第39話 価値観の違いって何で生まれるんですかね?
朝陽が差し込む廃城、グラーデス。
荒廃し、瓦礫の広場と化した城壁内で、2つの軍団が対峙する。
かたや1000人を超える程の軍勢。騎馬隊に剣士隊、弓兵に槍兵など様々な兵種で構成されている。
かたや約500人程度の軍勢。装備がバラバラならば、隊列もぐちゃぐちゃ。軍団と呼ぶのもおこがましい集団だ。
側から見れば、この2つの軍団の勝負など、戦う前から結果が想像できてしまう。
そんな状況にあるにも関わらず、500人程の盗賊の軍団の前に立つ男は口元の余裕の笑みを絶やさない。
「500人の盗賊に対して、1000人以上の軍勢を差し向けるなんて、クレシオンの兵隊さん達は暇人が多いみたいですねぇ」
まるで、新聞の一面記事に対する様な口振りで話す男。その彼が背負っているのは金色の不死鳥の刺繍。それは男が、栄治や優奈と同じ存在であると言う確固たる証拠である。
「そ、そんな……どうしてグンタマーがこんな事を……」
優奈はあまりのショックで、呆然としながら首を小さく横に降る。
グンタマーと言うことは、元は同じ世界に生きていた人、ということになる。そんな人が、盗賊達を率いて大勢の人に危害を加えている。その事実をすんなりと受け入れることは、彼女には無理だった様だ。
男は笑みを浮かべながら、まるで品定めをするかの様に討伐隊を端から眺めていく。そして、視線が丁度、栄治と優奈の2人に差し掛かった所で、男の視線が止まる。
「おやおや、軍勢の数が多いと思ったら、グンタマーが2人もいたんですねぇ。ふむ、これは良い稼ぎになりそうだ。この後に控えている国盗りの為にも、ソウルポイントは多いに越した事はないですからねぇ」
クククッと喉の奥で笑う男の言葉に、討伐隊の隊長であるギムレットが反応する。
「国盗り…だと?」
怒りを押し殺して、唸る様に言うギムレットに対して、男は戯けた様に軽く両手を広げ、まるで小さい子供に対して説明する様な、相手を小馬鹿にした態度で話す。
「そうですよ? なんでこの私が、わざわざこんな薄汚い盗賊共を率いて今までせっせと、強奪、人攫いの指揮を取っていたと思います? 全ては国盗りの為ですよ。国を混乱させ、軍を疲弊させてねぇ」
男に話に、周りの盗賊達が「薄汚いはひでぇっすよ!」などと騒いだ後に、何が面白いのかゲラゲラと笑い出す。
その様子を見ていた優奈が、拳をギュッと握りしめて一歩前に出る。
「どうしてですかッ! あなたは……どうしてこんな酷いことができたのですかッ!」
彼女の叫びは、若干震えていた。感情の昂りの所為なのか、その瞳には薄っすらと涙すら浮かんでいる。
「あなたのせいでレオン君が、クリスティーンさんがどれほど辛い思いをしたとおもってるんですか‼︎」
「は? そんなの知りませんよ」
普段は温厚で、いつも笑みを絶やさず優しい雰囲気を纏っている優奈が、この時ばかりは言葉の端々に怒りの感情を滲ませ叫ぶ。
しかし、そんな彼女の叫びに対する返答は、冷たい一言だけだった。
優奈は、目の前の男の感性が信じ難く、首を横に振る。
「知りませんよって……どうしてあなたは……そこまで冷酷になれるのですか……」
「じゃあ逆にお尋ねしますけども、なぜこの盗賊達は、この私に協力してくれたと思います?」
優奈の言葉に、疑問で切り返す男。
「なぜって……それは盗賊だから……です。盗賊が悪い存在だからです……」
優奈がそう言うと、男は「フン」と鼻で笑い、まるで穢らわしい物を見るかの様な視線を彼女に向ける。
「はいはい、でましたよ。盗賊は悪だから、悪に加担するのは当然だ。とか言う謎理論。まったく、これだから自分は正義の味方だと思い込んでる奴は、タチが悪いですねぇ」
男は大袈裟に肩をすくめると、「やれやれ」といった感じで首を振る。
「盗賊は悪い存在。そうやって一括りにしてしまえば、あれこれ考えずに楽だと言うのはよく分かりますがねぇ」
「私はそんな楽だからという理由で盗賊を悪だと言ったわけではありません!」
「同じ事ですよ」
優奈が否定するが、男は感情の冷え切った視線で優奈を見据えると共に、一言で斬り伏せる。
