第51話 人間は正体の分からないものに恐怖を感じる
栄治は厳しい表情で、周りの状況を伺う。
男が呼び寄せた仲間の人数は12人。その一人一人を栄治は素早く観察していく。
12人の内10人が男で彼等は皆、甲冑に身を包み手には大剣、戦斧、戦鎚などの得物を持っており、戦いについては素人である栄治ですら彼等はかなりの強者である事が感じられた。
残りの2人は女性で、1人は神官のような白いローブを身に纏い、手には黄金の錫杖を持っている。そして、もう片方の女性へと視線を向けた時、栄治は驚きでハッと息を飲んだ。
「あなたは……」
栄治の口からそんな呟きが漏れてしまう。
彼の視線の先にいる女性。褐色の肌に服装はまるで水着のビキニのようなもので、その上から薄いベールを羽織っている。扇情的なアラビアン風の女性は、かつて栄治と優奈が出会った事のある人物であった。
「占いの……」
優奈もその女性の存在に気がついたのか、小さく呟く。
2人がクレシオンの街を散策した日、タロット占いで栄治と優奈の運命を占ってくれた人。それが今、男の仲間として目の前にいた。
「またお会いしましたね。エイジ様とユウナ様」
占い師は妖艶な笑みを浮かべながら2人に挨拶をする。
「何故あなたがここにいるのですか!? あなたは、あなた達は何者なのですか!?」
優奈の叫びに、占い師の女性は笑みを浮かべたまま、ゆったりとした口調で答える。
「わたくし達は皆このお方、クウィン・アズナベル様の副将で御座いますわ」
「クウィン……アズナベル……」
栄治は占い師の言った『クウィン・アズナベル』という名前に引っ掛かりを覚える。どこかで聞いたような気もするが、それがどこか思い出せない。
もどかしさに眉間に皺を寄せていた栄治だったが、今は思考に時間を割けれるような状況ではなかった。
「クウィン様、あんまりのんびりと時間をかけてちゃ不味いんでないですかい?」
クウィン・アズナベルの副将の1人。巨大な戦斧を肩に担いだ大男が言う。
「その通りだギャレット。時間が無いからさっさとその2人からグンタマを奪うぞ」
「あれ? 一緒に連れてくんじゃ?」
今度は大剣を手に持ち、重厚そうな甲冑に身を包んだ騎士風の男がクウィンに言う。
「こいつらは戦う意志のない腑抜けだ。『大いなる器』を持つにはふさわしくない。だから奪う」
「ギフトの力って奪えるんですかい?」
再びギャレットと呼ばれた大男がクウィンに言う。
「知らん! だが戦う意志のないものを連れて行っても足手纏いになるだけだ!」
ギャレットの問いにクウィンは、若干苛立たしげに眉をピクッと動かすと、いささか乱暴な口調で返す。
「はいはい、了解です」
肩をくすめ命令を承認するギャレット。他の副将達も栄治達との距離を詰めてくる。
「男の方は雑魚だが、女の方はギフトの力で強化されている。油断するなよ。イリス、君は転移呪文の準備をしていてくれ」
クウィンは自分の副将達に指示を出す。その指示に応じて、白いローブを纏った神官風の女性は詠唱を始め、その他の副将達は栄治と優奈との間合いを詰めていく。
「こりゃあ絶体絶命ってやつかな……」
栄治は護身用に買っていた剣を腰から抜き、忙しなく辺りに視線を配る。しかし、今の状況を打破できるような妙案は何一つ思いつかない。
「栄治さん、どうしましょう……」
優奈が不安そうに栄治に言う。
栄治は必死に考えを巡らした。
今のままでは、クウィン・アズナベルの副将達にグンタマを奪われてしまう。ならばいっその事、クウィンの言う通りに彼について行くのも有りだろうか。
しかし栄治は首を横に振って、この考えを掻き消す。
