第4話 引きこもりはダメです
広大な草原に静かに佇む300人の兵士と、20代前半の青年と幼い少女。
「この兵士達を戻す時はどうすればいいんだい?」
青年ーー栄治は自分の背後に整列している軽装歩兵達を眺めながら、ロジーナに尋ねる。
「簡単ですよ、自分の軍団を戻す場合は『軍団収納』って念じるだけでいいです」
ロジーナの簡単な説明に、栄治は小さく首を傾げた。
「軍団を出す時は大袈裟に叫ぶのに戻す時は念じるだけって、随分とあっさりなんだな」
栄治のその言葉に、ロジーナは「当然ですよ」という感じで説明をする。
「変身ヒーローものも、変身シーンはド派手で敵も襲わずに行儀よく見ているのに、 変身を解く時はとてもシンプルですよね? それとおんなじ原理です」
「おぉ……なるほど……」
彼女の妙に説得力のある説明に、思わず栄治は納得して頷いてしまう。
「まぁ、そんな事はどうでもよくてですね。大事なのはサーグヴェルドでの過ごし方です」
さらっと次の説明に移ろうとするロジーナだったが、栄治もそこは気になるところだったので、口を挟まずに黙って耳を傾ける。
栄治がこの死後の世界に来て、ロジーナから『グンタマ』を渡されて、より良い転生が出来るように戦ってくださいと言われ、軍団についての説明を受けてきたわけだが、彼はいまだにイメージがはっきりと湧かない。
先程、実際に自分の軍団を出したことで、少しだけ実感は湧いたが、ロジーナの言う『サーグヴェルド』という世界が一体どういうものなのか全然分からないままの状態である。
「そのサーグヴェルドっていうのは、このどこまでも続いていそうな草原の事なのかい?」
栄治は、風になびいて波打っている緑の草原を眺めながら言う。
「いいえ。ここも一応サーグヴェルドの一部なんですけど、栄治さんが過ごすのは、こことはまたちょっと違う別の所です。と言いましても、同じ世界ではあるんですけどね」
「ん? ちょっと違う別の所で同じ世界? ここから凄く遠いって事なのかな?」
栄治がロジーナの言葉を反芻しながら考えようとすると、彼の思考を遮るようにロジーナが明るい口調で話し出す。
「まぁ~難しい話は置いといてですね。取り敢えず今展開されている栄治さんの軍団を収納してみましょう」
ロジーナが栄治の後ろにいる兵士たちに目を向ける。
「そうだな、えーっと『軍団収納』って念じればいいんだよな」
栄治はロジーナの意見に賛成して頷くと、先程彼女に言われたように頭の中で『軍団収納』と念じてみた。
すると、今まで後ろで静かに整列していた300人の軽装歩兵たちの体が一瞬で白い光に包まれる。そして、その光が無数の粒子になって霧散すると共に300人の兵士達も消えていた。
「おぉ! これは凄いな。ちなみに収納された俺の軍団は、このグンタマとやらに入っているのかい?」
栄治が左手に持っていたグンタマを目の高さまで上げて、覗き込む。
「そうですね。簡単に説明しようとするとそういう事になりますね。詳しく説明すると、グンタマは栄治さんの魂の力を兵士に変換して出現させてますから、実際にグンタマの中にあるのは、兵士を生成する為の栄治さんの魂のエネルギーが詰まっていることになりますね」
「ふむ、なるほどね。つまりファンタジーって事か」
ロジーナが詳しい説明を始めた途端に、理解が追い付かなくなった栄治が、適当に頷く。それに対してロジーナが反論した。
「これはファンタジーなんかじゃありませんよ! これは神が扱う高度な科学の力が成せるまさに神業です!」
ドヤッ! と胸を張るロジーナに、栄治は「神様は超能力ではなくて高度な科学を使うのか、これはまたずいぶん現実的な神様だな」と、自分の脳内にあった神様のイメージを残業まみれのサラリーマンから、眼鏡を掛けた白衣姿の男へとシフトさせていく。
「取り敢えず、サーグヴェルドの説明に入りますよ!」
仕様もない事を考えていると直感で感じ取ったロジーナは、ジト目を栄治に向ける。
「よろしくお願いするよ。俺はなるべく余計な口は挟まないようにするから」
