第41話 人生山あり谷ありって……どっちもキツくない?
盗賊達の親玉、Dランクグンタマーのポール・オーウェンは、その顔一杯に冷酷な笑みを広げる。
「ラディッツ! グエン! こっちに来い!」
ポールが部下2人の名を呼ぶ。
彼の命令で、グンタマーと同じようなマントを羽織った2人の部下が、すぐにポールのもとに馳せ参じる。
「いいか2人とも、このままさっき話した作戦でいく! ラディッツは右翼のクソ騎兵隊どもを喰らい尽くせ! グエンは左翼だ! 両翼の部隊を殲滅させ次第、敵本隊を左右から挟撃しろ! あやつらに本当の地獄というものを見せてやりなさい!」
ポールの指示に、命令を受けた2人は獰猛な笑みを浮かべると、一礼して去って行った。
「ポール様、本隊への攻撃はどうしましょうか?」
後ろの控えめな場所に立っていた男が、ポールに問う。この男も先程の2人の部下同様に、グンタマーと同じようなマントを羽織っている。
「本隊があの杭の後ろに位置している限り、騎馬での突撃は不可能ですが?」
男は、風になびく自身の長い金髪を煩わしそうに片手で抑えながら言う。
「無理をして突撃する必要はありませんよ」
ポールはニヤリと口角を上げると、部下に指示を出す。
「弓騎兵、それと魔導騎兵を前線に出せ! 杭の後ろから出ないというのなら、炙り出せばいいだけのことですからねぇ。フフフフッ」
ポールは剣呑な光を宿した瞳で、栄治達がいる本隊を睨み付ける。
一方、ポールの騎兵隊の突撃を見事に撃退した栄治と優奈は、表情に若干の自信を浮かべていた。
「この木杭がある限り、敵は騎兵で突撃することができない。向こうは主力を封じられたも同然だな」
栄治は得意げに言う。
しかし、そんな彼に対してギムレットが険しい表情を浮かべる。
「ですが我々も、この杭より先には出られません。現状では有効な攻撃手段がこちらにはありません」
「確かに……」
現在の軍団は、正面に設置された木杭の後方に、全軍が引いている状態である。そして、敵の軍団も一旦引いているため、魔法や弓矢の射程外になっている。
ここで、攻撃を仕掛けようと杭の前に出ると、きっとポールは容赦なく騎兵の突撃を仕掛けてくるだろう。かと言って、こうして杭の後ろに隠れているだけでは、この戦は終わらない。
この状況を打開するにはどうすればいいのか。栄治が思考を巡らせていると、ポールの軍団が動きを見せた。
「やはり、そうきたか……」
ギムレットは、敵の動きを見て奥歯を噛みしめる。
「エイジ様、ユウナ様。このままでは我々の負けです」
「どうしてですか……?」
ギムレットの言葉に、優奈は不安で瞳を揺らしながら問う。
「我々を守っている木杭は、正面にしか設置できていません。左右の騎兵隊を壊滅されれば、そこから挟撃を受けてこの本隊は一瞬で壊滅してしまいます」
ギムレットは、こちらの軍団の両翼を攻撃するために、左右に展開していくポールの軍団を睨みながら言う。
「右翼と左翼を任せているアランとアルバートは、部下の中で1位2位を争う実力者です。そう簡単に抜かれることはないですが、圧倒的に数で劣っている現状では、いずれは破られてしまいます」
「じゃあどうすれば……」
眉を寄せて顔をしかめる栄治。
そんな彼の耳に、兵士の1人から報告が入る。
「正面から敵騎兵が突撃してきます!」
「なんだって⁉︎」
耳を疑う報告に、栄治達が驚愕しながら前方に目を凝らしてみると、そこには確かに、こちらに向かって突撃してくる騎兵隊の姿があった。
「どうして……? 杭があるのになんで突撃をしてくるんですか?」
前方に目を向けながら、優奈は呆然と誰に言うでもなく呟く。
そうしている間にも、敵騎兵はどんどんと近づき、その姿がはっきりわかる距離まで来ると、ギムレットが血相を変える。
「あれは……槍騎兵ではありません! 弓騎兵です!」
ギムレットは急いで軍団に指示を飛ばす。
「盾を構えろ!! 矢が来るぞ!!」
彼の指示と同時に、弓騎兵から無数の矢が放たれ、それは大きな放物線を描き、やがて高い風切り音と共に、栄治達の軍団に降り注いだ。
「軍団長ここは危険です! 敵の矢がとどかない所まで後退してください!」
護衛のために近くにいた剣士が、栄治と優奈の頭上に自身の丸盾をかざしながら、後退を促す。
「くそッ! あいつら好き放題打ちまくりやがって! 長弓隊構えッ!!」
自分の軍団が為す術なく、敵の矢に射抜かれて倒れていく光景を目の当たりにして、激昂した栄治は、後退させようとする剣士の腕を振りほどいて、弓隊に指示を出す。
現在弓隊は、軍団の1番後方に位置していて、普通の弓隊だと弓騎兵は射程外だが、射程が長い長弓兵なら、十分に反撃することができる。
「放てぇ!」
栄治の号令で、反撃の矢が敵に向かっていく。
しかし、敵の弓騎兵は自分達に飛んでくる矢を確認した途端、一斉に後退してしまった。そして、長弓兵が放った矢が、地面に到達する頃には、ほとんどの弓騎兵が射程の外に撤退していた。
「な! なんて速さなんだ……」
敵の弓騎兵の機動力の高さに、驚愕を隠しきれない栄治。
