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第13話 士は己を知る者の為に死す


 ラベリテ王国領、エンバラ。


 城壁でぐるりと囲まれたこの都市には、東側に大きな川が流れている。

 その川と面していない南北と西側に、それぞれ城門が設けられている。3つある城門のうち、1番大きく都市の主要出入り口となっているのが西門である。


 その西門に設けられている櫓で、1人の男性が眼下に広がる光景に鋭い眼差しを向ける。


「完全に包囲されてしまったか」


 強い風が吹く城壁の上で、男の発言は風切り音と混ざる。


「ラスコ様、敵は七千の兵力で城門を包囲しています! 北、南の城門もそれぞれ千人で封鎖しております」


 部下の報告に、小さく頷く男。


 彼の名はラスコ・バロックス。

 エンバラを治める領主である彼は今、圧倒的な兵力で押し寄せるホルヘス皇国軍を前にして、絶体絶命の危機に直面していた。


「敵は九千、我方の兵力は二千。明るい未来を望むには、ちと寂しい状況であるな」


 ラスコは、自身の鳶色をした短髪をカリカリと掻きながら呟く


「敵方からは、降伏勧告が来ておりますが……」


 後ろに控える部下の一人が躊躇いがちに言う。


「ほう? 降伏の条件は何と言っている?」


「兵士の武装放棄と、都市全ての住民の完全撤去と資産の譲渡です」


 ホルヘス皇国側が求める降伏条件に、ラスコは呆れたように肩をくすめ苦笑いを浮かべる。


「身包み置いてこの街を去れと言うのか。ホルヘスの連中は賊のような事を言うな。まるで品がない」


 やれやれと彼は首を振りながら、皇国の条件の内容に嘆く。


「ですがラスコ様。そうすれば命は保障すると連中は言っております」


「うむ、まぁ、あの国王の為に命を捨てるのならば、民達と共にこの街を捨て、いっそ皇国へと降った方が良いのかも知れぬな」


 自嘲気味に言うラスコに、部下も口角を上げる。


「ホルヘスはこの国と違って能力主義らしいですよ? 有能であれば家柄にとらわれずに、どんどん出世出来るみたいです」


「それは何とも魅力的な話であるな。自分の実力が如何なるものか試してみたくなる」


「であれば、思い切って皇国側へ寝返ってみますか?」


 部下の発言に、ラスコは「はははっ」と大きく笑う。それに釣られ部下達も笑い出す。


 ひとしきり笑い合うラスコと部下達。

 敵に包囲されている絶望的状況とは程遠い雰囲気が、櫓の上に広がる。


 やがて笑いも収まり、再び風の音だけとなった櫓で、おもむろにラスコが口を開く。


「あの国王の為に、己れの命を賭けようとは思えん。しかし……」


 ラスコは、今までの穏やかだった表情を引き締め、眼光鋭く言う。


「姫様の為に、俺はエンバラ防衛に死力を尽くす」


 背後に控えていた部下達の方を向き、ラスコは覚悟の篭った言葉を発する。


「ここが陥ちれば、イクルード砦も危うくなるだろう。皇国がこの戦争に勝利すれば王族は皆殺される。国王が殺されるのは俺にとってはどうでも良いが、シャルロット殿下がお亡くなりになるのは耐えられぬ。今の俺があるのは、全て姫様のお陰だ。その御恩を今返したい」


