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第4話 イクルード砦と姫君


 栄治とアスベルが荷馬車のところへと戻ると、荷台から降りていた少女が、2人に対して頭を下げる。


「命を救っていただき感謝する。私の名はシャルロットという。もし宜しければ、そなた達の名を聞いても良いか?」


「あー、俺は栄治だ。栄治大紋」


「オラの名前はアスベルだっぺさ」


 名乗る栄治とアスベル。それぞれの顔をしっかり見た後に、少女――シャルロットは小さく頷く。


「エイジ殿とアスベル殿、此度の事本当に心から感謝申し上げる。2人がいなければ私は今頃、冥府の住民となっていただろう」


 そう言って再度深々と頭を下げるシャルロット。そんな彼女の態度を見て、栄治は内心で感心する。

 シャルロットが貴族である事は、立派な甲冑や佇まい、話し方などから間違いないだろう。そんな貴族である彼女が、助けられた事に対して素直に頭を下げている。その事に対して、栄治は少し驚いていた。

 彼の中での貴族のイメージはもっと高飛車かつ傲慢で、助けられたとしてもそれが当然のように振る舞うろくでもない人物像だったのだが、なかなかどうして、礼節をしっかりと弁えている。


「ところで、どうしてシャルロット……様はあんな所で倒れていたのですか?」


 栄治は一瞬シャルロットの呼び方に迷った。いくら相手が礼儀正しい貴族だとしても、いきなり呼び捨てで名を呼ぶのは(はば)かれた。

 タメ口を聞いたところで、いきなり無礼者だと切り掛かってくる事は、彼女の様子からしてあり得ないと思うが、この世界の貴族についてなんの知識もない栄治は、取り敢えずは無難な敬語で会話を進める。


「騎兵達も問答無用で矢を射ってきたし、結構な執念で追ってきてたけど」


「あの者達はホルヘス皇国の騎兵達だ」


 栄治の質問に対して、シャルロットは深刻な表情で答える。


「我らラベリテはホルヘス皇国から侵略を受けていてな。彼奴らはその――くっ、うぅ……」


 話の途中でシャルロットは苦しそうに表情を歪め、体勢を崩す。

 栄治は慌てて彼女に駆け寄り、倒れる前に支える。


「大丈夫ですか!?」


「あぁ……すまない。緊張が解けて急に疲労が……」


 そういう彼女の顔色は少し青白くなっている。


「無理をなさらずに、少し横になった方がいいのでは?」


 シャルロットを気遣う栄治。しかし、彼女は小さく首を横に振る。


「命を救ってもらったのに、こんな事を言うのは気がひけるのだが、一つ願いを聞いてはくれぬだろうか?」


 シャルロットは栄治の肩を借りながら、なんとか体勢を保ちつつ、申し訳なさそうにいう。


「オラに出来る事なら、なんでもしますべさ」


 アスベルが答え、栄治の方を見る。


「うん、俺も構わないよ」


 栄治も頷いて同意すると、シャルロットは再び頭を下げ「ありがとう」と感謝を口にする。


「願いの内容なのだが、私をイクルード砦まで連れて行ってほしいのだ」


 シャルロットの言葉に、栄治とアスベルはお互いに顔を見合わせて頷いた。


―…―…―…―


 イクルード砦は、プロフォンの森を出たところから馬車で半日ほどの場所にあるラベリテ王国最大の要塞で、ホルヘス皇国からの侵略を防ぐ為の最重要拠点としての役割を果たしている砦であった。


