不良と秀才、市長に掛け合うこと
…………あー、なんて言うんだ?今の俺の状態。
くそっ、まさかここで学校に行っていなかったことを悔やむ羽目になるとは考えてもみなかった……自分の状態すら言い表せないのか、俺は。
まあ、簡単に言うと…………頭の中がこんがらがってた。
と言うより、バグってた。
そりゃあそうだろ。どんな気難しいおっちゃんが来るかと身構えてたら、焦げ茶長髪のめちゃくちゃ格好いい上に美人な女の人が来たらびっくりなんてもんじゃないだろふつー。それとも俺が普通じゃないのか……?
「……………………」
「……ン、おいレン!」
「……な、なんだどうした真琴」
「どうしたって……お前こそどうした。ガクガクしてたぞ……?」
再三に渡っての真琴の声掛けでどうにか我に返った。……どうやら、日頃からあまり大人の女性に接しないのが災いしたらしい……
「どうかしたか?……もしや、具合でも悪いか」
「あ……?……あ、いえ、だいじゅ……大丈夫です、はい」
「……そうか……?まあ、無理はしないようにな」
「はい……ありがとうございます……」
俺の震えを見た市長さんが声をかけてくれた。なんか、市長さんにも真琴にも、申し訳なくて涙が出そう……いや、泣いてる暇があるなら改善するべきだよな……
「まあ……何はともあれ、先ずはお二人の名前を聞かせて貰えるだろうか?」
「はい、私は真琴……秋月真琴と言う者です」
「すみませんでした……!俺は湊蓮士って言う者です、今日は宜しくお願いします!」
「ふむ……名前の感じからすると、姓と名が私とは逆順なのか」
「(逆順……?)」
「(恐らく、この世界は日本のような苗字→名前じゃなくて、外国のように名前→苗字になっているということだろうな)」
「(あー……なるほどな)」
真琴が小声で助け舟を出してくれた。ありがとう。俺、お前がいないと色々と不味そうだよ。
「さて君達、マコト君にレン君でいいのかな」
「はい、構いません」
「あっ……はい、大丈夫です」
ジはどこに行ったんだよ……まあ、電子レンジが連想されないだけマシか……
「今回、私と話をしたいというのは……どういった要件だい?」
「……………………」
俺が話すとめちゃくちゃになるから、と言うような心象を込め、無言で真琴に視線を送る。真琴は小さく頷くとネージェさんに今までのことについて事細かに話し始めた。
「荒唐無稽な話だと思われるやも知れぬことを承知の上で述べさせて頂きます……我々は旅の者だと名乗りましたが、本当は……この世界の人間では無く、全く別の世界から来た人間なんです」
「…………ほう……?」
ついさっきまで不敵な笑みを浮かべていたネージェさんの表情が、明らかに引き締まる。目を細ませ、口元をきっ、と結んで訝しげに、それでいてとても重要で深刻な話を聞くような顔つきになっている。
「私とレンは、街の細道に奇妙な光を見つけ、それが何か確かめんと近づき、光に触れ……目覚めると、この街の外れに居たのです」
「…………続けてくれ」
と、顎に手を当てて考え事をするようにネージェさん。
「……しかし、それまででした。光に触れて此処に……この世界に来たはいいものの、帰る手立ては何処にもありません。あの時の光と思しき物の片鱗も掴むことは叶わず……しかも困ったことに、こうして話すことは出来ますが、この世界の文字や文章の類は理解できないようで……蔵書の一つでも手がかりが欲しいと思っていた所で、貴女がお力添えをしてくれるだろう、とこの街の方にお聞きした次第です」
そこまで言い切った真琴の頬には、軽く汗が滲んでいた。
「(真琴があんなに緊張してるなんてな……)」
正直、真琴は俺と違ってよく喋る……弁が立つっていうんだっけ?……弁が立つし、なんでも器用にこなすからそんなイメージは無かったんだが……
「(信じてもらえるかどうか不安、ってのもあるのかもな)」
そう思っていると、ネージェさんが口を開いた。
「……少しだけ、待っていてくれたまえ。上と掛け合って、手配の用意をしてもらってくる」
そういうと、少しだけ、ほんの少しだけ憔悴したような様子で、ネージェさんは部屋を出ていった。
「…………緊張、した…………」
「真琴、お疲れ……」
ふぅ、とやや安堵したような息をつきながら、真琴は額の汗を拭う。
「幾つになっても……偉い人との会話は慣れそうにない」
「……正直、意外だよ。お前がそんなこと言うなんて」
「バカ……欠点のない人間なんて何処にもいないに決まってるだろ」
「おぉう……そっか、わかった……」
俺も少しくらい、真琴の気持ちになって考えてみるべきかもしれない。
◇
…………手応えはあった。
早とちりをしないように最大限用心しても、おそらくネージェ市長は自分の話を信じてくれただろう。上……つまりは国のお偉方、この世界で考えるならば国王陛下や権力者に掛け合ってくれるということと、何らかの「手配」をしてくれようとしていることからそれは明確だ。ともすれば、元の世界に帰還することは思ったより早く成し得ることかもしれない。