 部下一人一人の目を見つめながら、ラスコは言葉を続ける。


「降伏したい者は止めたりしない。もちろん咎めたりもしない。俺と同じ気持ちの者だけ、残ってくれ」


 彼は最後まで言い切ると、部下達の反応を確認するように視線を動かす。


 すると、1人の部下が一歩前に出る。


「我々もあなたと同じ気持ちです。シャルロット様が諦めずに戦い続ける限り、剣を置くようなことはしません」


 部下の発言に、ラスコは一つ大きく頷いた。


「うむ、ならば共に戦い、共に散ろうぞ!」


「ホルヘスの連中を一人でも多く地獄に引き摺り込んでやりますよ!」


 先ほどとは別の部下が、戦いに対しての高い意欲を示す。

 それに呼応するかのように、次々と部下達が意気込みを口にしていく。


 命果てるまで戦う闘志を見せる部下達を頼もしげに見るラスコは、彼等の前に自身の片手をスッと差し出す。


「姫様の為に」


 静かに、しかし力強く誓うように言うラスコ。

 そんな彼の手の上に、部下達も「姫様の為に」の言葉と共に、次々と手を重ねていく。


 九千人の兵で完全に包囲された都市エンバラは、降伏条件を蹴り、徹底抗戦を選択した。




―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―




 ホルヘス皇国軍、エンバラ攻略軍本隊。


 巨大な円形の天幕の中で、一人の男性があたりに唾を撒き散らしながら喚き声を上げる。


「降伏しないだとっ!!」


 丸々と太り、まるでタコ糸で縛られたハム肉の様な拳を怒りに任せて椅子の手すりに叩きつける。


 ダブッと脂肪と木製の手すりがぶつかる音が天幕に響き、報告をした若い兵士がビクッと体を震わせる。


「エ、エンバラは徹底抗戦の姿勢をとっております」


「弱小都市の分際で小癪な!!」


 再び手すりを拳で殴り付ける。

 怒りで顎の贅肉をプルプルと震わせる男の名はダブット・ピッグデス。エンバラ攻略軍の総大将である。


「そもそも何故この高貴な我輩が、こんな田舎都市の攻略などせねばならんのだッ!!」


 拳だけでなく、足までもダンダンと踏み鳴らすその様は、子供が駄々をこねている姿にそっくりである。


「ダブット様、エンバラはイクルード砦を陥落させるのに重要な拠点となります」


 ダブットのすぐ隣に控えていた、長身で大柄な男が宥める様に言う。


 贅肉でパンパンに膨れ上がったダブット・ピッグデスと違い、その男の体は筋肉で引き締まり、幾つもの傷跡が残る顔からは、歴戦の猛者の貫禄が漂っている。


「ダブット様がエンバラの攻略を果たしたのならば、その功績は本国に響き渡るでしょう」


「そんな事は知っておるわ! 我輩が気に食わんのは、弱者であるにも関わらず、この我輩に楯突こうとするその姿勢だ!!」


 相変わらず唾を飛ばしながら喚くダブット。

 彼は相当頭に血が昇っているのか、怒りで真っ赤にした顔で、報告に来た兵士に命令を飛ばす。


「今すぐに全軍でエンバラを攻め落とせ!! 我輩に楯突く愚か者どもを皆殺しにしろッ!!!」


 まるで豚の様に甲高い声で言うダブットの命令に、隣に控えている大柄な男が待ったをかける。


「お待ちくださいダブット様」


 ダブットは血走った目を隣の男に向ける。


「うるさいぞゴラス!! 我輩が攻めろと言ったらさっさと攻めぬかッ!!」


 ヒステリックのように叫ぶ彼の唾が、男の顔にかかるが、彼は一切表情を変える事なく、淡々と説明をする。


「今はまだ攻城戦を始めるわけにはいきません。1つ気になる情報があります」


「何だと? 何だその情報とは! 早く言えッ!!」


「はっ、先日ラベリテの王都から、およそ三千の兵が出陣したとの情報はもうご存じですね?」


「当たり前だ!! たかだか三千人の兵など、この高貴な我輩にとっては何の問題にはならんわ!」


 無駄に威張り散らすダブットに、男は辛抱強く会話を続ける。


「その三千人の軍の足取りが、2日前から掴めなくなっています」


「だからなんだと言うのだッ!! それは無能な斥候どもが悪いだけだろうが!! 敵を見失った斥候どもは皆処刑だ!! もっと優秀な斥候を補充しろっ!!」


 無茶苦茶なことを喚くダブットに、男は穏やかな口調で言う。


「確かに今回の斥候達は、高貴なるダブット様の素晴らしい采配に応えられぬ愚か者どもです」


「その通りだ!」


「ですが、優秀な将軍というのは、部下のミスも寛大な心で許すものです。高貴なるダブット様もきっと優秀な将軍である事は間違いない筈でございます」


 男の言葉に、ダブットは癇癪を少し和らげ、椅子の背もたれに体重を預け尊大な態度を取る。


「勿論だ。部下が無能であることは嘆かわしいが、優秀なる我輩の采配で、その尻拭いをしてやろうではないか。ワッハッハ!」


「何とも慈悲深く懐のお深いお方でありましょうか。ダブット様ほどの将は、古き皇国の歴史の中にもなかなかおりませんでしょう」


「であろうな!」


 気分良く片手を上げて応えるダブット。

 そんな彼に男は称賛の笑みを向ける。しかし、その男の瞳は、表情とは全く正反対の冷たく剣呑な光を放っていた。


 男の名はゴラス・グスタフ。

 彼は皇国貴族の男爵家に次男として、この世に生を受けた。

 普通ならば次男という立場から、それほど大した出世はできない。

 しかし、ホルヘス皇国は実力主義である。

 そしてゴラスには、剣術について生まれ持った天賦の才があった。

 実力主義の社会の中、ゴラスは剣一つで見る見る内に皇国内で頭角を表していく。

 そして、彼の実力にいち早く目をつけたのが、今回のラベリテ王国遠征軍総大将のゲルルフ・ベルガー・フォン・ヴォルフである。


 ゲルルフによって引き立てられたゴラスは、彼の元で数多の戦場に赴き、己の剣術の才を遺憾なく発揮して名を高めていった。

 そしてこのラベリテ遠征において、ついに別働隊ではあるが、エンバラ攻略軍の副将としての地位を得ることができたのだ。


 俺を引き立ててくれたゲルルフ様の為にも、失敗はできない。

 

