不良と秀才、市役所へと向かう
親切な老人に書き渡された地図を手に、二人は市役所の方面へと向かう。
それがあるのは市の中でもかなりの栄えぶりを見せている所らしく、市場などは先程の通りよりも数段上の大盛況の様が見れる。
「外国には行ったことねえから分かんねえけど、海外……ヨーロッパの色んな国とか……そういう所の市場ってこんな感じなのかな」
「レンは海外の経験無しか」
「母国にひきこもりたいんだよ、俺みたいなヤツはさ」
「まあ、お前はそんな気がするよ。時代にだけ遅れるなよ」
少しは異なる世界に慣れてきたのか、それとも戻れる可能性を見つけて気分が軽くなったのか、やや機嫌よく話しながら歩む二人。
「しっかし……帰れるとなったら、折角貰ったお駄賃も使い所無しか」
「異なる世界の物だと言うなら、高く売れるやもしれないけどな」
「仮に売っぱらって金になったとして……何すんだよ。俺の手にありゃあ買い食いなりなんなりに消えるぞ」
「家に入れたらどうだ?迷惑を掛けてるんならいいケジメにでもなるだろ」
「……今更、どんな顔して親に会えばいいんだよ……親泣かせの代表格たる不良生徒になっちまった俺が……」
「……なんだかごめんな、良い気分だったところにそんな事言って」
「ん、大丈夫大丈夫。後のことは後になって考えるさ」
「(……後のことは後になって、か)」
常日頃忙しなく物事を片付けていく真琴には、何処かその考えが羨ましく思えた。
◇
市街を歩くこと数分、ようやくその場に着くことと相成った。
「どうやらここらしい」
「おお……綺麗だなぁ」
綺麗に整備された庭園の奥に、三階建ての洒落た建物が見える。
元いた日本のそれの佇まいとかなり掛け離れた様子は、別天地へ来訪したことを再確認させられるようだ。
「もっと高いビルみてえなのがあるかと思ってた……」
「まあ、普通はそんなイメージだろう」
広い庭園やどしりとこちらを向いている丁寧な細工のなされた入口の扉、立派な門等が、建物の親しみやすい温暖な配色の中から威厳を醸し出している。
「さて、と。問題はここからだ」
「ああ……そうだな」
目的地に着いたからと言って、それで全て完了という訳では当然ない。
このサレガという市の市長、ネージェという人物に謁見し、自分達の身の上にあった事を全て話して、元の世界へと戻る手立てを見つけなくてはならない。が……
「市長って言っても、そこまで暇なもんかねえ……」
「まあ……懸念されるのはそこだろうな……」
言葉に表せば簡単なものであるが、何せ相手はこの街の長。そう都合良くいきなり来た異邦人の話を聞き入れてもらえるのかどうか……というより、そもそも会うこと自体叶わぬのでは無いか、という一抹の不安が頭をよぎる。
「……言っててもしゃあねぇやな。行こ」
「同感」
そんなことを言っている間にも時間は過ぎていく。二人は扉を開き、中へと入って行った。
「お邪魔します……と」
「思ったよりも人がいないな……この世界にも休日平日の概念はあるんだろうか」
真琴の見立てとは違い、半ば貸し切り────とまでは行かないが、入ってすぐの所謂エントランス・ホールには片手五指で数える程度しか利用者は見られない。
「人が居ないだけ、待ち時間とかは少なくて済むかもな」
気の短い蓮士がやや機嫌を良くして言う。
「まあ、所要時間は少ないだろうが…………レン、少し掛けててくれ。まず受付で色々と聞いてくる」
「おっし、了解だ」
蓮士が手近な待合椅子に腰掛けるのと、真琴が受付の職員に話しかけるのはほぼ同じタイミングだった。
「ようこそ、本日はどのような御用件がお有りでしょうか?」
「はい、私とそこの連れは遠方から来た旅の者なのですが、この街に着いた折に少し困った事が御座いまして……この街にお住まいの方にお聞きした所、ネージェ市長様がお力添えをしてくださるとの事で、伺わせて頂きました次第です」
「そうでしたか……先んじて、遠路はるばるお疲れ様です」
「いえいえ、ありがとうございます」
「そして、御相談につきましては……誠に申し訳ございませんが、市長は現在外出中で御座いまして」
「おっと、そうでしたか……これはまた時分の悪い事で」
「もうすぐお戻りになられると思いますので、宜しければお連れ様共々此方でお待ちください。応接室までご案内させて頂きます」
「本当ですか!ありがとうございます、是非とも」
蓮士が真琴の手招きに応じて合流したのを見ると、職員は「それでは此方へ」と言い、二人を先導して歩く。エントランスの階段を登り少し歩いた所で、職員が手のひらを向けて何かを指し示した。
「こちらをご利用くださいませ」
職員が指す先には魔法陣と言うべき二つの円が少しの間を空けて重なり、淡く光を放っている。
「これは……?」
真琴が好奇心を含んだ声色で聞く。
「設置型転送魔法具の一種、解りやすい名称で言いますと『転送装置』と言います」
「転送装置だと……!?」
