第43話 窮鼠猫を噛むと確実に言えないのが現実であるが噛む事もある
周りを重装歩兵と重騎兵で固めた本隊の真ん中で、ポール・オーウェンは満足気な表情を浮かべていた。
彼の元には、各部隊からの伝令が次々と報告に来る。
「ポール様、報告申し上げます。グエン様が敵左翼の指揮官を討ち取ったとのことです。指揮官を失ってもなお、敵部隊は高い戦意を持って抵抗しているようですが、壊滅も時間の問題かと」
「そうか! それは朗報だ。グエンにはさらに攻勢を強め、敵を追い込めと伝えなさい」
「はっ!」
伝令は一礼とともに踵を返すと、自分の部隊へと戻っていく。
その後すぐに、違う部隊からの伝令も報告に来る。
「ラディッツ様からの報告です。敵の右翼側の騎兵隊はほぼ殲滅いたしました」
「そうですか。今グエンの方も敵左翼を破ったところです。2人の部隊でタイミングを合わせ、敵本隊の左右から挟撃しなさい」
「畏まりました」
ポールは伝令に指示を出した後、満足そうな表情を顔いっぱいに広げる。
「両翼の騎兵が壊滅、そして、そろそろ正面の杭も排除できる頃合いでしょうかねぇ。いよいよチェックメイトといきましょうかねぇ」
ニンマリと笑みを浮かべるポール。彼の後ろに控えていた部下が、ポールに賞賛の言葉を送る。
「木の杭による騎兵隊の突撃の阻止。あれを見た時は、敵もなかなかやると思いましたが、どうやらポール様の敵では無かったようですな。いやはや、危うげのない戦運び、さすがポール様です」
パチパチと上品な拍手を送りながら、長い金髪を風になびかせる部下。
「当たり前ですよ。この私がFランクごときに手こずる筈がないんですよ」
「それもそうでございますね」
自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべるポール。そんな彼の元に、1人の伝令が慌てて駆け込んできた。
「ポール様大変ですっ!」
「何ですか、騒々しい」
汗を大量にかき、息も絶え絶えに報告に来た伝令に、ポールは冷めた視線を向ける。
「敵の騎兵隊がこの本隊に向け突撃してきます!」
「騎兵隊だと? 私は先程、敵の騎兵隊はほぼ壊滅したと報告を受けましたが?」
目を細め、刺し貫くような鋭い視線をするポール。その視線を向けられた伝令は、小刻みに体を震わせながら、報告を続ける。
「敵右翼側の僅かに残った騎兵隊が、死兵となって本隊への攻撃を仕掛けています!」
「ほう、敵もなかなか根性が据わってますね」
ポールの後ろに控えている金髪の部下が、面白そうに言う。
「まったく……少数の敵が死に物狂いで攻めてきただけで狼狽えるんじゃありませんよ。何と情けない」
「し、しかしポール様! 敵は少数なれどかなりの手練れ、近付く者たちは皆一刀のもとに切り捨てられ…」
「愚痴はもう結構! 近付けないと言うのなら、矢なり魔法なりで討ち取れば良いだけの話。クロスボウ騎兵を50騎程そちらにまわします。それで対処しなさい」
「はっ! ありがとうございます!」
伝令は深く頭を下げると、足早に去っていった。
去って行く伝令の背中を見ながら、ポールは溜息と共に小さく首を横に振る。
「命を捨て、騎士としての誇りと使命をかけて最期の戦いに挑んでいる者を遠くからクロスボウで射抜くとは、さすがポール様です。その鬼畜ぶりには感服致します」
「なんです? バカにしているのですか?」
ポールは振り返り、後ろに控えている部下を半眼で睨む。
「いえいえ滅相も御座いません。誇りや信念といったものに囚われることなく、ただ勝ちにこだわる戦ができるポール様を心の底から尊敬致しております」
恭しく頭を下げながら言う部下に、ポールはフンと鼻を鳴らす。
「私のいた世界では、戦争というものは道具でしたよ。テロリストを撲滅するため、独裁政治から国民を救う為、大義名分は立派なものばかりでしたが、それは所詮表向きのものでしか無い、裏では、いかに利益を生み出すか、いかに有利な国際的地位を築き上げるか。そういった政治的な争いが行われている。戦争はそういった政治の道具でしか無い、そしてそれは世界が異なったとしても変わらない。そんな汚れきったものの中に、清らかな誇りやら信念やら使命やらを持ち込む方が、私からしたら狂気じみていると思いますがねぇ。戦争での最優先事項は、いかに効率よく相手を壊すか、ですよ。それ以外の事を持ち込むのは、正気の沙汰とは思えないですねぇ」
「……なるほど、ポール様の仰ることは誠にその通りだと思います」
ポールの部下は、顎に手を添えながら、仰々しく頷く。そんな彼を横目に見て「どうだか」とポールは吐き捨てるように言う。
そんな2人の元に、伝令が報告にやって来る。
「ご報告申し上げます! 魔道騎兵の攻撃により、敵本隊正面の杭が焼失致しました!」
待ち望んでいた内容の報告に、ポールの目はギラッと一気に燃え上がる。
「上々です。直ちに騎兵隊に突撃の準備をさせなさい。さぁ、この戦のフィナーレです!」
ポールの号令で、本隊で待機していた重騎兵達が、一斉に突撃陣形を構築していった。
重騎兵が手に持つランスと言う武器は、長さが2〜3メートルもある槍の一種で、刃の部分はないが、先端が鋭利に尖った円錐形の形状は、騎馬のスピードがのった突撃を最大威力にまで引き立てる。
