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第7話 現場の辛さは上のもんには分かりません


 暫く無言で進んだ後、シャルロットは足を止めて振り返り、栄治とアスベルに向き合った。

 彼女の視線は申し訳なさそうに俯いている。


「エイジ殿、そしてアスベル殿。先程は不快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ない」


 深く頭を下げて謝罪するシャルロット。


「そんな、シャルロット様が謝るようなことでは無いんだべ! 頭上げてください」


 慌てて否定するアスベル。しかし、尚も彼女は頭を上げない。


 栄治はそんな彼女のつむじを眺めながら、シャルロットが自分達に頭を下げるのは何度目だろうな? とぼんやりとそんな事を考えた。


 栄治達が彼女を助けた時は当然ながら、イクルード砦に着いた時も何度か頭を下げられている。

 王族でありながら、さっきの尊大な態度の貴族とは大きな違いである。

 もし栄治達が助けたのが、あのギュスターブとかいう男だったなら、おそらく謝罪などせずに、偉そうに自分を王都まで連れて行けなどと命令してくるに違いない。

 そして、その態度に腹を立てた栄治は、彼を殴り飛ばしてプロファンの森に置き去りにしてきていただろう。


 森にいたのがシャルロットで本当に良かった。などと栄治が考えている間も、彼女は頭を下げたままだった。


「私が招待しておきながら……本当に申し訳ない」


 心の底からの謝罪なのだろう、彼女の肩がわずかに震えていた。

 そんな様子に居た堪れなくなったのか、アスベルが少しおどけた口調で言う。


「シャルロット様は何も悪くねぇですだ。悪いのは卑しい平民であるオラだべさ。はははっ」


 頬をカリカリと掻きながら、何でも無いと笑ってみせるアスベル。しかし、彼がそう言った途端、シャルロットが勢いよく顔を上げた。


「違うッ!! それは断じて違うぞアスベル殿!」


 急に強い口調になったシャルロットに、アスベルの目は点になる。


「平民だから卑しいなど、そんな馬鹿げた事があるか! 平民も貴族も、どちらも同じ人間だ!」


「あ、あの……すみませんですだ」


 反射的に謝罪の言葉を口にするアスベルに、シャルロットははっと口を噤み、気まずそうに視線を外した。


「い、いや、私こそすまない。ちょっとムキになってしまった……」


 微妙に気まずい沈黙が流れた後、おもむろにシャルロットが口を開く。


「とにかく、2人に不快な思いをさせたのは私の責任だ。謝罪させてくれ」


 ここで遠慮すると、先ほどの繰り返しになってしまうので、栄治とアスベルの2人は黙って頷く。


 その後は皆無言で歩き続け、やがて豪華な装飾が施された、両開きの大きな扉に行き着いた。


 おそらくこの扉の先が謁見の間なのだろう。ここまで先導していた近衛騎士が扉の両脇に移動して、シャルロット達に道を開ける。

 シャルロットを先頭に栄治とアスベルも扉の前に立つと、2人の近衛騎士がそれぞれ左右の扉をゆっくりと開いた。


「シャルロット殿下、ご入場します!」


 近衛騎士の口上と同時に、扉は全開になり、その先の赤い絨毯が敷かれた長方形の広い部屋が視界に飛び込んできた。


 左右の壁には等間隔で純白の大きな柱が立ち並び、視界の遥か上では何本ものアーチ型の梁がかかっており、そこから巨大なシャンデリアが吊るされていて謁見の間全体を明るく照らし出している。


 シャルロットが赤い絨毯の中央を進んでいくと、栄治とアスベルも彼女の後に続いて謁見の間に入っていく。

 左右の壁沿いには、城務めの文官や武官らしき役人が立ち並び、栄治達を目で追っていた。


 やがて謁見の間の一番奥にたどり着くと、豪華絢爛な巨大椅子が、栄治達の立っている床から三段ほど高い場所に設置されていた。しかし、今はその豪華絢爛巨大椅子は空席で、その椅子よりも一段低い場所にある、そこそこ豪華な椅子に、1人の男性が座っていた。


