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第6話 選民意識というのは厄介極まりないものです


 シャルロット王女生還。


 イクルード砦よりもたらされたその報せは、瞬く間に王都へと届けられた。


「シャルロット王女殿下がここへ戻って来るようですね」


 ラベリテ王国王都の、とある一室。

 カーテンが締め切られ、数本の蝋燭の僅かな灯りに照らしだされる薄暗い部屋で、1人の女性が楽しそうな声音で言う。

 それに対して、暗い部屋にいるもう1人の人物が、考え込むような小さな声で呟きを漏らす。


「罠に嵌ってもなお生き延びるとは、桁外れの武勇が成せる技か、はたまた運が良いだけか……」


 声から男性だと判断できるが、蝋燭の灯りはその男の顔までほとんど届かず、口元のみ微かに照らされている。


「どうやらグンタマーが殿下を助けたようですよ?」


 猫の鳴き声のような女性の声は、相変わらず楽しそうである。

 まるで今の状況を楽しんでいるかのようだ。


「グンタマーか、その存在は侮れないな。こちらにとって有益か、それとも害をなす存在か、しっかりと見極めないといけない」


「害をなす存在だった場合は、どうなさいます?」


 女性は目を細めながら、男性を試すように言う。


「その時は消えて貰うさ。当然だろ?」


 そう言う男性の声は、まるで氷のように冷たく、ナイフのように鋭く無機質であった。


「まぁ、恐ろしいお方」


 女性は自分の体を両腕で抱き締めて、ぶるっと震える仕草をして見せるが、その表情はなんとも楽しげに弾んでいた。



―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―



 イクルード砦から馬車で4日。

 シャルロットの招待を受けた栄治とアスベルは、ラベリテ王国の王都へとやって来た。


「おぉ、思ってたよりも発展しているな」


 立派な城壁をくぐり抜け、大通りを進む馬車の中から、外の様子を眺めながら、栄治が弾むような声で言う。

 現世では、ビルに囲まれた近代都市で生活していた栄治にとって、今目の前に広がる光景は、まるでテーマパークのように感じてしまう。


「我が王国は銀鉱山を持っていてな、銀細工が盛んなのだ」


 栄治の対面に座っているシャルロットが、ラベリテについての解説をしてくれる。


 ラベリテ王国の王都は、なだらかな丘に築かれた街で、外壁と内壁の二重の城壁に守られた都市である。

 先程栄治達がくぐったのは外壁で、王城がある内壁へは東西南北それぞれ大通りでつながっている。


「この国は銀の交易でうるおってるんだべ」


 活気を見せる大通りの様子を馬車の窓から眺めるアスベル。

 その口元からは涎が溢れそうである。おそらく謝礼金の想像をしているのだろう。


 外壁を通過してから体感で30分程過ぎた頃、再び立派な城壁が見えて来た。

 内壁なのだろう。外壁に比べて高さは少し低くなっているが、その分そこかしこに装飾が施されていて、豪華なものになっている。


「まもなく城に到着いたします」


 護衛のために馬車と並走していた騎士が、外から声をかけてくる。

 その言葉通り、栄治達を乗せた馬車は外壁の門よりも凝った造りをしている内壁の門をくぐり抜け、王城へとたどり着いた。


「ヨーロッパに観光に来た気分だ」


 馬車から降りた栄治は、目の前に聳え立つ城を見上げる。

 大きな石造りの居館や回廊、そして天を突くように伸びる幾つもの尖塔。

 まるで中世に西欧で築かれた文化遺産を見学に来た気分になる。しかし、目の前にある城は遺産などではなく、現役で使われている城である。

 その証拠に、城の中から複数の近衛騎士らしき人物が出てきた。


「シャルロット殿下。無事のご帰還おめでとう御座います」


 兵士達は、馬車から降りたシャルロットの前で跪き低頭する。


「うむ、出迎えご苦労」


 彼女の労いの言葉に、兵士達は一層深く頭を下げた後、隊長らしき兵士が報告をする。


「ミリアン様が謁見の間にて御待ちで御座います」


「そうか……わかったすぐに向かおう」


 兵士の報告に、少し間を開けてから返答したシャルロットは、栄治とアスベルへ顔を向ける。


「すまぬが、2人も私と一緒に謁見の間に来てくれぬだろうか?」


「えぇ、構いませんよ」


「お、オラも大丈夫ですだ」


 即答する栄治に対し、謁見の間という単語にアスベルは緊張気味に顔をこわばらせる。返答する声音も若干硬い。


 栄治からして見れば、異世界の王城と謁見の間というのはほぼセットなもので、城に向かえばまず謁見の間に行くものだと思い込んでいた。

 だからシャルロットの申し出に、特に何か思うものはなかったのだが、この世界で生まれ育ったアスベルにとってはどうやら違うらしい。


「あ、で、でんも、オラのこの格好で大丈夫だか? し、失礼にあたらんだべかな?」


 ソワソワしながら、しきりに自身の身なりを確認するアスベル。

 そんな彼を安心させるように、柔らかな笑みを浮かべながらシャルロットは言う。


「アスベル殿、そなたは私の命を救った恩人だ。堂々と胸を張っていて問題ない」


 緊張をほぐすような彼女の言葉に、アスベルは「ん、んだ」と頷くが、まだ少し表情が固い。


 この世界の生粋の住民であるアスベルにとって、王国の王族とはまさに殿上人なのだろう。

 そんな人物と対面する謁見の間にこれから向かうのだ。緊張するなという方が無理かもしれない。


 殿上人というと、王女であるシャルロットもアスベルにとっては、やんごとない人物ではある。

 しかし、イクルード砦から王都へ向かう道中、王族であるにもかかわらずとても気さくに接してくれたお陰か、かなり打ち解けた感じになっていた。


 出迎えにきた近衛騎士とシャルロットの後について、栄治とアスベルは、王城の中へと入っていく。


「さすが王城ってだけあって、作りが豪華だな」


 キョロキョロと首を動かしながら、あたりを観察しながら歩く栄治。


 さすがは王族が住まう城なだけあり、高い半円形の天井まで伸びている柱には、細かな彫刻が彫られており、日差しを取り込む窓も幾つかは鮮やかなステンドガラスになっている。

 床はおそらく大理石なのだろう。歩くたびにカツカツと小気味良い音が響く。


 隣にいるアスベルは、栄治と違い前方の一点をただひたすらに見詰めて歩を進めている。

 足と手が同じ動きをしているのをチラリと横目で見た栄治は、必死に緊張と戦っているアスベルをそっとしておく事にした。


 と、しばらく大きな廊下を歩いていると、一団の前に1人の男が進路を遮るように現れた。


「おぉ! シャルロット殿! よくぞご無事でしたな!」

 

