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第40話 泣き面に蜂って実際起きたら悲し過ぎるよね

 栄治達の前に立ちはだかる軍勢、それは自分達の軍勢よりもはるかに多く、強大であった。


「まさかこれ程のグンタマーが盗賊どもに加担していようとは。完全に誤算でした」


 ギムレットが、申し訳なさそうに栄治と優奈に言う。

 普通、グンタマーは盗賊に力を貸したりはしない。それは、盗賊などと言う卑しい存在に協力する事自体に、嫌悪感を感じている。という理由もあるが、一番の理由は待遇の違いである。国に雇われれば、毎日美味しい料理を食べられて、身の回りの世話を美人またはイケメンな使用人がしてくれる。そのほかにも、色々と優遇してもらえる。しかし、盗賊の場合は野宿は当たり前で、周りにいるのは、むさ苦しく汚らしい男どものみ。そして貰える報酬も微々たるもので、国と比べると雲泥の差である。なので、今のこの状態を予測するのはほぼ不可能だった。

 栄治と優奈に対して、僅かに頭を下げるギムレット。そんな彼に対して、栄治は小さく笑みを浮かべる。


「頭なんて下げないでくださいギムレットさん。それよりも今は、この状況から少しでも勝機を高める策を考えましょう」


「そうですな。今、我々の置かれている状況は絶望的です。しかしまだ負けと決まった訳ではありませんからな」


 栄治達は盗賊達の親玉、ポール・オーウェンの軍団を睨む。

 盗賊側の陣営では、ポールの周りに4人の人物が集まって話し合いをしていた。おそらく、どの様に攻めるかの作戦を立てているのだろう。

 栄治は、集まっている4人が盗賊とは全く違う雰囲気を発している事に疑問を持つ。服装や防具も、盗賊達と比べると上質なものを身につけている。そして、背中に不死鳥の刺繍はないが、グンタマーのマントと似たようなものを身に付けていた。おそらく、あれらはポールの腹心の部下なのだろう。

 栄治は、盗賊の軍勢から目を離し、自分達の軍勢へと目を向ける。

 今のこの状況が、とても不利だという事は、栄治にも優奈にも理解できている。しかし、それがどれくらい劣勢で、覆すにはどうすれば良いかが、正直分からなかった。

 現状を的確に把握し、有効な打開策を考え出すには、2人は余りにも戦いの経験がなさすぎた。

 それでも栄治は、自分の中にあるごく僅かな知識を絞り出して、懸命に考える。その知識も、生前に映画やアニメ、小説やネット等から得た知識なので、現実にどれだけ通用するか分からないが、何も考えないよりはマシである。


「ギムレットさん。確か槍兵は騎馬に対して有効なんですよね? 敵は騎馬中心の軍団のようですから、槍隊を最前列に配置し、その後ろに弓兵を配置しましょう」


 栄治が提案すると、ギムレットは顎に手を添えてゆっくりと頷く。


「そうですな。本来であれば弓兵を最前に配置し、突撃してくる敵に掃射した後、素早く後退し後ろの槍隊と入れ替わる。という戦法を取りたいところですが、騎兵の突撃速度を考えると、弓兵が矢を射ることが出来るのは、一回かせいぜい二回が限界でしょう。そうすると、初めから槍部隊の壁の後ろにいて、敵後衛に対して矢を射続けた方が有効かもしれません」


 ギムレットの説明を聞いて、栄治は「そうか、敵の突撃速度とか全然考えてなかった……」と、自分の考えが結構抜けていることを痛感する。


「そういえば栄治さん。長弓兵の技能の『木杭』が使えるんじゃないですか?」


 優奈の言葉に、栄治もハッと思い出す。


「確かに! 『木杭』を設置したところに敵の騎兵を突撃させられれば、かなりの打撃を与えられる!」


 若干興奮気味に声を上げる栄治に、ギムレットも賛同する。


「それはかなり有効ですな。ではその『木杭』を中心に陣形を考えましょう」


 それから3人は、陣形についての話を詰めていく。そして、話し合いの最後に、ギムレットが言う。


「こたびの戦、真正面からぶつかり合っても勝ち目は無く、死中に活を求めるしかありません。先ずはじっと敵の攻撃に耐え、隙が出来たところで、全軍で一丸となり敵将ポール・オーウェンの首を取りにいきます。敵の大半はグンタマーの軍団。ポールを打ち取れれば、それは消滅します」


