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第6話 始まりの都市クレシオン

 目に前に広がる白い城壁は左右にどこまでも続いていて、その高さは自分の身長の何倍も有りそうだ。


「これはご立派な城壁だな」


 栄治は視線を上にやり、城壁の上を巡回している見張りの兵士を眺めながら一人呟く。壁の上にいる兵士は、何メートルも上にいるせいで、親指ほどの大きさになっている。


「これだけ立派で大きな壁で覆っているって事は、中の都市も結構大きいんだろうな」


 栄治はちょうど真正面にある城門に目をむける。そこには、先程から引っ切り無しに城門を行き来している人や荷馬車が目に入る。

 ロジーナと居た一面草原の場所から、この城門の目の前に転移させられたと言う事は、最初はこの都市に行け、と言う事なのだろう。


「ここで敢えて違う方向を目指すのも有りかな」


 そんな天邪鬼な事を口にする栄治だったが、彼の脳裏に「偏屈は損をしますよ栄治さん!」と頬を膨らませて怒るロジーナの顔が浮かぶ。

 栄治は口元に小さく笑みを浮かべると、素直に城門へと足を進める。

 城門の前では入場待ちの行列ができており、その行列は馬車や荷車のものと、人のみの2種類ができていた。

 栄治は人でできている行列の最後尾に並ぶ。行列の進み具合は思っていたものよりも早く、すぐに城門前まで来る事ができた。


「なんか空港の保安検査場みたいだな」


 前の人だかりが減って、城門前がよく見えるようになった栄治が内心で呟く。

 そこには、彼の言葉のようにいくつかのゲートが有り、その一つ一つに衛兵が立っていて入場する人たちを検査していた。

 行列は順調に進んでいき、やがて栄治の1つ前の男性がゲートへ進んでいった。


「身分証または通行証を提示してください」


 栄治の1つ前の男性が衛兵に一旦止められる。1つ前の男性は、予め用意していたのか、すぐに衛兵に一枚のカードの様なものを見せた。衛兵はそれを2、3秒見た後に、男性をゲートの奥へと通した。男性は背中に大きな背嚢を背負っていたので、おそらく行商人か何かだったのだろう。


「と言うか、俺は身分証も通行証も持っていないな……」


 どうしようか悩む栄治だったが、行列の前で立ち止まっている訳には行かないので、仕方なくゲートへ進む。

 すると、ゲートへやって来る栄治を確認した衛兵が、佇まいを直して深く一礼をしだした。


「これはグンタマー様。ようこそクレシオンへお越しくださいました。さあ、どうぞ中へお進みください」


「え? あぁ……どうも有難うございます」


 身分証が無く、どうしようか迷っていた栄治だったが、予想外の対応に戸惑いつつも、衛兵に軽く会釈してゲートを抜けていった。その際、衛兵はずっと深く低頭していた。

 他の人とは違う対応をされた栄治は首を傾げたが、すぐにロジーナから受けた説明を思い出した。


「そう言えばこのマントはグンタマーの証になるって言ってたな」


 栄治は自身が羽織っている黒いマントの裾を摘む。衛兵はきっと、このマントを見て栄治が何者であるかが判断できたのだろう。


「このマントを羽織っている限り不審者にならずに済むって事だな」


 ロジーナから貰ったマントに感謝しつつ、1つの疑問も生まれる。それは、衛兵が栄治に対して取った態度だ。

 ゲートにいた衛兵は、始終頭を下げていて、話し方も敬語で決して一般市民に対するような態度ではなかった。

 その衛兵は、栄治の前にゲートを通った男性に対しては普通に接していたので、グンタマーに対して丁寧な対応を取ったと考えていいだろう。

 このサーグヴェルドでのグンタマーの立場というものも今後調べていきたいと考える栄治。


「というか、グンタマーって言葉はもう世間一般に浸透しているんだな」


 栄治は、絶妙なダサさを誇る言葉に、少しげんなりしながら歩を進め、城門をくぐって城壁の中へとやってきた。


「おぉ〜、これは凄いな」


 思わず感嘆の言葉を漏らすエイジの目に映ったのは、真っ直ぐに伸びる石畳みの幅広い大通りと、その左右に立ち並ぶ石造りの建物。大通りの中央は馬車が往来し、道の左右は大勢の人たちで活気に満ち溢れていた。


