第35話 告白で大事なのはシチュエーションじゃない! 魂だ!
影が濃くなった大通りを栄治と優奈の2人が並んで歩く。
空の端に目を向けると地平線はオレンジに染まり、そこから段々と紫から黒へと夜のグラデーションになっていて、空の天辺には一番星が煌めいていた。
そんな空を見上げながら、優奈がしみじみと言う。
「世界が違っていても占いってあるんですね」
彼女につられるように栄治も上を見上げる。
「やっぱり人間っていうのは、困ったり悩んだりした時は、何か後押ししてくれるものが欲しくなるんじゃないのかな?」
考えや生き方に自信が持てない時、自分を肯定したくなるのが人の性というものなのかも知れない。だからどこに行っても、占いや信仰といった類のものは、必ず存在しているのだろう。
「それにしても、あの占い師の人、とっても美人でしたよね。ね? 栄治さん」
「うん……んんううん! ぜんっぜんそうでもなかったよ? 優奈の方が数倍可愛いよ!」
優奈の問いかけに、一瞬肯定しかけた栄治であったが、慌ててそれを否定に変えて、必死に優菜に訴える。
そんな彼の様子に、優奈はクスッと笑みをこぼした。
「どうしてそんなに必死になってるんですか? もしかして……あの占い師の人をイヤラシイ目で見ていたんですかぁ?」
優奈は栄治に意地悪してみようと、こぼした笑みを引っ込めて、眉根を寄せ頬を少し膨らませて怒り顔を作り、彼に詰め寄る。
「い、いやまさかっ! そんなことは一切ございません! えぇ、御座いませんとも! 世界一魅力的な女性である優奈が隣にいて、他の女性にうつつを抜かすなど言語道断!」
栄治は首を左右に振りながら、懸命な否定を続ける。こう言う場合、逆に否定しすぎると、かえって怪しくなってしまうものなのだが、そんな事は今の彼に考える余裕はない。
そんな、あまりにも必死な姿に、優奈は作っていた怒り顔を保てなくなり「ふふっ」と笑みを浮かべてしまう。
「そうですよね。栄治さんは、そんなにひどい人じゃないですもんね」
ニッコリしながら言ってくれたことに、栄治はホッと胸をなでおろす。
「勿論だよ。俺は、その〜、優奈が好きだからさ。他の女性になんか微塵も興味なんてありませんよ、うん」
「んふふ、ありがとうございます」
栄治の言葉に、優奈は堪えきれずに、ニンマリとしたちょっとだらし無い笑みを浮かべる。しかし、そんな笑みもまた、なんとも言えない可愛さを内包している。と栄治が考察していると、彼女の表情が変わる。それは、恥ずかしさと不安が入り混じった様な、複雑な表情だった。
「栄治さん」
「ん?」
「私も栄治さんのことが好きです」
恥じらいと不安が混ざった声音で話す彼女が、何を言いたいのか分からず、栄治は黙って話の続きを待つ。
「つまり私達は、えっと……相思相愛って事ですよね? これはお付き合いしている事になるのかな?」
話し終えると、優奈は赤らめた顔と共に上目遣いで、視線を投げかけてくる。
栄治はその視線を受けながら、昨日の彼女の部屋でのやり取りを思い返してみる。
確かあの時は、優奈のことが好きだというのは伝えたが、その後に、付き合おうなどといった事は一切言っていなかった。自分の感情を伝えるのが精一杯で、その後のことまで気が回らなかったのだ。
栄治としては、お互いの気持ちもわかったし、こうしてデートもしている事から、もう付き合っているものだと思っていたが、優奈としては、しっかりと言葉で表現して欲しいようだ。
まぁ、こういうのは言葉でしっかりと伝えて、ケジメをつけるのが大事だしな。と栄治は優奈の視線を受けながら決意すると、すっと姿勢を正して彼女と真っ直ぐに対面する。
「新川 優奈さん、こんな俺ですが、もし宜しければお付き合いしてください! お願いします!」