「シャルロット殿下、今こうして、あなた様のご壮健な姿を拝見し、わたくしは安堵に胸をなでおろしています」


 そう言いながら男は椅子から立ち上がると、やや芝居がかった仕草で、シャルロットに頭を下げる。


「ミリアンよ。私が今こうしてここに立っていられるのは、ひとえにこの2人のおかげだ」


 シャルロットは数歩ほど脇に寄り、栄治とアスベルが見える様にしながら紹介をする。


「こちらエイジ殿だ。エイジ殿はグンタマーであり、その力でホルヘス軍を追い払ってくれた」


 シャルロットが男に栄治の紹介をする。そして、その隣にいるアスベルの紹介も続けて行う。


「そしてこちらがアスベル殿だ。アスベル殿は追手を振り切るために、馬車に積んできた自分の商品を捨ててまでして、私の命を救ってくれた勇気ある素晴らしき御仁だ」


 シャルロットが彼の功績を讃える様に紹介する。

 しかし、アスベルにとっては先程のギュスターブとのやり取りがトラウマになっているのだろう。頬が緊張で引き攣っている。


「エイジ殿にアスベル殿、そなたらの行いは誇り高く、そして勇敢である。申し遅れましたが、わたくしはこの国の宰相を務めます。名をミリアン・ドベスロールと言います」


 自身の名を名乗った後、ミリアンは丁寧に栄治達に対してお辞儀をする。

 それを見たアスベルは、少し緊張が解けた様で「ほぅ」と息を吐き出していた。


 ラベリテ王国の宰相、ミリアン・ドベスロールは見た目40歳手前くらいの細身の男性で、きっちりと分けられた金髪の髪と細面の顔付きからは、どこか神経質そうな雰囲気が感じられる。

 細い体つきと相まって、なんとなくインドア的な印象を持ってしまいそうだったが、彼の眼光は鋭く、その力強さは、さすが一国の政治を任されている立場にある者だ。と納得出来るものだった。


「そなたらの行いは、この国にとって偉大な功績の一つとなるだろう。その功績に、わたくしは心より敬意をそして、感謝を捧げます」


 その言葉と同時に、ミリアンが頭を下げると、壁際にいる役人達も一斉に頭を下げた。


 数十秒間、王国の重鎮達に一斉に頭を下げられた栄治とアスベルは、どこか落ち着かない様子で、そわそわと視線を泳がす。


 やがてミリアンが頭を上げると、それに倣って役人達も頭を上げる。

 まるでリハーサルでもしていたんですか。と言いたくなるほどの統一された動作であった。


「わたくし達は、そなたらに、とても大きな恩ができました。我々はその恩に報いたいと思います」


 ミリアンがそう言うと、壁際の役人の一人が彼のものまでやって来て、巻物の様な書簡を手渡した。

 彼はそれを受け取ると、上下に広げ、書簡の内容を読み上げる。


「我がラベリテ王国は、シャルロット殿下の命を救った貴殿らに対し、金貨50枚をそれぞれに贈呈致す。また、その功績を讃え、勲三位燕羽小綬章を授けるものとする」


 ミリアンの言葉に、壁際から更にもう一人の役人が出てくる。その手には箱の様なものを持っている。

 役人は恭しくその箱をミリアンの前に差し出す。

 ミリアンはその箱に一礼してから手を伸ばし、箱の中身を取り出した。


「あれは……勲章か?」


「んだべさ、まさかオラが勲章を貰う日が来るとは……」


 見慣れない物に興味を示す栄治と、勲章を貰えることに感銘を受けているアスベル。

 ミリアンが箱から取り出したのは、鳥の羽を象った銀色の勲章だった。

 彼はそれを手に持ち栄治達の前までくる。


「エイジ殿、これを胸につけさせてもらっても良いかな?」


「あ、はい。えと、よろしくお願いします」


 こう言う式典的な礼儀を一切知らない栄治は、一瞬返答に戸惑ってしまう。

 しかしミリアンは特に気にした様子もなく、手にしていた勲章を栄治の左胸付近に取り付ける。

 続けて彼は、隣のアスベルにも同じ様な場所に勲章を取り付けた後、再び自身が座っていた椅子の前へと戻った。


「今一度、勇敢なる者達に」


 そう言ってミリアンは、栄治とアスベルに向けて拍手をする。

 すると壁際の役人達も一斉に拍手をして、謁見の間は手を叩く音で満たされる。2人のすぐ隣にいるシャルロットも、笑みを浮かべながら、拍手をしていた。


 鳴り止まない拍手の中、栄治とアスベルは「どうもどうも」と頭を下げていた。


 やがて拍手が鳴り止むと、再びミリアンが口を開く。


「そなたらには、この王城に客室を用意した。謝礼の金貨は後で用意するゆえ、それまでその客室でゆっくりと休んでいてくれたまえ。準備が出来次第、使いの者を部屋へ遣わそう」


