第5話 ギフト贈呈
「取り敢えず、ひと通りの必要事項は伝えました」
ロジーナはそういうと、再びクルッと回転して、最初に会ったときと同じ、セーラー服の様な服装に戻った。
「ですが、ここで教えたのは必要最低限の情報です。これより詳しい情報は、栄治さん自身で収集していってくださいね」
「わかった、頑張って情報収集するよ。でも、1つだけどうしても教えて欲しいことがあるんだけどいいかな?」
栄治は真剣な眼差しでロジーナに問いかけた。対するロジーナは、暫く彼の眼差しを受けてから、ニコッと笑みを浮かべて頷いた。
「分かりました。栄治さんには特別サービスしちゃいます。何でも質問してください! その代わり、お答えできるのは1つだけですよ?」
「ありがとうロジーナ。それじゃ早速質問させてもらうよ。単刀直入に聞くけど、サーグヴェルドの世界で死んだらどうなるんだい?」
栄治がここに来たときロジーナは『ようこそ! 死後の世界へ!』と言った。つまり素直な思考をすると、今の栄治は死んでいるという事になる。そんな中で、このサーグヴェルドで戦いをして死んだらどうなるのだろうか。
これからこの世界で生きていくために、栄治はその答えがどうしても知りたかった。
「ほほう、さすがは栄治さん。 なかなかに鋭いところをついてきますねぇ」
ロジーナが腕を組み「いや感心感心」と頷く。
「そんなに感心することかい?」
彼女の大袈裟な反応に、少し馬鹿にされている様に感じてしまう栄治。
「それが、結構この事に疑問を抱かない人って多いんですよ? 大抵の人は軍団の説明をすると、その事に気を取られちゃいますから。それと、死というものへの関心が低い人も多いですね。皆さん死んでこの世界に来ているのに、可笑しなものですよね」
ロジーナはそう言って笑うが、栄治は何となくその事に共感できた。
栄治が現世を生きていた頃、彼の身近なところに死というものはなく、それは常に新聞かニュースの中にだけ存在している様に錯覚していた。栄治が死を意識し始めたのは、82年生きてきた中で寿命を迎えるほんの数年前からだけだった。だがこれは、栄治だけに限らず、他の人達も同じ様なものだろう。そんな現代社会を生きてきた者が、死への関心が薄れるのは仕方のない事だろう。
「皆さんが気が付かない所に気づく栄治さんは、やはりさすがです」
「ありがとう。それで、サーグヴェルドで死んだらどうなるんだい?」
栄治が再度尋ねると、ロジーナは一度頷いてから、その質問に答える。
「率直にいうとですね。グンタマーは死にません」
いきなり凄い事を平然と言うロジーナに、栄治は思わず笑いながら聞き返してしまった。
「あはは、え? 俺は死なないって事なのかい? あれ? でも俺はもう死んでるんだよな? でも死なない、一度死んでるからもう死ねない? でも俺は死んでいる……あははっ……意味わかんないぞ?」
「栄治さん、とりあえず落ち着いてください」
栄治が、死ぬ死なないと言う単語をブツブツと呟きながら、混乱の極みへと至っているのをロジーナが「どうどう」と、両掌を彼の方に向けて落ち着かせる。
「栄治さんが言う死ぬだとか、生きるって言うのはですね、現世での概念で、すでに寿命を迎えて生身の肉体を失い魂だけの存在になった栄治さんには通用しません」
「魂だけの存在?」
栄治は自分の手や腕、胴体や足を一通り見た後に、ロジーナの方へ向き首を傾げる。
ロジーナはその視線を受けて説明の続きを言う。
「今の栄治さんの肉体は、こちら側で用意したものです。今の肉体はただの魂の入れ物なので、食事や睡眠の必要もありませんし、傷や怪我等も普通の生命体の肉体よりも何倍も早く治ります」
ロジーナのその説明に、栄治は自分の体を再度まじまじと眺める。