せっかくの自慢を適当に流されて、機嫌悪そうに頬を膨らませながら話すロジーナに、栄治は少し反省して彼女をなだめるような口調で先の説明を促す。
「ここでちゃんと説明を聞いていないと、栄治さんはとっても苦労するんですからね? 耳の穴かっぽじってよ〜く聴いてくださいね」
栄治の方に人差し指をチョンチョンと振りながら、少し怒ったような表情で念を押すロジーナ。そんな彼女の表情を見て、「ニコニコしているのも可愛いが、こういう表情もなかなかに可愛いな」という内心の思いを悟られないように押し込めて、勤めて真面目な表情で頷く栄治。
「いいですか、サーグヴェルドというのはですね。グンダンバトルシステムを導入するために作られた世界ですが、そこには栄治さん達のような転生待ちの人達、通称グンタマー以外に、サーグヴェルドの世界で生まれて育って、生活している人達がいます」
栄治は、再び出てきたグンタマーという絶妙にダサい単語に、無性に口を挟みたくなったが、そこはグッと堪えて黙って彼女の説明を聞く。
「サーグヴェルドに住んでいる人達のことを解りやすく例えるならば、彼らはロールプレイングゲームに出てくるNPCのようなものです」
ロジーナの説明曰く、サーグヴェルドの住民達は栄治達転生待ちの人達にとって無くてはならない存在らしい。
料理屋を営んでいる者は食事を提供し、宿屋を営んでいる者は寝る場を提供してくれる。そして、鍛冶屋では戦には欠かせない鎧や武器を売ったり作ったりしてくれる。
「その他にも大勢の人達の生活の営みが、文明を築いています。そして、一番重要なのは、彼らはクエストの情報をもっている。と言うことです」
「クエストの情報?」
ロジーナが強調して言った部分に、栄治は疑問を呈する。
「はい、これから栄治さんはサーグヴェルドで戦って貰うわけなんですが、その戦いには2種類あるんですよ」
ロジーナは右手の人差し指をピンと伸ばす。
「まず1つ目の戦いは、グンタマー同士の戦いです。お互いの軍団をぶつけ合って戦うんですが、これにはちょっとしたルールと制限があります。詳しい事はまた後で説明しますね 。そして、2つ目がクエストでの戦いです」
次にロジーナは中指をピンと伸ばす。
「サーグヴェルドには大小様々な国が存在しています。そして様々な種族もいます。そういった色々なものが1つの世界に混在していると必ず争いが起きます。その争いがクエストという事になります」
栄治は腕を組み、時折ロジーナの言葉に相づちを打ったり、頷いたりしながら、彼女の説明を聞く事に全神経を集中させる。
やがてロジーナの説明に一旦区切りがついたところで、栄治がおもむろに口を開く。
「つまりサーグヴェルドには原住民がいて、その原住民達から戦いの依頼を受けてそれを達成する事で、俺自身のレベルが上がって軍団を強化できるってことか」
自分の理解した内容を要点をまとめて口にする栄治。その内容を聞いてロジーナがニコッと笑って頷いた。
「その通りです。ですので栄治さんはいろんな人から話を聞いて情報収集を頑張ってください! 決して引きこもったりしちゃダメですよ?」
「サーグヴェルドは人見知りにとっては辛い世界だな」
栄治が、僅かに皮肉を込めて冗談ぽく言う。
「一応クエストの情報をまとめたクエストボードというものも有るので、それを利用しても良いのですけど、やっぱり高額報酬のクエストは自分の足で稼いで情報収集をした方がいいですね」
「良いものを手に入れるためには、それなりの努力と苦労が必要ってことだね」
「サーグヴェルドは苦労すればその分だけ報われる素晴らしい世界です。それでは次に先ほど話にちょこっと出てきたグンタマー同士の戦いについて説明しますね」
そう言うとロジーナは、目の前の何もない空間から、何やら布の塊のような物を取り出す。そして、彼女はその塊を両手で掴んで勢いよく降ると、バサっという音と共に広がった。
栄治がロジーナの広げたものをよく見てみると、それは黒のマントだった。
「栄治さん、プレゼントフォーユーです」
ロジーナは両手に持ったマントを栄治に渡す。
