第34話 占いって良いところだけ信じがちだよね
宿泊している建物のエントランスで、栄治はソワソワしながら立っていた。
「ちょっと早かったかな」
栄治は現世の癖で、腕を目の前に持ってくるが、そこに現在の時刻を教えてくれる物は、何も付いていない。
「時計がないって不便だな……」
何も付いていない手首を見て、小さく溜息をつく栄治。
栄治は今、優奈との待ち合わせをしていた。その待ち合わせの理由はただ一つ、彼女とデートをするためだ。
栄治が優奈の部屋を訪れた後、2人は食堂に行って用意されていた豪勢な夕食を心から楽しんだ。そして、その時の会話の流れで、クレシオンの街を色々と2人で散策してみよう。という事になったのだった。
「デートか……緊張するなぁ」
栄治は落ち着かない様子で、あたりに視線を泳がす。
彼にとって女の子とのデートは、もう何十年ぶりだろうか、と言うくらい昔の記憶である。その為、栄治の頭の中には、ちゃんと優奈と会話できるだろうか、彼女を楽しませることができるだろうか、などと言った不安がグルグルと巡っていた。栄治にとって唯一の救いは、服装は限られたものしかなかったので、そこで悩む必要がなかったことだろう。
栄治は腕組みをして、自分の腕を人差し指でトントンしていると、ようやく彼の前に待ち人が現れた。
「栄治さん!」
優奈は、エントランスから繋がっている大きな階段の上に姿を表し、栄治の姿を視界に捉えると、満面の笑みを浮かべながら、階段を駆け下りて彼の元にやって来た。
「やあ優奈、おはよう」
「おはようございます! ……待たせちゃいましたか?」
「いや、俺もさっき来たところだよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら尋ねる優奈に、栄治はお決まりの言葉で返す。
「それじゃあ、行こっか」
「はい!」
栄治が言うと、優奈は元気に返事を返してくれる。そんな彼女を見て、栄治は思うのだった。今日の優奈の笑顔も眩しいなと。
2人が宿泊している建物は、王城の敷地内にある。その敷地から出た2人は、まず初めにクレシオンで1番大きな商店街の大通りを目指した。
その目的は朝食を食べる事である。
「メイドさんに色々聞いたんだけど、クレシオンって結構美味しい料理屋が多いんだって」
「そうなんですね。確かに初めて栄治さんと出会った時に行ったレストランもとても美味しかったですもんね」
2人はそんな会話を交わしながら、賑わい活気に溢れる大通りを並んで歩く。
優奈は、人生最高の瞬間といった笑みを浮かべながら、ニコニコと栄治のすぐ隣を歩く。それと同じく、栄治も笑みを浮かべながら歩いているが、時折何かを探すように、視線を辺りに巡らせる。
そんな彼の行動を不思議に思った優奈は、首を傾げて尋ねる。
「栄治さん、キョロキョロしてどうしたんですか? 探し物ですか?」
「うん、メイドさんにオススメの飲食店を教えてもらったんだけど……多分この辺なんだよね」
実は栄治、このデートを成功させる為に、色々と事前に情報収集をしていた。と言っても、それは大変なものでは無く、むしろ短時間で終わった。というのも、栄治がメイドに「優奈と出かける事になって、おススメの場所とかあれば教えてくれませんか?」と言ったら、そのメイドさんは「まぁ! 素敵ですね!」とテンションが爆アゲになり、美味しいお店や観光スポット、そして若者のカップルがよく行く場所やらパワースポット等々、とても沢山の情報をマシンガントークで教えてくれた。
たとえ世界が変わっても、女性というのは他人の恋愛に関わるのが大好き、と言うのは変わらないらしい。
「あ! きっとあそこだよ。あの『平原の陽だまり』って言うお店だ」