「なるほど、俺は人造人間のスーパーマンになったと言うわけか」
「う〜ん、その表現が正しいかはわかりませんが、現世の時よりも肉体が強化されているのは確かですね」
ロジーナのその言葉を聞いて、栄治は自分が戦場でブンブンと武器を振り回しバッタバタと敵をなぎ倒して無双する場面を思い浮かべ、思わずニヤッと笑みを浮かべる。その笑みを見たロジーナが、彼の妄想の内容を察して、釘をさす様に言う。
「確かに肉体は強化されていますが、無敵というわけではありませんよ? 回復速度を上回る勢いで損傷したり、一度で甚大な損傷を受ければ、その肉体は魂の入れ物として機能できなくなり、入れ物を無くした魂はこのサーグヴェルドの世界から離れてしまいます。グンタマーに死という概念を作るなら、これがそれに当たりますね」
ロジーナはここで一旦言葉を区切ると、真剣な表情を作り、栄治にしっかりと言い聞かせる様な口調で説明を再開する。
「肉体を著しく損傷して魂がサーグヴェルドの世界を離れるだけならまだマシです。離れた魂は、いわば魂の保管庫の様な場所で、次の転生を待つだけですからね。一番ヤバいのは、魂そのものにダメージを受ける事です」
ロジーナはそう言うと、栄治が手に持っているグンタマを指差した。
「そのグンタマは魂と深くつながっています。もしそれを壊される様な事があれば、魂は傷付き、最悪の場合転生が出来なくなってしまいます。ですので、グンタマは自分の命そのものだと思って大事にしてくださいね」
ロジーナは最後にニコッと笑みを浮かべて、栄治に注意を促す。
「なるほど、つまりこれは俺の魂そのものだと思っていればいいんだな」
「はいそうです。それとさっき睡眠も食事もいらないと言いましたが、空腹と眠気は普通にあります。それは肉体の中に入っている魂が、食事と睡眠のことを覚えているからです。ですので、食事と睡眠を絶っても肉体は問題ないですが 、常に激しい空腹と睡魔に襲われ続けることになりますので、注意してくださいね」
ロジーナのその言葉に、栄治は当初思い浮かべた超人的な力で無双する自分のイメージを脳内ゴミ箱に投げ捨てた。
「と言う事は、ちょっと傷の治りが早くて1日くらいの徹夜は問題ない好青年っていう感じでいた方がいいって事かな」
「好青年かどうかは栄治さん次第ですが、調子に乗らずにその位の考えでいた方が無難でしょうね」
ロジーナが「何事も油断は禁物です」という言葉で説明を締め括ると、パンと手を叩いて話題を切り替える。
「さて、これで説明が終わりましたね。ではお待ちかねのギフト贈呈の時間です」
「さっきからちょくちょくその『ギフト贈呈』って聞くけどそれはなんなんだい?」
栄治に質問にロジーナは、少し考えるそぶりをしてから答える。
「う〜とですね〜、ギフト贈呈は現世をまっとうに生きてきた事に対してのご褒美ってところですかね」
「つまり俺みたいに法を遵守してきた者には良いものが与えられて、逆に法を破りまくってきた奴はしょぼいのが与えられるって事かな?」
「まぁ、そんなところですかね。ですが、判断基準は人間の法では無くて、神基準ですから、案外人間たちが悪人って言う人も、ここでは良いギフトを与えられたりするんですけどね」
そう言いながら、ロジーナは栄治の方へと一歩近づく。
「さて栄治さんはどんなギフトが貰えますかね?」
彼女の口振りから、どんなギフトが与えられるかはロジーナ自身も知らないらしい。恐らく、白衣を着たインテリ神様が色んなデータが載っている書類をパラパラとめくりながら、眼鏡を中指でクイっと上げてどんなギフトにするか決めているのだろう。
栄治が勝手にギフト贈呈の仕組みを決めている間に、ロジーナは何やら祈る様に両手を組みながら、祈りの様なものを唱え出した。
「我、汝に祝福を与えるもの也。神よ汝に相応しい祝福を与え給え」
