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第42話 結局のところ怒って一番怖いのって普段優しい人なんですよね

栄治、優奈、クレシオン騎士、3つの軍勢を合わせても、それよりも圧倒的に多いポール・オーウェンの軍勢。彼の軍団の主力は堅牢なプレートアーマーを着込み、ランスを手に持ち凶悪な突撃を仕掛けてくる重騎兵である。そんなものに突撃されれば、今の栄治達の軍団はなすすべなく蹂躙されてしまう。

 その蹂躙を防いでくれていたのが、栄治の軍団にいる長弓兵の部隊技能『木杭』である。木杭は、先端が尖った丸太を地面から斜めに設置することによって、騎兵の突撃を防いでくれる。

 しかし、その『木杭』が今まさに、彼らの目の前で燃えて崩れ去っていた。


「ふはは……何だろう、あまりの恐怖で俺壊れちゃったのかな? さっきから変な笑いが止まらないや……ふっはは……」


 今にも倒れそうなくらいに顔を真っ青にして、盛大に顔を引攣らせる栄治の頬と目元が、変な感じで痙攣していた。


「両翼の部隊が壊滅し、前方の『木杭』も無くなったとなれば、この戦で勝利を手にするのは、奇跡にすがるしか無くなってしまいました」


 優奈は地面に膝をついて泣き、栄治は壊れたように変な笑いの発作を起こしている中、ギムレット1人だけ、落ち着いた表情で周りの戦況を見渡していた。


「エイジ様、ユウナ様、申し訳ございませんでした」


 戦況を把握したギムレットは、栄治と優奈に頭を下げ謝罪する。

 急に謝り出したギムレットに、2人は意味がわからずに、ただ視線を向ける。


「この戦、たとえ『木杭』で前方から騎兵の突撃を防げたとしても、迂回されて挟撃されればこちらが瓦解するのは明白でした。しかし、敵の挑発や騎士としての誇りに思考を曇らせ、開戦に踏み切ってしまいました。これは私の判断ミスです」


「いえそんな……ギムレットさんの所為なんかじゃないです……」


 現実の残酷さに涙を流し、絶望している優奈は、小さく顔を横に振る。


「そうですよ。こんな状況になっているのは、俺の軍団が弱すぎたっていうのも、あると思います」


 自虐的な笑みを浮かべながら言う栄治の言葉をギムレットはきっぱりと否定した。


「いえ、それは断じて違います。お気を悪くなされないで欲しいのですが、エイジ様とユウナ様は、まだ戦いに関しては素人でございます。ですが私は違います。そして、お二人の軍団についての情報は予め知っていました。それでいてこの結果になったということは、すべて私の責任です」


 ギムレットは一度口を閉ざすと、僅かの間、瞑想をして再び目を開く。その瞳を見て、栄治と優奈の2人ははっと息を飲んだ。

 ギムレットの瞳には、一点の曇りもなくどこまでも澄んでいて、それでいて、その奥には狂気のような闘志が感じられた。栄治は今まで、こんな激しさと静かさが混在したような目をした人を見たことが無かった。恐らくこれが、よく映画やアニメなどで言うところの『死を覚悟した男の目』というやつなのだろう。

 ギムレットは栄治と優奈の2人に向けていう。


「お二人はお逃げください」


 彼のその言葉を聞いて、栄治は心がフッと軽くなったのを感じた。

 今のままでは、どうあがいても死ぬ運命真っしぐらである。しかし、ここから逃げてしまえば、まだ助かる可能性がある。真っ暗な閉塞空間に閉じ込められていた所に、急に光が差し込んだ気がした。そう感じている栄治の隣で、優奈がギムレットに尋ねる。