等と考えを巡らせていると、
「真琴、お前さ……この世界に来てみて、どうだったよ?」
と、レンが話を振ってきた。
「どうだった……か」
「何か思ったこととかさー、無いか?」
思ったこと。
異なる文化。異国情緒のある街並み。見たことの無い貨幣に言語。異なる世界に来たと実感させるような、現代のこざっぱりとした印象と異なった衣服、服飾品の類。何もかもがはっきりと、違う。
だが、それだけ。
目に映るそれらの物は、確かに異なる雰囲気を醸し出してはいたが、だからといってこの世界を去るのが惜しいというわけもなかった。だが……たった一つ、確かに興味をそそられたものがあるならば。
「……もう少し」
「もう少し?」
元の世界には絶対的に無かったそれは。
「…………魔法って物、もっと沢山見てみたかったかな」
ほんの少しだけ口惜しく思えて、僅かに残念そうなイントネーションを含んで答える。
「………………」
……と言う具合に返すや否や、まるで信じられないとでも言わんばかりの、驚いたような小馬鹿にしたようなレンの顔が目に入った。
「…………なんだ、その顔は」
何かおかしな部分が先程のことばにあったのだろうか。
「……ああいや、俺って全く真琴のこと分かってねぇなって」
「…………どういう意味だ、それとなんでニヤついてんだ」
「いや、気づいてねぇの?……魔法見てみたかったー、って言ってた時の真琴さぁ」
そういうとレンはとても嬉しそうに、それでいてそれはもう楽しそうに
「────めちゃくちゃ楽しそうな顔、してたぞ?」
と、一言。
「…………え?」
何を言われているのか、まるで分かりやしなかった。笑顔が苦手な訳でも、笑顔を見せない訳でもない。学校でも普通に笑って、馬鹿話をすることだってあった。なんならこの世界に来ても、ずっと訝しい顔をしていた訳では無かったはずだ。
しかし、レンの言葉は率直だ。
無駄な世辞や飾りのない、思ったままの言葉だ。
彼が嘘をついていないとするならば。
自分は、思い出など欠片ほどもない、ただ少しづつだけ元の世界と違う、としか思っていなかったはずのこの世界の思い出を、とびきりの笑顔で語っていたということだ。
「…………っ……!!」
それを理解した途端、とんでもない程の羞恥にも似た感情が、堰を切ったように溢れ出して来たのがわかった。
「おーどうした、めっちゃ顔赤いぞ?風邪?熱?ヤバいんじゃないか?」
「ち、違うわ!ほっとけ、ほっとけ!」
「お、おう……?」
「ふーっ……」
取り乱してしまった、いかんいかん。どうも自分は常日頃は落ち着き払って居られるものだと言うのに、自身の好奇心を抑えておくのは苦手分野のようだ。元の世界に戻った時の改善点に加えておかなくては。
そんな他愛もない話をし続けて、気付けば数十分経ったかという頃。
「待たせたな」
例の真面目な顔つきはそのままに、少し陽気さを含んだ声でそう言うと共にネージェ市長が戻って来た。先程の装いとは少し違い、肩や胸、脚なんかに部分的な鎧を装備し、腰には剣を佩き、まるで出陣でもするかのように見て取れる。
「……ネージェ市長、お言葉ですが、その格好は……?」
「話すと長々としたものになるが、聞きたいか」
「……なら、遠慮しておきます」
言葉は淡々としているが、どこか焦りを含んだように言うネージェ市長。
その言い方に、思わず少し引っ掛かりを感じずに居られない俺。
空気がいまいち分からずに、頭にはてなマークを浮かべたような表情をして市長と俺の顔を交互にチラチラと見るレン。
恐らくは発言の機会を伺っているような雰囲気の市長。
そんな微妙な空気感が少し続いた後、沈黙を破ったのは市長だった。
「……二人共、よく聞いて欲しいことがある」
俺達がこの世界に転移してきたことを伝えた時のような、深刻な話をするような凜然とした眼差しをして。
「……何でしょうか」
「あっ……はい……」
そんな気迫を向けられると、思わずびくり、としてしまう。
武道の有段者か、或いは厳格な軍人か……そのような人物の眼前に在るような錯覚すらも覚える。同時に、どのような事を聞かされるのか、という恐怖心にも似た好奇の心が揺さぶられる。
『怪しい人物と思われて裁判の上投獄』『帰ることは叶わない』……等々…………ネガティブな結果を告げる言葉を警戒していると、ついに市長は静かに、そしてしっかりと言い放った。
「君達二人は──────」
待つものは天か地か……鬼が出るか蛇が出るか……
「────国王陛下に謁見の為、王都に来てもらう」
……………それ見た事か、やはり最悪の結末を辿ることに────────
「「…………え?」」
「……聞こえなかったら申し訳ないから、もう一度言わせてもらおう…………国王陛下との謁見が決まった故、王都まで私と共に来て貰う」
「えええええええええええええええええええ!?」
「はああああああああああああああああああ!?!?!?」
──────後に『世界を救う勇者』となる青年二人の驚愕の叫び声が、天高く響き渡った。