第48話 戦争を放棄してても軍事力の強化は怠らない
「ソウルポイントですか?」
「そうそう、気づいたら結構増えてるんだよ」
木製の長テーブルに座っている優奈が少し首を傾げて言う。その対面に座っている栄治は、視界に『軍団メニュー』を映しながら優奈に説明をする。
「前まで俺のソウルポイントは900だったんだけど、今は1023ポイントに増えてるんだよ」
そう言いながら栄治はテーブルの上に置いてあるバケットの中からパンを一つ取ると、それを小さくちぎって口に入れる。
彼の話を聞いて、優奈も自身の軍団メニューを開いてソウルポイントを確認する。
「あ、本当ですね。私も1105ポイントに増えてます」
優奈は視線を右上に向けながら言う。
ソウルポイントは解放している兵種のクラス強化に必要なポイントで、この世界に来た時にロジーナから1000ポイント貰っている。その後の説明で、軽装歩兵のクラス強化に100ポイントを消費して900ポイントとなり、その後このポイントは変わることはなかった。
「多分なんだけど……」
栄治は自分のソウルポイントを見つめて「うーん」と唸り腕を組む。
「このソウルポイントってグンタマーの兵士を倒すと増えるのかもしれない」
最初ゴブリンと戦った時、ゴブリンを倒せば倒すほどコインポイントが増えていった。その次の盗賊達の戦いでは、倒さずに生捕りにしたため特に何か増えることはなかったが、今回のポールとの戦いでソウルポイントが増えたことから、栄治はそう推察する。
「今回の戦いでは、俺よりも優奈の方がポールの軍団を倒していたから、優奈の方がソウルポイントが増えているんだと思う」
「なるほど、確かにそうかもしれないですね」
栄治の説明を聞いた優奈が、納得したように頷く。
2人は今、エステーラ村の村長の家にいる。ポール・オーウェンとの戦いで優奈が気を失ってしまったので、彼女が目を覚ますまでの間お世話になる事にしたのだ。そして、優奈が目を覚ました今、村長は栄治達に食事を振舞ってくれている。
感謝が尽きないな。栄治は心の中で村長に頭を下げながら、自分の軍団について考えを巡らす。
「あともう一つ分かったことがあるんだけど」
栄治は野菜のスープを一口飲んでから、再び自分の軍団メニューに目を向ける。
「どうやら兵種によって、クラス雇用できる時間の間隔が違うみたいなんだ」
「クラス雇用の間隔ですか?」
優奈が手にパンを持ったまま、小首を傾げる。
「そう、前にゴブリンを討伐した時も、軍団を再編成しようと新規兵を雇用しようとしたら24時間待てみたいなメッセージが出てきたんだけど」
あの時栄治は、新しくクラス解放した長弓兵を雇用しようとした。しかし、24時間経たないと再雇用できませんというメッセージが出てきた。それで彼は、新規で兵を雇用しようとするときは24時間の間隔をあけないといけないと思っていた。
「でも、その24時間っていうのは一律じゃなくて、兵種ごとに違うみたいなんだよ」
「じゃあ長弓兵じゃなくて、例えば槍兵とかだともっと間隔を空けないといけないってことですか?」
「兵種ごとの空けないといけない時間がどれ位かは、まだ把握してないんだけど、多分そういう感じだと思う」
そう言って栄治は軍団メニューを見て、今の自分の軍団の状況を確認する。
「今回の戦いで俺の軍団はかなり損害が出ちゃったから、軍団を補強しようとしたんだけど」
戦いが始まる前、栄治の軍団は
軽装歩兵 100名
魔術師見習い 100名
長弓兵 100名
剣士 50名
軽魔槍兵 30名
投槍兵 30名
槍兵 80名
の総勢490名の軍団だった。
しかし、ポールの騎馬隊との戦いで栄治軍はその数を大きく減らし、特に軽装歩兵や槍兵などの近接系の兵種はほぼ壊滅状態になっている。
「槍兵隊と軽装歩兵のクラス雇用をしたら、軽装歩兵は雇用できたんだけど、槍兵はまだ雇用ができなかったんだよね」
「つまり、軽装歩兵よりも槍兵の方が再雇用のための時間が多くかかるって事ですか?」
