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第36話 腕相撲って握った瞬間に強さがわかるよね

 壺やら絵画やらが沢山飾られたVIP感満載の部屋。その部屋の中央に置かれているテーブルを挟んで、ギムリと栄治、優奈がソファに座って対面している。


「お二人のご協力、心の底から感謝申し上げます」


「盗賊の件に関しては、乗り掛かった船ですからね。最後まで付き合わさせて貰いますよ」


「それに、レオン君の様な被害者をこれ以上増やさないためにも、是非とも協力させてください」


 栄治と優奈の言葉を聞いて、ギムリはより一層深く頭を下げ、感謝の意を最大限に示す。

 栄治はそんな彼に、頭を上げるようお願いすると、盗賊達を裏でまとめ上げていた者達がいる所在地を訪ねる。


「捕らえた盗賊達から聞き出した情報によると、その者達がいるのは、ここクレシオンから南下したところにある、グラーデス城跡地に潜んでいるようです」


「グラーデス城跡地……それは廃城って事ですか?」


 ギムリの言う場所に、栄治は怪訝な表情になる。

 廃城というものを栄治は直接見たことはないが、現世での小説や映画から得た知識だと、廃城や廃坑等という捨てられた施設というものは、盗賊や低級の魔物の根城になりやすい場所だと言う感じがする。今回の者達も、グラーデスという廃城にいる事から、その知識は概ね合っているのだろう。だとすると、なぜ討伐隊は真っ先にその廃城を調査しなかったのだろうか。いや、調査はしたが見つけられなかったという事だろうか。

 そんな考えが表面に出ていたのか、栄治の方を見てギムリは説明する。


「国で編成した討伐隊は、まず始めに廃城や使われなくなった砦、廃村といった場所を片っ端から調べて行きました。勿論その中にはグラーデスも含まれています」


「ではなぜ、その時に盗賊達を見つけられなかったのでしょうか?」


 首を傾げる優奈に、ギムリは「それはですな」とある物をテーブルの上に置いた。

 ギムリがテーブルに置いた物、それは一見すると片手に収まる程の大きさの茶色がかった石に見える。しかしよく見てみると、その石の中央部には、なにやら幾何学模様が彫られている。


「これは一体なんですか?」


 ソファから少し腰を浮かせ、上から覗き込みながら優奈が尋ねる。


「これは結界を通るためのキーとなる物です」


「結界……ですか?」


 栄治は一瞬、結界という言葉を聞いて、仏教の神が住まう神界と人間の住む俗世とを隔てていると言うあれか? と言う考えがよぎるが、それをすぐにかき消す。ここは魔法が存在するファンタジー要素満載の異世界だ。きっとここで言う結界とは、「神聖なる光の壁よ。我を守る万能の壁となりて外敵から身を守りたまえ」的な詠唱を唱えると、空間がいい感じにグラっと揺れて、見えない壁ができるファンタジーなやつだろう。


「えぇ、そうです。盗賊達はその結界の中に身を隠し、討伐隊の調査の手を逃れていた様です」


 栄治が、若干脱線気味な思考をしているとは露ほどにも思わず、ギムリは真面目な顔で説明を続ける。


「我々が得た情報によると、グラーデス城跡地にいる盗賊達の戦力は、およそ500人。そんな大規模な気配を討伐隊が気付かない程にまで隠せるというのは、かなり強力な結界と言えます」


「なるほど……それでその結界を通り抜けるのに必要なのが、この石ってわけですね?」


 栄治は、優奈が今だに覗き込んで観察している石を実際に手に取って見てみる。この時、石の動きに釣られて、優奈の顔も一緒に動くのを見て、その可愛らしさに栄治は小さく口角を上げる。

 結界を通り抜けるキーとなる石は、見た目に比べると少し重くてズッシリとしていた。真ん中に彫られている幾何学模様は、まるで魔方陣の様である。

 しばらく、色々と角度を変えながら観察していた栄治は、石をそっとテーブルに戻すと、ギムリに顔を向ける。


「先程、ギムリさんは盗賊の戦力は500程と言いましたが、それに対して、こちらはどれ程の戦力を投入するのですか?」


「こちらで動かせる戦力は300程です」


「300ですか……」


 ギムリの返答に、栄治は腕を組む。


「確かに数では、敵に劣っています。が、兵種の差ではこちらが圧倒的に有利です。向こうの兵種は基本が軽装の歩兵、重装歩兵の数は少なく、騎兵は全体の1割もいないとの情報です。それに対し、こちらは300人全てが重装備の槍騎兵で、下馬での戦いにも長けた者達です。普段であれば、この程度の討伐作戦に、グンタマー様の協力を求めることは無いのですが……」


