不良と秀才、使命を知る
ゴトゴトガラガラという車輪の重たい音と、パカラッパカラッという馬の蹄の軽やかな音。電車の座席を思わせる心地の良い揺れは、思わず眠気が誘われてきそうな感覚。
馬車の窓から外を見れば、目に優しい落ち着いた色をした草原や木々が流れてゆく。原っぱを駆け回る野うさぎや、空を舞うように飛ぶ鳥達。
嗚呼、優しく包まれるような穏やかな景色、何故これ程までに────
「(落ち着かねぇ……)」
「(……全く落ち着かない)」
──────落ち着かないのだろう。
蓮士は、いや真琴だってこう思っていた。何故か。ここまで落ち着かないのは何が原因なのか。
座席の質感?
違う。寧ろ最高の座り心地だ。ともすれば新品まっさらの厚めの羽毛布団程に座り心地は良い。
なら、車内が狭すぎる?
違う。そこそこ広いし、頭をぶつけないくらいには高さもある。
ならば、見知らぬ人間が同じ場所に乗っている?
違う。確かに元いた世界と異なるこの世界の人間たるネージェ市長が乗ってはいるが、一言も交わしたことの無い、全く面識のない人物という程では無い。
なら何故に。どうして落ち着かないのか。答えがあるとするなれば、ひとえに『急すぎる』からだろう。
それもそうだ。二人は元の世界に帰る手立てを見つけんと、市民の信頼の厚いネージェ市長を尋ねて、協力を仰いだ。
すると、何らかの手配をしてくれるとあって、これは当たりだと二人は思い、心の底から安堵した。
が、実際に来たのはそんな吉報ではなく。
『王都までネージェ市長と共に同行し、国王陛下と謁見する』という、まともに生活していればまず出くわしたりしないような重すぎる仕事だったのだ。
当然二人はそんな重大な事態を飲み込めなかったものの、「説明は追ってする」という市長の言葉(に加えて有無を言わさぬような気配)もあり、首を縦に振らざるを得なかった訳で。
そこからはもうハイスピードで事が運ばれていった。
職員に半ば強引に連れ出されて市役所の前に待ち構えていた馬車で街の門まで運ばれ。
門を出たところで豪勢な色をした格式の高そうな馬車の一団が待ち構えており。
その豪勢な車両に(ほぼ無理矢理に)放り込まれ、馬車が動き出し………………数刻の時が経って、今に至る。
「…………なあ」
「……なんだ……」
「…………いや、なんでも……」
「…………そうか……」
見知ったを通り越して親友同士であるはずの二人が。
日頃顔を見合わせては軽口を叩き、馬鹿話をして笑い合うはずの二人が。
かなりの小声でそれだけしか言葉を交わせない状態。否、もはや会話にすらなっていないやも知れない。
「(真琴がこんな具合だし……ネージェさんも……)」
「……………………」
加え、「説明をする」と言った市長の方も二人の雰囲気を察してか、それとも話を切り出すタイミングを掴めないのか、頬に一筋の汗を伝わせつつ、難しそうな顔をしている。
「(どうにかこの空気を変えないと……でも、何話しゃあいいんだ……?)」
おちおち真琴と世間話(元いた世界の)を出来る雰囲気でなければ、ネージェ市長と談笑し合うことも出来そうにない。そもそもこちらは面識こそ出来てはいるが、ネージェ市長の事を詳しくは知らない。
とてもでは無いにせよ、この状況では彼女との会話は出来そうにない。
……が、そんなことで押し黙っていても、状況が好転する訳では無い。やらなければ……動かなければならないのだ、いつだって、何かを変えようと強く願うのなら。
「(…………よし、俺が切り出そう)」
うまく話に繋げられるかは自信が無いが……このまま気まずい時間を過ごすよりは幾分雰囲気もマシになるかもしれない。それに、何よりも説明をしてもらわねば色々と困る。それに、
「(何から何まで真琴に任せっぱなしじゃあ申し訳無いし……少しくらい俺だって役に立たねぇと……)」
自分から何か起こそうとするのは何時ぶりだろうか、と考えながら、蓮士は腹を括り、言った。
「…………あの」
「すみませんネージェ市長」
……………………が、遅かった。
真琴が蓮士より先に、やや声のボリュームも大きくそう言い放ってしまった。
