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第3話 命より大切なものはないんだべさ

 着実に栄治達が乗る荷馬車との距離を縮めてくる敵騎兵達。しかし、さすがに駆ける馬上で手綱を手放す事はできないのか、矢を射ってくる敵はいなかった。

 遠距離での攻撃をされないのが唯一の救いだと栄治が思っていると、不意に先頭にいた敵騎兵が片手を手綱から離し、その掌をこちらに向けてきた。


「おいおい、まさか……」


 嫌な予感が栄治の頭をよぎる。

 敵騎士が掌をこちらに向けながら、ブツブツと何やら唱え始める。そしてその直後、掌に青白い光が集まりそれが球状に段々と大きくなる。やがて掌と同じ大きさになった時、青白い光の球から拳くらいの大きさの火球が飛んできた。

かなりの速度で放たれたその火球は、栄治達が乗る荷馬車の幌に直撃する。火球は弾け散り、幌の布に引火した。


「くそッ! 火球を飛ばすとか、ここはファンタジー異世界かよ!! ……ここ異世界だったッ」


 そんな訳の分からないことを喚きながら、栄治は急いで自身の上着を脱ぐと、それを燃えている幌の部分に叩き付けて消火を試みる。

 そんな彼に向け、先ほどとは違う騎士が容赦なく掌を向ける。詠唱と共に掌に魔力が収束していき、今度は火球ではなく先の尖った氷塊が飛んできた。

 その氷塊は馬車に当たる事なく、すぐ隣の大木の幹に当たる。氷塊が幹に当たった瞬間、バキッという破裂音と共に木片が飛び散り大木の幹が大きく抉れる。

 それを見て栄治はギョッとする。


「あんなの洒落になんないって。当たったら木っ端微塵じゃねぇかよ」


 その後も何度か魔法が放たれるが、やはり馬上という事で狙いが定まらないのか、かろうじで馬車への直撃には至らない。

 しかし、その間にも荷馬車と敵騎兵との距離は縮まり続け、距離が近づくにつれ敵が放つ魔法の精度は上がっていく。


「くそ、そのままじゃ燃えて炭になるか、氷の塊で砕け散るかのどっちかだ……」


 焦る栄治だが、騎兵と荷馬車の圧倒的な速度の差を埋める様な妙案は何一つ思いつかない。

 いざとなれば、自分が馬車から飛び降りて囮になるしかないか。そんなことを考えていると、断続的に飛んで来ていた敵の魔法の一つが、栄治めがけて一直線に飛来してきた。


「……ッ!?」


 握り拳よりも一回り大きな氷塊が、栄治のちょうど胸辺りに向かって飛んでくる。直撃すれば栄治の体には風穴が開いてしまう。

 彼には、まるで走馬灯かの様に飛来してくる氷塊がゆっくりに感じた。何とか躱そうと身体を捻るが、絶対に間に合わない。

 もう駄目かと栄治が思った瞬間、突如に彼と氷塊の間に人影が飛び込んできた。その直後、バキィンという音と共に氷塊は栄治に直撃することなく砕け散っていた。


「き、君は……」


栄治は、自分の前にたちはだかり氷塊から守ってくれた人物を見る。

 氷塊を砕いた人物、それは先程まで倒れていた女の子騎士だった。彼女は抜き身の剣を片手に栄治の方に顔を向ける。その瞬間、栄治はこんな状況であるにも関わらず不覚にも女の子騎士に見惚れてしまった。

 形の良い眉に、アーモンド型の目はくっきりとした二重の碧眼で、すっと通った鼻筋にふっくらとした唇は澄んだ魅力と美しさを放っている。甲冑という少女らしからぬものを着ているせいか、かえってそれが彼女の儚くも凛々しい雰囲気を醸し出しており、甲冑や顔についている血や泥等の汚れも、少女の神秘的美しさを際立たせているものに感じてしまった。

