第18話 慣れない事は何回経験しても慣れない
エンバラ西門の櫓から狼煙が上がる。
奇襲の合図である。
門の前にある広場で、自身の軍団の先頭に立ちながら、栄治は晴天の空へと吸い込まれていく、一筋の白煙を見上げる。
「あの狼煙を合図に、シャル様が奇襲をかけますわ」
栄治の隣に立つミリアが、彼と同様に空を見上げながら言う。
その言葉のすぐ後に、城壁の外側から地鳴りの様な振動と、大勢の怒号が聞こえてきた。
シャルロットが敵軍の背後に攻撃を仕掛けたのだろう。
七千人の大群に、半数以下の兵力で突撃をしている場面を想像し、そこに今から自分も飛び込むと思うと、自然と体が震えてきた。
「エイジ様、先程の西門での戦いぶりは、大変見事でしたわ。あの様な戦いをしていれば、勝利は間違いありません。今回は私もエイジ様のお近くに居させて貰いますわね」
ニッコリと柔らかく笑みを浮かべ、落ち着いた声音のミリアの言葉に、栄治は若干気持ちが落ち着く。
「ありがとうミリアさん。あなたがそばに居ると心強いです」
栄治も笑みを浮かべてミリアに答える。
「うふ、嬉しいですわ。でも私の心はヴィル様のものなので、ごめんなさいね」
「あはは……それは残念」
告白も何もしていないし、するつもりもないのに、何故か失恋した様な感じになり、少し精神にダメージを負った栄治は、苦笑を浮かべながら冗談の様に言う。
そんな彼の反応が楽しいのか、ミリアはクスクスと口元に手を当てて笑う。
「この戦いも、エイジ様の素晴らしい戦運びで勝利を収めましょうね」
色気漂う魅力的な微笑みを携えてミリアが言う。
それと同時に、栄治達の目の前にある巨大な門がゆっくりと開きだした。
「諸君ッ!! 剣を抜け!! 槍を掲げろ!!」
一番先頭にいるラスコが、自身の剣を頭上高々と掲げて檄を飛ばす。それに応えるかの様に、エンバラ守備隊が一斉に角笛を吹き鳴らす。
角笛独特のラッパの様な高く広がる音が、栄治の周囲を埋め尽くす。
これから戦禍の真っ只中に飛び込むことに対する恐怖や高揚感がごちゃ混ぜになり、再び体が震えだしてきた。
そんな中、角笛の音を切り裂く様にラスコの号令が響く。
「出陣だぁ!!」
『ウォー!』と言う雄叫びと共に、およそ二千人の兵士達が一斉に城門から外へと飛び出していく。
「私たちも参りましょうか」
「お、おう」
ラスコ率いるエンバラ守備隊の後方にいた栄治達は、彼等の後に続くかたちで、城門から戦場へと出る。
「なッ!! これは……」
城壁の外に広がる戦場を目の当たりにした瞬間、栄治は絶句する。
男達の怒号と絶叫、そして金属同士の衝突音が鳴り響くそこは、まさしく地獄と呼ぶにふさわしい場所であった。
土埃が激しく舞い上がり、あちこちから歓喜の雄叫びや断末魔の悲鳴が栄治の耳に休みなく殴り込んでくる。
激しい喧騒に目を伏せたくなるのを堪え、栄治は周りの男達を見渡す。
敵を討ち取り高揚感あふれる表情を見せる者、貫かれた体から流れ出る血を必死に止めようと蹲る者、倒れた仲間の敵討で怒りに満ちた者、恐怖のあまり手に持つ剣をガムシャラに振り回す者。そして、何も写すことの無くなった瞳で静かに倒れる者。
数多の感情がぶつかり合って混ざる事で、野生的で狂気に満ちた混沌をつくり出している。
栄治にとって、これは初めての戦場では無い。
これまでもゴブリンや盗賊、そしてグンタマーとの戦いを経験してきた。
初めての戦闘だったゴブリン討伐の時や、格上のグンタマーであるポール・オーウェンとの戦いは、かなり熾烈を極めるものでもあった。
しかし、今回の戦場はこれまでのものとは違うものに感じた。
その原因が何なのかは、栄治には分からない。
今までに経験した事の無い大規模な戦場だからなのか。それとも、奇襲によって敵味方が入り乱れているからなのか。あるいはその両方か。
いずれにせよ、栄治は荒れた戦場の空気に押しつぶされそうになっていた。
そこに小隊規模の敵が、彼に目をつけ一直線に迫ってきた。
「敵が来ますよ」
「――ッ!!」
身体が硬直してしまっていた栄治は、隣のミリアに声をかけられ、一瞬反応が遅れてから敵の接近に気がつく。
敵は溢れんばかりの殺意を瞳に宿し、栄治の首を討ち取ろうと槍を掲げ迫る。
その距離は既に数メートル程となっている。
軍団長である栄治を守ろうと、彼の周囲にいた剣士隊が動き出す。しかし、敵の動きがかなり早く、護衛が栄治を囲む前に、敵1人の槍の穂先が栄治の元にとどく。
「っ!! くそっ!!」
突き出された槍を馬上にいる栄治は体を反らして躱すと、体勢を戻す勢いのまま、馬上から剣を振り下ろし敵を両断する。
敵は栄治の斬撃を交わすことができず、槍を突き出した体勢のまま、身体の中心を切り裂かれ、胸から盛大に出血しながら崩れ落ちる。
栄治は馬首を横にして血飛沫をかわすと、続けて襲い掛かってきた2人目の槍を素手で掴みグイッと引き寄せて、体勢が崩れた敵に剣を突き刺す。
絶命し自分の方に倒れ込んでくる敵を栄治は蹴飛ばして引き剥がし、次の攻撃に備える。
