第38話 夜目が効く人と効かない人の違いって何だろう
空は薄明を迎える少し前、夜が一番深まる時間帯。あたりは静寂に包まれ、虫の鳴き声さえ聞こえてこない。
そんな漆黒に包まれた世界で、気配を消して平原を進む一団があった。
その集団は、滑るように闇夜の中を動く。
その中心部にいる栄治が、押し殺した小さな声で言う。
「なんでこの世界の人は、こんな真っ暗な中を迷わずに進めるんだ?」
前回の盗賊追跡の時に、真夜中の森の移動で満身創痍になった経験がある栄治は、周りにいる騎士達にただただ感心する。
「本当に凄いですよね。私なんか前の人ですらボンヤリとしか見えないですよ……」
栄治と同じように押し殺した声で、隣を歩く優奈が言う。
昨日の昼にクレシオンを出発した討伐隊は、予定通り夕方にエステーラ村に到着し、そこで食事と休息を取って英気を養い。そして今、こうして夜の闇に紛れながら、グラーデス城跡を目指している。
栄治と優奈が乗ってきた馬車は、目立ってしまうのと、戦闘になった時に邪魔になってしまうという理由で、エステーラ村に置いてきている。
村からグラーデスまでは、騎士の人たちも馬に乗らずに、下馬して手綱を引きながら歩いている。なんでも、甲冑を着ながら乗馬をすると、ガチャガチャと音がなって煩く目立ってしまうそうだ。
真夜中にエステーラ村を出発して数時間、やっと空の端が白み始め、栄治と優奈の2人もボンヤリと辺りの景色がわかり始めた頃、討伐隊一行の前に大きな黒い影が、うっすらと見え始めてきた。
「あれがグラーデス城跡です」
すぐ近くにいたギムレットが、その大きな影を指差しながら教えてくれる。
まだ辺りが暗いため、グラーデス城跡がどんな全容をしているかはっきりと分からないが、現状での印象は、無骨で物々しいだった。
クレシオンにある王城は遠目に見ると、シュッとした尖塔が何本も立ち並び、所々にステンドグラスなんかも使われていたりして、華やかで煌びやかなイメージがあった。
それに対して、グラーデスの方はドッシリとして頑丈そう。そいうイメージが一番最初に沸いてくるくる。それと同時に、少し物悲しい雰囲気をまとっているのは、既に捨てられた廃城だからなのだろうか。
「荘厳というか壮大というか……取り敢えず威圧感がすごいな。かつてはさぞ立派な城塞だったんだろうな」
ポツリと栄治が感想を漏らすと、ギムレットがグラーデス城について説明を始める。
「もちろんグラーデス城は、とても立派な城でございました。この城は南の守りの要でしたからね」
ギムレット曰く、100年以上昔のクレシオン周辺の国は、結構頻繁に攻めてきていたらしい。その中でも、取り分けしつこく攻撃を仕掛けてきていたのが、南方の国々だったようだ。彼らは何度追い返しても、諦めずに兵を差し向けてきた為、クレシオンは対抗措置として、この地に要害を築く事にした。それがこのグラーデス城というわけだ。
グラーデス城が出来てからは、防衛が容易くなり軽々と南方の国々を追い返せる様になったという。そしていつしか、クレシオンに攻めてくる国は無くなり、南の国々も後継者争いや、王族貴族の争いなどで細分化されて力を弱め、クレシオンにちょっかいを出す余裕もなくなり、次第にこの城塞は使われなくなっていった。そして、長い年月の経過とともに、この城塞は廃城になっていったそうだ。
そんな話を聞きながら数十分歩くと、一行はグラーデス城のかつての城壁へとたどり着くことができた。
おそらくこの城が生きていた頃は、さぞかし立派な城壁で幾度となく外敵の攻撃を弾き返して来たのだろう。しかし今は、そんな栄光の痕跡も消え去り、あちこちが崩落し、既に外敵の侵入を防ぐという機能を全うすることは不可能な状態となっていた。
「なんか心霊スポットみたいな感じて、ちょっと怖いですね」
朽ち果てた城壁の前で、一度討伐隊は動きを止める。
優奈は目の前の壊れた城壁と、その奥にドンと建っているグラーデス城を見て小さく震える。
今は空もだいぶ明るくなり、目も見えるようになったが、まだ完全に明るいとは言い難い状況である。そんな中でうっすらと建つ廃城というものは、確かに薄気味悪いものがあった。
「ここから先は敵の領域です。用心して、いつでも戦闘を行えるようにしていてください」
真剣な眼差しで警告してくれたギムレットを見て、栄治と優奈も気を引き締め直す。
討伐隊は、暫く城壁に沿って移動して門の前までやってきた。
廃城となったグラーデスの門は、あちこちが崩れ落ち、かつては立派であっただろう、両開きの分厚く巨大な木製の扉は無残に朽ち果て、片方は完全に外れて、地面に倒れている。
ギムレットは一旦、門の全体を眺めた後に1人の騎士を側に連れてきた。
「彼は魔法にも精通している魔法騎士でして、彼が結界について調べてくれます」
ギムレットは、連れてきた騎士の肩をポンポンと叩きながら紹介してくれる。紹介された騎士は、一度栄治と優奈に頭を下げると「それでは調べてきます」と言って、城門の方へと近づいていく。
