さあ、ゲームを始め……たくない!
「……おい。どういうことだ」
「あ?俺と美幸先生の馴れ初めか。あれは3年前の……」
「いや、そんなクソどうでもいい事じゃなくて」
「お前、ひでえにもほどがあるぞ!もうちょい主人公に興味を持て!」
「それどころじゃねえよ!美幸先生って、そもそも攻略ヒロインじゃねえんだよ!無理なんだよ!」
「大丈夫!頑張れ!」
「さりげなく丸投げすんなや!」
この現状だけでも受け入れがたいのに、さらにサブキャラを攻略するという無理ゲーをさせられるとか……イミワカンナイ!
すると、神田川は…………土下座した。
「頼む!一回だけでいいんだ!ダメだったら諦めるから!」
「…………」
たとえゲームキャラとはいえ、男がプライドを捨てて土下座までしている。
果たして、これを見捨てて僕は明日からは気持ちよくゲームができるだろうか?
答えは否だ。
「……わかったよ。でも期待すんなよ。変なバグでもない限り無理だから。まあ、この状況自体バグみたいなもんだけど」
「おお、ありがとう!最後の余計だけど!」
「…………はぁ」
もうだいぶ遅い時間だが仕方ない。夢なら覚めてほしいけど。
僕はひときわ大きな溜め息を吐き、それに合わせて大きく伸びをした。
*******
「じゃあ、始めるか」
「おう」
まずは勢いよく『最初から始める』を選択した。
すると、ある変化が起こった。
「頼むぜ、相棒!」
「あ、ああ……」
誰が相棒だ、とうんざりしていると、いきなり神田川が画面に吸い込まれていった。ズルズルと某ホラー映画の巻き戻しみたいに。結構不気味だ。感動もクソもない。
やがて、全身が画面に吸い込まれ、テキストがいつも通りに表示される。
「あぁ、びっくりしたぁ……」
とりあえずゲーム機の電源を落とす。
すると、部屋はしんと静まり返り、さっきまでの出来事が嘘のように感じられた。まあ、誰に話しても信じてもらえないだろう。
……さて、もう一回寝るか。
僕は布団にくるまり、電気を消した。
「起きろやぁ!!」
「うおっ、びっくりしたぁ!」
くっ!また画面から出てきやがった!電源落としたのに!
「びっくりしたのはこっちだわ!なんであの状況から何事もなかったように寝てんの?さっきのモノローグはなんなの?頭おかしいの?」
「……マジで夢じゃないのか」
「まだその段階かよ!俺らあんなに会話したじゃん!仲良くなったじゃん!」
「いや、お前と喋ると、ゲームの中の主人公のイメージが壊れるから止めて欲しいんだが……」
「ほら、あれは一般の方にお見せするキャラっていうか……」
「僕もその一般人の一人なんだが……」
「…………さぁ、一緒にヒロイン攻略しようぜ!」
「無視しやがった!……ああ、もう、わかったよ」
このままだと、このやりとりが無限ループしそうなので、おとなしく再びゲームの電源を入れた。
すると、奴は再び画面の中に戻り、物語が始まる。
このゲーム『センチメンタルトレジャー』は、オーソドックスな恋愛シミュレーションゲームだ
しかし、選択肢にちょっとした引っかけがあって、それを選ぶと一発でゲームオーバーになるのだ。
まあ、僕は今さらそんなのに引っかからないけどな!いや攻略できてないから、偉そうな事は言えんけど!
すると、画面に一人の美少女が現れた。
『おはよ♪』
「おう、おはよう」
肩ぐらいまでの茶色い髪、純粋そうに輝く瞳、控えめながらも出るところは出たスタイル、そして……聞くだけで癒される甘い声。
というわけで、俺の推しキャラ山吹渚ちゃんが登場するわけだが……なんかいつもと違う。こんなところに選択肢ってあったっけ?
挨拶をする
手を繋ぐ
キスをする
告白する
「えっと……よくわからんから、とりあえずキスしとくか」
「おはよう、渚。んー……」
『な、何すんのよ!バカっ!』
「ぶふぉっー!!」
キスする前に思いきり殴られている。いい気味だ……じゃなくて、めっちゃ痛そう……。
すると、画面から左頬を押さえた神田川が出てきた。
「お前、バカなの!?死ぬの!?なんであそこでキスするんだよ!」
「いや、ほら……なんか見たことない選択肢があったから、つい……」
「つい、じゃねえよ!しかも」
「そっか。で、どうだった?」
「どうもこうもねえわ!痛みしかなかったわ!あいつ本気で殴るんだもん!裕希ドン引きしてたぞ」
「わ、悪かった……じゃあ、ちょっと戻すぞ」
「ああ、頼むわ」
初っぱなからアホな選択をしてしまったが、同じギャルゲーユーザーの皆さんなら同じ選択をしたはず!
それより……このゲーム、本当にバグってるのか?
*******
その後は特に選択肢もなく、保育園まで来ると、いつものように例の美幸先生が登場した。
腰くらいまである長い髪に、起伏の大きなボディライン。垂れ目がちな色っぽい目つき。エプロンにジャージという野暮ったい格好がむしろエロく見える。神田川が彼女に惚れる理由もわかる。
……ていうか、なんで攻略できないキャラが無駄にビジュアルいいのか。○anonの○子さんが攻略できないと知った時の気分を思い出す。制作を恨みたい気分だ。
『あ、裕希くんのお兄さん、おはようございます』
「あ、はい。おはようございます」
彼女の艶やかな大人の声に、神田川がクールに応じた。
まあ普通に挨拶くらいはできるみたいだな。いつも見てるシーンだけど。
だが、それもすぐに変化が起きた。
『あの……』
「はい?」
『裕希くんの事で相談があるんですが、今日お迎えに来た時、少しいいですか?』
相談に乗る
断る
好きです!
また見たことのない選択肢が画面に表示されている。あれ?まさかの美幸先生ルート解放?ま、待て。まだ喜ぶには早い。ていうか、バグのくせに、なんで音声ついてるんだよ。もう驚かないけど。
……それはそうと、どれを選ぼうか。いや、選ぶべきはどれかわかってる。まずはウケ狙いで……
「いや、普通に相談に乗るを選べよ!」
……少しくらい楽しんだっていいじゃないか。