大通りに立ち並ぶ建物のうちの一軒を指差しながら言う栄治。彼の指の先には、言葉の通り緑の平原の上にオレンジの太陽がある看板をぶら下げたお店があった。
栄治は、お洒落なステンドグラスが小さくはめ込まれた木製の扉を開けて、店内に入る。扉には小さなベルが付いていて、それがチリンチリンと鳴り、店員に来客を知らせる。
「いらっしゃいませー」
テーブルを拭いていた赤毛の女の子が、ベルの音で扉の方を向き、栄治と優奈を確認すると、満面の笑みとともに接客をしてくれる。
「お2人様ですね? こちらの席へどうぞ!」
そう言って店員は、窓際の朝日に照らされている、2人用のテーブル席へと案内してくれる。栄治と優奈が席に着くと、コップに水を注いで、メニューを広げて見せてくれる。
「本日は『平原の陽だまり』へ、ご来店ありがとうございます! 本日のお勧めメニューは、こちらのラムーという魔物のお肉を使ったスープと、当店専用の畑で採れた、新鮮野菜を使ったサラダとなっております!」
鮮やかな赤毛に、頬のそばかすが特徴的な可愛らしい女の子の店員が、栄治と優奈の2人にメニューを見せながら、元気よく説明してくれる。
「なるほど……じゃあ俺はそのスープとサラダ、あとこのパンを貰おうか。優奈はどうする?」
栄治は素直に、お勧めされたものを注文した後に、優奈に聞く。
「そうですねぇ……どれもこれも美味しそうで迷っちゃいますね……ですけど……決めました。私も栄治さんと同じものにします」
この世界のメニューは、文字が読めない人のために、料理名の隣に、どの様な料理か絵で描かれている。その絵が結構鮮やかに描かれている為、どれも美味しそうに見えてしまうのだ。暫くメニューと睨めっこしていた優奈は、結局は栄治と同じものを頼む事にした。
「ラムー肉のスープと新鮮野菜のサラダ、それとパンがそれぞれお二つづつですね、かしこまりました!」
赤毛店員は注文を確認すると、一礼して店のカウンターの奥へと姿を消した。
「可愛らしい子でしたね」
朝によく似合う、女の子の元気一杯の接客に、優奈はほっこりとした笑みを浮かべる。
「そうだね、それに店内の内装も中々に良い感じだね」
栄治は片手に水の入ったコップを持ち、ちょくちょく飲みながら、店内にぐるっと目を向ける。
店内には色々なところに観葉植物が飾れていて、朝日が差し込む窓辺には色取り取りの鮮やかな花が並んでいる。
「窓に置かれてるお花がとても綺麗ですよね」
笑顔の優奈の言葉に、栄治も頷く。
この『平原の陽だまり』が、栄治達が生きてきた現世にあったのならば、内装の雰囲気が良くてSNS映えするとかで、話題になったかもしれない。
そんな事を感じながら、お店の雰囲気を楽しんだり、優奈とたわいない会話をしていると、先程の赤毛の女の子店員が、注文の料理を持ってきてくれた。
「お待たせしました、こちらがラムー肉のスープです。そして、こちらが新鮮野菜のサラダです。スープは大変お熱くなっているのでお気をつけください。パンはおかわり自由となっていますので、気軽にお声がけ下さい。それでは失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」
木製のカートに料理を乗せて持ってきた女の子店員は、栄治と優奈の前に並べていく。目の前に料理が置かれた瞬間に、パンの香ばしい香りとスープの湯気が、鼻孔をくすぐり自然と口角が上がる。
「それじゃあ、食べようか」
「はい、いただきましょう! いただきます」
「いただきます」
2人は手を合わせてから、食事を始める。
「ん〜! このスープとても美味しいです!」
スプーンでスープを一口啜った優奈が、目を輝かせて絶賛の声を上げる。それに続いて、栄治もスープの美味しさに舌鼓を打つ。