 長い金髪をなびかせ、甲冑を身に纏った少女を栄治が呆けた様に只々眺めていると、少女の形の良い唇が開いた。


「馬車を止めてくれ」


 彼女が放った言葉の意味を栄治は一瞬理解できなかった。がすぐに彼は、はっと我に返り少女の衝撃発言に首を振る。


「駄目だ! 馬車を止めれば直ぐにあいつらに捕まってしまうぞ!」


 栄治は後方から迫り来る敵騎兵を指差しながら言う。それに対して少女は、とても落ち着きのある声音で答える。


彼奴(あやつ)らの狙いは私だ。その私が馬車から降りれば、彼奴らはそなたらを追うのを止めるであろう」

 

 大勢の騎兵に追われ攻撃魔法が飛来してくるなかで、怯えて震えるのが、普通の少女の反応だろう。しかし今栄治の目の前にいる少女は、怯える事なく毅然とした態度で自分を置いていけと言っている。

 どんだけ胆力のある女の子だよ。と栄治が内心で舌を巻いていると、御者をしているアスベルが言葉を挟んでくる。


「そんな事は出来ねぇべさ!」


 必死に手綱を握り、騎兵達に追い付かれまいと馬車を御していたアスベルが、少女に向かって言う。


「こげなべっぴんな女の子を見捨てて、生き逃れるなんて男の恥だべさ!」


「そなた! そんなことを言っている場合か! このままでは捕まるのだぞ!」


 少女はアスベルの言葉に強く反発するが、栄治はアスベルの男らしさに感心していた。そして、栄治も彼の意見に賛同する。


「確かに、ここで君を置いていくという選択肢はないな」


 栄治がそう言うと、少女はキッと彼の方に顔を向ける。


「そなたらは命が惜しくないのか!」


「命は惜しいよ」


「ならば! 今すぐに馬車を止めて私を…」

「駄目だべさッ!!」


 降ろしてくれと言おうとした少女をアスベルが強い口調で遮る。


「あなた様はきっとお貴族さまだんべ? なら窮地さ救えば謝礼が貰えるべさ!! そのチャンスをみすみす逃すことなんてオラはでぎねぇべ!!」


「…………アスベル」


 先程、彼の事を男らしいと思ってしまった栄治は、がっくりと肩を落として眉間に手を当てた。今アスベルの表情を見てみると、瞳が¥の形になっている気がした。


「も、もちろん助かるのならば礼はしっかりとする。しかし、このままでは皆共倒れになってしまうぞ!」


 少女もアスベルの清々しいまでの欲望に、一瞬面食らったようだが、すぐに我に返り今の絶望的状況をアスベルに再認識させる。

 アスベルはチラッとだけ馬車の後方に視線を向けると、すぐに前を向き直す。


「エイジ様お願いがあるんだべさ」


「ん? なんだ?」


 栄治は更に距離を詰めてきている敵騎兵を警戒しながらアスベルに返事をする。


「積荷を……捨てて欲しいんだべ」


「は!? 何だって!?」


 予想外のアスベルのお願いに、思わず栄治は聞き返してしまった。それに対して、アスベルははっきりと言う。


「積荷を捨てるんだべさ。そしたら少しは軽くなって馬車の速度さ少しは上がるっぺさ」


 アスベルの言う事は尤もだった。

 少女を見捨てないのならば、積荷を捨てて少しでも馬車の重量を減らして、馬車を引く馬の負担を減らすのが得策である。しかも、積荷はほとんどが鉄製の鎧であり、これを捨てればかなりの重量が減るはずである。

 しかし、この積荷はラベリテ王国で売り捌くはずの大事な商品である。しかもアスベルは自身の資金のほとんどをこの鎧の仕入れに注ぎ込んでしまっている。それを失うとなれば、商人としてかなりの痛手なるだろう。下手をすれば再起不能になる可能性だってある。