「ほえぇ〜、こんりゃすげぇ砦だべさ。こげなでけぇ城壁と城門見た事ねぇべさ」


 真っ赤に染まった夕焼けのもと、イクルード砦にたどり着いた栄治達一行。御者をしているアスベルが、砦を目にして感嘆の言葉を上げる。


「イクルードは王都を守護する砦だからな」


 荷台に腰を下ろしているシャルロットが、アスベルの感嘆に対して誇らしげに言う。


「ここが落ちれば王都まで敵を阻むものは無くなってしまう、だからイクルードに詰めている兵士達は精鋭揃いだぞ」


 得意げな表情で話すシャルロット。

 戦っている時の彼女は、凛々しいの一言に尽きたが、今の表情は年相応なものに感じられた。そんな事を考えながら、栄治はシャルロットに問いかける。


「砦は厳戒態勢になってるみたいですけど、ここにもホルヘス皇国軍が攻めてくるのですか?」


 彼は城壁の上を行進している兵士の一団を目で追いながら言う。


「いや、まだここへは攻めて来ないはずだ」


 栄治の言葉に、難しい顔をして答えるシャルロット。


「イクルード砦を攻め落とすのは容易では無い。敵も準備にそれ相応の時間を要する事になるだろう」


 顔を俯かせながら言うシャルロットを見て、栄治は腕を組み考える。

 つまりは、今はまだ攻められる事はないが、いずれホルヘス皇国はイクルード砦を攻め落とせるほどの大軍を率いてくると言う事である。

 栄治は馬車の荷台から少し顔を出して、間近にまで近づいているイクルード砦の様子を観察する。

 彼がこの国に来た第一の目的は、副将をスカウトする事である。しかし、今この国は超大国からの侵攻を受けていて窮地に立たされている。そんな状況で、栄治の軍団への引き抜きに応じる余裕があるとは到底思えない。

 この国での副将獲得は諦めて、シャルロットを送り届けたらすぐにでも他の国を目指そうかな。栄治がそんな事を考えている間に、荷馬車はイクルード砦の城門前へとたどり着いた。


「止まれッ!」


 城門を警備してきた衛兵が、御者のアスベルに向かって強い口調で言う。


「ここは商人が来るような場所ではないぞ! 何用だ!」


 ホルヘス皇国からの侵攻のせいか、砦は緊張感に包まれていて、衛兵も威圧的な態度でアスベルに詰め寄る。


「あ、や、お、オラは頼まれて来たんだべさ」


 衛兵の気迫に押され、アスベルが若干どもりながら答える。


「頼みだと? 誰に頼まれたと言うのだ!」


 衛兵はアスベルをホルヘス皇国軍の間者が何かと警戒しているのか、彼がここに来た理由について詰問する。


「私が頼んだのだ」


 その様子を見かねたシャルロットが、アスベルを助ける為に馬車の荷台から降りて、衛兵に姿を見せながら言う。

 彼女の姿を見た途端、衛兵の目が驚愕で見開かれる。


「シャルロット様ッ!! ご無事だったのですね!!」


 驚愕と歓喜が半分づつといった様子で衛兵がシャルロットに駆け寄る。


「お怪我はされておりませんか?」


 衛兵は心配そうにシャルロットを見ながら言う。

 彼女の顔についていた泥や血は、アスベルが持っていた水筒で布切れを濡らしたもので、ある程度は拭き取ったが、それでもまだ完全には落としきれていない。甲冑に付着している汚れに至っては、全く拭き取れていない。

 ボロボロの様子のシャルロットを見て、衛兵は動揺したような様子を見せるが、シャルロットが片手を上げて「私は大丈夫だ」と衛兵に落ち着いた声音で言う。


「この方が、私の窮地を救ってくれたのだ。彼は私の命の恩人だ。丁重に扱ってくれ」


 シャルロットがそう言うと、衛兵は「はっ!」と頭を下げた後、御者台に座るアスベルにも頭を下げる。


「シャルロット様をお救い下さったお方とは露知らず、大変失礼な態度を取ってしまい申し訳ございません。平にご容赦願います」


 先程の威圧的な態度から打って変わって、とても丁寧な対応をする衛兵に、アスベルは「あ、いや、オラは別に気にしてねぇですだ」と遠慮がちに両手を振りながら、謝罪を受け入れている。


