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第15話 ビギナーズラック


 丘の上で軍団を展開した栄治は、エンバラの南城門に布陣している敵陣目がけ、前進していく。


「鎖帷子騎兵は前へ! その後ろにドワーフ戦斧兵、コボルド重歩兵が続け!」


 栄治は矢継ぎ早に指示を飛ばし、軍団の陣形を整えていく。

 彼の指示により、兵種ごとに分かれた部隊が動き出す。


「弓兵は騎兵が突撃して撤退した後に、すぐに矢を射てる様に準備!」


 陣形の中盤に位置するエルフ弓兵と長弓兵は、矢筒に手を伸ばし、栄治の指示に応える。


 丘の上から敵に向かって前進する栄治軍は、騎兵を先頭に△の形となり、魚鱗の陣を形成する。


 栄治のいる本隊は△の底辺に位置して、その周りを剣士と重装歩兵が固める。


「魔術師隊は左右に展開! 槍兵はその護衛!」


 陣を展開しながら接近してくる栄治軍。

 その存在に敵も気付き始め、ザワザワと慌ただしい動きを見せ始める。


 栄治は敵陣の動きと、その距離を慎重に見極めて号令をかける。


「鎖帷子騎兵隊、突撃!!」


 先頭を常歩(なみあし)で進んでいた騎馬隊は、次第に速歩(はやあし)となり、栄治の号令によって襲歩(しゅうほ)へと切り替わり、怒涛の勢いで敵陣へと襲い掛かる。


 人間には出し得ない凄まじい速度で、騎馬隊は敵陣に突っ込む。

 楔形の隊形で突撃した騎馬隊は、そのまま敵の第一陣を軽々と食い破る。


 警戒していなかった背後から、突如騎馬隊が突撃を仕掛けてきた事で、敵陣は一気に混乱に陥った。

 慌てふためく敵たちを次々と薙ぎ倒す鎖帷子騎兵隊。

 このまま敵陣の中盤まで突っ込めそうな勢いである。しかし、騎馬兵達は敵陣を数列破ったところで、馬首を返し撤退を始める。

 いくら突撃に成功したとはいえ、栄治軍の騎兵隊は60騎なのに対し、敵は1000人規模の軍勢。

 突撃の勢いが無くなれば、やがては包囲されて全滅してしまう。


 引き返してくる騎馬隊を確認して、栄治は腕を振り上げ指示を出す。


「弓隊、構え!!」


 騎馬隊が混乱を引き起こしている間に、栄治軍は距離を詰め、敵軍を弓の射程に納めていた。


 味方の騎馬隊が完全に撤退し、弓の射程から外れるのと同時に、栄治は挙げていた腕を振り下ろし、一斉掃射の合図を出す。


「放てぇッ!!」


 晴天の空を黒く塗りつぶすかの如く、大量に放たれた矢は、綺麗な弧を描き敵軍へと降り注ぐ。


 騎馬隊の突撃に次いで、雨あられと降り注ぐ矢に、敵軍は混乱の極みに達する。

 そこに栄治は、エルフ弓兵隊に更なる指示を出す。


「エルフ弓兵隊は魔弓に切り替え! 火炎弾を放て!」


 今回新たに解放した兵種であるエルフ弓兵最大の特徴は、部隊技能である魔弓だ。


 魔弓とは、矢尻に魔力を付与して放つ矢の事である。

 現在のエルフ弓兵は、火炎弾と氷結弾の2種類が使える。ロジーナ曰く、ソウルポイントでクラス強化していけば、さらに使える魔弓の種類は増えるそうだ。


 ボオォォと風に炎が波打つ音と共に放たれた火炎弾は、その名の通り矢尻が炎を纏い、着弾と共に周囲に炎を飛散させる。

 炎に身を包まれたホルヘス兵は、武器を投げ捨て絶叫を上げながら必死に走り回ったり、地面に転がり火を消そうと暴れ回る。

 火だるまとなり、断末魔を上げながら暴れ回る仲間の姿に、ホルヘス軍全体に動揺が走る。


 絶え間なく矢を射っている間に、栄治軍は更に距離を詰める。


 それを見たホルヘス軍の指揮官が、なんとか混乱を鎮めて迎撃の態勢を取ろうと、躍起になって指揮を取ろうとしていた。

 その甲斐があったのか、栄治軍にもパラパラと敵の矢が降り注ぐ。


 僅かに飛来してくる敵の矢を見て、栄治はホルヘス軍の態勢が整う前に仕掛ける。


「全軍! 突撃ッ!!」


 咆哮を上げる栄治。

 まずは先頭にいるドワーフ戦斧兵が、雄叫びを上げながら敵の前線にぶつかる。


 ドワーフは、人間の成人男性の胸の位置くらいまでしか背丈がない。しかし、彼らの膂力(りょりょく)は凄まじく、重厚な戦斧を軽々と振り回し、次々とホルヘス兵達を薙ぎ倒していく。


