第十一話 装備を見直すことになりました
新しいパーティーホーム(?)に移り住み、アレクは勇者として、冒険者の活動を行うことになった。
表向きの理由は魔王討伐のダンジョンに対する影響を調べ、何か異変や問題が発生してないか確認するため。
「表向きの理由」とは言っても中身のない建前ではない。アレクが魔王討伐を決意した理由は、近いうちに魔王エグバートが十分な戦力を整えて王都に攻め込むのではないかという予測があったからだ。魔王を倒しても、残ったモンスターがダンジョンから溢れ出して、王都に雪崩れ込んだりしたら元も子もない。
そして裏の理由は、勇者となったアレクに近付き利用しようと画策する貴族たちを避けるためである。
本来ならば国王陛下と国の専門家に魔王を倒した詳細な状況を報告し、今後の方針を擦り合わせてからダンジョンの調査に赴く予定だったそうだ。
けれども、レオンハート殿下の忠告に従い、予定を繰り上げて王宮に戻ることなくダンジョンの調査を始めることになった。
王宮に蔓延る有象無象はレオンハート殿下がどうにかしてくれるらしい。何をどうするのかは怖くて聞けません。貴族、恐いよ~。
さて、新しい家で一晩ぐっすりと眠り、イメルダさんの作った(らしい)朝ご飯を食べて、いよいよダンジョンへと出発――
「まずは装備を整え直そうと思う。」
アレクは意外としっかりものでした。
魔王討伐を果たしたダンジョンアタックで思うところがあったのかもしれない。
思えば、前回のダンジョンアタックでは、アレクはかなり強引な物量作戦で挑んだ。多くの兵で攻め込めない代わりに、大量の物資を持ち込んだのだ。
アレクはまず、高価な魔道具である魔法鞄を用意した。これは小さな鞄に大量の荷物を詰め込めるという、ファンタジーでありがちな、冒険者垂涎の的の便利グッズである。これを用意できるだけで一般の冒険者とは一線を画していた。
そしてこの魔法鞄に大量の物資を詰め込んだ。食糧や水は当然として、大量の各種魔法薬、予備の武具、その他何かの役に立つかもしれない道具を片端から詰め込んできたと言っていた。
アレクの使った聖剣は王宮の宝庫に眠っていた一本だそうだけど、カレンさんの武器は大小十本以上の剣を取っ換え引っ替えしていた。
防具にしても、動きやすい軽装の革鎧から防御力重視の全身鎧まで、エレノアさんやアリシアさん用のローブの類も何種類か詰め込んでいた。
アレク自身も、最初のダンジョンアタックで魔王討伐ができるとは考えていなかったらしい。まずは行けるところまで行って、それから装備や戦略を見直すつもりだったそうだ。
それがいきなり最深部、魔王の間まで到達できてしまった。結果、一部の消耗品は底を突き、幾つかの武器や防具も破損してダンジョンに投棄してきた。その一方で全く使われなかった武器、防具、その他の道具もたくさんあった。
そういうわけで、いきなり反省会が始まりました。
アレクは最初に魔法鞄に詰め込んだ物資の目録を作っていたらしく、まずは全員で魔法鞄の棚卸。
これだけでも、何が不足気味で何が不要だったかが良く分かるけれど、やっぱり一般的な冒険者とは発想が違うなぁ。
普通の冒険者なら、保険として魔法薬を持っていくけれど、魔法薬を使うような状況になったら即撤退を考えるからね。魔法薬を使った時点で赤字になることが多いし。
武器、防具は結構はっきりと傾向が出た。
「やはり防具は動きを妨げない軽装が良さそうだな。革鎧を中心にして行こうか。」
「せやけど、一発喰ろうたら戦闘に差し障んのはまずいで。革鎧の下に鎖帷子くらい仕込んどいたほうかええんちゃうか。」
このパーティーは壁役がいないから前衛はひたすら避けることになる。
回避に専念するなら、軽くて動きやすい防具の方がいい。けれどもあまりに紙装甲にすると、攻撃が掠っただけでダメージを受けてしまう。それで動きが鈍ると集中攻撃を受けてすぐに戦闘不能になる。
だから、防具のバランスは非常に重要なのだ。アレクかカレンさんのどちらかが戦闘不能に陥れば、残った方への攻撃が倍に増える。あるいは捌ききれずに後衛が攻撃を受ける。そのまま一気にパーティーが全滅する恐れもあった。
これまで問題なく戦えていたのは、個々の攻撃力が高いからだ。第五階層くらいまでは一体一撃でモンスターを倒していたし、第九階層でもアレク、カレンさん、エレノアさんの三連撃に耐えられるモンスターはいなかった。
第十階層は知らない。剣聖リチャードの罠は、一人犠牲にすればモンスターに出会わずに魔王の元に行けるからね。ただ、魔王戦では苦戦したのかもしれない。
防具の方向性については意見がまとまったみたいだ。