栄治は深く頭を下げると同時に、彼女に向かって右手を差し出す。
「もちろんです。私の方こそ宜しくお願いします」
頭の上からそんな声が聞こえてくると同時に、栄治の掌が優しく包み込まれる。彼がゆっくりと頭を上げてみると、そこには自分の手を両手で握って、薄っすらと瞳に涙を溜め込みながら笑っている優奈が映った。
栄治と優奈は、しばらくお互いの目を見つめ合いながら微笑みあっていると、すぐ隣を通りがかった髭面のおっさんが「ヒュ〜」と口笛を吹きながら去っていく。
その事で、2人は慌てて視線を辺りに巡らす。
そこには、2人の様子を遠巻きに観察している人たちが大勢いた。
彼らがいたのは、人気の少ない裏路地とかではなく、大勢の人が行き交う大通り、しかも時間は夕暮れで、買い出しに出てきたおばさん達があちこちに居る。そのおばさん達は「あらまぁ」みたいな感じで、隣のおばさんと何やら熱心に話し込んでいる。そのおばさん達に話題提供しているのは、間違いなく自分たちだと否が応でも確信してしてしまう栄治と優奈。
「あ〜、とりあえず帰ろうか」
「はい……帰りましょう」
2人はなんとも気まずい空気を纏いながら、逃げるようにその場を去って、家路を急いだ。
しかし、そんな中でもお互いの手をしっかりと握り合っているのは、バカップルの素質があるのかもしれない。
夕暮れ時が終わり、夜の帳が下りようとしている時ぐらいに、栄治と優奈の2人は王城内の、宿泊施設に戻ってくることができた。
「お帰りなさいませエイジ様、ユウナ様」
建物内に入ると、既にそこには出迎えのメイドが控えていて、帰宅してきた栄治と優奈に深々と頭を下げる。
「お帰りになってすぐで申し訳ないのですが、ギムリ様がこちらにいらしており、お二人様のお目にかかりたいとのことなのですが、いかがなさいましょうか?」
「ギムリさんですか?」
メイドの報告を受けて、2人は顔を見合わせる。
「ギムリさんの用事っていうのは、多分、盗賊関連だろうけど……」
「何か新しい情報が入ったんでしょうか?」
ギムリが栄治と優奈に用事があるとすれば、それは十中八九、昨日の盗賊生け捕りの件だろう。おそらく、捕らえた盗賊達から、何かしらの有益な情報が得られたに違いない。
「まぁ、もともとギムリさんの所には明日行く予定だったから、丁度いいといえば丁度いいのか。このままギムリさんの所へ案内お願いできますか?」
「畏まりました。ではこちらへどうぞ」
メイドは一度丁寧に頷くと、2人をギムリの元へと案内する。
「もしかして、盗賊達の本拠地のアジトがどこにあるか分かったんでしょうか?」
「もしくは、盗賊達の活動を裏でまとめていた黒幕に関しての情報が得られたかだね」
栄治と優奈は、メイドの後を歩きながら、ギムリがどのような要件で訪問をして来たかを話合う。
「どちらにしても、協力する場合は戦いは避けられないですよね?」
優奈は少し顔をうつむかせて、声のトーンを落として言う。
「まぁ、そうだね……でも、とりあえずは、ギムリさんの話を聞いてから色々考えよう。もしかしたら、ただ世間話をしに来ただけかもしれないしね」
グンタマーは戦力としてはとても強力な為、国は少しでも有力なグンタマーを多く抱え込もうとする。その事から、ギムリが栄治達と親睦を深めるために来たと言う可能性も、ゼロではない。
2人はそんな会話を交わしながら歩いていると、メイドが扉の前で歩みを止めた。
「こちらのお部屋でギムリ様がお待ちしております」
そう言うと、メイドは扉を三回ノックする。
「ギムリ様、エイジ様とユウナ様がお見えになりました」
メイドは室内のギムリに、栄治と優奈が来た事を告げてから、扉を開けて2人に「どうぞ」とお辞儀をすると共に、入室を促す。