肉の旨味がしっかりと感じられて、それが絶妙な塩加減で整えられている。そして、そこに少しピリッとした香辛料が、とても良いアクセントになっている。
「野菜もシャキシャキしてて瑞々しくて美味しいですね」
「そうだね、さすが王宮専属のメイドさんのおススメのお店だね」
美味しそうに食べる優奈の姿を見て、栄治は笑みを零しながら一口分のパンを千切って口に入れる。その瞬間に、栄治の口の中に小麦粉の香ばしさがいっぱいに広がる。
「朝から美味しいものが食べられるというのは、こんなにも幸せな事なんだね」
「本当ですね。美味しいご飯を、その……好きな人と一緒に食べられるのは幸せな事です」
頬をほんのりと紅く染め、早口で言う優奈に、栄治は再び笑みを零す。
「よし! それじゃあ今日は、現世も含めて今までで最高に楽しい一日にしよう!」
「はい!」
お互いに満面の笑みで、顔を見つめ合いながら言う2人の姿は、側から見ればバカップルと言われても、過言ではないのかもしれない。
『平原の陽だまり』で朝食を済ませた2人は、クレシオンの名所と言われている所を片っ端から観光しまくった。
遥か昔からある歴史ある教会を見学したり、ガラス細工の工房を覗いてみたり、近衛騎士の公開演習を見物したりもした。
お昼は、屋台通りと呼ばれているところに行った。そこは名前の通りに、大通りの両脇にズラッと屋台が並んでいて、さながら日本の縁日のような光景になっていた。中世ヨーロッパの街並みの中に、日本の懐かしの風景が割り込んでいる状況が、どうしても気になった栄治が、屋台通りの人達に色々と聞き込みをしてみたところ、この屋台通りの始まりは、大昔にいた1人のグンタマーが、この通りに焼き鳥の屋台を出した事が始まりらしい。
それで栄治は納得した。だから、あちこちの屋台に『元祖ねぎま』という登りが上がっていたのかと。因みに、栄治は『元祖』と書かれている看板の6割は嘘だと確信している。
屋台通りで沢山食べ歩きして満腹になった栄治と優奈は、午後は特に目的地を決めずに、気の赴くままにぶらぶらと散歩した。クレストの街並みが、日本風景とかけ離れているおかげで、ただ歩いているだけでも、2人は充分に楽しむ事ができた。
そうこうしている内に、日もだんだんと傾き始め、突き抜けるような青空もオレンジに染まり始めて、通りの影が濃くなってきた。
「もう夕暮れか……今日は一日が早かったな〜」
夕焼けの空を見ながら、栄治は呟くようにいう。
歩いている通りも一面がオレンジだ。基が白い石なだけあって、綺麗に夕日を反射して幻想的な街並みになっている。
白を基調として揃えているクレシオンの街並みは、夕日に染まるこの時間帯が、1番綺麗なのかもしれない。
「ほんと、早かったですね。でも、すっごく楽しかったです!」
隣を歩く優奈が、栄治に笑みを向けて言う。
「最初に行った教会はステンドグラスがとっても綺麗だったし、ガラス工房も素敵でした! それに迫力のある演習に、あ! わたしこの世界で、ねぎまがある事にビックリしちゃいました」
「あぁ、あれは確かに俺もビックリしたよ。この世界でもネギって栽培してるんだね」
お互いにねぎまを発見した時のことを思い出して、クスクスと笑みを零す。
「わたし夢だったんですよね、あんな風に……その、好きな人と一緒に屋台で食べ歩きをするって言うのが……憧れだったんです」
「お、あ、そ、そうだったんだ。それだったら浴衣を着てたら完璧だったのにね」
優奈の不意打ちに、どもってしまった栄治。そんな彼は、優奈の浴衣姿を想像して思わずニヤケてしまう。
「そうですよね! う〜浴衣着たかったです……この世界に浴衣ってあるんですかね?」
「屋台やらがあるくらいだから、ないとは断言できないんじゃないかな?」
