空を飛べる子
書き手さんの気持ちを知ろうと、書いてみた感はあるけど、後悔しかない。
「私、空飛べるんだよね」
そう言って彼女は飛んだ。
2階の窓から飛んだ。
慌てて窓に駆け寄り、下を見た。
彼女は綺麗に着地を決めてそのまま走り去った。
もう意味がわからない。
今日は誰とも話したくない気分だったし、空きコマの空き教室でぽけーっとしていた16時45分。
夕日が差してきてなんとなくノスタルジックな気持ちに浸りながら、ぽけーっとしていただけの僕。
そこに通り魔的な勢いで衝撃を与えてきた彼女。
謎すぎた。
謎すぎたし、なんで2階の窓から飛び降りてよくもまあ無事であんなに綺麗な着地を決めて走り去れたのか。
そしてなにより、空、飛べてない。
飛べるか飛べないかでいうとめちゃくちゃ飛んだとは思うけど、空は飛んでいないし、そのままどこへ行ってしまったんだろう。
身体は物理的な意味で大丈夫なのか。
何でこっから飛ぼうなんて思ったのか。
アホに違いないがアホなのか。
なんで僕に話しかけたのか。
自殺願望者だったのか。
色々なことを聞きたいが、再び相見えるのも少し恐ろしい気もする。
日常的にあんな変なことする子なんて、うちの学部にはいなかっただろうし、他学部だろう。
あの身体能力からすると、体育学部…?
それは安直な気もするが、あの綺麗な着地からの綺麗なフォームでの全力ダッシュは陸上選手を思わせるものだった。
そう考えていると、最近彼女に振られたことや、その元彼女が僕の友達と付き合い始めたこと、バイトの時給があとに入った女の子より低かったことや、通学定期を落としてしまったこと、全てを忘れてなんだか笑ってしまっていた。
いつまでうじうじしてても仕方ない。
きっと同じ大学なら空を飛べる彼女にも会えるだろう。
ただ、髪の毛が長かったことと痩せ型だったこと。
素晴らしいフォームだったということ以外は印象に無く、顔は覚えていないというか見ていない。
いつか会えたらいいなと思うに留めよう。
案外、彼女との再会は早かった。
というのも、次の日、片足と片腕を骨折して登校してきた女生徒がいたからだ。
車椅子らしい。
その情報だけでは彼女かどうかわからなかったのだが、なんでも高いところからから落ちたらしいということを知った。
理由はよくわからないが、自殺とかではないとのこと。
というか、やっぱり無事じゃなかったんかい。
そりゃそうだ。そりゃそうだけど、よくあんなに走れたな。やっぱりやばいやつだわ。そう思った。
なのでとりあえず、会いに行って、飛び降り巻き込まれ被害者の僕に事情を説明していただこう、そう思った。
彼女の学部は体育学部でもなければ、僕の所属する法学部でもなかった。
理工学部らしい。女子の割合は1割いれば良い方の理工学部。やっぱり変な子に違いない。
偏見に溢れた僕はそう確信した。
理工学部の実習室に行くと、僕のサークル同期が何人かいた。
僕を見つけると口々に慰めの言葉を掛けてくる。
あぁ、そうだ。これが嫌でぽけーっとしていたのか、昨日。
だけど今は悲しいとか悔しいとかの気持ちよりも、昨日の彼女が気になりすぎているので、とりあえずお礼を言って、彼女を探す。
いた。端っこにいた。
動けないことが不満なのか、唇を僅かに突き出してむくれている。ちょっと可愛い。
同期にあの子のことを聞く。
補助器具がないとめちゃくちゃ目が悪いことや、彼氏はいないということ。誰が話しかけてもにこやかに話してくれるが、連絡先の交換やプライベートなことはほぼ関わらせてくれないこと。
聞く限り、ガードの硬い普通の女の子だった。
じゃあ、昨日のは何なんだ。
余計怖い。
でもやはり気になるので、彼女に近づいていく。
何より僕には聞く権利がある。
3メートルくらい手前になって、彼女僕が近づいてきていることに気がついたようだ。