 そこまで言うと、ギムレットは表情を厳しくする。


「しかし、これは賭けです。場合によっては敵の隙ができる前に、我々の方が先に殲滅されるかもしれません。かなり厳しい戦いになることは間違いないでしょう」


「大丈夫ですよギムレットさん、俺たちは必ず勝ちます。なんたって俺は主人公補正がかかってますからね。負けるはずがありません」


 暗い顔のギムレットに、栄治は冗談を含めた明るい口調で言う。


「主人公……ですか。それは頼もしい限りですな!」


 ギムレットは一瞬、困惑の表情を浮かべたが、すぐに表情を明るくする。そこには既に、現状を憂う面影はなく、瞳には強い戦意の光を宿している。

 彼は、今まで3人の話し合いを背後で静かに聞いていた、2人の部下に指示を出す。


「アラン、お前は右翼の指揮を取ってくれ。アルバート、君は左翼を頼む。私はエイジ様とユウナ様と一緒に中央の指揮を執る」


「はっ!」

「はっ!」


 ギムレットから指示を受けた2人は、すぐに馬に乗り左右に散っていった。


「さぁ、準備は整いました。クレシオン騎士の強さ、盗賊たちの身に刻み込んでやります」


 ギムレットは前の敵軍団に目を向けて、静かに闘志を燃やす。

 それを見て、栄治たちの軍団の準備が整うのを待っていたかのように、ポールが口を開く。


「無駄な作戦会議は終わりましたかねぇ? まったく、どんなに足掻いても負けることは変わらないと言うのに、本当に無駄なことを」


 嘲笑を浮かべるポールに対して、栄治が挑発するように言う。


「今のうちに沢山調子こいて、俺たちを嘲るがいいさ! その方がお前を負かした時に気分が良くなるからな!」


 この挑発に、ポールの口元が若干引き攣り、目には剣呑な光が宿る。


「調子に乗ってるのはどっちですかねぇ……? もういいです、もうさっさとこの世から消えてください」


 ポールは自分の右腕を空に真っ直ぐ伸ばす。


「全員殺し尽くせ。慈悲のカケラもかけるな。突撃!!」


 ポールの手が振り下ろされると同時に、騎馬の大軍が一斉に栄治たちの軍団めがけて突進してくる。


「ついに始まったか……」


 土煙りを上げながら、猛然と向かってくる敵軍団に、栄治は恐怖と興奮で心臓の鼓動が早くなる。ドドドドドッと騎馬の駆ける振動がまるで地震のように腹に響いて、おもわず腰が引けそうになるのをグッと堪える。