それこそ、昔のグンタマーがこの世界のどこかで、浴衣や着物を普及させているかもしれない。
2人でそんな事を話しながら、夕日に染まった通りを歩いていると、不意に2人に声を開ける人物が現れた。
「もし、そこのお二人さんや。美男美女のカップルさんや」
「はいはい! この美男美女のカップルに何の用でしょうか! この美男美女のカップルに!」
思わず美男美女と言う単語に過剰反応してしまった栄治が、声のした方に勢いよく向くと、そこには1人の妙齢の女性が通りの片隅に座っていた。
その女性は、木製の椅子と言うよりは箱に近いような物に座っていて、その前にはこれまた小さなテーブルが置かれていた。そのテーブルの上にはトランプのようなカードが一山置かれていた。
「占いの方でしょうか?」
栄治の隣で、優奈が小さく呟く。
まさに優奈の言う通りで、その女性はよく現世にもいた、手相占いとかをやっている人と同じような雰囲気を纏っていた。
女性は優奈の呟きが聞こえたのか、フッと笑みを浮かべる。
「いかにも、私は占い師で御座います。いかがでしょうか? これから先、あなた達が歩むであろう人生、その人生という大海原で迷わぬよう、道標となる星のように、あなた達の運命、占って差し上げましょう」
妖艶な笑みを浮かべながら語る占い師の女性、その姿に栄治は視線のやり場に困り、目を泳がす。
何故ならその占い師は、でるところはでて、引っ込むべきところは引っ込んでいる超絶プロポーションなうえに、その魅力ある体が纏っているのは、これは最早ビキニの水着だろうというようなものと、肩あたりから垂らしている薄いベールの布のみという、なんとも扇情的アラビアンな格好をしていたからだ。
しかも、その女性の容姿が、これまた抜群に優れていた。
綺麗な褐色の肌に、陽の光を反射して輝いている白銀の頭髪は腰くらいまで綺麗にまっすぐ伸びている。猫のように切れ長の瞳は、栄治が今まで見た事がない紫色で、それが女性の神秘さをより一層際立たせていた。
そんな占い師の女性を栄治がぽけ〜っと眺めていると、不意に隣から咳払いが聞こえ、彼がそちらに目を向けると、そこには満面の笑みを浮かべた阿修羅がいた。
「栄治さん?」
優奈はニッコリと笑いながら、栄治の名を優しく呼びかける。
いつものような優しく可愛らしい彼女の笑顔、しかし、何故だか栄治は冷や汗が止まらなかった。
「あ、やや、えと占いやってみようか!」
栄治はとっさに、占いを勧める。
暫く、優奈からは何とも名状し難い圧力を感じていた栄治であったが、彼が「ね? 占いやってみよう?」という感じを出し続けていたら、その圧力はフッと消え去った。
「そうですね。占いやってみましょうか」
やっといつも通りの柔らかい笑みを浮かべながらいう優奈に、栄治はホッと胸をなで下ろす。
「よし、それじゃあ占ってもらおうかな」
栄治は占い師の方に向かって言う。その視線は占い師の頭の頂点の方に行っている。
そんな彼の様子に、占い師は「ふふっ」と小さく笑みを浮かべる。その笑みには「男って馬鹿ね」と言う言外の言葉がありありと浮かんでいた。
「畏まりました。それでは最初に、そちらの男性の方から占いましょう。あなたの名前を教えてくれますか? フルネームでお願いします」
「名前ですか? 俺は代紋栄治です。代紋が家名で、栄治が名前です」
「ダイモン、エイジ様ですね。それではあなたの運命、占いましょう」
占い師はそう言うと、テーブルに置いてあったカードの山を手に取った。
「タロット占い、と言うやつですか?」
占い師が手元でシャッフルしているカードを見ながら、栄治が言う。
「あら、占いには詳しいのかしら?」
「いえ、特に詳しい知識があるわけではないですよ。少しだけ知っているだけです。確かカードの絵柄にはそれぞれ意味があって、それが正位置か逆位置かで運命を占うとかなんとか、と言う程度しか知りません」
