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第37話 リア充は爆発してください

 王城の敷地から出る門をくぐり抜け、栄治と優奈、そして騎士団一行は、隊列を組みゆっくりと大通りを進み、外壁の門へと向かう。

 大通りの真ん中を悠々と行進する軍団を町民達が、道の両端に群がって見物している。


「なんか、すごく注目を浴びていますね」


 馬車に取り付けられた窓の外を眺めながら、優奈がいう。

 栄治と優奈は乗馬が出来ない為、2人のために馬車が用意されていた。


「多分だけど。これは市民に、これから盗賊の討伐に向かいますっていうのを知らせてるんじゃないのかな? そして、無事討伐に成功した時には、再び堂々と大通りを凱旋して王城内に戻るんだと思うよ? すっごいドヤ顔をしながらさ」


 栄治の話を聞いて、優奈は「なるほど〜」と小さく頷いた。

 SNSどころか、テレビやラジオ、新聞と言った情報網がない世界では、こういった事が市民にとっての重要な情報源になるのだろう。それと同時に、これは国が市民の人気を保持しておくための、重要なパフォーマンスになっている。


「まぁ、もし失敗しちゃった時は、市民の反感が凄いんだろうけどね」

 

「でも失敗はしないですよね? みんなで力を合わせればちゃんと勝てますよね?」


 冗談で言った言葉に、優奈が思いのほか不安そうな顔をしてしまったので、栄治は慌ててフォローを入れる。


「もちろん失敗なんてしないよ! 俺と優奈がいる時点で勝利は確約されてるようなものさ! それに、今回の討伐作戦は、ギムリさんから金貨10枚という莫大な依頼料をもらっているからね。絶対に成功させてみせるさ」


「そういえば、ギムリさんが金貨10枚お支払いしますって言った時は、びっくりしちゃったよね! 国って沢山お金持ってるんだね」


 今回の討伐作戦の依頼料は、金貨10枚という目が眩む程の高額クエストだった。しかも2人で10枚ではなく、1人につき10枚である。この世界の金銭感覚が、まだしっくりときていない2人だが、金貨10枚がどれほど高額なのかは、なんとなく察する事ができる。


「今回の依頼が終わったら、もう一度武器屋に行って、色々と新調しようかな〜」


 栄治の頭の中には、ファンタジー金属でできた、洗練されたデザインの剣や、全身を覆う煌びやかな甲冑が飛び交っていた。


「でもこの先レベルが上がって、新しい兵種とかを解放した時に、雇用するコストに凄いお金がかかるかも知れないよ?」


 そんな優奈のごもっともな指摘に、栄治の妄想は萎んでいく。


「そうだよね……今はまだコストが安い兵種しかいないけど、この先どうなるかわからないからね」


 もしこの先、とてつもなくレベルが上がって、ドラゴンなんてものが雇用できるようになったら、一頭の雇用コストで、金貨10枚など軽く消し飛んでしまいそうだ。ドラゴン族のクラス解放なんてものは、全くをもって想像でしかないのだが。

 そんな事を考えていると、コンコンと馬車の窓が外からノックされた。

 優奈が窓をスライドして開けると、馬に乗って馬車と並走している騎士団隊長のギムレットが顔を覗かす。


「あともう少しでクレシオンを出ます。街道に出たら少し揺れが大きくなるかも知れません。気分が優れなくなったらすぐに言ってください」


「はい、お気遣いありがとうございます」


 ギムレットの言葉に優奈が笑顔で答えると、彼はサッと頭を下げて窓から離れていく。


「こっからグラーデス城跡地までは一日かかるのか……」


 栄治は馬車の中で、グッと大きく伸びをする。

 今回の討伐作戦の日程は、昼にクレシオンを出発してそのまま夕暮れまで移動を続けて、エステーラという村まで行き、そこで一旦休息をとる。そして、夜が明ける前に村を出発してグラーデスに入る。という予定だ。


「なんかこの世界に来てから、早朝や深夜に行動する事が増えた気がするなぁ」


 若干ぼやき気味な栄治に、優奈は苦笑を浮かべる。


「昼間に堂々と近づいても、盗賊達に気付かれて逃げられちゃう可能性がありますからね。我慢するしかないですね」


 彼女の言う通り、栄治と優奈の活躍によって盗賊達が大勢捕らえられたのは、もう既に敵も知っていることだろう。そうなると、結界の事もばれてしまっていると警戒して、討伐隊が近付くと逃げ出してしまう可能性もある。そうされない為にも、わざわざ手前の村で時間を潰してから、夜の闇に紛れてグラーデスに向かうのだ。