今度は蓮士が、やや興奮した様な熱のある声色で聞く。
「はい、此方の魔法陣の中央にお立ち頂き、行きたい階数を念じるか声に出して頂く、たったそれだけで……ひとっ飛びです!…………コホン、失礼しました、少し熱が入ってしまいました」
蓮士の如くなる男子高校生にとっては何という興奮と憧れの塊であろうか。徒歩の距離の疲れなどとうに無き、と言ったように瞳を輝かせ、食い入るように魔法陣を見つめている。
「ああ、それで、応接室は何階に?」
「四階でございます。では早速どうぞ」
落ち着きを取り戻した真琴の問いに答えると、職員はくす、と微笑んで転送装置の使用を促すようにそう言った。
「では……私から」
真琴はゆっくりと魔法陣に足を踏み込み中央に立つ。
「四階」
そう発すると、真琴の身体は徐々に光に包まれ────消えた。
「うおっ!?すっげ…………俺も!」
蓮士は魔法陣に駆け込むように入り、同じく「四階」と発する。
その刹那、蓮士の身体を光が覆っていった。
「おおぉ…………やべぇ……!」
完全に光が身体を包み込むと、蓮士の姿もまた消えた。
職員もそれを見届けると、同じようにして移動していった。
◇
「おぉ……マジで違う階だ!」
「驚いた……魔法とはかくも凄まじい利便性を持つのか」
「見識を広める事に一役買えたのでしたら嬉しい限りです」
興奮し切った様子の蓮士と、顎に手を当てどこかわくわくとした表情で考え事をする真琴の様子を見て、先程移動を完了した職員が礼をする。
「それでは、応接室へのご案内を続けさせて頂きます」
「よろしくお願いします!」
「御願い致します」
四階は倉庫や書庫と応接室のみのフロアだそうで、三つある応接室の他のドアには何やらプレートらしきものが掛かっていた。きっと『関係者以外立ち入り禁止』のようなニュアンスだろう。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
「失礼しまあす」
職員から第二応接室と案内されたその部屋に二人は入った。
「では、ごゆっくりお待ちください」
職員はそう言って一礼し、扉を閉めた。
「ふぅ……なんとか市長さんには会えるっぽいな」
「目通りが叶っただけでもかなりの収穫だ」
二人はテーブルのソファに腰掛けると、ぐっと伸びをしたり背をもたれたりして身体の疲労を取る。
毛糸細工や陶器が棚に並び、鉢植えの彩りのある花が飾られている。およそ殺風景という言葉とは無縁のようだ。
「それにしたって……市長さんってのはどんな人なんだろうな?」
テーブル上の籠に入っていた茶請けのラスク(だと思われる)をつまみながら、レンが俺に問うように言ってくる。
「さっぱり……」
だがどのような人物か知りたいというのは激しく同意する。事実、それに関しては俺もかなり気になっている。このサレガの街、恐らくは地方都市に分類されるような──それもかなりの発展をした──栄えぶりの目まぐるしい都市だ。
然し当然ながら、街が大きくなればなるほどそこに起きる争いや諍いは複雑で面倒なものになる……ハズ。
その大きな都市を纏め切っている人物なのだから、それ相応の手腕や人望のある人物という事は容易に想像がつくが……姿形はどのような感じだろうか。
豊富な知識と経験を持ち、頭の切れる老人だろうか?
それとも、親方然とした頼り甲斐のある兄貴肌の大男だろうか?
はたまた、知的で冷静な印象を受けるハイスペックでスマートな青年だろうか?
俺としてはこの中の何れかで合っているものとは思うが……一応蓮士の意見を聞いてみるか。
「レンはどんな人だと思う?」
「んーそうだなぁ…………おっちゃんだと思う!」
「それは随分とまあ……抽象的だな」
ざっくりとしてはいるが、恐らくイメージとしてはテレビ等で見る政治家のそれだろう。というか此奴は普段テレビを見るのか、という疑問が頭をよぎったが、特段大切なことでもないので深追いするのはやめておいた。
「でもそのくらいしかない気がするんだよな」
「まあ確かに……そんな気はするな」
◇
お互いの予想が妙な所で固まると、それ以上は特に話すことも無いと感じ、この話題は切り上がった。
さて、次の話題には何を出そうか──────
──────と考えかけた矢先、ドアをノックする音。直後、
「失礼する」
という凛然とした声と共にドアが開いた。
件の人物が来たのだ、と、俺達は思うが早いかソファを立ち、ドアに向く。
率直に言おう。否、言い切ってしまおう。予想だにしなかった、と。
何故なら。
「遠路遥々ご苦労様だった、そしてようこそ、我らの街へ」
目の前に居たその人物は。
「私がこの都市サレガを治める、市長と呼ばれる位に在る者」
俺達が思い描いていた物とは、全く持って違いしか無い、
「────ネージェだ。以後お見知りおきあれ、旅の方?」
…………この大きな都市を取り纏め、統治する者とは思えぬような、端麗な容姿の女性だったのだから。