クウィンは自分達に戦ってもらうと言っていた。そんな男について行くとなると、この争いに満ちたサーグヴェルドの世界でどんな戦いに巻き込まれるのか想像もつかない。それにクウィンという人物がどんな男かも分からない。自分達を捨て駒のように戦場で使い潰すつもりかもしれない。
不確定要素が多すぎる。やはりクウィンについて行くと言う選択肢は無い。
ならば素直にグンタマを渡すのはどうだろうか。
そんな考えが栄治の脳裏をよぎるが、彼はそれも却下する。
この世界に来た時、ロジーナの説明でグンタマは自分の魂と同じものだと思えと言っていた。そのグンタマを奪われると言う事は、魂を奪われるのと同義だ。そんな魂を奪われた状態でこの世界で生きていけるのか分からないし、グンタマを奪われた後、クウィンに何をされるかも分からない。
そんな事を必死に考えながら、やがて栄治は一つの結論に至り、覚悟を決める。
「優奈、逃げてくれ」
「……え?」
唐突に発せられた栄治の言葉に、優奈は困惑の声を漏らす。
「この状況じゃあ、2人で逃げるのは不可能だ。俺が時間を稼ぐから優奈は1人で逃げてくれ」
「いやです! 私は栄治さんと…」
「それじゃ駄目なんだ!!」
栄治は優奈の言葉を強い口調で遮る。
グラーデス城跡地での戦いの時、栄治は似たような事を優奈に言った。その時は彼女に正論で反対され、さらに彼女の力によって窮地を脱する事ができた。
しかし、今は状況が違う。今目の前にいる敵に優奈の力がどこまで通用するか分からない。ならば、栄治が何とか隙を作りその間に優奈を逃すしか方法はない。
「いいかい優奈、よく聞いてくれ。俺はまだ諦めてはいない。この前みたいに君を1人残そうなんて思っちゃいないよ。優奈の身体能力なら俺よりも断然早くクレシオンの街に戻れる。そしたら、ギムリさんでもギムレットさんでも誰でもいいから助けを呼んでくれ。それまでは何とか俺もやられないように頑張るから」
栄治は真剣な眼差しで優奈の目を見てお願いをする。
対する優奈は、顔を俯かせて一瞬だけ黙った後、小さく頷いた。
「……分かりました」
優奈が納得してくれたことに、ほっと一安心した栄治は覚悟を決めた眼差しで迫り来る敵を見る。
「俺が軍団を展開するから。優奈はそれに合わせて全力で逃げてくれ」
栄治の指示に小さく優奈が頷く。
「よし、いくぞ。軍団て…」
軍団を展開しようと栄治が口を開いた瞬間、彼は自分の誤りに気が付いた。
軍団を展開するにはまだ十分な距離が保てていると思っていた栄治。しかし、そんな彼の予想に反して、ギャレットと呼ばれた男は、栄治が口を開いた瞬間に爆発的な加速で一気に間合いを詰めると、そのまま自身の拳を栄治の腹に打ち込んだ。
「ぐはぁッ」
腹を殴られた栄治は、その余りの痛さに自身の腹部を両手で押さえ込みながらその場に蹲ってしまう。
「軍団を展開させるわけないだろ?」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべながら栄治を見下ろすギャレット。
そんな彼を見て、栄治は悟った。
自分がどんなに命を賭して戦ったところで、時間稼ぎはおろか優奈が逃げるための隙を作ることさえもできない。
栄治の胸の内に絶望が広がり始める。
「大丈夫ですか!?」
拳を打ち込まれた栄治を見て、優奈が咄嗟に彼を庇うかのように前に立つ。そんな彼女の背中に、栄治は必死に声を掛ける。しかし、腹部を強打された影響でなかなか上手く声が出せない。
「たた、かっちゃ……ダメだ……に…げろ」
途切れ途切れに声を絞り出す栄治。しかし優奈には届かない。
