なのか? と思うけど、鍛冶屋の言い分が通るらしい。強い武器を作れる高級素材は量が限られているから、実力者に優先的に回せという国の意向が働いているらしい。それに、武具の生産を取り仕切る鍛冶屋ギルドの発言力は強いから、たとえ貴族でも理不尽な要求は通らないそうだ。
アレクとカレンさんは問題ない。アレクが王族であるということとは全く関係なく、超一流の腕前を持つ二人の武器を作れるのはここくらいだろう。
けれど、僕は二人に比べると非戦闘員扱いになる。アレクにくっついて来ただけの僕じゃ追い返されるのが落ち……
「ふむ、分かった。短剣でいいんだな?」
あれ? なんか、作ってもらえるみたいです。
「お前さん、あっちの二人と違って力で叩き伏せるタイプじゃないだろう? 急所を一撃ならば、そろそろこの短剣ではきつくなるころだ。」
はい、その通りです。非力なので急所一点狙いの暗殺者スタイルです。でもそれが通用するのは第二階層までなんだよね。
しかし、さすがは特級の鍛冶師だ。僕が今まで使っていた短剣を見るだけでそこまで分かってしまうとは。
「手数を増やしたければ両手に持って双剣にする手もあるが、今の武器を変えるだけでもそこそこ行けるはずだ。まずはヒットアンドアウェイで確実に仕留められるようになることだな。」
なんか、アドバイスまでもらっちゃいました。頑張りまーす。
ここの鍛冶師は、当然のようにドワーフだった。トニーさんと名乗っていたけど、これは鍛冶屋としての屋号のようなもので、ドワーフとしての本名は別にあるらしい。
この世界のドワーフは、前世のファンタジー小説に出て来るドワーフのイメージとだいたい同じだ。小柄で酒好き、そして鍛冶が得意。
上級、特級の鍛冶師はほとんどがドワーフで占められており、冒険者にとってもドワーフ製の武具を身に付けるのはある種のステータスであり、憧れになっていた。
しかし、これで僕もみんなの憧れ、ドワーフ製の武器持ちの冒険者の仲間入りだ。高い買い物だったけど、この前の迷宮核の売却と雑用係の報酬で防具も含めてぎりぎり足りたから問題ない。
あ、アレクからは初期投資だとして僕の武具の代金も出すと言ってくれたんだけど、それは僕が断った。冒険者やっていて、ダンジョンで一山当てて装備を一新するって、めったにない最高のシチュエーションだよ。こればっかりは譲れない。
それでも、色々と予定が狂った感じだなぁ。
僕が以前お世話になっていたのは、初級の人間の鍛冶師だった。お金がたまったらそろそろ上のランクの鍛冶屋に行く頃合いだね、とは言われていたんだけど、まさか二階級特進することになるとは思わなかったよ。いや、結局中級の鍛冶屋さんには行っていないから三階級特進か。
実は、腕は良いのだけどあえて初級や中級に留まったまま仕事をしている鍛冶師もいる。ダンジョン探索の主力となの中堅冒険者や、これから育っていく若手に少しでも良い武器を提供しようという、とてもありがたい人たちだ。
中級の腕の立つ鍛冶師を何人か教えてもらっていたのだけれど、それが無駄になってしまった。ちょっとだけ申し訳ない気分だ。
さて、武器の次は防具だけど、これも同じ鍛冶屋で注文してしまった。
防具の扱いは少々複雑だ。プレートメイルのように金属鎧ならば鍛冶屋の範疇だけれど、革鎧だと革職人が中心となる。
初級や中級の鍛冶屋に通う冒険者なら、防具は武器とは別に防具専門の工房に頼みに行くのが普通だ。
しかし、特級ともなると話が変わる。もちろん革鎧ならば革職人に発注するのだけれど、鍛冶屋がその窓口を兼ねるのだ。武器と防具をセットでコーディネイトしてくれるというわけだ。
それでも、さすがに魔法職用の武器や防具は管轄外なので、アリシアさんとエレノアさんは別行動です。
実は、特級の鍛冶師の上に「等級外」というのがいます。鍛冶屋ギルトに所属せず、しかし余人に真似のできない高品質な武具を作るため、個人でありながら鍛冶屋ギルトと同等以上の権威を持つ、そんな存在です。
聖剣や魔剣と呼ばれるものを作ったり調整したりできるのもこの等級外と呼ばれる鍛冶師になります。
アルスター王国にはいないので、王族といえども気楽にあったり、仕事を依頼することはできません。このため、聖剣や魔剣といった特殊な武器は、武器が使いこなせる人を選ぶ形になります。
なお、本作中では等級外の鍛冶師が出てくる予定はありません。