 それは少女も感じ取ったのか、アスベルに向かって強い口調で言う。


「そなたは阿呆なのか!? これは大事な商品だろう!? それを捨ててまで私を救うのか!?」


「当然だべさ」


 少女に対して即答するアスベルは、彼女の方を向いてニカッと屈託の無い笑みを浮かべる。


「商人だろうと何だろうと、命よりも大事なもんなんてこの世にはないんだべさ。命がある限り、オラは商人を続けられるんだべ」


「なっ……」


 なんの裏もなく真っ直ぐにそう言われた少女は、思わず言葉を詰まらせてしまった。


「さぁ、早く積荷を捨ててくんださい!」


 再度強く言うアスベルに、今度こそすぐに動く栄治。


「やっぱりアスベル、君は漢だよ」


 栄治はそう言って、近くにあった鎧の一つを馬車の外へと投げ捨てる。


「うへへ、そげな事言われっと照れるだべ」


 アスベルを讃える栄治と、それに照れるアスベル。そんな2人を見ていた少女が、かばっと頭を下げる。


「かたじけない! この恩は絶対に返させてくれ!」


「期待してるんだべさ」


 少女の礼にアスベルは短い言葉で返し、栄治は笑みを少女に向ける。


 積荷を捨てた事で馬車の速度は上がり、騎兵との距離を離す事は出来ないが、縮まることも無くなった。普通であれば、どんなに軽くなろうと荷馬車に騎兵が追いつかないなんて事は無いのだが、どうやら敵の騎馬は疲労が結構溜まっているらしく、なかなか速度が上がらずにいた。

 その事に敵は焦りを募らせたのか、先程以上に魔法の攻撃を強めてきた。

 しかし、馬車に直撃しそうな攻撃は、少女がその手に持つ剣で難なく弾いた。

 栄治は、飛んで来る魔法を正確に弾く少女を見て感心する。少女の振るう剣は迷いがなく、鋭い剣筋であり。素人である栄治が見ても、彼女の腕が相当立つ事が見て取れた。

 しかし、ついさっきまで倒れていた事もあり、少女の額には汗が滲み、時折表情も苦しそうに歪んでいた。

 このままではまた倒れてしまう。そう栄治が危惧していると、アスベルが叫んだ。


「森さぬけるだべッ!!」


 その言葉が聞こえてきた直後、今まで視界いっぱいを覆っていた大木達がいなくなり、燦々と降り注ぐ日差しの下で開けた草原へと飛び出した。

 平原に出た事で、ここならば軍団を展開できると判断した栄治は、御者のアスベルに指示を出す。


「アスベル! 馬車を止めろっ!!」


「あいさぁ!!」


 アスベルはすっかり栄治の事を信頼しており、彼の指示を疑う事なく聞き入れる。

 思いっきり手綱を引き、馬車に急制動をかけるアスベル。馬車はズザザザッと横滑りをしながら速度を急激に落とす。

 馬車が完全に止まり切る前に、栄治は荷台から飛び出して迫り来る騎兵達と向き合った。

 騎兵達もちょうど森の中から平原へと続々と飛び出してくる。

 そんな敵を一瞥しながら、栄治は鼻から大きく息を吸い込み、そして叫ぶ。


「軍団展開!!!!」


 栄治を中心に光の塊が草原に広がる。それは瞬時に人の形へと姿を変え、軍団へと変貌した。

 総勢790名、栄治の軍団が広々とした草原に一瞬で展開される。


「槍隊は前へ! 弓兵は射撃準備!」


 軍団に矢継ぎ早に指示を飛ばす栄治。それに応えて、隊列は素早く移動して迫り来る敵騎兵を迎え撃つ準備をする。

 対する敵騎兵はと言うと、森から出たすぐ先で突如として出現した軍勢に、慌てて馬を停止させる。

 ぎりぎり弓の射程外で止まる敵騎兵達を栄治は慎重に様子を伺う。少しでも突撃してくる素振りを見せたら、すぐに弓兵に攻撃の指示を出せるよう心構えをしておく。

 しばしの間、両軍は睨み合ったまま動きを止めていたが、やがて敵騎兵の方が状況不利と判断したのか、馬の踵を返し逃げるように森の中へと姿を消していった。

 敵騎兵が去った後も、栄治は軍団を維持したまま森の方を注意深く見る。そして数分が経ち、完全に敵が撤退した事に確信を持ってから、栄治は展開していた軍団を収納した。


「エイジ様、敵はどげんしたべさ?」


 アスベルが荷馬車から降りて栄治の方へとやってくる。


「どうやら連中は俺の軍団に恐れをなして逃げたらしい」


「おぉ! さすがエイジ様だべさ、頼りになるんだな」


「いやいや、それ程でもないさ」


 称賛の眼差しを向けてくるアスベルに、実は恐怖で足が小刻みに震えていたのを必死に隠す栄治であった。


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