そんな彼に、ギムレットが苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「弓騎兵は槍騎兵と違って、重い鎧を着ていません。なので防御力は大したことないのですが、その代わりに機動力は槍騎兵とは比べ物にならないほどです」
一旦引いていた弓騎兵は、再び接近してきて矢を放つ。今度はこちらの反撃を警戒して、一度矢を放つと後退して矢をつがえ、そして接近して放つという、ヒットアンドアウェイな動きをしていた。
「本来弓騎兵というのは、相当な技術が必要で、合戦で使えるほどの実力を身に付けるのは至難の技です。それこそ遊牧の民のような、生まれながらの騎兵か、幼少から訓練してきた者じゃないとなれません。それをあれほどの数を揃えるとは……グンタマーというのは、本当に恐ろしい存在です……」
もはや感心までしてしまいそうな程に、圧倒的な戦力で攻めてくるポールの軍勢に、栄治達の軍団はなす術なく、その数を減らされていく。
そんな彼らの軍勢は、さらに劣勢へと追いやられる。
「栄治さん見てください! また新しい騎兵が来ます!」
優奈が指差す方に、栄治が目を凝らしてみると、そこには確かに弓騎兵とは明らかに異なった装備の騎兵が近づいていた。
その騎兵は、ローブの様な鎧を纏い、手には1メートルほどの鉄の杖を握っていた。
「あ、あれはまさか……魔導騎兵までいるというのか……」
絶望を滲ませるギムレットに、いよいよ栄治も不安な気持ちが抑えられなくなってくる。
魔導騎兵はギリギリ弓隊の射程外の所で止まると、杖を掲げて詠唱を始める。
杖に先に魔法陣が浮かび上がり、その輝きが一際大きくなった時、そこから巨大な火球が飛び出し、それは木杭に次々と直撃する。
「あいつら杭を狙ってる!」
長弓兵の技能である『木杭』は、馬でも貫ける様に、太い丸太でできている。その為、燃えたとしてもすぐには崩れたりはしない、しかし、このまま敵の火球を受け続ければ、いずれは炭と化して脆く崩れ去ってしまう。そうなってしまえば、栄治達の軍勢は終わりである。
「くそ! 杭が燃え尽きる前になんとかしないと……」
栄治は言葉に出して言ってみるが、その頭には何も有効な作戦が湧いてこない。
そんな彼らの元に、更なる凶報が届く。
自軍の右翼側から、クレシオン騎士の1人が馬を駆ってやってきた。
「伝令! アラン殿、討死!」
伝令がもたらした驚愕の報告に、栄治は目を見開き、優奈は両手で口を覆った。
「右翼側壊滅的損害です! 現在はわずかに残った者で懸命の抗戦をしていますが、破られるのも時間の問題です!」
大切な部下を失ったギムレットは、ただ一度拳を強く握りしめると、すぐに指示を出す。
「右翼が抜かれると大変です。エイジ様、前線の槍兵を右側面に回しましょう」
仲間を失った直後に、冷静な判断を下すギムレットに、栄治は彼の精神力の強さに、畏怖を感じながらも、自身の軍団に指示を出して兵を動かす。
それから間も無くして、今度は左翼側から伝令がやってくる。
栄治はその伝令を見て、背筋が凍りつく様な不安が押し寄せてきた。
左翼側から来た伝令は、全身が真っ赤に染まっていた。それが彼自身の血なのか、それとも敵の血なのか、全くわからない程に赤く染まっていた。
「伝令申し上げます。左翼側、敵騎兵の猛攻によりほぼ壊滅状態。戦線維持はこれ以上できません」
落ち着いた声音で話す伝令。そんな彼からは、強い覚悟の念が感じられた。
「アルバート殿より伝言を承っていますのでお伝えします。『我らはこれより、僅かに残った手勢で敵本隊に決死の突撃を敢行します。この命尽きるまで、1人でも多くの敵を葬り、クレシオン騎士の恐ろしさを知らしめてやる所存です。ギムレット様、ここまで私に指導して育ててくれた事、心より感謝しています。今まであなた下で戦えた事はとても幸せでした。先に逝く事、どうかお許しください』との事です」
報告を終えると、伝令は一礼してから踵を返し、左翼側に戻ろうとする。
そんな彼に、優奈がたまらずに声をかける。
「ま、待ってください! あなたは……どこに……」
答えなど、聞く前から分かりきっている質問をしてしまい、優奈の語尾は小さくなってしまう。
瞳を揺らしながらたずねる少女に、クレシオン騎士はニッコリと笑った。
「私は騎士になってからずっとアルバート殿のもとで戦ってきました。最期だけ逃げ出すなんて事は出来ません。それに私もクレシオン騎士の端くれです。最期は名誉に殉じたいのです」
そう言い残すと、騎士は地獄に向かってまっすぐに走り出して行った。
「どうして……こんな……どうして……」
優奈はついに耐えきれなくなり、ガックリと膝を地面につけると、顔を両手で覆って涙を流した。
ギムレットは、彼女に同情の目を向けるが、それも一瞬ですぐに険しい表情に戻る。
「両翼が破られたとなると、この本隊も最早、風前の灯です」
「いや、もうすでに灯は消えちゃってるのかもしれないな……」
顔面蒼白になりながら、苦笑いを浮かべる栄治の視線の先で、今まで耐えていた『木杭』がついに燃え尽きて崩れ去った。