「うん、多分だけど強力な兵種になればなるほど、雇用には時間がかかるんじゃないかな、まぁそういうところで何かしらの制限がないと、グンタマーはコインポイントが尽きるまで延々と兵を補充できるから、当然といえば当然なんだろうけど」
ただでさえグンタマーの軍団を作り出す能力というのは、軍事力としてはかなりの脅威である。そこに兵の補充も一瞬でできるとなれば、それはもうチートの域すらも超えている。
「という事で、今は軍団の補強ができないんだよね」
「すると、ポール・オーウェンも失った騎兵を補充できないってことですよね」
優奈の言葉に栄治は頷く。
「騎兵の再雇用にどれだけ時間がかかるか分からないけど、暫くは戦える状態にならないんじゃないかな?」
「それじゃあその間にギムレットさん達は対策ができますね」
優奈は少し安心したように微笑む。
しばらく2人は無言で食事を進めていたが、やがてスープを飲み切ってカップをゆっくりとテーブルに戻し、栄治が口を開く。
「そういえば今回の戦いでレベルが一つ上がったんだけど、優奈も上がっているかい?」
栄治の問いかけに、ちょうどパンを食べ終えた優奈が頷く。
「あ、はい。私もレベルが3から4になっています」
「これで新しく属性ポイントが入ったから、また新しいクラスを解放するのに属性ポイントを振り分けようと思うんだけど」
栄治は顎に手を当てて、悩ましげに眉を寄せる。
「今回の戦いで、やっぱり騎兵の強さを実感したから、騎兵を解放したいところなんだが……」
「どの属性を上げらばいいのか分からないですね」
今の栄治の属性値は、人 2・亜 0・獣 0・魔 1・技 4・知 0 ・聖 0・邪 0、となっている。
「やっぱり『人』属性を上げるべきかな? それとも意外と『知』を上げるべきなのか……」
うんうん唸りながら、どの属性値を上げるか悩む栄治。そこに優奈が提案する。
「騎兵は馬に乗って戦う兵種ですよね? それでしたら『獣』の属性値を上げるのはどうですか?」
優奈の言葉を聞いて栄治は腕を組む。
「そっか、そういう考えもあるか……うん、優奈の言う通り『獣』を上げてみようかな」
栄治は属性値について、『人』『亜』『獣』の3つは兵の種族に関するもので、残りの項目はその種族がどういった特性を持った兵種になるかを決めるものだと考えていた。しかし、優奈の言うことも一理あると考えた栄治は、早速自分の3つある属性ポイントの1つを『獣』に振り分ける。
ーー条件が満たされました。クラス『コボルド軽歩兵』が解放されました。
ーー条件が満たされました。クラス『コボルド弓兵』が解放されました。
ーー条件が満たされました。クラス『コボルド重歩兵』が解放されました。
「おぉ、なんかたくさん解放された」
目の前に流れるメーセージに感嘆の声を上げる栄治。
「騎兵は出ましたか?」
メーセージは栄治にしか見えていないので、何が解放されたのか分からない優奈が彼に聞く。
「いや、騎兵は解放出来なかったけど、その代わりにコボルド兵っていうのが3種類も出たよ」
「コボルド? それはどう言った兵ですか?」
ファンタジー系の知識に疎い優奈は、コボルドがどういう種族か分からない。そんな彼女にコボルドについて説明する為、栄治はグンダンメニューに映し出されている『コボルド軽歩兵』の画像を見ながら口を開く。
「俺もそこまで詳しい訳じゃないけど、どうやらこの世界でのコボルドは、ざっくり言うと二足歩行する大型犬って感じかな?」
「二足歩行する大型犬……ですか?」
必死に想像力を働かせているのか、優奈は眉間に皺を寄せながら聞き返す。
「うん、その二足歩行犬が革鎧着て短槍や弓を持ってるのが『コボルド軽歩兵』と『コボルド弓兵』で、頑丈そうな鎧を着ているのが『コボルド重歩兵』だね」
「犬が槍と弓……鎧…………コボルドって可愛いですか?」
「え? いや……どうだろう? 人によっては可愛いと思う人もいる、のかな?」