「確かに『盗賊』というものは、悪なのでしょう。しかし、それは『盗賊』を形成する全てのものが悪だと言い切れるのでしょうかねぇ?」
男が言う言葉の意味が分からず、優奈は隣の栄治に視線を向ける。その栄治は、ただ黙って男を睨み続ける。
「私の言っている意味が分からない、という顔をしてますねぇ。いいですか? 私の背後に立っている者達、彼らは確かに盗賊ですよ。ですがねぇ、彼ら全員が、望んで今の状態になったわけじゃないんですよ。彼らはクレシオンやその他の国々に見捨てられた者達なんですよ」
「国に見捨てられた……?」
「そうです! あなた達も知っているでしょう? クレシオンが我ら盗賊を捕まえるために取った手段をねぇ。多少の国民を犠牲にして多くの国民を助ける。国というのは、そういうものだ。だが、見捨てられた国民は、たまったものじゃない、いきなり国の庇護下から外され、路頭に放り投げられた国民は、強くないと生きていけない、盗みや略奪を禁止しているのは、国の法律だ。国から見捨てられた彼らには関係ない。自分が生きるために他の命を糧とする。それは自然の摂理ですからねぇ。こいつらはですね、国に見放されても、それに耐えて強く生きてきた。そりゃ今までに盗みや殺しもしてきたでしょう。しかしそれは、国が『悪』と定めた価値観。国に捨てられた者にとってはどうでもいい事です。ここであなたに問います。国に見捨てられ、それでもただ必死に、がむしゃらに生にしがみついて生きてきた彼らを純粋に『悪』だと呼べますかねぇ?」
「そ、それは……」
男の話を聞いて、優奈の怒りが揺らぐ。それと同時に、彼女の心の中に、男の後ろに立っている盗賊達に対する同情がわいてくる。
「『盗賊』は『悪』としましょう。ならば、その『盗賊』というものを生み出す最大の原因となっている『国』という存在が一番の悪となるのではないですかねぇ? 私はですねぇ、その『国』を滅ぼして、皆が幸せに暮らせる場所をつくりたいだけなんですよ?」
「で、でも……」
優奈は、最初の怒りは完全に消え去ってしまい。盗賊達と男を交互に見る。
その様子を見た男が、急に顔を俯かせると、肩を小刻みに上下させる。その動きは次第に大きくなり、やがて耐えきれなくなった男は、ガバッと空を見上げると、腹を抱えて笑い出した。
「アッハッハッハッハッハ! アヒャッアヒャッハッハッハ‼︎ 何なんだよその顔は! 俺たちに同情しちゃったんですかねぇ? ハッハッハッハッハ‼︎」
急に笑い転げる男に、優奈は目を丸くして驚く。
男はしばらく笑い転げた後に、腹を抑え涙を拭いながら口を開く。
「あ〜腹が痛てぇ。ヒッヒ、まだ笑いが治らないですよ。こんな嘘で正義感が揺らぐなんて、あなたも大変ですねぇ。フフフッヒヒヒ」
男の衝撃発言に、優奈の顔が歪む。
「……嘘? 今の話は全て嘘だったの……?」
「当たり前でしょう? この盗賊達が生きる為に仕方がなく略奪をしているとでも? 心を鬼にして人殺しをしてるとでも? ハハッ! 全く何の冗談だよそれは! こいつらはですねぇ、生粋の盗賊達ですよ。略奪も殺人も、楽しくて楽しくてしょうがない奴等ばかりですよ」
どこまでもバカにした様な口調で優奈を嘲笑う男に、彼女はただ唇を噛み締め、拳を強く握ることしかできなかった。
そんな優奈の様子を見て、男は満足そうな笑みを浮かべる。
「こんな嘘で、すぐに同情しちゃう奴が、気軽に正義だとか悪だとかについて語らないでくれますかねぇ? もしかして、隣もあんたも、凝り固まった固定概念で正義を押し付けてくるタイプの人間ですか?」
男は標的を優奈から栄治に変える。
対する栄治は、悔しさからか顔を俯かせて、瞳に涙を溜めている優奈の肩にそっと手を置くと、鋭い眼差しで男を見る。
「この俺にも、正義についての、ありがたい講義でもしてくれるのか?」
栄治の挑発的な言葉に、男は若干眉をあげる。
その男の様子を見て、栄治は小さく嗤う。
「だがな、生憎俺はバカなもんで、テメェの言ってることが全然理解できないんだよ。それにな、お前は『正義』やら『悪』について理屈をこねくり回すのが好きみたいだけど。戦いにおいてのそれはな、遥か昔からもう決まってんだよ」