「あの……ギムレットさんも一緒に逃げてくれるんですよね……?」


 すがるように言う優奈に対して、ギムレットはフッと小さな笑みをこぼす。


「私は逃げるわけにはいきません。お二人が少しでも遠くまで行けるように、ここに留まらせて頂きます。それに……」


 彼は一旦空を仰ぐように顔を上に向けた後、静かな口調で言う。


「ここで逃げては、今も踏ん張っている同胞達、すでに散った仲間、そして先に逝ったアランとアルバートに申し訳が立ちませんからな」


 そのギムレットの話を聞いた瞬間、今までどうやって逃げようか、必死に考えていた栄治の思考がピタッと止まってしまった。

 栄治は自身のおでこを手のひらで軽くペシっと叩くと「マジかぁ〜」と呟きながら、前髪を搔き上げる。今のように思考が急に止まって、ある1つの想いだけが頭の中を支配する感覚を栄治は今までに何回か経験したことがある。それは脱サラして事業を起こそうとした時だったりと、どれも人生の分岐点だった。


「いやでも今回は状況が違うだろうよ! 命がかかってんだぞ!」


 両手で頭を抱え込み、苦しそうに呟く栄治を見て、あまりの恐怖で気が触れてしまったかと、ギムレットは心配そうに彼を見つめる。

 優奈は彼の後ろに周り、そっと背中をさする。


「栄治さん? どうしたんですか?」


 しかし、栄治は優奈の言葉も無視して、今度は頭を掻きむしりながら呻く。


「くそっ! くそっ! もしかしてあれか? 彼女と海に行くって言うのも最近じゃ死亡フラグになるのか? 俺はただ優奈のビキニ姿が見たかっただけなのにっ! この世界にビキニがあるかなんて知らないけどさっ!」


「え、栄治さん? 本当にどうしちゃったんですか?」


 頭を激しく掻きむしりながら、謎の言葉を発する栄治に、優奈の困惑は深まる。 

 栄治は暫く、頭を上下に振りながら髪を掻きむしっていたが、やがてその動きをピタッと止めると、おもむろに顔を上げて、ギムレットの方を向いた。


「ギムレットさん……俺も残ります」


 その言葉を聞いた瞬間、優奈だけではなく、ギムレットも驚愕で目を見開いた。


「ここに残られる……と言う事がどう言うことかお分かりですか?」


 ギムレットは栄治の表情をよく見ながら問いかける。


「あぁ……わかってる……つもりです」


「死ぬかも……いえ、死にますぞ?」


「あぁ……あぁ……わかっているさ」


 ギムレットに返す言葉は、とても小さく覇気がなかったが、それを言っている本人の表情は真剣そのものだった。血の気は引けて真っ青になりながらも、そこに錯乱したような様子は感じられず、只々恐怖に耐えて自分の意思を貫こうとする強さだけが感じられる。今の栄治はそんな表情をしていた。


「怖いさ……死ぬほど怖いんだけどさ……もう駄目なんだよ。ここに残るって、なんかこう頭の奥っていうか、魂の中っていうか、まぁ自分の1番奥深くで決まっちゃったんだよ。そうなったらもう、その想いを実行に移さないと気が済まないんだよね俺。まったく……こんな厄介な頑固さ、誰から譲り受けちゃったのかなぁ」


 どこか吹っ切れたような、清々しさを感じさせる口調で栄治は言う。


「エイジ様……分かりました。あなたの勇気ある決断を尊重いたします」


 ギムレットはそう言って、栄治に対して恭しく敬礼をする。

 その敬礼を見ながら、栄治はボンヤリと思う。

 今まで映画とかで『ここは俺に任せて先に行け!』って言ってた奴らって、実は物凄い精神力の持ち主だったんだなと。そして、まさかそれと似たような事を自分がやる羽目になるとは、露程も思ってなかった。

 しかし、今こうして言葉にして覚悟を決めた事によって、幾分か恐怖は薄まったような気がする。恐らく、これから十死零生の戦いに挑むことに対して、アドレナリンがダダ漏れになって感覚が麻痺しているのだろう。それと、愛する人のために命をかけて戦う自分の姿に酔っているところもある。

