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第9話 助太刀致す


 突然、部屋に現れた少年は、シャルロットの弟であった。

 しかもその容姿は、姉と同様にとても整ったものである。


 そんな少年が、薄ら笑いを浮かべながらシャルロットを見る。


「姉様もこのグンタマーにお願いに来たのですか?」


 弟のその言葉に、シャルロットは意味を汲み取れずに首をわずかに傾げる。


「お願い? 何の事だ?」


「何の事って、エンバラへの出陣の助力のことに決まっているでしょう?」


 やれやれと呆れた様に首を振る少年。


 先程シャルロットは少年の事をヴィルヘルムと呼んでいた。おそらく、それが弟の名前なのだろう。


 栄治のヴィルヘルムに対しての印象は、傲慢な王族といった感じだった。

 王族という肩書きの威を借りる、傲慢で生意気な子供。

 それが栄治がヴィルヘルムに抱いた印象である。

 彼に対してそんな印象を持った理由の大きな原因は、ヴィルヘルムが部屋に入ってきたとき、一緒に彼に付いてきた取り巻きだった。


「ヴィルさまぁ。この人が例のグンタマーなんですかぁ?」


 間伸びした甘ったるい声で、ヴィルヘルムの肩にしなだれかかるのは、魅力的な黒髪をした美女だ。年齢はおそらく20手前といった感じで、なんとも妖艶な雰囲気を纏っている。


 しかも、ヴィルヘルムの周りにはその美女だけでなく、他にも多くの多種多様な美女が、彼の周りを侍っていた。

 その様子は、まさしくハーレムという言葉がピッタリであった。


「あぁ、そうだよミリア。この男が、親愛なる姉様を救い出した英雄だよ」


 ヴィルヘルムが、自分の肩に頬を乗せている美女に顔を向けて言う。


「ふぅ〜ん、英雄ですかぁ……ふふっ、顔は普通ですね」


「っ……」


 さっと栄治の全身に視線を這わせたミリアと呼ばれた美女は、最後に彼の顔を見て、まるで失笑といった感じの笑みを浮かべる。


 いやいやいや! アンタのご主人様の顔面偏差値が高過ぎるだけですから! 俺は不細工じゃないし! なんなら、不細工かイケメンかの二択だったら、イケメンの方に入るし! 多分ね!!