栄治はコボルド兵の画像を見ながら、歯切れ悪く答える。
確かにコボルドの尻尾はフサフサしていて、耳もモフモフではあるが、顔つきは狼のようで凛々しいといえば聞こえはいいが、どちらかというと獰猛といった表現がしっくりとくる。
そんなことを考えている栄治の対面で、優奈はコボルドのイメージを自分の中で創り上げていく。
「コボルド……う〜ん……戦うワンちゃん……」
「…………」
彼女の中でのコボルドは、きっと可愛らしいキャラになっているだろう。しかし、栄治はあえて突っ込まないようにした。
『コボルド軽歩兵』のステータスは『軽装歩兵』のステータスとほとんど変わらない。違いといえば素早さがコボルド軽歩兵の方が高いくらいである。逆に連携というステータスは軽装歩兵の方が高い。『コボルド弓兵』も『弓兵』と大して変わらない。『コボルド重歩兵』は使えそうではあるが、解放条件が『人』1『獣』1『技』4となっているので今の優奈が解放するのは少し難しそうである。なので、彼女がコボルド種の兵を解放するメリットはほとんどないため、コボルドについて誤解があったとしても、今のところ大きな問題はないだろうと栄治は考えた。
やはり『人』『亜』『獣』は種族に関する属性値らしい。そう確信した栄治は、人族の兵種である騎兵を解放するには『人』の属性値を上げないといけないのかもしれないと考える。
「やっぱりもう1ポイントだけ『人』を上げてみようかな」
そう呟いて、彼は属性ポイントを『人』に振り分ける。
ーー条件が満たされました。クラス『軽騎兵』が解放されました。
そのメッセージを見てエイジは思わずガッツポーズをした。
「おっしゃあ!! 騎兵が解放された!!」
急に大声を出した栄治に、優奈は少しびっくりしながら彼の方を見る。
「やっと騎兵が出たんですね」
「うん、まぁ解放されたのは軽騎兵だけどね」
グンダンメニューに映し出されている軽騎兵は、軽装歩兵が騎馬に乗っているような感じだった。栄治としては、もっとがっしりとした騎兵が欲しいところだったが、贅沢は言えない。
「これで騎兵を解放するって目標は達成されたから、次はどうしようか……」
栄治はギフトの恩恵で1レベル上がるたびに、属性ポイントが3つも入る。これは実質3倍のスピードでレベルが上がっているようなものだ。そんな豊富にある属性ポイントをどう振り分けるか、栄治は思考を巡らす。
おそらく1番効率がいいのは、1つの種族に絞ってクラス解放を狙っていく作戦である。今の栄治の場合では『人』を中心に上げていくのがいいだろう。
「でもなぁ、さっきみたいなコボルド兵とか見ちゃうとなぁ」
正直、今の栄治の脳内ではエルフやらドワーフと言ったファンタジー世界の種族が次々と浮かんできている。
しかし、いろんな種族の兵種を解放しようとしたせいで、下位のクラスだけで編成した器用貧乏軍団になってしまう可能性も十分にある。
頬杖をついて頭を悩ます栄治に、優奈が言う。
「栄治さんはポイントが沢山あるから、色々な属性に振り分けた方が良くないですか? 意外と他の種族に騎兵とかよりも強い兵隊さんがいるかもしれないですし」
その優奈の言葉に栄治はハッとする。
確かに栄治達が生きてきた世界では、かつて騎兵は最強の兵種だったが、ここは剣と魔法のファンタジー世界である。もしかしたら、ドラゴンに乗って戦う竜騎士なんて兵種も実在するかもしれない。
「そうだよね! それじゃあ残りの1ポイントは『亜』を上げてみてもいいかな?」
竜騎士という男のロマンに、瞳をキラキラと輝かせながら栄治が聞くと、優奈はニコッと笑って答える。
「はい、頼もしい種族が解放されるといいですね」
優奈の了承を得て、栄治は早速『亜』に最後のポイントを振り分ける。
ーー条件が満たされました。クラス『ゴブリン兵』が解放されました。
ーー条件が満たされました。クラス『ゴブリン弓兵』が解放されました。
栄治は、世の中そんなに甘くはないということを思い知った。