 栄治が、アドレナリンと自己陶酔によって、異様な高揚感を感じ始めた時、隣にいる優奈が思い詰めた口調で言葉を発した。


「では……私も残ります!」


 彼女のその言葉に、今度は栄治が目を見開く。


「それは駄目だ! 俺は優奈のために残って戦うんだから!」


「嫌です‼︎ そんなの絶対に嫌です!」


 彼女は叫びながら、首を激しく横に振って栄治の言葉を搔き消す。そんな優奈の様子に、栄治は助けを求めるようにギムレットを見た。


「ユウナ様、今回の戦いでは負けてしまいましたが、我々は全滅する訳にはいきません。何故なら情報を持ち帰らないといけないからです」


「情報……ですか?」


 優しく諭すように言うギムレットに、今まで「いやいや!」と首を横に振っていた優奈がゆっくりと彼に目を向ける。


「えぇ、そうです。今回の盗賊事件、裏で糸を引いていたのがグンタマーであったという事、それも緑套という力あるグンタマーであるという事、この情報は絶対にクレシオンに持ち帰らないといけません」


「それじゃあ、みんな一緒に!」


 全員で撤退しようと言う優奈の言葉を、ギムレットは静かに首を振って否定する。


「それは出来ません」


「どうしてですか!」


「何故なら、敵の軍団は追撃戦を最も得意とする騎兵を主としています。誰かが残って足止めしないといけません」


 ギムレットの話を聞いて、がっくりと顔を俯ける優奈。

 そんな彼女の肩にそっと手を添えて、栄治が言う。


「優奈……頼む君だけでも逃げ延びてくれ」


 優奈は涙を流しているのか、栄治の手には小さな振動を感じていた。

 そんな2人を静かに見守っていたギムレットが、敵の軍団の動きに気がつく。


「敵が騎兵の隊列を整え終えたようです。もう攻撃を仕掛けてくるでしょう。ユウナ様、早くお逃げください」


 ギムレットに続いて、栄治も優奈に声をかける。


「優奈すまない。君とはもっと一緒に居たかった。これからは君1人で…」

「嫌ですよ?」

「この世界を……へ?」


 栄治の言葉を遮って放たれた優奈一言に、思わず栄治は間抜けな声を漏らしてしまった。


「何勝手に話を決めているんですか? なんで私が逃げる事で決まっちゃってるんですか?」


 今まで俯かせていた顔をヌッと上げながら言う優奈。その彼女の顔を見て、栄治は死とは違う恐怖を感じて、全身に冷や汗を流す。


「栄治さん?」


「っは、はいっ!」


 今まで、可憐で繊細な美少女らしく、残酷な戦場を目の当たりにして、さめざめと涙を流していたはずの優奈。それが今は、何故か様子を急変させて、怒りの炎をメラメラと燃え上がらせ、背後には般若の面が幻視出来てしまうほどの怒気を纏っていた。

 そんな彼女に、急に名を呼ばれた栄治は、ビシッと気をつけをして返事をする。


「栄治さん約束しましたよね? これからは2人で力を合わせて頑張ろうって。それに私も言いましたよね? 栄治さんがいるから戦えるって、栄治さんがいないこの世界は怖いって……なのに、今あなたは、1人でって言いました?」


「えぇえ、そんなことは…」

「言いましたよね!」


 グイッと顔を詰めて問いかける優奈が怖くて、栄治は目を泳がせながら、なんとか言い逃れしようとしたが、今の彼女が、そんなことを許してくれるはずがない。

 この時栄治は、美人って怒ると迫力が凄いなぁ、と軽く現実逃避に走っていた。


「あなたはそれでいいかもしれませんよ栄治さん! でもね! 残された私はどうなるんですか! こんな残酷な世界で、愛する人を見捨てたと言う自責の念にかられながら生きていくんですか? そんな生き地獄のような人生を私に強要したいのですか! ど!う!な!ん!で!す!か!」