 この世界の常識に疎い栄治は知らないが、王城に客室を用意されると言うのは、普通ではあり得ない、かなりの高待遇であった。


 取り敢えず、謁見の間でのやりとりは終わりかな? と栄治が思ったとき、今まで隣でやりとりを静観していたシャルロットが、ミリアンに対して口を開く。


「ミリアンよ、アスベル殿に王都の商会と面談できる様にしてほしい。それと、彼が私を助ける際に、馬車から捨てた商品についての補填もお願いしたい」


 シャルロットの願いを聞いたミリアンは、一瞬だけ視線を上の方に向け、考える素振りを見せたが、すぐに頷く。


「分かりました。商会へ向けた書状を作りましょう。アスベル殿が失った商品については、金貨での補填でも良いでしょうか?」


 まさか失った商品の補償までしてくれるとは思っていなかったのか、アスベルは少し驚いた表情で返答する。


「あ、はいだべさ。全然かまわねぇんだべです」


 そう言うアスベルの口元は、無意識のうちに上がっている。

 そんな彼の様子にシャルロットも満足そうに頷いた。


「さて、それじゃあ用意されている客室に行こうか。その後は私がこの王都の素晴らしいところを案内しよう」


 一通りのやり取りを終えたところで、シャルロットが栄治達に言う。

 なんと王族である彼女が直々に、この王都の観光案内をしてくれるらしい。

 かなりの高待遇に、栄治達が驚いていると、それを遮る様にミリアンが言葉を挟む。


「シャルロット殿下、それは出来ません」


「なに?」


 ミリアンの否定に、シャルロットは怪訝な顔を彼に向ける。


「殿下には直ぐにエンバラへ向かっていただきます」


 ミリアンの言葉を聞き、シャルロットは目を細め、表情に緊張感を漂わせる。


「ホルヘス軍がもう動いているか」


「さようです。先の戦で国境の都市ロアティエを陥落させたホルヘス軍は、そこを橋頭堡(きょうとうほ)として、エンバラに軍を進めています」


 淡々と現在の戦況を話すミリアンに対して、シャルロットは少し辛そうな表情で、俯き加減で彼の話を聞いている。


「エンバラを落とされると、イクルード砦は孤立してしまいます。そうなれば、この王都が陥落するのは時間の問題。ですので、殿下にはエンバラ救援の為、直ぐに出立して頂かなければなりません」


 最後にミリアンは、少し強調する様に言葉を付け足す。


「これは()()()からの直々の命令です」


 国王という言葉に、シャルロットはピクッと肩を揺らして反応を示す。

 王女であるシャルロットにとって、国王は父親という事である。


「……父上が、そう言っているのだな?」


「えぇ」


 確認する様に問いかける彼女に対して、ミリアンは短い言葉で肯定する。


 そんなやり取りをここまで黙って聞いていた栄治が、躊躇いがちに口を挟む。


「え〜と、すみません。シャルロット殿下は王都に戻ってきたばかりです。そんな状態で直ぐに出撃するのは、あの……酷すぎるのでは?」


 栄治達がプロフォンの森でシャルロットを救ってから、4日ほど経っているとはいえ、かなり憔悴していた状態から王都まで移動し続けているため、疲労は完全に回復していないだろう。


 そんな状態で、次の戦場に向かわせるというのは、栄治の感性からしたら、かなり酷い扱いの様な気がしてならなかった。


 しかし、そんな栄治の思いを断ち切る様にミリアンは言う。


「エイジ殿、我が国は今、存亡の危機にあるのだ。生き残るためには殿下の力は必要不可欠である」


 そう言う彼の目は、まるで部下に無理難題を押し付ける上司そのものだった。


「エイジ殿、心配してくれて有難う。だが私はこの国の為ならば、命を賭して戦う。国の為、国民のために戦うのは王家の役割であるからな」


 微笑みを浮かべて言うシャルロット。

 そんな彼女の顔に憂いの影が落ちている事に、栄治はどこか引っ掛かりを感じていた。

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