馬と人の質量、そしてスピード。これらのエネルギーをランスの先端一点に集中させて突撃する、重装騎兵最大の攻撃『ランスチャージ』は、十分な対抗策を持たない今の栄治と優奈の軍団にとっては、止める事のできない、悪夢そのものであった。
「兵の質も数も劣っているのに、この私に戦いを挑んだ事をあの世でじっくりと反省すると良い。突撃!」
ポールの命令で、大量の重装騎兵が地鳴りと土埃を盛大に巻き起こしながら、栄治達の本隊に向かっていった。
ポールの軍団が誇る重装騎兵の突撃を真正面から見ている栄治は、顔面蒼白になりながら言う。
「優奈! ここにいたら突撃をもろに食らってしまう! 一旦後退しよう!」
「駄目ですっ! ここで後退しても戦況が悪くなるだけです!」
一旦は自己陶酔やら何やらで、死の恐怖を克服した栄治だったが、その効果が切れて再び恐怖のドン底に陥っている栄治だったが、どうにか優奈を置き去りにして逃げると言う、死んだ方がましなレベルの行動は、理性で押さえ込めていた。
「ユウナ様の仰る通りですエイジ様。今後退すると、背中を突かれると言う最悪の事態になりかねません。それに左右からの敵の挟撃もあります」
ギムレットはすでに覚悟を決めたのか、その場にドッシリと構え、突撃して来る敵をまっすぐに見据えながら言う。
その姿はまさしく歴戦の戦士であり、王国の守護者たる騎士に相応しい姿だった。こんな状況でなければ、写真の一枚でも撮りたいなと、そう思わせるほどの勇姿であった。
「でもギムレットさん、このまま突撃を受けても全滅してしまいますよ! 詳しくは知らないけど、騎兵の突撃を防ぐのって槍衾って言うのじゃないと駄目なんですよね⁉︎ 軽装歩兵の槍じゃあ短くて絶対に無理ですよ!」
「普通ならそうですな。ですが……」
ギムレットは、一旦口を閉じて、優奈と彼女の軍団を見つめる。
「今のユウナ様と、その軍団の皆様からは、何やら強い力を感じます。何も根拠はありませんが、あの光り輝く姿を見ると、希望が湧いてきます」
「まぁ確かに……」
栄治が周りの軍団をざっと見渡してみると、栄治の軍団はそのままだが、優奈の軍団は白く光り輝いている。その事から考えると、きっとこれも優奈のギフトの力なのだろう。
「とか考えている間にもう敵が目の前じゃんかよ! ……あぁ! 男見せろ代紋栄治! ここでビビっちゃ優奈のビキニ姿が拝めないぞ!」
栄治は自身を鼓舞するように吠えると、前に立っている優奈の横に並ぶ。
「さっきは1人で逃げろって言ってごめんな優奈。これからはどんな時も一緒だ!」
その言葉に、今まで怒りの表情で、敵の騎兵隊を睨みつけていた優奈の表情が変わった。
「はい! 2人が力を合わせれば無敵です!」
力強く笑みを浮かべる優奈に、栄治も大きく頷く。
「袋小路に追い詰められた鼠は猫も噛むって事を、ポールのやつに思い知らせてやる! 軽装歩兵と槍隊は前線へ! その他の部隊で中盤を固めろ! 弓隊射撃準備!」
栄治の指示で、兵士たちが素早く動く。
「弓隊、放てぇっ!」
空に向かって放物線を描く矢が放たれる。それは、猛烈な勢いで迫って来る重装騎兵に降りかかるが、そんな事などものともせずに、攻め寄せて来る。
「いよいよ来ますぞ! 総員構え!!」
ギムレットが指示を飛ばした数秒後に、ついにポールの騎兵達が、栄治達の軍団の前線に突っ込んできた。
この時、栄治は初めて人が宙を舞う光景を目の当たりにした。成人の男性が騎兵の突撃を食らって、いとも容易く吹っ飛んだのだ。
それを見た栄治は、ふと頭の片隅で現世の事を思い出していた。それは小学生の頃、春の交通安全講習会で車の恐ろしさを伝える為に、時速60キロの車に跳ね飛ばされた人形と、今の吹き飛んだ兵士が酷似していたからだ。
「騎兵の突撃って車とおんなじ威力があんのかよ……」
自分のよく知っている世界のもので比較することができれば、中世の事をよく知らない栄治でも、実感することができる。
次々と突き飛ばされていく兵士たちに、栄治の顔が引き攣る。
「騎兵の勢いが止まりませんな、このままでは直ぐにここまで来てしまいます。それまでに、なんとか突撃の勢いだけでも止めておきたいところですが」
ギムレットがそう言うと、優奈が一歩前に出る。
「敵の勢いは私が止めます!」
優奈がそう言うと同時に、彼女の軍団が敵騎兵隊に向かって攻勢をかける。
彼女の軍団構成は軽装歩兵と剣士、そして弓兵である。このどの兵種も、本来であれば騎兵に対して有効ではない。しかし、今回ばかりは違っていた。優奈と同じように、体から白い光を発光させている兵士たちは、なんと騎兵の突撃を受け止めたのだった。
通常ではあり得ない光景に、栄治はある考えが浮かぶ。
「あの白い光……もしかして、優奈の身体強化が兵士にも反映されているのか?」
そう考えると、今のあり得ない状況にも説明がつく。
栄治は口元に苦笑を浮かべながら言う。
「だとすると、ちょっと優奈のギフトはチートすぎないか? まぁ、そのお陰でこの戦い、もしかしたら大逆転勝利できるかもしれないけどさ」
絶望しかなかった栄治の中に、一筋の光が差し込んでいた。