 激しい剣幕で詰め寄る優奈は、最後は一言づつ人差し指を栄治の胸にめり込ませながら言う。


「何をしているのですか! もう敵が突撃を仕掛けてきます! 早くお逃げくださいユウナ様!」


 敵の動きに注視していたため、優奈の変貌に気が付いていなかったギムレットが、今の彼女に1番言ってはいけない言葉を言ってしまう。

 案の定、逃げろと言われた優奈は、キッと栄治からギムレットに標的を変え、ツカツカと彼に近ずく。それを見て栄治は、小さく胸に前で十字を切って、心の中で祈った。


「……む? ユウナ様? どうなされました?」


 自分の方に歩いてくる少女の様子がおかしい事に気がつくギムレット。今の優奈からは、戦場で強者と合間見えた時と同じような、圧倒的なプレッシャーを感じていた。


「ユ、ユウナ様? 早くお逃げ…」

「さっきから逃げろ逃げろと……何なんですか?」


「ど、どうされたのですか?」


優奈に、剣呑な光を宿した眼差しを向けられ、金縛りにあったかの様に、体が動かなくなってしまうギムレット。


「どうされたのか、じゃありませんよ! 何であなたは私を逃がそうとするのですか!」


「そ、それは、先ほども言ったように情報を…」

「じゃあ私を逃すのはおかしいですよね! ね!」


 優奈は、先程栄治にもやったように、人差し指をギムレットの胸当てにドンと突き当てる。その時、栄治は見てしまった。プレートアーマを着込んでいるギムレットの、鋼でできた胸当てが、優奈の指でわずかに凹んでいるのを。

 彼女のギフトは身体能力強化である。そのギフトの力が、今まさに炸裂しているのだ。

 栄治は、先ほど彼女に突かれた胸に、風穴が空いていないことを確認して、ほっと胸を撫でおろす。


「いえ、この場でユウナ様を逃すと言うのは最善の…」

「違います!」


 ギムレットの話を途中でシャットアウトする優奈。その彼女のあまりの迫力に、歴戦の騎士であるギムレットも若干たじろいでいる。


「もし、情報をクレシオンに届ける可能性を少しでも高めたいのなら、私ではなく貴方が行くべきです!」


 人差し指をビシッとギムレットの鼻先に向ける優奈。もはや彼女の指先が凶器にしか思えない栄治は、「ひっ」と小さな悲鳴をあげて、2人から目を逸らす。


「私と栄治さんは乗馬が出来ません。だから移動が遅いです。でも貴方は乗馬もできて、この辺りの地理についても私達よりもずっと詳しい。何より、貴方がここに残ったとしても、私たちの軍団が消えてしまえば、たった1人じゃないですか? 1人の力で敵を食い止められるとでも思ってるんですか? 自惚れですか? 貴方さっき仲間に申し訳がとか何とか言ってましたよね。またあれですか? 騎士の誇りや仲間への絆とか何やらで、判断を誤るつもりですか?」


 優奈の情け容赦ない正論の攻撃に、栄治は心の中で「もうやめてあげてぇ〜」と泣き叫んでいた。


「ぐぅ、たしかに……ユウナ様の言う通りです。私はまた……判断を誤っていました」


 拳を強く握りしめて、血反吐を吐くかのごとく呻くギムレット。


「ですが、もう私が逃げるにしても、ユウナ様が逃げるにしても。時すでに遅しです」


 そう言ってギムレットが目を向ける先には、盛大な土埃を上げながら、こちらに突撃してくるポールの騎兵隊の姿があった。

 それを見て、今までで1番怒気を含んだ声で、優奈が言う。


「そうです……私が1番許せないのはあれです……私は前世では何も出来ませんでした……ずっとベットに横になって……ただ時間が過ぎていって……その中で、これが出来たらいいな、とか。あれが出来たらいいなって、妄想するだけで、実際は何も出来なくて。でも! この世界に来て健康な体になって、自由に動くことができて! そして! 好きな人も出来た! これからなのに……これから栄治さんと一緒にいろんな世界を見たいのに! それを邪魔する貴方たちは許さない!! 絶対に許さないっ!!!!」


 優奈が絶叫すると同時に、彼女の体が白く輝きだした。それに呼応するかのように、軍団の兵士たちも白く発光しだす。


「栄治さんは! 私が守ります!!」


「あらやだ……凄くかっこいいんですけど……」


 周りの兵士が光り出し、その中で一番の輝きを放ちながら言う優奈の雄姿に、栄治がぼそりと呟く。


「何ですかこの超展開は……? さっきまでのシリアスはいずこに?」

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