「栄治さんは私が守ります!!」
力強く言うと、優奈は素早く腰から剣を抜き放ち、ギャレットの持っている戦斧に叩きつける。
「ぬおっ!? すげ〜力だなぁ」
驚きの声を上げるギャレット。彼は優奈に自身の得物を弾かれた後、その場でたたらを踏んだがすぐに体勢を整えて、感心したように優奈を見る。
栄治はそれを見てさらに絶望する。
今まで優奈の怪力を受けた敵は全て倒れていた。しかし、今目の前にいるギャレットと呼ばれる男は、僅かにたたらを踏んだだけで堪えてしまった。今までの敵とは強さのレベルが違う。
「栄治さん立てますか? 私が何とか道を作ります。そうしたら全力で逃げましょう」
そう言いながら優奈は、再びギャレットの戦斧を弾き飛ばそうと剣を振るう。
「だ…ダメだ! たたか…うな! にげ…ろ!!」
栄治が必死に叫ぶも、優奈は既にギャレットに攻撃を仕掛けている。
「確かに力は凄ぇが、動きが完全に素人だな」
そう言いながらギャレットは優奈の剣を軽々とかわすと、攻撃を空振り体勢を崩した彼女を横蹴りで吹き飛ばした。
「きゃっ!」
蹴りをまともに受けて吹っ飛ぶ優奈は、すぐ近くに居たアラビアン風の占い師に抱き止められた。
「ギャレット、女性に乱暴を働くのは宜しくないわよ?」
占い師は嗜めるようにギャレットに言った後、抱き止めた優奈の首筋に手をやる。
「さてユウナ様、これは頂きますね?」
そう言って占い師は優奈の首から下げられたネックレス型のグンタマを手繰り寄せる。吹き飛ばされた衝撃から立ち直った優奈は必死に抵抗をする。
「いや! やめて下さい!!」
「あらあら、暴れちゃいけないわ」
優奈が抵抗しても、占い師は余裕の笑みを浮かべたまま優奈のグンタマに手を伸ばす。
グンタマを取られる事を悟った優奈は、占い師よりも先に自分でグンタマを手繰り寄せると、それを強引に引っ張ってチェーンを千切る。
「栄治さんっ!!」
叫ぶのと同時に優奈は自身のグンタマを栄治目掛けて投げた。
対する栄治は咄嗟に右手を上げ、彼女が投げたグンタマをキャッチする。
と次の瞬間、辺り一面に甲高い笛の音が鳴り響いた。
耳をつんざく様な甲高い笛の音に、栄治は思わず眉間に皺を寄せる。
クウィンは笛の音に顔を顰めると、鋭く舌打ちをした。
「チッ、時間切れだ。撤退するぞ」
クウィンのその言葉に、ギャレットが首を傾げる。
「グンタマ奪わなくてもいいんですかい?」
「あぁ、『奴』が来る前にずらかるぞ。イリス、転移呪文はどうだ?」
「はい、いつでも転移できます」
「よし、サシャ。その女は連れて行く、逃すなよ」
クウィンは優奈を拘束しているアラビアン風の占い師、サシャに対して指示を出す。
「クウィン様、ユウナ様はグンタマを手放しましたが?」
サシャが首を傾げるが、クウィンは栄治を一瞥したのち「構わん」と一言だけ返す。
「畏まりました。ユウナ様、わたくし達と共に来て頂きますね」
サシャの言葉に優奈はより一層激しく抵抗する。
「離して!! 離しなさい!! うぅ! 栄治さん!! 栄治さんッ!!!」
優奈は抵抗しながらも、必死に栄治に手を伸ばす。
「クソ!! 優奈!!」
栄治は彼女を取り返そうと、急いで立ち上がり優奈に向かって走る。しかし優奈に手が届く直前、この場にいる栄治以外全員の体が眩い光に包まれる。
思わず腕で目の前を覆う栄治。光が発せられたのは一瞬で、光が収まってあたりを見渡した栄治は愕然とした。
「優奈? ……どこだ? 優奈どこに行ったんだ!? 優奈ぁーー!!!!」
栄治だけが残された街道で、彼の悲痛の叫びが響き渡った。