彼はそれを受け取ると、襟の部分を持って裏地を観てみたり軽くバサバサと振ったりして観察するが、特に変わったところはなく、デザインも使われている素材もごく普通に感じる。
「このマントと転生待機者との戦いはどんな関係があるんだい?」
「そのマントはグンタマーだけが着用できる特別なマントでして、ちょうど背中あたりに刺繍がされてますよね?」
ロジーナのその言葉に、栄治はもう一度マントを観察してみると、彼女のいった通りに金色の刺繍が施されているのを見つけた。
「本当だ。これは炎を纏っている鳥かな? なかなかにカッコイイデザインだね」
栄治の誉め言葉に、ロジーナはニンマリと顔に笑みを広げた。
「そうですよね! かっこいいですよね ! その刺繍はフェニックスをデザインしていてですね、フェニックスは不死鳥で炎の中で何度も生まれ変われるんですよ。グンタマーにぴったりですよね!」
目をキラキラと輝かせながら話すロジーナ。彼女はサーグヴェルドに関する事で褒めたりすると、一瞬で上機嫌になる。
「そうだね、ぴったりだね。そしてこのマントの事なんだけど」
「あ、そうでしたね。このマントはグンタマーである事を証明するものになります。それともう1つ、グンタマーのランクも一目でわかる様になっています」
「グンタマーのランク?」
初めて聞く内容に、栄治が聞き返すとロジーナがランクについての説明を始める。
「はい。グンタマーのランクと言うのはですね。その者の軍団の強さを表すものでして、そのランクはSランクからFランクまでありまして、1つのランクの中でも−F、F、+Fという様に3つに分かれています。そして、それぞれのランクには色が振り分けられていて、その色がマントに反映されるという仕組みです」
「 なるほど、つまり街中を歩いていて、この刺繍がされたマントを着ている人がいたら、それは転生待機者で、マントの色で強さまでわかっちゃうってことか」
栄治の言葉に、ロジーナは頷く。
「はい、その通りです。それで、グンタマー同士での戦いは、ランクが1つ以上離れているとできません。つまり、Dランクのグンタマーが戦えるのはEからCランクまでのグンタマーということになります」
ロジーナの説明に栄治は頷いて納得する。
戦えるランクに制限があるのは、おそらく弱者狩りを防ぐためだと判断する栄治。このサーグヴェルドでの戦いが、転生先を決める判断材料になるのであれば、早々にやられてしまっては何も得られないからだろう。
「それとですね、グンタマー同士に戦いは闘技場内と決められています。ですが、この場所とランクの制限は、クエストを介しての戦いには適応されません」
「クエストを介しての戦い? 確かクエストはサーグヴェルドの住民の争いとかの事だよね?」
「そうです。わかりやすい様に例を用いて説明しますね」
ロジーナはそう言うと、もうすでに見慣れてしまった変身を行う。
その場でクルッと回転したロジーナは、スーツ姿にメガネを掛け、右手には指し棒という教師風の格好になっていた。
「いいですか。まずここにAという国があります。そしてその国はBという国と戦争をしています」
いつもものごとく、平然と何もない空間から今度は黒板を取り出し、そこにチョークで大きくAとBと書き込むロジーナ。
「A国はランクDのグンタマーを雇って戦場に投入し、対するB国はランクAのグンタマーを戦場に送り出したとします」
黒板に書いたAとBの下にランクを書き足すロジーナ。
「この時グンタマーのランクは3つ離れていますが、お互いにクエストでの戦いになりますので、問題なく戦うことができます」
ロジーナの説明を聞き終えた栄治が、わずかに口角を上げて笑みを浮かべる。
「なるほどね。ルールにはちゃんと抜け道があるってことね」
そう小さく呟いた栄治の言葉が聞こえなかったのか、それとも聞き流したのか、ロジーナは相変わらずの明るい口調で話す。
「それでは最後に、ギフト贈呈を行なってそれが終わったらサーグヴェルドでの軍団ライフをスタートしてもらいます」
ロジーナの説明を聞くにつれて、栄治は少しずつサーグヴェルドに興味を持ち始めていた。