「シャルロット様は随分と高貴なお方のようですね」


 栄治も荷馬車から降り、シャルロットの隣に立ちながら感心したように言う。そんな彼の言葉にシャルロットは少し複雑な笑みを浮かべた後、衛兵の方に向き直る。


「この方も私の命を救ってくれた恩人だ。そしてグンタマー様でもある」


 シャルロットが隣に立つ栄治の紹介をすると、衛兵は彼に対しても深々と頭を下げる。


「本当に有難うございます。あなた様方は、我らラベリテの恩人でございます。もしシャルロット様がいなくなってしまわれていたら、この国は滅んでいた事でしょう」


 そう言って何度も頭を下げる衛兵に、シャルロットは苦笑を浮かべる。


「おいおい、それは大袈裟だぞ? 私が居なくてもこの国は滅びたりはせんよ」


「いえ、シャルロット様はこの国に必要不可欠なお方でありますゆえ、もしいなくなられてしまえば…」


 シャルロットの言葉に、熱い反論を述べようとした衛兵は、しかし彼女が片手を上げて途中で遮った。


「すまないが、砦の中に入れてくれないか?」


 シャルロットがそう言うと、衛兵はハッと口を閉ざし慌てて謝罪する。


「も、申し訳ありません! すぐに門を開けさせます!」


 衛兵は急いで部下らしき兵士2人に指示を出す。


「今すぐに開門しろ。あとお前はゴドルフ様にシャルロット様の御生還をお伝えするんだ」


 指示を受けた部下達は「はっ」と返事をして、駆け足で城門へと走っていく。

 程なくして重厚な門がゆっくりと開かれる。

 両開きになっている城門の真ん中をアスベルがゆっくりと馬車を進める。


「ほぇ〜、立派な砦だべさ」


 城門をくぐり抜け、砦の内部に入ったアスベルは、イクルード砦を外から見たときと同じような感想を言いながら、辺りをキョロキョロも見渡す。


「なんか、活気があると言うか慌ただしいと言うか」


 荷台の栄治も辺りの様子に視線を配る。

 イクルード砦は軍事拠点というだけあって、建物などに装飾の類は一切なく、物見櫓や軍事訓練用の広場、武器庫に兵士の宿舎など、あくまで実用性重視の無骨な雰囲気の建物が立ち並んでいる。

 そして、通路や建物内を鎧を着込んだ兵士たちがひっきりなしに動き回っている。

 城門をくぐった栄治達一行の馬車は、城門の脇にある馬小屋に馬車を停め。そこからは徒歩で砦内を歩いていく。防衛力を高める為に複雑に何度も折れ曲がる道を進み続け、大小幾つかの門を通り抜けて砦の中心にたどり着いた。

 砦の中心部には、周りの建物よりも一際大きな石造りの建物が鎮座していた。

 おそらく司令部か何かなのかなと栄治が推察していると、その建物から白い口髭を蓄えた大柄な初老男性が出てきた。


「おぉ……姫様……よくぞ、よくぞお無事で……」


 その男性は感極まったかのように、言葉に詰まりながらゆっくりとシャルロットに近づいていく。それに対して彼女も柔らかな笑みをこの男性に向けて言う。


「すまぬなゴドルフよ、心配かけた」


「いえ、そんな滅相もございません。姫様が無事に帰られた事、只々神に感謝するのみです」


 シャルロットに対して恭しく頭を下げながら言う男性。

 そんな2人の会話を聞いていた栄治は、納得したような表情でシャルロットの横顔を見る。

 男は彼女を『姫様』と呼んだ。つまりシャルロットは王族だと言う事だ。


「高貴な人だとは思っていたが、王族だったとはな」


 誰に言うでもなく、1人呟きながら苦笑を浮かべる栄治。

 たまたま助けた美少女が、まさかの王族。そんなまるで異世界小説の定番のような展開に、栄治は「異世界やってんなぁ」としみじみと溢した。


 

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