 ギムリは、両手を組んでそこに顎を乗せると、思案顔で俯く。


「今回の結界を考えると、敵には強力な魔導師、もしくは魔法道具を持っている可能性があります。そうなると、我々だけの戦力では、対応しかねます」


「それで俺たちの協力って訳ですね」


 クレシオンの騎士が300人、そして今の栄治の軍団は490人、優奈の軍団が380人、総勢1170名の軍団となる。この敵勢力の約2倍の戦力があれば、多少のイレギュラーが起きても対応できるだろう。


「今回の討伐作戦、失敗する訳には行きませぬ。こたびの被害、国としてのダメージは決して小さいものではありません。これ以上被害を増大させないためにも、是非ともお力添えの方宜しくお願いします」


 三度深く頭を下げるギムリに対して、栄治と優奈は、力強く頷いた。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー



 ギムリから討伐作戦の協力を受けた次の日。

 この日のクレシオンは雲ひとつない快晴で、都市の真上まで登ってきた太陽が、燦々と白亜の王城を照り付けていた。

 陽光を浴びて煌めいている王城を横目に歩きながら、栄治が呟く。


「なんで城っていうものは、こうも男心をくすぐるのかな?」


 王城正面に鎮座する堅牢な門。そこから左右に、城を囲む様に伸びる城壁。その上を歩く弓を携えた近衛騎士。そういうのを見ると、何故か心が踊ってしまうのは、男の性であるのか。と栄治が思っていると、すぐ隣を歩く優奈が、栄治の呟きに反応する。


「お城は乙女心もくすぐられますよ?」


 そう言って、彼女も王城へと視線を向ける。しかし、その視線の向かう場所は、栄治とは若干異なる。優奈が見ているのは、陽の光を浴びて綺麗に輝く王城本体や空に高く伸びている尖塔。そして、彼女の脳内では、その中にいるでだろう、お姫様や王子様、騎士やメイドといった人物がポンポンと浮かんできていた。やはり女性というものは、お姫様と騎士の禁断の恋やら、王子と使用人の身分違いの恋などが堪らないのであろう。

 優奈は若干ウットリとした表情を浮かべながら、王城を眺め、時折チラチラと栄治の方に目をやって頬を染めている。恐らく今の彼女の脳内では、2人が王城内の誰かに見立てられて、一大ラブロマンスが繰り広げられている筈だ。対する栄治の方も、「敵が来たらあそこから攻撃できるのか……」などと呟きながら、色々と脳内シミュレーションが行われている。

 つまり城とは、現代社会を生きてきた人にとっては、理想や妄想などが存分に詰め込まれた建造物であるというのは、間違いない様である。

 そんな、色々と妄想を膨らませながら歩いている2人が向かっている場所は、王城の敷地内にある大広場である。そこで、討伐隊である300人の騎士と合流することになっている。


「栄治さん、今回戦う盗賊達は500人もいるんですよね? 大丈夫かなぁ……」


 大ラブロマンスの妄想を終えた優奈は、現実に引き戻されて、これからの戦いに不安をよせるが、その不安を掻き消そうとするように、栄治が笑みを彼女に向ける。


「大丈夫だよ! 確かに今回の敵は、前の戦いよりも断然多い。でもそれはこっちも同じさ。騎士300人て言うのは、とても大きな戦力だよ? なんたって全員が戦いのプロなんだからね。とても頼りになると思うよ」


「そうですよね。今回は騎士さん達も一緒なんですもんね」


 栄治の励ましに、優奈は幾分か表情を明るくして頷く。

 そうこうしているうちに、2人は大広間へ到着した。それと同時に、その広間の光景を見て、立ち尽くしてしまう。

 総勢300人の騎兵隊。言葉で聞いただけだと、「それは心強いですね」と言う程度の感想だったが、それを実際に自分の目で見ると、その迫力に鳥肌が立ってしまった。隣では、優奈も同じく固まっている。

 そんな硬直している2人に、1人の男が近づいてきた。


「エイジ様とユウナ様、でお間違い無かったでしょうか?」


 2人を交互に見ながら尋ねてくる男は、身長が2メートルはあるのではないか、と言うほどの大男で、その体には全身を覆う甲冑、プレートアーマーが装備されていることもあって、迫力満点だった。