人類は今まで、数え切れない程の戦いをしてきた。その中で、『正義』や『悪』がどういう扱い方をされてきたのか、その一端を栄治は、歴史や世界史で学んだつもりである。
「簡単なことなんだよ。戦いは、勝った方が『正義』だ! そして負けりゃ『悪』なんだよ!」
「ほう、その女よりは大分マシな考えしてますねぇ」
「そりゃどうも。だいたい、俺らとテメェとじゃ価値観が違いすぎて話になんないんだよ」
栄治は、この男と無駄な問答をしている暇も、そして余裕もなかった。
何故なら、今盗賊達の前に立っている男、その男が纏っているマントは緑色をしていたからだ。
栄治は、前に情報屋から聞いた話を思い出す。
『まず、グンタマー様はとても強大な力を持っています。その力は、黄套で小国の軍事力と同等とされていて、赤套では大国の軍事力をも凌ぐと言われています』
グンタマーの強さはSからFまでランク分けされている。そしてこの世界では、マントの色でそのグンタマーのランクが判別できる。
マントの色は上から順に、紫、赤、橙、黄、緑、青、黒となっている。
栄治と優奈は黒いマントなので、ランクは一番下のFである。
それに対して、男のランクは栄治達の2つ上のDランク。
この現状に、栄治は焦りを募らせる。この世界に来る直前、ロジーナから受けた説明を思い出す。
彼女は言っていた。グンタマー同士の戦いで、ランクが1つ以上離れていると戦えないと。それはつまり、実力が離れすぎていて、戦いにならないということではないだろうか。
しかし、今回の場合はお互いにクエストを介しての戦いだから、ルール上は問題なく戦えてしまう。栄治達は、クレシオンの依頼で、男は盗賊達の依頼で戦っている。
男はニッと獰猛な笑みを浮かべる。
「まぁ確かに、ここでグダグダと喋ってても仕方がないですねぇ。どうせあなた達は私に倒されるのですからねぇ」
「よくそんな余裕でいられるな? こっちはグンタマーが2人で、騎士団も300人いるんだぞ?」
栄治が強気な口調で言うと、男はプッと吹き出した。
「何ですかそれは? 冗談で私を笑い殺す作戦ですか?」
まったく余裕の態度を崩さない男に、栄治は全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。
「よくもそんな最低ランクの分際で強がれますねぇ。いいでしょう。あなた方に格の違いを見せてあげます。私はいずれ、四赤帝を倒し! クウィン・アズナベルさえも打ち果たして、この世界の頂点に君臨する男! あなた方は、その我が覇道の贄となりなさい! 『軍団展開‼︎‼︎』」
男が叫ぶと同時に、辺り一面が眩い光に包まれる。
思わず目の前を手で覆った栄治達が、やっと光が収まり視界が戻った時、そこには男の軍団がずらりと整列していた。
「うそ……だろ……」
その光景を見て、栄治は絶望の底に落ちる。
目の前に広がる敵の軍勢、それは自分達の二倍、いや三倍はいるのではないかという程の大軍勢。
しかも、その兵の殆どが騎兵隊であった。
「すごい騎兵の数だ……」
呆然として呟く栄治に、男は得意げに話す。
「私はあなた達と違ってギフトに恵まれましてねぇ。騎馬のクラスが優遇されているのですよ」
男は一旦、自分の軍団を振り返ってみると、自信に満ちた声で言う。
「あなた方は光栄に思うべきです。この私、ポール・オーウェンの軍団によって殺されるのですからねぇ」
男、ポールの言葉に栄治は歯を食いしばる。
この地獄を抜け出すための策はないか必死に考える。
そんな彼の頭の中に、占い師の言葉が浮かんだ。
『このカードは邪龍ですわ。これが意味するのは巨大な敵、大きな困難、災厄を意味しているの。貴方にはこの先、辛いことが待っているのかも知れないわね』
栄治は頭を振ると、占い師の言葉をかき消す。
「俺は占いのいいところしか信じない主義なんだ! 他の事を占い通りになんてさせてたまるか!」
栄治は言葉と共に腰の剣を抜き放ち、強く握りしめた。