 そんな感じで、ミリアの反応に対する抗議が、栄治の中でブワッと湧き上がってきたが、この部屋にいるのは王女と王子だ。

 そんな所で下手な言動をして、打首とかになったら洒落にならない。

 今までの様子から、シャルロットは大丈夫だと思うが、ヴィルヘルムはまだどの様な人物か把握できていない。


「はは……」


 内心の猛抗議の声を必死に抑えながら、栄治は若干引き攣った笑みを浮かべ、無難にやり過ごす。


 ミリアはそんな栄治に興味を失ったのか、視線を外し、ヴィルヘルムの片腕に甘えるように抱き付く。

 抱き付かれた彼の腕が、美女の豊かな胸に埋もれている様を目にして、栄治の内に、えもいわれぬ怒りが込み上げてきた。


「ヴィルヘルム。もう少し礼儀を弁えろ」


 弟の態度を見かねたシャルロットが注意するが、対するヴィルヘルムは、そんな姉の注意を取るに足らない小言かのように、鼻で笑い飛ばす。


「ふん、王子であるこの俺がわざわざ部屋まで出向いているんだ。その時点でこれ以上ない礼儀だと思うが?」


「何を馬鹿な事を言っているのだ! そんなものが礼儀だと――」

「うるさいぞ」


 姉の言葉を途中でバッサリと切るヴィルヘルム。

 彼は不機嫌な表情を浮かべてシャルロットを睨め付ける。


「姉様。もう少し、俺に対する口の利き方に気を付けたほうが良いんじゃないですか? 姉様の為にも」


 まるで自分の方が立場が上であるかのように、ヴィルヘルムはシャルロットに対して高圧的な物言いをする。


 栄治は彼の発言に疑問を抱く。

 シャルロットとヴィルヘルムは共に王族であり、そしてシャルロットは姉で、ヴィルヘルムは弟である。その事から立場的にはシャルロットの方が上だと思っていた。

 しかし、あんな物言いをしたヴィルヘルムに対して、シャルロットは下唇を噛み締めながらも、口をつぐんだ事から、どうやら立場的にはヴィルヘルムの方が上らしい。


 もしかしたら、このラベリテ王国という国は、かなりの男尊女卑社会なのかもしれない。


 そんな事を考えている栄治に、シャルロットが黙った事に気を良くしたヴィルヘルムが言葉を投げてくる。


「それじゃあ、英雄のグンタマー殿よ。名を聞かせてくれ」


「……栄治です。栄治大紋です」


 威張り散らしているヴィルヘルムが気に食わない栄治は、少し返答に迷ったが、ここで面倒を起こすとデメリットしかないので、素直に名乗る。


「よしエイジ殿。あんたには、エンバラへ救援に向かう姉様に協力してもらう」


 まさかいきなりの命令に、栄治は戸惑う。

 そこにシャルロットが口を挟む。


「ヴィルヘルム! お前は一体何を言っているのだ!?」


 戸惑っているのはシャルロットも同様らしく、弟の予期せぬ発言に、思わず声を荒立てる。


 ヴィルヘルムは「はぁー」とこれ見よがしに大きな溜息をつくと、シャルロットの方を見て、わざとらしくゆっくりとした口調で話し出す。


「俺はこの国を守る為の最善の行動をしているだけですよ? 姉様にはそれが分からないのですか?」


「エイジ殿は、すでに一度私の命を救ってくれた。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない」


「姉様、そんな自分の事しか考えられない様では、王族失格ですよ」


「――なんだと?」


 まるで挑発するかのようなヴィルヘルムの発言に、さすがのシャルロットも、返答の言葉に怒気をはらむ。


 しかし、そんな姉の怒りも意に介した様子はなく、ヴィルヘルムは溜息混じりに言う。


「エンバラが陥ちればイクルードも落ちる。イクルードが陥ちれば王都も陥ちる。つまりこの国が滅ぶ。姉様がエンバラの救援に失敗すれば、この国の末路は決定的なものになる。それを姉様は理解していますかね?」


「……それは勿論、エンバラでの戦いが重要なものになる事は、私も十分に理解している」


 シャルロットが言葉を返すと、ヴィルヘルムは大袈裟な仕草で首を傾げる。


「おやおや? なら何故グンタマーに協力を要請することに、疑問を抱くのか。俺にはその事の方が、遥かに疑問ですけどね姉様?」


 なんとも癪に触るような言い回しをするヴィルヘルムは、ゆっくりとシャルロットとの距離を詰めながら、話を続ける。


「エンバラの守備兵力は二千人。対するホルヘス軍は九千人の大群で攻めてきている。そこに、姉様は一体どれだけの兵力を動員できますかね?」


 冷めた笑みを浮かべながら、シャルロットに問いかける。


「そうそう、そういえば先程、かなりご立腹のギュスターブ公に会ったんだが、あの様子じゃあきっと姉様の出陣には協力しないでしょうね」


「うっ……」


 言葉を詰まらせるシャルロット。


 ギュスターブ公爵はラベリテ王国で最有力貴族の1人であり、大きな派閥を形成している。そのギュスターブがシャルロットの戦列に加わらないとなると、彼の派閥に属している諸侯達も兵を出さない可能性が高い。

 そればかりか、他の派閥にも根回しされれば、さらに彼女の戦力は低下する。


 その現状を理解しているヴィルヘルムは、俯いているシャルロットを嘲笑うかのように言う。


「ギュスターブ公の助けを得られず、そして頼りになるゴドルフ将軍も、今はイクルード砦に出払っている。さぁ、今の姉様は、一体どれほどの戦力を確保できる?」


「……三千人……は確保できるだろう」


 苦しそうに発せられたシャルロットの言葉を、ヴィルヘルムは鼻で笑い飛ばす。


「ははっ! 三千人? それで確実にエンバラを防衛できるとでも思っているんですか姉様? エンバラの守備兵と合わせても五千人ですよ?」


「私が敵の大将の首を取れば、どんなに数に差があろうとも関係ない」


 冷笑を浮かべている弟に対して、決意の籠った視線で返答するシャルロット。

 しかし、そんな姉の決意も弟はバッサリと切り捨てる。


「論外だ。先ほども言ったでしょう? エンバラの戦にはこの国の明暗がかがっていると。そんな大事な戦いで、姉様個人の武勇に全てを賭ける? そんな馬鹿げた賭け出来るわけがないだろう」