あっ、と気づいて少し申し訳なさそうな顔をする真琴と、プリンを床に落としてぶちこぼした時の子供のような絶望とも取れるような表情を浮かべている蓮士の間でワン・クッションが挟まれた。
「(…………一人でなんかぶつぶつ考えてないで、さっさと言えばよかったなあ………)」
無駄に腹を括り無駄に勇気を振り絞り打ちひしがれている蓮士に、「すまない」の意味を込めた会釈をした後に真琴は続ける。
「先程仰っていた『説明』を……お願いできませんか?」
「ん、ああ……それは勿論そうするが…………マコト君」
「マコトで構いません」
「……マコト、レンはあのままでいいのか」
「…………はい、大丈夫です」
「……大丈夫です」
「……ま、まあ、何より本人がそう言うなら大丈夫なのだろうな。あいわかった、話させてもらおう」
そう言うと、ネージェ市長は事の経緯を話し始めてくれた。
「実は……君達二人が異界からの勇者ではないか、との見立てがあってな」
「「異界からの勇者?」」
「そうだ、この国……ともすればこの世界の人間ならば誰も彼も、老若男女が知っているであろう伝説の存在だな」
「それは、どういった……?」
「……少し長くなるが、いいか」
二人が頷くと、市長はこのような事を語り始めた。
◇
数百年前、魔王を据えて凶暴化した魔族の手により、この世界の人間族の領地や国々は次々に侵略、蹂躙されていたという。
当然ながら黙って奪われてはいられないと諸国は同盟を締結、持てる兵力を投入して魔族との全面戦争に踏み切った。連日戦いに戦い続け、死力を尽くして行った抵抗が身を結び、結果としてどうにか侵略に歯止めを効かせることが出来た。
が、肝心の魔王は古代の聖剣でしか封印することが出来ず、加えてその剣は勇者にしか使えないという制約付きの物であった故、使うことは愚か台座から引き抜くことも出来ず、諸国の軍勢も魔王に対して大した打撃を与えられずにいた。そんな最中に、一人の男が突然この世界に現れた。
男は、「私は天啓を賜り、この世界を救うべく別の世界からやってきた勇者である」と言い放ち、勇者にしか引き抜けないはずの聖剣を見事抜き放ち、仲間と共に魔王を封印するべく旅立ち……………………………………数年の時を経て、遂に魔王を封印し、世界に平穏をもたらした………………
◇
「…………という、まあ御伽噺じみた伝説がある訳だ」
市長は一通り話し終え、ふぅと一息つくと座席に背をもたれてそう言った。
「そんな話が……」
「ほええ…………」
聞けば聞くほどロールプレイング・ゲームのような話……だが、何となく自体は呑み込めた。同時に、二人の脳裏に最悪の事態が想起された。
「異界からこの世界に……来……て……」
「これってまさか……俺達がその勇者に……?」
「…………いや、まさかそんな……ネージェ市長、その勇者はその後……どうしたか分かりますか?」
「私が聞かされ育った話だと……『私が成すべき事は成し遂げた』と言い、この世界を去ったそうだ」
そう聞くと、二人は一層嫌な予感がした。自分で分かるくらいに目は泳ぎ、瞬きをし、頬をつぅ、と汗が伝う。
「………真琴、やっぱり……」
「……待て、まだそうと決まったわけじゃない……魔王が居るなんてまだ聞いていないから……な?」
「そうだよ、な…………ね、ネージェさん……」
「ん?まだ何か気になるか?」
「そのー……今、この世界の情勢って……どうなってます?魔王とか、いませんよね……?」
一縷の望みを掛け、半ば願うような祈るようなニュアンスを込めて蓮士が聞く。
「………………」
と、市長が途端にきっ、とした目付きに変わり……答える。
「数百年前に封印された魔王が復活し、再び人間族と魔王の軍勢との全面戦争の真っ只中、だ」
瞬間。希望、潰える。
「…………なぁ、真琴」
「…………なんだ」
「今更もう一回言わせて欲しいことあんだけど」
「奇遇だな、俺も今しがた言いたかった所だ」
「ならせーので言うか」
「あいわかった……せー、の」
「「…………面倒なことになっちまったな……」」
絶望を通り越し、脱力仕切った二人の精一杯の愚痴。
希望が潰えると同時に、二人の運命が決まった。
『勇者として、魔王を倒して世界を救う』という、面倒極まりない大仕事を遂げねばならぬ運命が。