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第11話 美少女に褒められると上達も早くなる


 馬上に1人でいる栄治は、全身を緊張させる。

 馬が歩く度に、彼の上体はガクガクと大きく揺れた。


「エイジ殿、もう少し身体の力を抜くと楽になるぞ」


 栄治の隣に馬をつけ、並走しながらシャルロットがアドバイスを送る。


「あ、はい。分かりました」


 乗馬など一切経験したことが無い栄治は、生まれて初めて馬に乗る。しかも1人での乗馬という事で、ガチガチに緊張していた。

 そんな栄治に、シャルロットは優しく指導をする。


「身体を柔らかくして、振動を上半身全体で吸収するんだ。あと、手綱はもう少し緩く握った方が良いぞ」


 シャルロットは、自身の手綱を少し持ち上げ「こんな感じだ」と栄治に見せる。


 落馬の恐怖に怯える栄治は、シャルロットの様子をチラッと横目で見て、数回頷く。


 現在、栄治達はホルヘス皇国からの侵攻を受けているエンバラという都市の救援に向かっている最中である。

 皇国は約九千の兵力で攻めてきている。対するエンバラの守備兵力はたったの二千人だ。

 このままでは、エンバラはホルヘス皇国の手に陥ちてしまう。そうなってしまったら、地理的な問題でラベリテ王国最後の砦であるイクルード砦が孤立してしまい、厳しい状況に陥る。


 それを防ぐ為、シャルロットは約三千人の軍勢を率いてエンバラの救援に向かうことになったのだが、その戦力では心持たない事から、栄治は彼女に助力を申し出て、今の状況に至る。