 ヴィルヘルムはシャルロットの目の前で足を止め、彼女の瞳を鋭い眼差しで刺す様に見る。


「この国が、民達が生き残れる様に、その可能性を少しでも高める為に、利用出来るものは全て利用する。それが王族の務めだ。だから俺は、このグンタマーを取り込む事は当然のことだと思うが……」


 ヴィルヘルムは目を細め、姉の様子を探る様に、その先の言葉を発する。


「何故、姉様はこのグンタマーに協力を乞う事をしないのか? もしや、自分の窮地に颯爽と現れ、救ってくれたこの男に、惚れたのか?」


「なっ!?」


 全く予想していなかったのだろう。

 弟が発した言葉に、シャルロットは綺麗な二重の瞳をこれでもかというくらいに見開き、絶句する。


 驚愕したのはシャルロットだけではない、すぐ近くでヴィルヘルムの話を聞いている栄治も、驚きの表情をする。

 シャルロットが栄治に惚れる云々もそうだが、ヴィルヘルムの中で、栄治は既にエンバラ救援に協力するのが確定している事が、なんとも驚きだった。

 ここまで身勝手に物事を決められては、逆に清々しい。


 弟の発言に、シャルロットは僅かに耳を赤くしながら、否定の言葉を発する。


「何を馬鹿げた事を言っているのだ!」


「そうですか? 窮地を救われ、そこから愛を育む物語はよくあると思うが」


「あ、愛……」


 さらに顔の赤みが増すシャルロット。


 そんな様子の彼女を見て、栄治は思う。


 きっとシャルロットは、これ以上ラベリテ王国の問題に自分を巻き込みたくないのだろう。

 森で助けてから、ここに来るまでの数日間。彼女と共に過ごし、とても義理堅く真面目な性格である事が感じられた。

 シャルロットが自分に惚れたとかは関係なく、純粋に迷惑をかけたくないという思いから、協力を拒んでいるのだと思う。


 姉弟が、惚れただとか違うだとか言い争いをしている隣で、栄治はそう推察する。


 さらに彼は、思考を深める。


 優奈を助ける為にも、早く副将を増やさないといけない。

 そうなると、厄介な戦いへの参加は極力避けたいところだ。


 所詮、栄治にとってラベリテ王国とホルヘス皇国のいざこざは、他人事でしかない。

 しかも厳しい戦況であるならば、わざわざ自分から首を突っ込む事もないだろう。


 そんな思考がよぎった時、ふと彼の脳内に優奈の声が響いた。


『誰かを救える力を持ちながら、何も行動しないのは、戦争で他の人を苦しめるのと同じ位罪深い事ですよね』


 クレシオンの街で出会った当初に、優奈が言っていた言葉だ。

 突然この世界に転移し、何も分からないなかで急に軍団を率いて戦えと言われた彼女は、とても怯えていた。戦いというものに恐怖していた。

 しかし、自分の力が他の人の助けになるならば、怯えを乗り越え、恐怖に打ち勝って、他人の助けになりたい。

 彼女はそう言っていた。


『俺の力で救えるとは限らないけどな』


 栄治は心の中で、優奈に向かって独白すると、言い争いを続けている姉弟に向かって口を開く。


「エンバラ救援の件。自分の力を必要としてくれるなら、協力しますよ」


 そう言いながら、栄治は心の中で優奈に謝罪する。


 ごめん優奈。でも君と再会するときは、胸を張って助けに来たって言いたいんだ。


 優奈が貫こうとしていた信念を胸に、栄治は過酷な戦場に身を投じる覚悟を決めた。

 

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