「そうです、自分が栄治で、こちらが優奈です」


 男の迫力に、若干気圧されながら栄治は答える。隣では名前を紹介された優奈が、口を閉じたままコクコクと何度も頷いている。

 男は栄治の言葉を聞くと、ニッと笑みを浮かべる。黒く日焼けした顔に白い歯が良く映えている。男はザッと足を揃えると姿勢を正した。


「エイジ様、ユウナ様。討伐作戦へのご助力、誠にありがとうございます! 私は今回の騎兵隊の隊長を務めさせていただきます。名をギムレットと申します! こたびの戦、偉大なるグンタマー様方と共に戦えること、我等騎士一同光栄の至りに存じます!」


 目の前でビシッと姿勢を正して言う大男ーーギムレットからは、歴戦の猛者という感じの強者のオーラが、ひしひしと感じられた。それと同時に、栄治は思う。クエストボード管理者のギムリと名前が似ているなと。もしかしたら、親戚か何かなのかな? という疑問を抱きながらも、栄治は笑顔を浮かべて、ギムレットに手を差し出す。


「こちらこそ、あなた方の様な騎士と共に戦えることをとても頼もしく思っています。どうぞ宜しくお願いします」


「グンタマー様に頼もしいと言われるとは、この身に余るお言葉。その期待を裏切らぬ様、身命を賭して戦います!」


 ギムレットは、栄治の差し出した手をガシッと力強く握る。その握力の強さに、栄治の笑みが若干引きつるが、悪意なく瞳を輝かせて握手をしてくるギムレットを目の前に、手を振りほどくわけにもいかず、彼は暫く、掌潰しの刑に笑顔で耐える。

 そこに優奈も手を差し出した。


「ギムレットさん、今回の戦い、皆さんが無事に帰ってこれるように、お互い頑張りましょうね」


 柔かな笑みを浮かべて、握手を求めてくる優奈に、ギムレットは栄治の手を解放すると、片膝を付いて跪く。


「貴女のような美しい方が戦場にいらっしゃるだけで、皆の士気は高まります。女性の方を戦いに巻き込んでしまうのは心苦しいですが、今は貴女の勇気溢れる決断に、心より尊敬、そして感謝の意を示します」


 そう厳かにいうと、ギムレットは優奈の手をそっと柔らかく持つと、その手の甲に軽く唇を当てる。まさしく、外人紳士の尊敬を込めた挨拶だ。

 ギムレットは、尊敬の気持ちを込めた挨拶をしただけだったが、キスの価値観が全く異なる日本で育った優奈にとっては、これはかなりショッキングな出来事だったようで、顔を真っ赤にしながら、アワアワと栄治の方を見る。その慌てっぷりが、なんとも可愛らしい。


「え、え栄治さん! これはその……」


「ギムレットさんが優奈を尊敬してるって事だよ。現世の世界でも、ヨーロッパの方ではあった文化だよ」


 優奈に説明しながら、栄治は自身の真っ赤になった掌をさすり、「俺も手を潰されるんだったらあっちの方が良かったな……」と心の中でボヤく。なんでもイギリスの方では昔、男同士でも手の甲にキスをする文化が有ったとか無かったとか。

 そんなことを考えていると、ギムレットが立ち上がって、後ろに控えている部下達の方に向く。


「今回の作戦には、グンタマーであられる、エイジ様とユウナ様が参加してくださる! 偉大なるグンタマー様が2人もいる我らには、敗北など決してありえない! 今こそ! 国を、国民を苦しめてきた盗賊達に、正義の鉄槌を与えようぞ!」


ーーオォーーーーッ!!


 ギムレットの檄に、騎士達が一斉に応えて声を上げる。


「出陣だ!」


 ギムレットの掛け声で、騎士達が一斉に門の方へと行進して行く。

 盗賊達の活動に終止符を打つ戦いが始まった。そう実感する栄治は、ブルっと武者震いを起こす。

 そんな彼の頭の中に、ふと昨日の占い師の言葉が蘇る。

ーーこのカードは邪龍ですわ。これが意味するのは巨大な敵、大きな困難、災厄を意味しているの。貴方にはこの先、辛いことが待っているのかも知れないわね。

 急に脳内に浮かんだ占い師の言葉に、栄治は戦いに対して、自分が思っている以上に不安を感じているのかもしれないな、と冷静に判断すると同時に、軽く頭を振って、占い師の言葉を搔き消す。


「優奈、今回も力を合わせて頑張ろうな!」


「はい! 頑張りましょう!」


 栄治は隣にいる優奈に声をかけると、彼女は笑みを浮かべて応えてくれる。その笑みを見ているだけで、体の底から力が湧いてくるようだった。

 栄治は力強く前を見据えて、歩き出す。

 占い師から貰った、手首に付けているミサンガを無意識のうちに触りながら。

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