ロジーナの祈りが終わると同時に、栄治の体が一瞬だけ金色の光に包まれた。
栄治が体に中に、何やら暖かい感触を感じていると、目の前にメッセージが現れた。
そこには、
--【大いなる器:全てを率いるもの】を獲得しました。
と書かれていた。
「なんかメッセージが出てきたぞ? 何々、大いなる器すべてを率いるもの?」
栄治が出てきたメッセージを読み上げる。
すると、その内容を聞いたロジーナの表情が鋭いものへと変貌した。
今まで、おちゃらけていて、怒ったりした時もどこか可愛らしいと感じさせてしまうロジーナだったが、今はそんな感じは一切なく、栄治のことを鋭い眼差しで見つめている。その視線はすべてを見通している様に感じてしまうものだった。また、彼女の完璧に整った容姿がより一層その視線の迫力を増している要因になっている。
「えーっと………ロ、ロジーナ? どうしたんだい?」
あまりの彼女の迫力に、若干どもりながら尋ねる栄治。
ロジーナの鋭い視線に当てられているせいか、金縛りにあったかの様に指一本動かせなくなっている。
栄治のこめかみを一粒の冷や汗が流れ落ちた。栄治にとっては永遠の時に感じたが、実際には一瞬の出来事だったのだろう。ロジーナが表情を緩めて、いつものニコニコとした雰囲気に戻った。
「いや〜栄治さんさすがです! そのギフト物凄い当たりですよ? もうチートですよそれは」
「そんなに凄いのかい?」
緊張から解放された栄治は、その場にへたり込んでしまいたいのをグッと堪えて、ロジーナに尋ねる。
「えぇ、それはもう! そのギフトの内容を説明するとですね。軍団を構成するのは多種多様な種族や兵種なんですが、その中には相性が悪いものもいるんです。例えるならばエルフとドワーフですね。相性が悪いもの同士で軍団を構成すると、軍団全体の戦力が下がってしまいます。最悪の場合は内乱になってしまう場合があるんですが、栄治さんのギフトがあれば、その相性の悪さを無効にしてしまう事が出来るんです!」
ロジーナは「凄いでしょう!」と栄治に満面の笑みを向ける。そこには先ほどの凄まじいまでのプレッシャーはなく、ただの可愛らしい少女に見える。
栄治は、さっきのは幻覚だったのかもしれないと思いながら、ロジーナの説明を聞く。
「さらにそのギフトの凄いところはですね。なんと兵を雇用するコストが半分になるんですよ!」
「なに! それは凄すぎないか?」
栄治は、先程のロジーナの豹変の事をすっかり忘れ、驚きで目を見開く。
「凄いですよね! 単純計算で他の人の2倍の戦力を持てるわけですからね」
「そうだよな、これはチートだね」
栄治はさっき脳内ゴミ箱に捨てた無双妄想を再び取り出し、ニヤリとする。
「栄治さんのこれからの軍団ライフに期待大ですね」
ロジーナはそう言うと、トトっと栄治から2、3歩距離をとって離れた。
「それでは栄治さん。いよいよサーグヴェルドの世界に旅立つときがきました。軍団を強化して、戦場を生き抜いて最強を目指してくださいね!期待しています。それではまた会う日まで〜」
ロジーナが栄治に向かって両手を振ると、彼の視界が次第に白く輝き出す。だんだんと眩しくなっていく視界に、栄治は「光る演出が好きだなぁ」と内心思いながらも、やがて目を開けていられなくなり、瞼を下ろした。
しばらくして、光が収まったのを感じた栄治はゆっくりと瞼を上げていった。
彼の視界に飛び込んできたのは、自分の何倍もの高さがある城壁と、その遥か奥で荘厳に佇む白亜の城。
目の前では沢山の人や荷車、馬車が城門を行き来していた。
「なるほど、戦いの場であるサーグヴェルドの世界観は中世ヨーロッパって事ね」
栄治は一人独白すると、バサっと黒いマントをなびかせ、城門へと歩を進めた。