 肩で風を切りながら歩み寄ってくるその男は、廊下中に響き渡るかのような大声でシャルロットに声を掛けてくる。


「これはこれはギュスターブ公」


 シャルロットは男に返事を返すが、その表情は少し強張っている。


 ギュスターブと呼ばれた男はかなりの権力者なのか、先導していた近衛騎士達がサッと廊下の横に下がって頭を一斉に下げる。


「シャルロット殿がロアティエの戦いで、敗走したと聞いた時は心臓が止まるかと思いましたぞ!」


 ギュスターブは話す内容とは裏腹に「がっはっは」と笑いながら言う。


「我輩が一緒に出陣していれば、こんな事にはならなかったのだがな!」


「ギュスターブ公が共に戦ってくれるのなら、この私も心強い。戦はこの先も続く、期待しているよ」


 相変わらず大声で話すギュシュターブに対して、シャルロットは感情の籠らない声音で言葉を返す。


「そうであるな! しかし我輩も公爵家として色々と忙しい身でな! 必ずとは約束できぬ!」


 暗に期待するなと返すギュスターブに対して、シャルロットは、ただ温度の感じられない笑みを浮かべる。


 どうやら目の前の男は公爵家の人間らしい。

 シャルロットの事を"様"や"殿下"などの敬称を付けずに読んでいることから、かなりの権力者だと想像できる。


 ギュスターブはシャルロットの硬い反応など意に介さず、今度は彼女の後ろにいる栄治とアスベルに視線を向ける。


「貴様らは一体何者だ?」


 シャルロットと話していた時とは一転し、かなり高圧的な物言いをするギュスターブ。

 公爵という、貴族の中でも最上位である人物に詰問されたアスベルはビクッと肩を揺らす。

 そこに、庇うようにシャルロットがギュスターブとの間に割って入ってくる。


「この者達は私の命を救ってくれた恩人である。失礼の無いようにして頂きたい」


「ほほう、恩人ですか」


 シャルロットの言葉に、ギュスターブは自身の顎に手を当てて、まるで値踏みをするかのように、不躾な視線を向けてくる。

 男の視線が栄治の羽織っているマントで止まる。そして男の眉がピクッと上がった。


「そうかそうか! 貴公はグンタマーでしたか!シャルロット殿の件は素晴らしい働きだ! 褒めてつかわそう!」


 なんとも上から目線な言い方に、栄治はムカッとするが、それを胸の内に押し込んで、取り敢えずは愛想笑いを浮かべ、軽く頭を下げておく。


 次にギュスターブはアスベルに視線を流す。


「して、貴様は何者だ?」


「お、オラはその、商人で御座いますだ」


 若干怯えながら返答するアスベル。

 "商人"という単語に、ギュスターブの目尻が若干吊り上がる。


「商人か、それでどこの大商会の者なのだ?」


「あ〜と、その、オラはまだどこの商会にも所属していないだべ、です。えと、ただの行商人で御座いますですだ」


 恐る恐るといった感じで話すアスベル。

 ギュスターブの威圧的な態度に気圧されているのか、語尾がおかしな事になっている。


「……ただの、行商人だと? つまりは貴様、平民か?」


 抑揚の消えた低い声で聞き返す男に、アスベルはビクッと肩を揺らす。


「あ、あの……はい、ですだ」


 項垂れるように頷くアスベルに、ギュスターブは突如として怒声を上げる。


「平民の分際で!! 何故、神聖なる王城にいるのだッ!! 身分を弁えろ平民!!」


「ひぇっ……」


 突然の怒鳴り声に、その怒りを向けられたアスベルは小さく悲鳴をあげる。

 まるでアスベルを斬り捨ててしまいそうな程、ものすごい剣幕で迫るギュスターブ。