栄治のその言葉に、占い師は妖艶な微笑みを浮かべる。
「確かにそう言う方法の占いもあるわね。でも私の得意なのはちょっと違うわね」
占い師はそう言うと、シャッフルしていた手を止め、まるでマジシャンがやる様にテーブルの上にサーっとカードを並べた。
「今ここに、かの者の運命の断片を映し出してくれ賜う。かの者の名は、ダイモンエイジ也。カードよ、大海原を進む小舟に、導きの光を……」
占い師が、呪文の様な言葉を言うと、それに応えるかの様に、テーブルに一列に並んだカードが一斉に淡く紫色に輝き出した。
それを見ていた優奈が、驚きで息を飲んでいるのが、すぐ隣にいる栄治にはわかった。と言う彼も「さすが魔法があるファンタジー世界だな」と、ただただ感心していた。
「さぁダイモンエイジ様。ここから、自分の直感で5枚のカードを選んでください」
占い師は並んでいるカードを指しながら、栄治を促す。
栄治は若干の緊張を感じながら、慎重に5枚のカードを選んだ。彼がカードを選ぶとき、占い師は何も言わずに、ただずっと微笑みを携えながら見守っているだけだった。
栄治は選んだカードを人差し指でススっと手前に引いて、一列に並んでいるカードの列から外す。自分が選んだカードがどんな物なのかは、裏返っている為に分からない。
「この5枚で良いのですね?」
「はい」
栄治の頷きを確認した占い師は、栄治が引かなかったカードをテーブルの端にまとめると、選んだカードを手に取り、それをおもむろに自分の目の高さまで持ち上げると、次の瞬間、パッと頭上に向かってカードを投げた。
宙に放り投げられた5枚のカードは、ヒラヒラと舞いながら落ちて行き、やがて4枚のカードがテーブルに落ち、1枚だけが地面に落ちた。
一連のカードの動きを注意深く見ていた占い師は、テーブルと地面に落ちたカード一つ一つに目を向けた後に、静かに笑みを浮かべて言う。
「それではダイモンエイジ様の運命を見てみましょうか」
その言葉に、栄治はゴクリと唾を飲み込んだ。
「テーブルに落ちた4枚のカード、これはあなたがこれから辿る可能性のある運命を示唆しています。地面に落ちたものは、既にあなたの運命からは外れたものです」
占い師はそう説明すると、ほっそりとした人差し指でテーブルの右端に落ちた2枚のカードを指差す。
「これは妻のカードと恋人のカードが重なり合っているわね。これが意味するのは、あなたはこの先、心から愛している女性と、自分に好意を寄せてくれる女性との間で、大いに気持ちが揺れ動くことを示唆しているわ。ふふっ、モテる男は罪ね」
「えーっと、その俺に好意を寄せてくれる女性というのは、どんな方でしょうか?」
栄治は、若干右隣から圧力を感じながら、占い師に聞いてみる。
「そこまでは分からないわ。そこらにいる町娘かも知れないし、貴族令嬢や、もしかしたらお姫様かも知れない、どんな人物かは今回のカードは教えてくれなかったわ」
「栄治さんは格好いいですもんね。モテるのは仕様がないですよね」
ニッコリと笑みを浮かべる優奈から、栄治は冷や汗をかきながら目をそっと逸らす。
「ダイモンエイジ様はおモテになるかも知れませんが、人生良い事ばかりではありませんよ。こちらのカードを見てください」
占い師がそう言って指差すカードは、地面に突き刺さった剣のカードだった。
「このカードの意味は、強い決意、覚悟を意味しています。また、剣には戦場や戦と言った意味も含まれています。この事から、これから先ダイモンエイジ様は、強い決意を持って何度も戦う運命にあります。つまり、近い将来に決意を持って戦い続けないといけなくなる様な、大きな出来事があると思います。そして、そのことに関連していそうなカードが……」
