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第10話 異世界人の倫理観は個人差が大きいようです


「エンバラ救援の件。自分の力を必要としてくれるなら、協力しますよ」


 栄治がそう言った途端、言い争いをしていた姉弟は、2人揃って彼の方を向く。


「ダメだエイジ殿! エンバラでの戦いは、きっと厳しいものになる。命の恩人であるそなたをそんな困難な戦いに巻き込む事など、でき――」

「何を馬鹿げた事を言っているのだ姉様は! そんな困難な戦いだからこそ、グンタマーの力が必要なのではないか」


 栄治を引き留めようとするシャルロットをヴィルヘルムが遮る。


「だがしかし――」

「よくぞ言ったな、さすがは英雄のグンタマー殿だ。褒めてつかわそう」


 尚も栄治を引き留めようとするシャルロットだったが、ヴィルヘルムが半ば強引に、彼女と栄治の間に体を割り込ませ、姉の言葉を再度遮る。


「先ほども言ったが、この戦いにはラベリテの未来が掛かっている。無事の防衛を果たした暁には、それ相応の褒美をやろう」


 相変わらず傲慢で、上から目線の物言いをするヴィルヘルムに、栄治は丁寧な返事を返す。


「有難うございます、ヴィルヘルム殿下。それでは、一つお願いがございます」


「ほう、言ってみろ」


 栄治の言葉に、ヴィルヘルムは僅かに眉をあげる。

 一拍間を空けてから、栄治は切り出す。


「エンバラの救援を果たした際には、私の軍団の副将となる人物を紹介して頂きたいのです」


 ここで恩を売り、それを材料に副将を引き抜く。


 優奈と再会したとき、堂々と彼女の目を見られる様、栄治はシャルロットへの協力を申し出た。

 しかし、やはり一番に優先すべき事は確実に優奈を救い出す事である。その為に必要不可欠である優秀な副将を獲得できるよう、貪欲に機会を求めていくつもりである。


 栄治の提案をヴィルヘルムは数秒かけてじっくりと吟味した後、おもむろに口を開く。


「いいだろう。あんたがしっかりと仕事をこなしたのならば、こちらで副将となる人物を紹介してやる」


「はっ、有難うございます」


 栄治は深々と丁寧に頭を下げた後、物言いたげな表情を向けてくるシャルロットと向き合う。


「シャルロット殿下、この俺の力がどれくらい役に立つかは、正直わかりませんけど、精一杯力添えしたいと思っています」


 さすがのシャルロットも、ここまで面と向かって言われると断る事は出来ない。

 申し訳なさそうに、彼女は栄治に頭を下げる。


「かたじけない。エイジ殿の協力はとても心強く思う」


 シャルロットは王族なのに、本当によく頭を下げるなと、栄治が前にも思った事を再び考える。

 すると、なんとも王族らしい高圧的な態度で、ヴィルヘルムが栄治に質問を投げかけてくる。


「ところでエイジよ。あんたの軍団の戦力は、一体どれ程なんだ?」


 当初、ヴィルヘルムが栄治の名を呼ぶときは、ちゃんと『殿』を付けて呼んでいたのに、いつの間にかただの呼び捨てになっていた。


 シャルロットに協力することになった時点で、ヴィルヘルムの中で自分は手下の1人という認識になったのかもしれない。


 そんな事を考えながら、栄治は彼の質問に答える。


「えーと、今の俺の軍団は……」


 視線を少し上に向け、栄治にしか見えていない軍団メニューを眺めながら、現在の軍団の状況を説明する。


「兵数は790名ですね。主力となる部隊は鎖帷子騎兵60名で、エルフ弓兵とドワーフ戦斧兵もそれぞれ100名づついます。それから――」


 栄治は軍団の兵力や編成を説明していく。

 最後まで説明が終わると、ヴィルヘルムが少し驚いたような表情で言う。


「ほう。黒套だからと、大した期待はしていなかったが、なかなか強力な軍団ではないか」


 若干弾むように話すヴィルヘルムからは、栄治が保有する予想外の戦力に対する喜びが感じられる。


「お褒めに預かり光栄です」


 丁寧にお辞儀を返す栄治。

 彼のグンタマーとしてのランクは最低の"F"である。しかし、実際の軍団の強さはギフトの力によって、現在のランクよりも強いものになっている。


 そう言えば、どうやったらグンタマーのランクって上がるんだろう? 何か条件でも達成しないといけないのかな?