 そこに、アスベルを庇うようにシャルロットが前に出る。


「ギュスターブよ、先ほども言った通りこの者達は私の恩人だ。そのお礼に私が城に招待したのだ」


「だから何だと言うのだ!! ここは卑しい平民如きが、易々と入って良い場所では無いぞッ!!」


 ギュスターブは、王女という身分であるシャルロットに対しても、全く容赦のない態度をとる。


「そもそも平民ならば、高貴なる者を助けるのは当然の義務だろうが!! それを恩着せがましく王城へ招待されるなど言語道断ッ!! 恥を知れ!!」


 落雷でも落ちたかのような大声で、余りにも理不尽で身勝手な言い分を、さも当然かのように怒鳴り散らすギュスターブ。


 栄治は目の前で、唾を撒き散らかしながら喚く男を見て、内心で「おぉ、これぞまさしく俺のイメージした異世界貴族だな。本物を目の前にすると、こんなにも胸糞悪い存在だったとは」と、ギュスターブに対して、沸々と嫌悪感をたぎらせていた。


 栄治がそんな事を考えている間にも、ギュスターブの怒鳴り声は響き続ける。

 まるで平民が親の仇であるかの如き、怒りっぷりである。


「高貴な者達の神聖な場所である王城を! 貴様のような平民が汚す事が、どれだけ罪深い事が分かっているのか!」


「あ、あの……お、オラは、そ、その……」


「土下座しろッ!! 平民らしく地べたに這いつくばり、頭を床に擦り付けろっ!!」


 ビシッと床を指差しながら、暴虐非道な事を言うギュスターブに、栄治は我慢の限界に達して、ギュスターブに詰め寄ろうとする。

 しかし、彼が動くよりも先に、シャルロットが動いた。


「ギュスターブよ、そこまでだ。それ以上、私の恩人を侮辱するような事は、断じて許さない」


 シャルロットの声は、決して大きなものでは無いが、耳の奥までしっかりと響くその声音には、隠しきれない怒気が滲み出ている。


 彼女の怒りを示すかのように、シャルロットの手は腰に差している剣の柄にかけられていた。


 さすがのギュスターブも、今のシャルロットの制止を無視するのは不味いと思ったのか、アスベルを罵倒していた口を噤んだ。


「分かってくれたのならば良い。私たちは謁見の間に行かねばならないのだ。道を開けてくれ」


 相変わらず、感情を押し殺したかのような静かな声のシャルロット。

 ギュスターブは今度こそ彼女の言う事を聞いて、渋々と言った様子だが、廊下の端に移動して道を開けた。


「さぁ、行こうか」


 シャルロットは振り返って栄治とアスベルへ声をかけると、ギュスターブの横を通って、謁見の間へと歩き出す。


 彼女の後に続いて歩き出した栄治が、ギュスターブの脇を通る時に、チラッと横目で彼の様子を窺うと、まるで炉で熱した鉄のように顔を真っ赤にして、剣呑な目でアスベルを睨み付けていた。


 その視線を受けているアスベルはと言うと、気の毒なほどに身を震わせながら、早足にギュスターブの横をすり抜けていく。


 そんなアスベルに同情しながら、栄治がギュスターブから視線を外そうとした瞬間、彼はアスベルに向けていた剣呑な視線をその先のシャルロットにも向けているように見えた。

 ハッとした栄治が、その視線を確認しようとギュスターブに顔を向けた時には、既に彼はこちらに背を向けて歩いていた。


「王族に敬意を示さない有力貴族……か」


 去っていくギュスターブの背中を眺めながら、栄治は1人呟く。

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