「まるで中世を再現したテーマパークに来てるみたいだな」


 栄治は取り敢えず大通りを真っ直ぐに進みながら、道の左右に立ち並ぶ石造りの建物を眺める。

 建物は白を基調に統一されており、ちょうど真上に来た太陽の光を反射して輝き、とても芸術的だった。


「フランスとかが観光大国っていうのが理解できるな」


 日本で生まれ育った栄治は、石造りの都市というものに馴染みがなく、まるで御上りさんの様にあちこちをキョロキョロしながら大通りを進んで行く。

 するとやがて、大通りは円形の大きな広場に突き当たった。

 円形の広場からは、栄治が通って来た大通りを含め8本の大きな道が伸びている。そして、広場の中心には、大きな噴水があり、空に向けて綺麗な水のカーテンを作り出していた。その噴水を囲む様に、周囲にはいくつものベンチが設置されている。

 栄治は空いているベンチを見つけると、そこに腰を降ろしてフーッと一息つく。


「さて、これからどうしたものか」


 栄治は、太ももに片肘を立てて掌に顎を乗せ考える。

 まず、このサーグヴェルドでの目的は、強い軍団を作ってより良い転生を目指す事である。そして、強い軍団を作るためには戦いによって自分の軍団を強化しないといけない。

 ロジーナの説明では戦いは2種類あって、1つは他のグンタマーと戦うもので、もう1つはサーグヴェルドの住人から依頼を受けて戦うものがある。


「対人戦はまだちょっと早い気がするな」


 栄治はまだ軍団を実際に運用した事がないし、その軍団も軽装歩兵300人のみという心細いものである。


「他のグンタマーと戦うのは、もうちょっと軍団を強化して運用の仕方を把握してからだな。それまでは、スライムなんかを狩ってレベル上げをしたいところだな。いるかどうかは分からないけど……」


 ゲームで最初に戦う定番のモンスターといえばスライムだろう。

 今まで戦った経験が皆無の栄治でも、プヨプヨしていて体当りしかしてこないスライム相手なら、300人で一斉に寄って集って袋叩きにすれば安全に勝利を収める事ができるだろう。その方法でレベルがちゃんと上がるかはいささか不安だが。


「まぁここで悩んでいても意味ないか」


 栄治は、胸にある不安を奥底に押し込む。

 もともと、思い悩んだらすぐ行動に起こす性分である彼は、早速最初の行動を決める。


「取り敢えずは、俺自身の戦いの準備をしないとな」


 今の栄治の装備は、その辺の人と変わらない普通の服装と、グンタマー専用のマントのみである。

 戦場では兵士に戦ってもらい、自分は前線にあまり出ることはないと思うが、さすがに剣の一本も持たずに戦場に赴くのはまずいだろう。

 できれば、自分の身を自分で護れるくらいの装備は欲しい。


「と言う事で先ずは武器屋か鍛冶屋を探そうかな」


 そう言って、栄治は広場から延びる8本の道を順々に眺めていく。道は円形の広場の中心から放射状にのびている。


「俺が歩いて来た道にはそれっぽい建物はなかったと思うんだよな」


 栄治は、城門からここまでの通りに面してた建物を思い返してみるが、鍛冶屋や武器屋の様な建物は思い当たらない。


「多分あの通りにあったのは、宿屋とかだと思うんだよな。ホテルっぽい雰囲気出してたし」


 都市の入り口である城門の近くという、理に適った立地からほぼ間違いなくあの通りは宿場通りだと判断する栄治。それに、建物の入り口にはベットの様な看板も立っていた。


「あと、あっちの通りも違うと思うんだよな」


 そう言って栄治が視線を向けるのは、城門からの大通りの対面にある道で、都市の中心、すなわち城へと向かっている道だ。

 昔の都市は区画が分かれていて、王城に近付けば近付くほど高貴な人達が住む場所になっている。そんな事をどこかで聞いた覚えがある栄治は、城へ延びる道も選択肢から除外する。

 残り6本になった大通りをもう一度順番に見た栄治は、一度「うん」と大きく頷いた。


「男は目の前の道を黙って邁進すべし!」


 力強い言葉とともに、栄治は勢いよくベンチから立ち上がると、城門から伸びている大通りに対して、左側へ伸びている大通りを目指し、歩き出した。その道を選んだ理由は特にない。


「まあ適当に練り歩いていればそのうち見つかるだろう」


 そんな楽観的な考えを胸に抱いて、言葉通り邁進する栄治の腹に、ドンっと言う何かにぶつかる感触が伝わる。


「ひゃう!」


 続けて栄治の耳に入ってくるなんとも可愛らしい声。

 彼は慌てて立ち止まり、視線を落とすと、そこには一人の少女が「うぅ〜」と小さく声を漏らしながら、尻餅をついていた。


「すみません。ちゃんと前を見ていなかったもので」


 栄治は謝罪の言葉とともに、倒れている少女に手を差し出す。


「いえ、私もちゃんと前を見ていませんでした」


 少女は、栄治が差し出した手を素直に握る。栄治はその腕に力を込めて引き上げると、ヒョイと簡単に立たせる事ができた。


「ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げて礼を言う少女に、栄治はしばらくの間見惚れてしまった。