 まぁ、ここで日程についてグダグダぼやいても仕方ないな。と栄治は思考を切り替えて、優奈の方を向く。


「そういえば優奈?」


「はい?」


 優奈に声をかけると、彼女はちょっと首を傾けて栄治の方を向く。その仕草がなんとも可愛くて、彼は自然と口角が上がってしまう。


「優奈はさ、現世のほとんどが病院で過ごしてたって言ってたけど、彼氏ができたら一緒に行ってみたかった場所とかってある?」


 栄治の質問に、優奈は瞳を輝かせて、僅かに上体を乗り出すように栄治に寄せる。


「はいあります! 私、栄治さんと一緒に海に行ってみたいです!」


「そっか海か、海はいいよね」


「そうですよね! 白い砂浜に青い海、青い空! そんな場所で、彼氏と……栄治さんと一緒に過ごしたいです!」


 少し頬を染め、チラチラと栄治を見ながら彼女は言う。


「なるほど……、確か西の方に行けば、海が広がっているって情報屋が言ってたよね? どうだろうか、この依頼が完了したら、クレシオンを一度離れて海を目指してみようか?」


 栄治のその言葉を聞いて、優奈の表情が一気に明るくなる。


「はい! それ賛成です!」


「よっしゃ! それじゃあ優奈との浜辺デートを目指して、気合いを入れていきましょうか!」


 気合いを入れて言う栄治に、優奈も大きく頷く。

 その後、栄治達一行は何事も問題無く進み、予定通り空が真っ赤な夕焼けに染まった頃に、グラーデス城跡地の手前にある村、エステーラへと入る事ができた。

 エステーラ村は人口300人の中規模の村で、敷地の周りをぐるっと簡素な木製の柵で覆っている。これは、敵の侵略を防ぐというよりかは、野生動物の侵入を防ぐ意味合いの方が強いだろう。

 一行は櫓のような門をくぐり抜けて村の中に入っていく、するとすぐに、村長らしき人物を先頭に、10人ほどの村人が出迎えに来る。


「討伐隊の方々、ようこそいらっしゃいました」


 白髪に白髭、ヒョロヒョロの体格に腰は曲がって杖をついている。そんな「村長」というイメージにぴったりの老人が、歓迎の言葉を口にして頭を下げる。それに習って、後ろの村民も皆頭を下げた。

 こちらも、騎士団長のギムレットが前に出て馬から降りると、村長達に挨拶をする。


「出迎えご苦労。我々は明日の夜明けまで、この村に滞在する。その間の場所と食事の協力をそなた達にお願いしたい」


「はは、喜んで協力させていただきます。どうか、このエステーラで移動の疲れを癒していってください」


「協力感謝する」


 ギムレットは村長に一礼すると、再び馬に跨り、村人の案内に従って村の奥に向かう。栄治達が乗っている馬車と、騎士団達も追随していく。


「この世界に来て、クレシオン以外の街を初めて見たけど、なんか……ザ・村って感じだな」


 馬車の窓から外の様子を伺っていた栄治が、ボソっとしょうもない感想を漏らす。

 確かに、エステーラ村は木造の小さな家が並んでいて、所々に井戸があり、民家のは洗濯物が干されていたり、裏路地では子供達が遊んでいたりと、のどかな村風景そのものだったが、栄治の感想は余りにも雑である。


「私達はどこで寝泊まりするんでしょう? 公民館みたいなのが有るのかな?」


「いや、ここは王道だと村長の家に泊まるのが濃厚だな」


 そんな会話をしていると、馬車の扉がノックされた。それに返事をすると、ギムレットが扉を開ける。


「予定通りエステーラ村に到着いたしました。村長の屋敷の方で歓迎の準備ができているとのことなので、そちらに向かいましょう。それと、エイジ様とユウナ様はそのまま村長の所でお休みください」