 そんな事を考えていると、先程までの喜びの表情から一変し、深刻そうな表情を浮かべるヴィルヘルム。

 彼は、まるで独り言のように、顎に手を当てて考え込むように言う。


「しかし……それでも確実な勝利にはまだ足りないか……」


 1人独白するように言った後、目を瞑って考え込むヴィルヘルムは、やがて顔を上げ、姉の方を見る。


「よし、姉様にミリア達を貸そう」

「いや、いらん」


 ヴィルヘルムの提案を秒で否定するシャルロット。


「なぜ戦場に、お前の愛人どもを連れて行かねばならんのだ。男に愛想を振り撒く事しかできん者がいては、逆に足手まといになる」


 シャルロットは、なんとも辛辣な言葉を返す。

 それを聞いて、ヴィルヘルムの腕に抱きついていたミリアが、なんとも芝居がかった仕草で泣きつく。


「うわぁ〜ん、ヴィルさまぁ〜、シャルさまがいじめてきますぅ」


 ミリアは、ヴィルヘルムの肩に額を押し付け、大袈裟な泣き真似をする。

 対するシャルロットは、ミリアが言った"シャルさま"という呼び方が気になるらしく、小さな声で「シャルさま……?」と呟いている。

 自分の愛人? であるミリアに辛く当たるシャルロットに対し、ヴィルヘルムはミリアの頭を片手で優しく撫でながら、姉を睨むように見る。


「姉様に拒否権はない。これは命令だ。エンバラへはミリア達も同行する」


「……ヴィルヘルムよ、それは本気で言っているのか?」


 弟の言っていることが信じられない姉は、彼の真意を推し量るかのように、ゆっくりと問う。

 それに対して、ヴィルヘルムは毅然とした態度で、はっきりと断言する。


「決定事項だ。変えるつもりはない」


 有無を言わせぬような強い口調で言うヴィルヘルムからは、ふざけて冗談を言っている様子は微塵も感じられない。


「お前が何を考えているのか……私にはさっぱりだ」


「姉様はきっと俺に感謝する日が来るさ」


「……だと良いがな」


 渋々と言った感じではあるが、どうやらヴィルヘルムの愛人らしき人達も、エンバラへ同行する事になったようだ。


 栄治は、迫る戦場を想像して、ブルッと小さく身体を震わせた。



―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―



 ラベリテ王国領、ロアティエ。

 この都市はホルヘス皇国との国境近くに位置しており、皇国からの侵略を受けた時に、真っ先に狙われた都市である。


 ロアティエの守備隊や、シャルロットの活躍によって何度か皇国の侵攻を退けていたが、先の戦でシャルロットが敗北し、ついにロアティエは皇国の手に落ちてしまった。


 かつてはラベリテの国旗を掲げていた領主の館は、今は皇国の旗を翻している。

 その館の一室で険しい表情をした男が腕を組みながら座り、目の前で土下座している騎士を見下ろす。


「シャルロット王女が、王都に帰還したそうだが、それについて何か言う事はあるか?」


 芯まで凍えてしまいそうな、冷たい口調で話す男に、土下座している騎士の肩がビクッと震える。


「も、申し訳、ありません!」


「俺がいつ謝罪を求めた? 俺が欲しいのは情報だ」


 どこまでも冷たく、そして落ち着いた話し方ではあるが、その裏では煮えたぎる溶岩の様な怒りが沸々と湧き上がっていた。


「プロフォンの森で追い詰めたのですが、そこにグンタマーが現れ、こちらが差し向けた軍勢だけでは太刀打ちできないと判断いたしまして――」

「謝罪の次は言い訳か?」


 男の雰囲気に、危険なものを感じた騎士は、慌てて説明をするが、男はそれを冷めた声で遮る。


「い、いえ。そ、そんな、つもりは」


 騎士は言葉につまり、視線が揺れる。

 男の様子が、だんだんと険悪なものになっていくのを感じ取っている騎士は、全身に冷や汗をかきながらも、何とか失態を挽回するチャンスを得ようとする。


「イ、イクルード砦の攻略をお任せくださいッ!! 必ずや攻め落として見せます!!」


 もはや懇願するかの様に言う騎士に、男は興味なさそうに返す。


「貴様、確か王女を捕らえようとした時も『必ずや標的を捕らえ。閣下の御前に連れて来てみせます』とか、豪語していたな」