「素晴らしいですわエイジ様、軍団の指揮だけでなく、武勇にも秀でているのですね」
そんな言葉と共に、ミリアが栄治の横に馬を並べる。
そう言う彼女の足元には、既に数人の屍が転がっていた。
敵の接近にいち早く気付いたミリアは、栄治のフォローをしていたらしい。
その事に栄治は感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます。助かりました」
頭を下げながら栄治は、自身の足元に倒れている2人を見る。
よく物語の主人公は、ここで人を殺めた事実に衝撃を受け、倫理観について悩む。もしくは、ドライでクールな対応をする主人公もいる。
栄治はどうかと言うと、正直そんな事に悩む暇がなかった。
確かに、彼の中では人を殺めた事に対する複雑な心情はある。しかし、激しい戦闘が行われている真っ只中で、その事にじっくりと向き合う余裕が、栄治には無かった。
「全軍前進!!」
栄治に対して、次々と殺意を向けてくる敵に、彼は先ほどの様になる前に軍団に指示を出す。
軍団長の号令を受けた兵士達は、向けられた敵意を蹴散らすかの様に雄叫びを上げ、栄治を追い越して敵軍に突撃していく。
そこで目まぐるしい活躍を見せたのが、栄治軍の主力でもあるドワーフ戦斧兵である。
彼らは、重厚な戦斧を巧みに操り、敵兵を薙ぎ倒していく。敵が鎧を着ていようが盾で防御していようが関係なく、その上からドワーフ特有の怪力で斧を叩きつけ、蹴散らしていく。
それに対抗する様に、エルフ弓兵も積極的に前に出て戦っている。
本来、弓兵などの遠距離攻撃の兵科は乱戦では十分に実力を発揮できないが、どうやらエルフは例外の様である。
至近距離の敵に対しても、素早く矢を番えて正確に射る。その早打ちは、つい見入ってしまう程の早業である。更に弓での対応が難しい時は、短剣を抜いてそれで応戦している。
ドワーフとエルフその両方の戦士達は、お互いに競い合うかの様に、敵兵を葬っていく。
その姿に栄治は、生前の世界で見た映画で、指輪を運ぶ小人の護衛を務める2人を思い出す。
「倒した敵の数を数え出しそうだな」
そんなことを呟きながら、栄治自身も前に出て最前線で剣を振るう。
普通であれば、今までまともに剣を振ったことが無い、ど素人である栄治が乱戦の最前線に出れば真っ先にやられてしまう。
しかし、今の彼には優奈から授かった、身体能力強化のギフトの力がある。
剣を振るう技術は素人同然だが、ギフト由来の反射神経と圧倒的な膂力で、激しい戦場を渡り歩くことができている。
激しい乱戦の中、栄治軍はドワーフ戦斧兵とエルフ弓兵を中心として、戦線を押し上げていく。
その指揮を取る栄治も、馬上で剣を払い続ける。
だが、数的不利である栄治軍の前には次から次へと敵兵が押し寄せてきて、息つく暇もなく戦い続ける事を強制されていた。
終わりの見えない戦闘に、栄治が馬上からふと視線を遠くに向ける。
すると、ひしめく敵軍勢の奥に一つの集団を捉えた。
その軍団は、混沌とした戦場の中にあっても、しっかりと秩序を保ち、まるで荒れ狂う大海原をものともせず、荒波を引き裂きながら進む船の如く、敵軍を圧倒しながら戦場を一直線に突き進んでいた。
凄まじい程の練度を誇るその軍団に、栄治が目を凝らして先頭で率いている人物を見て、思わずその人物の名を口にする。
「シャルロット殿下……」
戦場にいる多くの戦士達が、半分理性を失いかけて野生的な表情を浮かべながら凶刃を振るっている。
そんな中で、シャルロットは凛とした美しい表情で戦場を駆ける。
彼女の前に立ち塞がる敵は、たちどころに切り伏せられる。
シャルロットは自身の鎧や顔に返り血を浴びるが、そんなことは一切気にせず、ただ一点のみを目指して突き進んでいる。
そんな彼女の美しく凛々しい姿に、栄治は目を奪われると同時に、胸が詰まる様な苦しさも感じた。
もしシャルロットが日本にいたのなら、こんな殺伐とした戦場になど縁のない生活を送っていただろう。
仲の良い友達と楽しく笑いながら、時には友人関係や進路などに悩み、もしかしたら恋に苦しむこともあったかもしれない。
しかし、いま栄治の目に映る彼女には何も感情がない。
只々敵の大将を討ち取るという目的を成す為だけに、馬を駆け敵を切り伏せている。
その瞳には、恐怖もなければ歓喜もない。
無感情に結果だけを出すロボットの如く、無で戦場を突き進んでいる。
そんなシャルロットの姿に、栄治が顔を顰めていると、隣にいるミリアが警戒する様に栄治に声をかける。
「エイジ様、シャル様に向けて投石部隊が動いています」
ミリアが指差す方に栄治が視線を向けると、そこには複数の投石機が、シャルロット率いる部隊に標準を合わせるかのように、ゆっくりと旋回していた。
「まずい! 敵味方関係なく攻撃するつもりだ!」
焦りの色を含ませて栄治は言うと、軍団に指示を出して敵投石部隊の攻撃を阻止する為に動き出した。