「あれ? 結界はあの石みたいな魔法道具で通り抜けられるんじゃないのですか?」
門の前で両手を広げながら瞑想をしている魔法騎士を見て、優奈が疑問を口にする。
「そうなのですが、もしかしたら罠である可能性も無いわけではありません。それに、この結界がどういったものかも知っておいて損はありません」
ギムレットの説明に、優奈は納得して頷く。
暫し一行は黙って、魔法騎士の結界解析の結果を待つ。すると、調査を終えた彼が、結果を報告するためにギムレットの所に戻ってくる。
「このグラーデス周辺に張られている結界は、どうやらかなり高等な幻術転移系のようです。何も知らずにこの結果を通ると、景色は全く同じ並行世界へと行ってしまいます。前回我々がここを調査した時に、何も見つけられなかったのは、この結界を通って別次元のグラーデスを調べていたためです」
ギムレットの隣で、栄治も報告を聞いていたが、彼は魔法騎士が話している内容の半分も理解できなかった。しかし、ギムレットはちゃんと内容を理解しているらしく、懐から結界を通るための石のような魔法道具を取り出しながら尋ねる。
「なるほど、それで罠のようなものはなかったのか? この魔法道具を使って問題なさそうか?」
「はい、罠の類は調査した範囲内では見当たりませんでした。その魔法道具を使って問題無しかと思われます」
魔法騎士の意見に、ギムレットは「そうか……」と呟きを漏らすと、クルッと反転して、後ろに控えていた騎士達に顔を向ける。
「これより我々は、グラーデス城跡地へと突入する! この先にいる者達は皆敵だ! クレシオンに仇をなす存在だ! 一切の容赦なく攻め込むぞ! 今こそ盗賊どもにクレシオン騎士の強さを知らしめるのだ! 総員騎乗!」
ギムレットの掛け声と共に、総勢300名の騎士達が一斉に馬に乗る。その一糸乱れない動きと、洗練された身のこなしに、栄治は鳥肌が立つのを感じた。
「エイジ様、ユウナ様。馬上から失礼します。城門を潜り抜けてすぐ戦闘になる可能性もありますので、軍団の展開をお願いします」
軍馬に乗ったギムレットが、2人に言う。
栄治と優奈はお互いに目を合わせて頷き合うと、それぞれの軍団と展開する。
「軍団展開!!」
「軍団展開!!」
2人の叫びが、朝焼けが出来始めている空に響き渡る。と同時に眩い光とともに栄治と優奈の軍団が一瞬で展開される。
栄治軍団490名、優奈軍団380名、合計870名の軍勢が、騎士団300名の軍勢に加わる。
一気に千人を超える大軍勢になったのを見て、ギムレットがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「これはなんとも頼もしい!」
騎士団長は腰に挿してある剣を高らかに抜き放つと、その切っ先を門の奥へと向ける。
「いざ! 出撃!」
彼の掛け声で、軍勢が一斉に前進する。
隊列は、先頭に機動力の高い騎士達が先に門をくぐり、その後に続いて栄治と優奈が門をくぐった。
栄治は、一度門をくぐる前に大きな深呼吸をしてから通り向ける。
そして彼は目を見張った。
遠くから見たグラーデス城は、結構形が残っているように見えたが、それは城壁が結構残っていたからで、その城壁をくぐって中に入ると、そこはほぼ草原と言っていい程の大きな広場になっていた。
かつては兵舎や武器庫が建っていたのか、所々に石の土台のようなものが見えるが、建物として残っているのは、ちょうど広場の中心にある、グラーデス本城だけだった。その本城も半壊状態ではあるが。
そして、栄治の目を最も引いたのは、その広大な広間のあちこちに点在しているテントだった。
そのテントの主達が、討伐隊の軍勢の前に立ちはだかる。
「おやおや、こりゃまた随分と大勢で来やがりましたなぁ」
「ガッハッハ! 同胞達を大勢生け捕りにしたってのは、こいつらの仕業ですかいな?」
ゾロゾロと集まりだした男共が、やってきた討伐隊を見て、ニタニタと笑う。
千人を超える軍勢を前にして、そのあまりにも余裕のある態度に、栄治は何やら言い知れぬ不安を抱く。
「貴様らが今回の盗賊騒動の首謀者で間違いないようだな……国に混乱と被害をもたらした罪、その命で償ってもらおう!」
ギムレットが嫌悪の眼差しで盗賊達に言葉をぶつけると、彼らの中の一人が大きく笑い出した。
「ギャッハッハッハッハ! 俺たちが首謀者だって? おいおいそれはちげぇぞ? 俺たちはただ指示に従っただけさ。ここに居る奴らは全員、あのお方の手足なのさ」
「あのお方だと?」
盗賊の言葉に、討伐隊の全員が怪訝な表情を浮かべていると、盗賊達の間から一人の男が出てきた。
その男を見た途端、栄治はサッと全身の血の気が引くのを感じた。隣では優奈もハッと息を飲んでいる。
男は盗賊達の先頭に出ると、丁寧にお辞儀をしてから口を開く。
「皆さん、ようこそ我がグラーデス城へ。そして……さようなら」
ニヤリと口元を歪めながら、男が言うと同時に、ちょうど地平線から太陽が顔を出す。
その陽が男のマントを照らし出す。背中に金色の不死鳥が描かれたマントを。