「うっ……そ、それは……次こそはッ!! 次こそは必ず!!」


 必死な形相で、何とかチャンスを獲得しようとする騎士。しかし、男は片手を上げ騎士を黙らせる。


「もうよい」


 男のその一言で、騎士はまるで死刑宣告を受けたかの様に、顔色を真っ青にする。


「い、いえ! 私はまだ閣下のお役に立てます!! 次こそ――」

「もうよいと言っているのだ」


 男は騎士の言葉を遮って黙らせると、ゆっくりと腰を上げて椅子から立ち上がる。


「貴様は、充分に俺に尽くしてくれた」


 そう言う男からは、先程までの冷たい雰囲気が消え、表情には柔らかな笑みさえ浮かんでいる。


「疲れただろう。もうゆっくりと休むが良い」


 男はゆっくりと騎士へと歩み寄る。

 そんな様子に、自身の失態が許されたと感じた騎士が、土下座から立ち上がり、近付く男と向き合う。


「ゲルルフ様……有難き御言葉感謝いたします。しかし、私に休養は不要で御座います! これからも閣下の為、全身全霊で――ガハッ……」


 男に対して忠誠の言葉を述べている途中で、騎士は突然咳き込む。


 騎士は自分の腹部に違和感を感じて、ゆっくりと視線を下に落とす。

 すると、そこには自身の腹から剣の柄が生えている光景が目に入る。更にその柄は目の前の男がしっかりと握っている。


「……? ゲルルフ様?」


 騎士は全く状況が呑み込めずに、首を傾げる。


「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと休め。永遠にな」


 男はそう言うと同時に、騎士の腹に突き刺していた剣を勢いよく引き抜く。


「ぐはぁ! ……ゲルルフ……ゴフッ……様……」


 剣が抜けたとこで、騎士の腹から赤黒い血が、大量に溢れ出す。

 騎士は両手で、穴の空いた腹を押さえながら、男を見る。その瞳には、ただただ困惑の色だけが浮かんでいる。

 フラフラと後ずさる騎士をつまらなそうに見ながら、男は言う。


「貴様の様な無能では、この世を生きるのはさぞかし辛かったであろう。俺はその苦痛から解放してやったのだ。感謝しろ」


「そ、それは……どう言う……意味で…ござい……ガフッ…ゴボボォォッッ……」


 言葉の途中で、騎士は盛大に吐血する。

 男は騎士が吐いた血が、床に落ちて跳ねるのを見て、顔を顰め距離をとる。


 騎士は男を視界に捉えようと、顔をあちこちに向ける。しかし、すでに殆ど見えていないのだろう。騎士の視線は定まる事なく、彷徨い続ける。

 少しの間フラフラと立っていた騎士であったが、やがて糸が切れた操り人形の様に、床に崩れ落ちる。


 床に倒れ、風前の灯となった騎士に一瞥を向けた男は、椅子の隣に置いてあった呼び鈴を鳴らす。


 するとすぐに部屋に使用人が入ってくる。使用人は血溜まりの中で倒れている騎士を見ると「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げた。


「そのゴミを掃除してくれ」


 血がついた剣の刀身を丁寧に拭きながら、男は使用人に指示する。


「か、畏まりました」


 使用人は、顔を真っ青にしながらも、男の指示に頷くと、倒れている騎士のそばに膝をつく。


「あの……ゲルルフ様。この騎士様は治療術師のところへ連れてゆきますか?」


 僅かにまだ息がある騎士を見て、使用人が男におずおずと尋ねる。


 男は使用人の言葉を受けて、再び騎士の近くまで歩み寄ると、数秒の間、黙って騎士を見下ろす。


 そして、手に持っていた剣を再び騎士の胸に突き刺した。


 すでに声すら上げられない騎士は、ビクッと一度大きく身体を跳ねされると、その後は一切動かなくなった。


「その必要はない。さっさと処分しろ」


 血の滴る剣を手に、まるで蚊を潰したかの様な言い草の男に、使用人は言葉を発せられなかった。しかし、首だけはブンブンと激しく上下に動かし、男の指示を了承した意思表示をする。


「食事に行ってくる。俺が戻ってくるまでに部屋を綺麗にしておけ」


 そう言い残すと、男は血の匂いが充満した部屋を後にした。

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