 ダブットの前で、にこやかな表情を維持したまま、ゴラスは拳を握りしめる。


「それで、足取りが掴めなくなった軍についてなのですが、我らが攻城を始めた時に、その軍に奇襲されれば背後を突かれる可能性があります」


 エンバラの守備隊は二千人。

 王都から出陣した兵力はおよそ三千人。

 数だけで考えれば、ホルヘス軍の方がまだまだ有利ではある。

 しかし、奇襲という戦法に加え、守備隊と王都からの軍とで挟撃された場合、数の有利は保てているものの、勝利は確実なものとは言えなくなってしまう。


 その事を噛み砕いて、わかりやすくゴラスは説明する。

 だが、ダブットは彼の説明の途中で集中力が切れた様に口を挟む。


「あぁ、もうよいわ! たとえどんなことが起ころうとも、我輩の神の如き采配で乗り越えてみせるわっ!!」


「ですがダブット様――」

「ええい! くどいぞッ!!」


 ゴラスの話に全く聞く耳を持たなくなってしまったダブット。


 こんな無能豚男が指揮をとっていては、どんな勝戦も負けてしまう。いっそここで首を落として、戦死したと報告してしまおうか。


 危険な考えを脳内でしながらも、表面上は穏やかな表情を崩さず、ゴラスは何とかダブットを説得しようとする。


「ダブット様、王都からくる敵軍の指揮をとっているのは、シャルロット王女との報告があります」


 シャルロット王女という単語に、ダブットは反応を示す。


「ほう、それはまことか?」


「はい、確かな情報です」


 ゴラスの返事に、ダブットの表情がだらしなく歪む。

 そんな彼の変化を目敏く感じ取ったゴラスは、間髪入れずに説得の言葉を並べる。


「もし我が軍がその軍を打ち破れば、その指揮をとっているシャルロット王女は生捕りとなり、ダブット様の物となるでしょう」


 彼の言葉に、ダブットの鼻の下があからさまに伸びる。


 シャルロット王女の美しい容姿や、戦場での凛とした佇まいは、皇国側でも噂になる程であった。


「よし、もう暫く攻めるのは待とうじゃないか」


「さすがダブット様、懸命なご判断に御座います」


 ゴラスがダブットに恭しく頭を下げる。

 二人の会話が一段落したところで、天幕の外から一人の少女が中に入ってきた。


「ダブット様、お食事を運んで参りました」


 少女は手押しのテーブルを運んできており、その上にはステーキやらフルーツなど、戦場で食べる食事にしては、豪華すぎるものが並んでいた。


 ゴラスは、ダブットにバレないように、その食事を睨みつける。


 我儘でこんな食事まで運ばせやがって。この豚だけで五人分は兵糧が無駄になっているぞ!


 心の中で悪態をつかれているとは考えもしないダブットは、運ばれてきた食事に目を輝かせる。


「ほほう! やっと食事か!」


 口の端から涎を垂らしながら言うダブットは、料理に向けていた視線をスッと食事を運んできた少女へと向ける。


 暫くジッと少女を見つめるダブットに、少女は戸惑うように視線をキョロキョロと泳がせる。


「あ、あの……な、何か……御用……でしょうか?」


 ダブットのねっとりとした視線に嫌悪感を感じているのだろう。少女は言葉に詰まりながら、用件を問う。


 しかしダブットは、少女の問いを無視して、なおも彼女の体を舐め回すように見つめた後、おもむろに口を開いた。


「おい、お前。後で我輩の天幕へ来い」


 ダブットがそう言った瞬間、少女はまるで死刑宣告を受けたかのように、さっと顔が青くなった。


「あ、あの……わ、私はまだ仕事が有り――」

「使用人の分際で口答えするなッ!!!!」


 ダブットは少女の言葉を遮り、拳を手すりに叩きつけながら怒声を上げる。


 対する少女は、見ているのが哀れになる程、体を震えさせ顔を俯きながら、今にも消え入りそうな声で返事をする。


「……はい、畏まりました……」


 死人のような蒼い顔で、天幕の外に出ようとする少女。

 その彼女の顔を見て、ゴラスはふと気になり声をかける。


「おい、娘よ」


「……?」


 力無くゴラスの方を見て首を傾げる少女。


「お前の名は何と言う?」


「……エリッタと申します」


「エリッタよ。お前の出身は何処だ?」


 突然の質問に、その意図がわからない少女は首を傾げたままゴラスの質問に答える。


「カーアンソ村でございます」


「ほう、カーアンソか。あそこは良い村だ。確かゴルベガ地方であったな」


 ゴラスの言葉に、エリッタは戸惑いがちに答える。


「あ、あの……カーアンソ村はベニズ地方でございます。ダレスの近くの村で御座います」


「あぁ、そうであったな。すまない間違えていた」


「あ、いいえ。あの、もう退出しても?」


「うむ、構わない」


 ゴラスの返事を確認してから、少女は一礼して天幕から去っていった。


 一連のやり取りを見ていたダブットが、下卑た笑みを向けてくる。


「貴様もあの娘が気に入ったか? 我輩が抱いた後なら、譲ってやっても良いぞ?」


「いえ、私は遠慮しておきます」


 ダブットからの最低な提案を丁重に断ったゴラスは、少女が去った方を暫く見た後、先程の違和感は気のせいだったと、自身に言い聞かせた。

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