「ダンジョンゆうても、結構広かったなあ。大剣振り回しても、ちっとも困らんかったし。」
カレンさんは短剣から大剣まで何でもそつなく使いこなす。けれども、やはり大きな剣の方が威力があった。あんなに重い大剣を長時間振り回し続けられる人は、男の冒険者にもそうはいない。
「狭い通路や、障害物の多いところもあるよ。剣が振れないほどじゃないけど、大剣は厳しいんじゃないかな。予備に普通の剣は用意しておいた方がいいと思うよ。」
僕だってそれなりにダンジョン歴は長い。このくらいのアドバイスはできる。
「魔力剣の方は、ほとんど出番がなかったな。」
アレクが今回消費した武具のリストを見ながら言う。
魔力剣というのは、魔剣の一種だ。斬撃に魔力属性を上乗せすることができるもので、特定の魔力属性が弱点になっているモンスターに対しては効果が高い。物理無効なモンスターに対しても効果がある。
魔剣と呼ばれるものの中では比較的安価なものだけど、それでも普通の剣より一桁は高い。さらに一本の魔力剣が対応する魔力属性は一種類のみなので、よほど特殊な状況でなければ魔力剣を使う冒険者はいない。
「同じ弱点属性を持つモンスターばかり出て来る階層は、第三階層くらいしかないからね。ただ、同じモンスターばかりいるモンスター部屋とかはあるみたいだから、魔法鞄に余裕があるなら属性剣を各属性一本ずつ持って行ってもいいかもね。」
高価な属性剣を何本も所持することができたとしても、全部持ってダンジョンに潜ることは普通しない。重くて嵩張るだけだからだ。しかし、魔法鞄があるなら話は変わって来る。
とは言え、モンスターの弱点属性を見極めて属性剣を持ち替えるなどという真似は普通の戦闘中には無理な相談だ。だから同種の弱点属性のモンスターがまとまっていることが分かっているか、弱点属性を突かないと倒せないような強いモンスターがいる場合以外まず出番はない。
そもそもこのパーティーの火力で弱点属性突かなきゃ倒せないほど強いモンスターはまずいないし、弱点属性があるならエレノアさんの魔術で一掃できるから、属性剣は魔力の節約くらいの意味しかないんだけどね。
あっ、アレクの聖剣は弱点属性に関係なく属性剣より強いから、完全に別枠。
武具の確認が一通り済むと、消耗品の話に移った。僕も意見を求められたので、簡単にアドバイスしておく。
「普通の冒険者は保険として魔法薬を持っていく。体力回復系を優先して、可能なら状態異常回復系、魔法職には魔力回復系を追加して、一人各一本ずつ持つことが望ましい。治癒師に任せきりにすると治癒師が魔術を使えない状態になったり、一度に複数の怪我人が出て回復の手が足りなくなった場合に死人が出るからね。」
アレクのパーティーは聖女になったアリシアさんが優秀なので、魔法薬の消費はそこまで激しくはなかった。まあ、魔法薬を使ったら撤退する普通の冒険者よりは遥かに多いけど。
後衛の魔力切れを警戒して魔力の回復をこまめに行っていたので魔力回復の魔法薬は底を尽きかけていたのだけど、それ以外、特に状態異常の回復薬はほとんど減っていなかった。
だからといって、次回のダンジョンアタックで魔法薬を持たないとか、魔力回復系の魔法薬だけを山ほど持っていくというのは間違いだ。
そんなことをしたらアリシアさんに何かあった場合に回復の手段が無くなってしまう。それに魔力回復魔法薬も無制限に魔力を回復できるわけでもない。飲み過ぎたらお腹いっぱいになっちゃうしね。
だから、非常時に撤退するための魔法薬は勇者のパーティーでも必須なのだ。体力回復系が優先なのは、とにかく生きてダンジョンを出られれば治療が可能になるからだ。
魔王が倒れた以上、さすがにエリクサーは過剰だけどね。あ、あの時のエリクサーはアレクからレオンハート殿下の手を経て王宮に戻りました。
「それから、魔法鞄だけじゃなくて、各自最低限の荷物は持った方がいい。万一パーティーからはぐれると困ったことになるから。」
「うっ、……」
いや、アレク、もう気にしないでいいから。僕は全然困らなかったし。
前回のダンジョンアタックでも僕はちゃんと自分の荷物は持って行ったよ。ダンジョンで冒険者御用達のバックパックを背負っていないと落ち着かないし。
バックパックの中身は、保険の魔法薬、まずいと評判の携帯食、水筒、ダンジョンの地図とマッピング用の筆記用具等。まあ、魔法鞄に色々入っていたから全然使わなかったけど。
それに、バックパックがないと迷宮核を持ち帰るのにも一苦労するところだった。持って帰れないこともないのだけれど、目立つから大騒ぎになるところだったよ。