目が悪いというのは本当のようだ。
なんだかわたわたとしている。
逃げようとしているように見えるが、車椅子のストッパーを外すことを忘れているのか、全く動かない。とにかくわたわたしている。
あわてんぼうのようだ。
動けないなら逃げられない。
彼女に近づき、
「こんにちは。」
声をかけた。
「…こんにちは」
逃げられないことを悟り、悟りの境地を開いたような顔で挨拶を返される。
どうした、菩薩なのか。なんだその手は。観音様か。
謎の行動はまだ続く。
たっぷりとした長い髪の毛を両手で持ち、顔の前でクロスさせている。
何をしているんだろうか。
聞いた話と違う。普通の子じゃない。やはり変だぞ。
「なにか、御用でしょうか?」
手を忙しく動かしながら、か細い声で彼女はいう。
「昨日、空、飛べなかったみたいだね」
その途端、彼女の顔が真っ赤になってわたわたが増す。
「なんで飛んだの?」
彼女の動きが止まる。
「それにしても綺麗な着地だったよ」
彼女がやっと目を向けてくれた。
「嫌なことあってさ、うじうじしてたんだけど、君のおかげで考える馬鹿らしくなっちゃってさ」
彼女の目が輝く。
「だから、ありがとうって言いに来たの。」
彼女の両手の動きが止まる。
「ありがとう。」
彼女の口元が綻んだ。
それから、場所を移動して色々と話をした。
彼女は、僕の元彼女の高校のクラスメイトだったらしかった。
特に仲がいいという訳では無いけれど、SNSは繋がっているような間柄。
そこで僕のの写真がSNSでアップされているのをみて、なんとなく僕のことを知っていたらしい。
学内で見かけたことも時々あったようだ。
そんな時だった。SNSで違う男との写真がアップされ始めた。
彼女は思ったそうだ。
あれ?前の彼氏と学内よく一緒にいた人だよね…?
僕は知らなかったが、半年ほど前からそういう写真はアップされていたらしい。
SNSはつぶやくものしかやっていなかったので、他は守備範囲外だった。
っていうか、そんな前から繋がりあったんかい。見る目ないな、僕。でもまあ、もう別れたんだからいっか。
あぁ、彼女の話に戻るが、ずっとその事を気にしてくれていたらしい。
つい最近もまだその新しい彼氏のほうとつるんでいるのをみて、無理してるんじゃないかなと。
でもその様子もないし、メンタル強い人だと思っていたら。
だが、それも間違いだった。
僕のことも忘れかけたつい先日、人生が終わったような顔の僕が、空き教室に入っていくのをみたと。
このままじゃ、死んじゃう。
そう思ったそうだ。
それでなんとか元気づけよう、女なんて、男なんて、星の数ほどいるよ!
美味しい物食べて元気出そう!
なんてことを言いたかったらしい。
ただ、教室に入って、僕に近づいて初めて気がついた。
面識がない
そこからの彼女はパニックにパニックを重ね、僕の隣の窓に目をつけた。
とにかく、逃げよう。
窓の外を見る。飛べる。
やっぱりアホの方だったか…。
そう思うと同時に、昨日そんな事言われても元気でなかっただろうなと思った。
だけど、建物から飛び降りるなんて正気の沙汰ではない。でもそのアホさに救われた部分があるし、なんかもうどうでも良くなってしまった。
「僕のせいで怪我したようなもんだね。治るまで色々お手伝いするよ。」
建前を言う
「いや、いやいやいや大丈夫です。本当に大丈夫です。私が悪くて!
飛び降りるなんて正気の沙汰では無いというか、馬鹿というか、逃避しようとしたらこうなった自業自得というか…!」
彼女は心底慌てている
「まあ、それは建前で、君といたら何だか楽しくなりそうだなって思う下心もあるんだ。
よかったら、友達になってよ。」
本音を言い、お願いをする
彼女は何も言えなくなるが返事を待つ。
「…私でよければ。」
僕は嬉しくなり顔が綻んだ。
ほんとすまんて。ゆるして、みんなすごいほんと。