 シャルロットのアドバイス通りしようと必死になる栄治。

 そんな彼をシャルロットは、微笑みを浮かべながら褒める。


「そうそう、エイジ殿はセンスが良いな」


 シャルロットの褒め言葉に、栄治は気を良くして自然と口角を上げる。

 側から見れば、栄治の乗馬技術はお世辞にも上手いとは言えないが、どうやらシャルロットは褒めて伸ばす教育方針の様だ。


「あと、視線は少し遠くに向けるんだ。イメージとしては進みたい方向の数メートル先を見る感じだ」


 シャルロットの指導に、栄治は素直に従う。すると、彼女はすぐに褒めてくれる。


 段々と自信のついてきた栄治は、落馬への恐怖が徐々に薄れてきた。


 当初、乗馬の出来ない栄治は馬車での移動が考えられていた。

 しかし、戦場において、1人で乗馬ができないと、あまり役に立てない可能性がある事は勿論のこと、生死に関わってくる可能性も大いに考えられる。

 したがって、たとえ付け焼き刃だとしても、1人で乗馬はできた方がいいという事で、今こうしてエンバラへと向かう道中に、乗馬訓練を受けている。


 シャルロットの指導のお陰で、補助付きではあるが何とか1人で騎乗している栄治は、少し余裕が出てきて、隣を並走しているシャルロットに声をかける。


「殿下、少しお聞きしたい事があるのですが、いいですか?」


「うん? 構わないぞ」


「エンバラとはどんな街なのですか?」


 栄治の質問に、シャルロットは少し視線を上に向けながら、エンバラについて話す。


「そうだな、すぐ近くに川が流れていて、その(ほとり)の木々は秋になると綺麗に紅葉してな、とても幻想的で素晴らしい景色を楽しめる街だ」


「それはとても良いですね。そんな素敵な街が侵略にあうのは、心が痛みますね」


 栄治の言葉に、シャルロットも静かに頷く。


「ホルヘス皇国はいつ頃から侵略してきているのですか?」


「半年ほど前だな。それ以前から我が国の銀資源を狙って、ちょくちょく手は出してきていたがな」


 前にシャルロットが、ラベリテ王国領には銀が豊富に採れる鉱山があって、銀細工が盛んだと言っていた。

 どうやらホルヘス皇国はそれを狙って、領土侵略を始めたらしい。


「ホルヘス皇国はかなりの大国だと聞いているのですが、侵略を簡単に諦めたりはしないですよね」


「恐らくはな。皇国軍の将軍はゲルルフ・ベルガー・フォン・ヴォルフという男でな、その男が我が国の侵略にかなりの熱を上げているらしいのだ」


「あの……殿下は怖く無いのですか? 戦うことが」


 少し迷った後に、栄治は問いかける。

 その問いに対して、彼女はフッと小さく笑って答えた。


「怖くは無い。国の為、民の為、命を投げ出してでも戦う。それが王族の務めなのだ。だから私は、戦いに赴く事に恐怖は無い。むしろ誇りに思っている」


 言葉を区切り、ゆっくりと話すシャルロット。

 それは栄治に話すというよりも、自分自身に言い聞かせる様に、まるで自己暗示でも掛けているかの様だった。


 シャルロットは国を守る為、戦地へ赴くのは王族の誇りだと言って笑う。しかし、その笑みにはどこか、諦めの様な哀しい影が差している。


 栄治は、そんな彼女の笑みに居た堪れなくなり、出陣の時から疑問に思っていることを口にする。


「殿下、エンバラが敵の手に落ちると、ラベリテ王国にとってかなりヤバい状況になるのですよね? それなのに、どうして他の貴族は殿下の戦列に加わらないのですか?」


 シャルロットがエンバラへと率いていく軍は三千人だ。栄治の軍団と、エンバラの守備隊を加えても六千人に届かないくらいである。


 対してホルヘス皇国の兵力は九千人。


 この兵力差で、勝利を手にする事が困難である事は、素人の栄治にでも理解できる。

 なのに何故、貴族達はシャルロットに非協力的なのか、理解ができない。


 たとえ派閥争いがあったとしても、国が滅んでしまえば元も子もないだろうに。


 貴族の行動が理解できない栄治に、シャルロットが少し間を開けて答える。


「……皆、自分の命と富が惜しいのだ」


「でも国が滅べば、その両方を失いますよね?」


「いや、そうとも限らない」


 まさかの彼女の返答に、栄治は驚きで目を見開く。

 そんな栄治の反応に、シャルロットは苦笑を浮かべながら、国が滅んでも貴族が生き残る原理を説明してくれた。


「ラベリテ王国が滅べば、もちろん私たち王族は皆例外なく殺されるであろう。しかし、領土を持っている貴族に関しては、その命と領土が助かる可能性があるのだ」


 彼女の説明によると、ホルヘス皇国がラベリテ王国を滅ぼした時、王国の全てを皇国の人間で統治すると、混乱が生じてしまい、要らぬ争いを起こしてしまう可能性がある。

 それを防ぐ為に、ある一定の領土に関しては、今まで統治していた王国の貴族をそのまま起用する場合も、考えられるらしい。


「そうなった時、ホルヘスにとって扱いやすい貴族が良いだろう? その為に反感を買わぬよう、軍を出したがらないのだ」


「つまり、王国が滅んだ後、新しい支配者に素早く有利に取り入れるように、出陣を拒んでいる。と言う事ですか?」


「そう言う事だな。困ったものだ」


 苦笑を浮かべるシャルロット。

 対して栄治は、貴族達の王家に対する忠誠心の低さに愕然としていた。


 こんなんで、超大国の侵略を防げるのか?


 栄治の中に大きな不安が立ち込める。

 ホルヘス皇国はエスピアン地方で最強クラスの国力を誇っている。そんな国の侵攻をほっといても内部崩壊しそうな王国が凌げるのだろうか。


 これからの戦いに、暗雲垂れ込めているのを感じる栄治は、口を閉じ、黙って乗馬に集中する事にした。



 陽が傾き、西の空が茜色に染まる頃。


 朝から行軍を続けていた、およそ三千の軍団は、開けた丘の上で野営の準備を始めた。


 ぎこちない動作で馬から降りた栄治は、腰に手を当てて顔を顰める。


「いてて……けつ痛え、二つに割れそう……」


 一日中慣れない乗馬をした事による疲労と痛みを感じながら、次々と建てられていく天幕を眺める。

 軍の練度が高いのか、天幕が面白いように素早く建てられて、数カ所では調理用などの焚き火も始まり、瞬く間に野営の準備が整っていく。


 忙しなく目の前を行き来する兵士達を眺め、栄治は自身の手持ち無沙汰から、若干の居心地の悪さを感じる。


 そんな彼のもとにシャルロットがやってきた。

 彼女の両手にはサンドイッチのような食べ物が握られている。


「エイジ殿、慣れぬ乗馬で疲れただろう。こちらにきて休むと良い」


 そう言ってシャルロットは、栄治を天幕の一つに案内する。


 案内された天幕は中が結構広く、立ち上がっても頭と天井までは余裕があり、大人2人が入ってもまだまだ余裕がありそうなくらいのスペースがあった。


「そこの椅子に腰掛けてくれ」


 おそらくここは、軍議などをする為の天幕なのだろう。

 中心には小型のテーブルが設置されていて、それを囲うようにいくつかの椅子が置かれていた。


「すみません、座らせてもらいます」


 一言断りを入れてから、栄治は椅子に座る。


「これも食べるとよい」


「あ、すみません。有難うございます」


 シャルロットは左手に持っていたサンドイッチを栄治に手渡すと、自分も栄治の隣の椅子に腰掛けた。


「殿下は幼少期から乗馬を嗜んでいたのですか?」


 栄治は顔を隣に向け尋ねる。

 シャルロットの乗馬している姿は、とても堂々としていて、その美しい容姿と相まって、まるで名画の如く目を惹くものがあった。


「そうだな、5歳くらいには1人で乗馬をしていたかな」


「5歳で……さすがですね。自分が5歳の時は鼻水を垂らしながら木の棒を振り回していましたよ」

 