 ドワーフ戦斧兵が強靭なのは肉体だけではなく、戦意や士気も肉体に負けず劣らず、とても高い。

 たとえ仲間が倒れても、慄くことなく前へと進んでいく。


 圧倒的な突破力を見せるドワーフ戦斧兵達の快進撃で、敵陣の中央が段々と後退していく。

 それに釣られるように、栄治軍はホルヘス皇国軍とは逆に中央部が迫り出し始める。

 元から魚鱗の陣だった事もあり、敵の中央をグイグイと押し込んでいく。


 その戦況を見極めた敵指揮官が、両翼の遊兵となっている部隊を動かして逆に包囲しようと動き始める。


 ホルヘス軍は約1000人の軍勢なのに対して、栄治軍は790名である。

 そこまで圧倒的な兵力差では無いが、それでも包囲されるような形になれば、不利な戦況になるのは間違いない。


 敵軍の右翼と左翼が動き出したのを感じた栄治は、素早く指示を発する。


「魔術師隊攻撃開始!!」


 あらかじめ左右に展開していた魔術隊に、魔術での攻撃を指示する。


 今までクラス解放していた魔術師見習いは、10人で1つの戦術魔術を発動させていたのに対し、その上位のクラスに当たる魔術師は半分である5人で1つの戦術魔術を発動される事ができる。

 さらに詠唱時間も短くなり、魔術師見習いのときよりも、魔術の連射性能が上がっている。


「休まず魔法を打ち続けろ! 左右の敵を働かせるな!!」

 

 栄治軍の両翼から、戦術魔法である火球が絶え間なく射出され、包囲しようとしている敵の動きを牽制している。


「よしっ! ここまでは作戦通りだ!」


 自分に言い聞かせるように、栄治は声に出して言う。


 ここまでの動きは、事前にシャルロットやミリアから教えられたものだった。

 

 魚鱗の陣で突撃し、敵陣中央を瓦解させた後は、敵両翼の動きを牽制しながら包囲されないように注意して、ミリアの合図が来るのを待つ。

 そして、合図が来たらすかさず撤退する。


 これが事前に立てていた作戦である。

 現状は、その通りに事が運んでおり、かなり順調な戦況となっている。


「ドワーフ戦斧兵が孤立しないように、コボルド重歩兵隊はカバーに回れ!」


 いや、実際には当初の予想より誤差が生じていた。


 初めて戦場に1人で立ち、余裕の無い栄治は、まだその誤差に気が付いていない。


 栄治の命令を受けたコボルド重歩兵は、素早く展開して、ドワーフ戦斧兵の裏を取ろうと動いていたホルヘス兵達にぶつかっていく。


 コボルド重歩兵は犬型の獣人である。

 その特徴は、機動力のある素早い動きと、人間よりも優れたスタミナである。


 勢い衰える事なく、グイグイと突き進むドワーフ戦斧兵隊。その背後をコボルド重歩兵隊がカバーする。

 そしてそのすぐ後ろに、剣士隊と重装歩兵からなら栄治軍本隊が続く。

 両脇では、魔術師隊が戦術魔法を放ち続け、それを槍兵隊がガッチリと護衛している。

 先程まで陣の中盤にいたエルフ弓兵隊と長弓兵隊は、その位置を栄治のいる本隊と入れ替え後列に下り、撤退に備えて矢を直ぐに放てるように準備している。

 最初に突撃した鎖帷子騎兵隊と軽騎兵隊は、陣から少し離れた後方で待機しており、すぐにでも機動できるような状態だ。


 万全の態勢で攻勢を強める栄治軍に対し、ホルヘス軍は、なんとか戦線を立て直そうと、最前線にまで指揮官が出てきていた。

 指揮官自ら前線に立って、味方の士気を高めようとしたのだろう。

 その指揮官が快進撃を続ける栄治軍のドワーフ戦斧兵隊に飲み込まれた。


「敵、指揮官討ち取ったり!!」


 前線からそんな声が上がる。


 トップが打ち取られた事で、ホルヘス軍の動きが鈍くなり、動揺が軍全体にじわじわと広がりだす。


 その時、彼らの頭上でキーンッという甲高い音と共に、激しい閃光が走った。


 それを見て栄治は、ミリアが無事に城壁を登り切ったことを確認した。


「作戦成功だ! 全軍、撤退する……ぞ…………え?」


 事前の作戦通り、ミリアの合図で撤退をしようとした栄治。

 しかし、目の前の光景に、彼は思わず惚けた声を出してしまった。


「え? 何が起きた? どうして……」


 ひたすらに疑問を口にする栄治。

 そんな彼に、近くにいた兵士が進言する。


「敵軍は敗走を始めたようです。追撃いたしますか?」


「あ〜えっと、どうしようか……」


 全くの予想外の展開に、栄治は答えに窮する。


 事前の作戦では、栄治の突撃は、あくまでミリアが城壁を上り切るまでの囮であったはずだ。

 その為、戦いに勝つ必要はなく、注意を引ければそれで良かったはずである。

 だがしかし、いざ実際に戦ってみると、その結果は栄治軍の圧勝で、敵軍は早々に戦意を喪失して敗走を始めてしまった。


 事前の予想に対し、栄治軍はかなりの善戦をしていた。

 それに気付かず、グイグイと攻め続けた結果、敵指揮官を打ち取り、敵軍を敗走に追いやると言う完全勝利を手にしていた。


「あ〜これが俗に言う、ビギナーズラックというやつか?」


 脱兎の如く逃げ去っていくホルヘス軍の背中を見詰めながら、栄治は1人呟いた。

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