ギムリのいる部屋は、貴賓室といった感じの部屋で壁には絵画が何枚も飾られ、隅のテーブルの上には高級感溢れる調度品が数多く飾られていた。
「エイジ様、ユウナ様。この度は突然の訪問にも関わらず、快くお会いして頂き誠にありがとうございます」
部屋中央に置かれていた、漆塗りの高級そうなテーブルの横に立っていたギムリは、2人が部屋に入ってくると、和かな笑みを浮かべながら頭を下げる。
「いえいえ、もともと明日あたりに盗賊の件について報告に伺おうと思っていたので、ギムリさんの方からお越しくださったのは、こちらとしても助かります」
「そう言っていただけると助かります。それにしてもさすがグンタマー様ですな! エイジ様とユウナ様のご活躍は、盗賊達に囚われていた人達から聞きましたが、まさに、素晴らしいの一言に尽きます」
2人に賞賛の言葉をかけるギムリは、目尻のシワを深くして笑う。
「お二人様が盗賊達を生け捕りにして下さったおかげで、ようやっと、この一連の騒動も治りそうです」
「と言うことは、盗賊達から有益な情報が得られたのですね?」
ギムリの言葉に敏感に反応して、優奈が確信するように問いかける。それに対し、ギムリは深く頷く。
「えぇ、捕えた盗賊達の中の、幹部クラスの者たち数名から、今回の盗賊たちの活動に関する重要な情報を得ることができました」
ここで一旦、ギムリは話を区切ると、栄治と優奈に椅子を勧める。
「このまま立ち話もなんですので、どうぞお座りください」
ギムリの勧めで、栄治と優奈はやたらと深く沈み込むソファーに並んで腰掛ける。2人が座った後に、ギムリがその対面に腰を下ろした。
「それで、盗賊達からはどの様な情報が得られたのですか?」
少し浅めに腰掛ける栄治が、若干態勢を前にしながらギムリに問いかける。
「ふむ、盗賊たちから得られた情報は、要点をまとめると2つになります。まず1つ目は、今回の一連の盗賊の活動は、我々の予想した通り、裏で暗躍している者達がいました。その者達が、各地に散らばり各々が勝手気ままに活動していた盗賊達をまとめ上げていた様です」
「なるほど、やはり黒幕がいたと言うことですね。しかし、あれ程の活動を指揮していたとなると、相当な切れ者集団って事でしょうか?」
クレシオンは都市国家の為、領土は他の国に比べ小さいが、それでも1つの国が頭を抱えるほどの被害をもたらしたと考えると、その盗賊たちを裏でまとめ上げていた者達は、相当頭の回る奴らなのかもしれない。
そんな考えを持ちながら質問した栄治に対して、ギムリは「う〜む……」と低く唸る。
「確かに相当に高い能力を持っているかもしれんですが、それについての詳しい情報は得られませんでした。なんでも、今回の活動で指揮をとっていた、実質盗賊達のボスとも言える人物に、直接会った事があるものが、いなかったのです」
「そう言う事ですか。大胆な戦略と徹底した秘密主義、なんとも厄介ですね……」
「そうですな。しかし、その人物についての情報は得られませんでしたが、その人物が何処にいるかは突き止める事ができました」
ここでギムリは一度佇まいを直すと、栄治と優奈の目を交互に見て話し出す。
「エイジ様、ユウナ様。ここで御願いがございます。どうか、盗賊達の本拠地討伐に、ご助力しては頂けないでしょうか?」
ギムリは2人に対して深々と頭を下げる。
そんな彼を見て、栄治は一度優奈の方を見る。すると、優奈も栄治の方を見ていてお互いの視線が合う。ほんの僅かの間、2人は見つめ会った後、優奈が小さく頷いた。彼女の瞳には決意の光が宿っていた。それを確認した栄治は、頭を下げたままのギムリに言う。
「分かりました。協力しましょう」
そう言いながら栄治自身も、覚悟を決める。
次の戦場へと身を投じる覚悟を。