 ふと隣の優奈を見てみると、彼女は今にも倒れそうなくらい真っ青な顔をして、ただ呆然と、迫り来る敵を見つめていた。

 栄治はそんな彼女を見て、そっと手を取るとギュッと強く握る。

 優奈はハッと我に返ったように栄治を見る。


「栄治さん……すごく怖いです……」


 今にも消え入りそうな声で言う優奈に、栄治はニコッと笑いかける。


「大丈夫。きっと大丈夫」


 本当はもっと色々と声を掛けてあげたい。しかし、今の2人にそんな時間はなかった。

 敵軍団と自軍団の距離を慎重に測っていたギムレットが、栄治と優奈に合図を出す。2人はその合図に頷くと、自分達の軍団に指示を飛ばす。


「弓隊構え!」


 2人の指示で、弓隊が一斉に矢をつがえ、宙に向けて弓を引き絞る。

 そして、ギムレットの2回目の合図がくる。


「弓隊、放てぇッ!」


 栄治と優奈、2人の号令がかかると共に、空に向かって一斉に矢が放たれる。それは、綺麗な放物線を描き、やがて突撃をしてくる敵騎兵の最前列に、死の雨となって降り注ぐ。

 しかし、その雨は敵にとっては小雨程度にも感じていないらしく、隣の仲間が矢に倒れても意に介さず、速度を緩めることなく、時には仲間の屍を乗り越えて迫ってくる。


「ギムレットさん! 前線の槍隊の指揮をお願いします! 弓隊第二射準備!」


 栄治はギムレットに前線の指揮を任せると、弓隊に第二射の準備をさせる。

 栄治たちの軍団は、最前線に槍隊と軽装歩兵を配置し、その後ろに魔術師見習い。その魔術師見習いの護衛に軽魔槍兵がいる。投槍兵はその直ぐ後ろに控えさせて、ちょうど軍団中央に栄治たち3人がいる。その中盤には剣士隊を配置し、最後方に弓兵と長弓兵という配置になっている。そして、その両翼にはクレシオン騎士団の騎馬隊がいる。

 前線の指揮を任されたギムレットは、馬に飛び乗ると隊列の間を縫って、最前列まで出る。


「恐れるな! 敵をギリギリまで引き付けるのだ!」


 ギムレットは、すぐそこまで迫っている敵を鋭い眼光で見つめながら、慎重にタイミングを計る。


「…………今だッ!! 前線撤退!!」


 ギムレットの指示で、槍隊と軽装歩兵が一斉に後退を開始する。

 これを見ていたポールが、大笑いをする。


「アッハッハッハッハッハ!! 敵に背を向けて逃げるとは何事ですか! そんなに怖いのなら初めからこんな所に来るんじゃありませんよ!」


 腹を抱えて笑うポール。しかし、そのすぐ後にその笑みをひきつらせる事になる。

 激突寸前で後退を始めた最前線を見て、突撃する騎馬隊も敵が逃げ出したと思い、さらに勢いを強める。しかし、槍隊が後衛の魔術師見習いのところまで下がりきると、騎馬隊は顔色を変える。

 何故なら、後退した前線部隊の間から、木の杭が出現したからだ。

 その杭は先端が鋭利に尖っていて、地面から斜めに突き出している。

 騎馬隊は慌てて突進を止めようとしたが、極限にまで速度を上げていた状態では止まる事が出来ずに、そのまま『木杭』へと突っ込んでいってしまう。

 無残にも杭に貫かれる者、怯える馬から振り落とされ、仲間の騎馬に踏みつけられる者。先程の怒涛の勢いから一転して、阿鼻叫喚の地獄へと様変わりした。

 中には杭の間を上手いこと潜り抜けた者もいたが、その先に待ち受けているのは、既に詠唱を完成させた魔術部隊がいる。


「魔術部隊、『火球』放てぇ!!」


 栄治の号令で、巨大な火の玉が次々と飛来し、『木杭』を運良く潜り抜けた者は、全員が火達磨と化す。

 その後も、栄治たちの攻勢はまだまだ続く。


「魔術部隊後退! 投槍兵前進! 敵騎兵に向け一斉掃射!」

 

 魔術師見習いの部隊の後ろに控えていた投槍兵が出て来て、手に持っている短槍と次々に敵騎兵に投げ込む。『木杭』に前を阻まれ、後ろからは突撃をしてくる仲間に押されて、身動きが取れなくなってしまった騎兵隊は、なす術なく槍に貫かれていく。

 投槍兵の槍が尽きるのと同時に、ギムレットが号令をかける。


「前線反転! 敵騎兵隊めがけて突撃ッ!」


 ギムレットの掛け声とともに、槍隊と軽装歩兵隊が一斉に騎馬隊に襲いかかる。

 混乱のどん底にいる騎兵隊は、この攻撃で完全に戦意をなくし、敗走を始めた。

 ほうほうのていで逃げていく敵騎兵隊に、栄治たちは歓声をあげる。


「ギムレットさん! 作戦通りにいきましたね!」


 栄治はギムレットに対して満面の笑みを向ける。


「えぇ、まずは上々の始めりですな」


 ギムレットも、ホッと一息つきながら言う。

 対して、逃げ帰ってくる自分の騎兵隊を冷たい目で見つめるポールは、フッと口元に冷酷な笑みを浮かべる。

 彼は、感情を無理やり押し殺した、抑揚の消えた声で、小さく呟く。


「やるじゃあないですか。私の騎兵隊を撃退したあなた達に、お礼として地獄を見せてあげましょうかねぇ」

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