 5歳といえば、栄治が育った日本では年長さんの年齢である。そんな時期から乗馬をやっている家庭は、超豪華で裕福かつ由緒正しい家柄に生まれたエリート幼稚園児くらいであろう。


「ふふっ、エイジ殿は鼻水を垂らしながら歩き回っていたのだな」


「いや殿下、子供の頃の話ですよ?」


「うむ、分かっている……ふふ」


 何やら誤解されていそうな雰囲気を感じ取った栄治は、念を押すように言う。

 それにシャルロットは頷くが、彼女の反応に少し栄治は不安になる。


「ところでエイジ殿、これから私たちは戦場を共にする仲間となるわけだが」


 栄治の疑わしい視線をシャルロットはコホンと小さく咳払いをして振り払うと、話題を切り替える。


「一緒に戦う上で、信頼関係はとても大切になる。そこで、まぁ信頼関係を築く最初のとっかかりのようなものだが、もう少し砕けた口調で話してもらって構わない」


「え? あ、はい。わかりました」


 よく異世界物で、主人公が偉い身分の人に、砕けた口調で話してくれと言われるシーンがある。その主人公は、大抵は二つ返事で了承した後に、いきなり王族などの人物を呼び捨てや愛称で呼んでいる。


 栄治も現世を生きていた頃に、そのような小説を読んでいた時は、特に気にせず読み進めていたが、いざ自分がその立場になると、あの主人公たちがいかにクレイジーだったかを実感させられた。


 今、栄治の目の前にいるのは、一国の王女様である。

 そんなやんごとなきお人が、いかに砕けた話し方で構わないと言っても、なかなか直ぐには切り替えられない。

 日本人が天皇を前にして「よっ」と気軽に挨拶するも同然のことなのだから当たり前である。


「殿下がそう仰るのなら、出来るだけ親しみある話し方が出来るよう、善処致します」


 砕けた口調とは程遠い返事をする栄治に、シャルロットは再び「ふふっ」と笑みを零す。


「まぁ無理にとは言わないが、エイジ殿は私の恩人だ。親しくしたいとは思っている」


「殿下にそう言われるとは、嬉しい限りです」


「その"殿下"も、いらないのだがな。エイジ殿はグンタマーであるから、たとえ私が王族であっても敬称は不要だ」


 シャルロットの言葉に、栄治は以前クレシオンの街の情報屋から聞いたことを思い出す。


 確かグンタマーは強力な力を持っているから、畏怖される存在なんだっけか? でも王族に対しても敬称が不要って、この世界でグンタマーの身分は、どう言った立ち位置なんだ?


 栄治は、ふと湧き上がった疑問をそのままシャルロットに尋ねてみる。


「すみません、グンタマーって身分的にはどう言った扱いになるのですか?」


「グンタマーはグンタマーであるから、他の身分と比較するのは難しいな」


 栄治の質問に、シャルロットは少し考えてから答える。


「グンタマーは唯一神であられるロジーナ様の使い、使徒とされている」


「え? 唯一神? あのロジーナが?」


 栄治の頭の中に、12歳前後のハツラツとした少女の姿が思い浮かぶ。


「こらエイジ殿、唯一神に対して()()とは失礼だぞ」


 栄治の物言いを嗜めるシャルロット。

 しかし、彼にはロジーナが唯一神だという事が、今ひとつしっくりこなかった。

 確かに、世界の案内人という立場のロジーナは、この世界の住民からしたら神に近い存在なのかもしれない。しかし、あの少しいい加減で子供っぽい彼女が、神だという事が栄治にはピンとこなかった。


「まぁグンタマーが神の使いとして、そこそこの地位にあるということは理解しました」


 シャルロットの嗜みを曖昧に頷いて誤魔化し返事をする栄治。そんな彼の反応に、シャルロットも苦笑を浮かべる。


「そういうことだから、これからは身分の事はあまり気にせず接してくれ」


「分かりました」


 お互いに頷き合い、会話がひと段落したところで、天幕の入り口から1人の人物が入ってきた。


「あらあら、お姿が見えないと思いましたら、こんな所で逢瀬をなさっていたのですね。うふふ」


 天幕の入り口に立つ人物。

 魅力的な黒髪を腰まで伸ばし、妖艶な雰囲気を漂わす妙齢の美女。

 ヴィルヘルムが無理やり同行させた、彼のハーレム要員の1人、ミリア・ローゼンが含みある笑みを栄治とシャルロットの2人に向けていた。

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