 頭を下げた時に、長く艶のある黒髪が背中からサラサラと流れる。そして、頭を上げた時に、顔にかかる髪を指先で耳の後ろに持っていく仕草の破壊力は、栄治の思考を一時停止させる程であった。

 少女を見つめたまま無表情で固まる栄治。少女は形良く弧を描いている眉毛を寄せて、二重の大きな黒い瞳に若干の不安を混じらせて、恐る恐ると言った様子で口を開く。


「あ、あの……大丈夫でしょうか?」


 少女の声はハープの音色の様に高く澄んでいて、耳に心地よい。

 もし彼女が歌えば、世の男どもは皆その歌声の虜になるだろう。そんな事を思う栄治は、やっと思考能力が戻って来て、無表情を解く事ができた。


「全然大丈夫です。全く問題ありません。あなたの方は、お怪我とかは無いですか?」


 自分とぶつかって倒れた時に、 もしかしたら足首とかを捻ってるかもしれない。もしそうであれば、栄治は責任を取って彼女の目的地まで、おんぶをして差し上げる所存である。

 確固たる決意を胸に、栄治は8割の気遣いと2割の下心をもって少女の方に視線を向ける。

 そこで栄治は、今まで少女の美貌に見惚れて気付かなかった、重大な事に気付き驚く。

 少女の服装は、近くに大勢いる一般女性のものと大して変わりはない。重要なのは、その服の上に羽織る一枚の黒いマント。そのマントには金色の刺繍で炎を纏っている鳥が描かれている。

 そう、彼女もまた、来世への転生を待っている者--グンタマーだったのだ。


「グンタマー……」


 少女のマントを見て、ポツンと呟く栄治。それを聞いて、一拍置いてから少女も栄治のマントへと視線が動き、彼がグンタマーである事を認識する。

 その途端に、少女は身体を強張らせ、緊張した面持ちで栄治から一歩距離を取った。

 美少女からの拒絶行動に、栄治は内心大きく傷つくも、表面上は微笑みを絶やさないように気を付ける。

 恐らく彼女の拒絶は、ロジーナの説明にあった、グンタマー同士の戦いを警戒しての行動だろう。そう判断する栄治は、努めて明るい口調で少女を警戒させない様に話す。


「いやぁ、こんなに早く他のグンタマーに出会うとは思いませんでした。実は俺、ほんの少し前にこのサーグヴェルドに来たばっかりなんですよ」


 にこやかに話し、「これはもしかして運命に出会いですかね?」などと、冗談に聞こえつつも本人はそれなりに本気の言葉を言ったりして、少女に戦う意思がない事をアピールする。

 その栄治の努力が実ったらしく、少女の警戒が徐々に薄れていく。


「そうだったのですか。実は私もこの世界に来たばかりで、この先どうしようか路頭に迷っていたんです……」


 そう言って、困った様に苦笑する少女の表情もまた、男の庇護欲を存分に掻き立てる。


「そうだったんですか。俺もこの先どうしようか迷っていて、取り敢えず、これから合戦を行うなら、自分の身を守る為に武器や防具を買おうと思ったんですが」


 栄治はここで言葉を一旦区切ると、自分ができる最高のイケメンスマイルを浮かべて、少女の方に手を差し伸べる。


「宜しければご一緒に行きませんか?」


 栄治の渾身の誘いに、少女は差し出された手を少しの間ジッと見つめる。

 いきなり出会った男に「一緒に行動しましょう」と突然言われて、「はい行きます」とは、なかなかならないだろう。

 自分のイケメンスマイルが不発に終わるかどうか、内心でハラハラする栄治。そんな栄治が差し出した手を見つめていた少女が、栄治の顔へと視線を移す。

 そしてクスッと笑った。


「はい、是非ご一緒させてください」


 そう言って、少女は差し出された栄治の手を両手で優しく握った。

 栄治は、片手から伝わる少しひんやりしてスベスベとした少女の掌の至高の感触と、少女が見せた眩しい笑みに、内心でガッツポーズをしながらも、あくまで表面上では冷静を保つ。


「それじゃ、これから宜しく」


「はい宜しくお願いします」


 両者はお互いに握手を交わして微笑んだ。

 栄治はロジーナから、顔が普通だとか美的センスは人それぞれとか馬鹿にされたが、案外イケメンなんじゃないかな、とキリッとした表情を浮かべて一人頷いた。

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