 栄治の予想通りの言葉に、彼は優奈にドヤ顔を見せる。

 馬車は、村長邸の前の広場に停車していたので、馬車から降りると直ぐに屋敷が目に入った。

 木造三階建ての村長邸は、他の民家に比べると3倍ほどの大きさで、これもまた栄治のイメージ通りだった。


「ささ、こちらへどうぞ」


 栄治と優奈の2人が馬車から降りると、村長が屋敷の方へと案内をする。彼の後に続いて2人が歩き出すと、それについて来るのはギムレットだけだった。


「あれ? 他の皆さんは来ないのですか?」


 疑問に思った優奈が後ろを振り返ってみると、他の騎士団の人たちは違う場所へと移動を始めていた。


「屋敷にあの人数は入りきらないですからね。あの者達は他の場所で休息をとります」


 ギムレットの説明に、優奈は「あ、そっか。そうですよね」と当たり前すぎる質問をしてしまった羞恥で、若干頬を染める。

 3人が屋敷に入ると、まず始めに食堂へと案内された。そこには、肉、野菜、果物といったものがバランス良く取り揃えられていた。

 てっきり七面鳥の丸焼きみたいな、豪勢な料理を想像していた栄治は、ちょっと意外に感じてギムレットにこっそりと尋ねてみた。


「我々はこの後、重要な戦いが控えていますので、食べ過ぎて体重を増やすのは賢いとは言えません」


 そんなギムレットの答えに、栄治は「ご尤もです」と頷き、出された食事をありがたく食べた。

 食事を終えた後は、栄治と優奈、ギムレットの3人で今回の作戦の最終確認をして、その後直ぐにそれぞれの案内された部屋へと向かい、休息を取ることになった。

 栄治は案内された部屋のベットにドサっと腰を下ろすと、フーッと大きく息を吐く。


「こうして1人になると、緊張してきちゃうなぁ」


 栄治は、軽く拳を握りそれを見つめながら独白する。

 このサーグヴェルドで、初めての戦いはゴブリンの討伐だった。あの時は何も準備をせずに戦いに挑み、トロールの出現というイレギュラーも相まって、何度か命の危機にさらされた。

 その時の反省を踏まえて挑んだ盗賊との戦いは、完璧と言ってもいいほどの戦果を挙げられた。戦いに挑む前の準備が、いかに大切かを痛感させられた戦いだった。

ーー今回の戦いはどうだろうか?

 栄治は自問する。

 敵の情報もある。戦う場所がどんな地形なのかも、ギムレットから聞いている。その地形でどうやって軍団を動かすかも、しっかりと考えている。今回の栄治の軍団は、部隊を分けずに兵種毎に用兵するつもりだ。つまり、弓兵は弓兵同士で固めて動かし、槍兵は槍兵で動かす。といった感じだ。

 栄治は自分の中に芽生えた不安と緊張を紛らわそうと、今回の戦いで怠った準備がないかどうかを考えていると、不意に部屋の扉がノックされた。


「あの……私です。優奈です。えーっと、部屋、入ってもいいですか?」


 栄治は来訪者が優奈だとわかると、すぐに返事をする。すると、ゆっくりと扉を開けて、優奈がやってきた。


「どうしたんだい?」


 ベットに腰掛けている栄治が、自分の横に座るように彼女を促しながら、尋ねる。

 優奈は栄治の隣にそっと腰を下ろしてから、口を開く。


「すみません、1人でいるとその……不安と恐怖で居ても立っても居られなくなってしまって……」


 俯き気味に言う彼女に、栄治が優しく微笑む。


「実は俺もなんだよね」


「栄治さんもやっぱり怖いですか?」


 上目遣いで栄治を見る優奈。


「うん。怖いよ。でも優奈と海に行くためにも頑張らないと! とも思ってるよ」


 ちょっとおどけた感じでいう栄治の言葉に、優奈がクスっと笑みをこぼす。

 その後、少しの沈黙が流れて、優奈が言う。


「あの……手、繋いでもいいですか?」


「あぁ、もちろん」


 彼女の申し出に栄治は快く頷くと、優奈のほっそりとした手をスッと握りしめる。すると、彼女の方からもギュッと力を入れるのが分かった。


「やっぱり、栄治さんの近くにいると、なんだか落ち着きます」


 そっと目を閉じながら、優奈は言う。そんな彼女の肩に栄治は手を回すと、優しく抱き寄せる。


「戦場でもずっと側にいるよ。だから大丈夫。きっと大丈夫」


 栄治は彼女を安心させるように、静かな声音で言い聞かす。


「はい、栄治さんと一緒なら、私頑張れます」


 そう言って、優奈は彼の胸に寄りかかり、耳を澄まして鼓動の音を感じる。

 2人は互いに言葉もなく、ただ静かな世界が2人を覆っていた。

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