占い師は話を途中で区切ると、最後のカード、4枚のうち唯一裏返しで落ちたカードをゆっくりと表に返した。
そのカードを見て、栄治は眉をひそめる。
そのカードには、黒い化け物が描かれていた。巨大な体躯に凶暴そうな牙を持つそれは、まるで西洋のドラゴンの様であった。
「このカードは邪龍ですわ。これが意味するのは巨大な敵、大きな困難、災厄を意味しているの。貴方にはこの先、辛いことが待っているのかも知れないわね。しかも、このカードは裏返っていた。この困難はひっそりと静かに、水面下でゆっくりと、でも確実に貴方に忍び寄ってくる」
「それは、どうやっても防ぐことはできないのですか?」
占い師の言葉に、若干の恐怖を感じながら、栄治は聞いてみる。
「どの様な事が起こるかわからないから、未然に防ぐのは難しいわ。それに、未来というのは無限に枝分かれしているものなの。今回カードが見せてくれたのはそのほんの一部分。もしかしたら困難が起こらない未来を辿るかも知れない。でも、どうしても怖いというのなら、このお守りを貴方にあげるわ」
そう言って、占い師が栄治に渡したのはミサンガだった。
「これを手首に巻き付けておいて、そうすれば困難に直面した時に、貴方の助けになるわ」
占い師の言葉を聞きながら、栄治は内心で「これって宗教とかでツボを買わされるのと同じ状況なのかな」とそんなことを思いながらも、一応ミサンガを手首に巻きつける。
それを見た占い師は満足そうに頷いた後、今度は視線を優奈に向ける。
「それでは次に、貴女の運命を占いましょう」
そう言って、今度は優奈の占いへと取り掛かる占い師。
その手順は、栄治の時と全く同じだった。まず名前を聞き、カードの山をシャッフルして一列に並べると、その中から優奈が5枚のカードを選ぶ。
「さぁ、貴女の運命はいかなるものか」
占い師が、優奈の選んだカードを頭上に投げ上げる。
カードはそれぞれがバラバラに舞いながらテーブルに向かって落ちていく。
栄治の時は、1枚のカードはテーブルを外れて落ちてしまったが、優奈は5枚全てがテーブルに乗りそうだと思った瞬間、通りに一陣の風が吹いた。その風に乗ってカードの軌道が変わり、3枚のカードが地面に落ちてしまった。
「あら、風が吹いちゃったわ。これは今回の占い結果は無効ね」
占い師が残念そうに言う。その言葉を聞いて栄治と優奈は、拍子抜けしてしまう。
「え? 風が吹くと無効になっちゃうんですか?」
「カード占いって、本来は外じゃなくて屋内でやるものなの」
じゃあなんでこんな所で占いやってんですか! と言う盛大なツッコミを栄治は心の中で行う。
「あの、もう一回やってもらう事って出来るんですか?」
と言う優奈の質問に、占い師は申し訳なさそうに首を左右に振る。
「御免なさい。たとえ無効になったとしても、同じ人を連続で占うことはできないの」
「そうなんですか。それじゃあ仕方がないですね」
優奈は残念そうにしながらも、納得して頷いた。
「申し訳ないから、今回の占いは無料でいいわ」
「え⁉︎ タダでいいんですか?」
栄治はちゃんと占えていたので、その料金は払おうとしていた栄治が、驚きの声を上げる。
「えぇ、もとはと言えば外でカード占いをしていた私が悪いんだしね」
「それではお言葉に甘えて。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
栄治と優奈は占い師にお辞儀すると、席を立って家路に着いた。
遠ざかって行く2人の背中を見ながら、占い師は妖艶な微笑みを浮かべる。
「大いなる器を持ったグンタマーが2人……クウィン様が探していた2人がやっと見つかったわね。それにあの子の運命……」
占い師は、優奈が選んだカードで、風に吹かれてもテーブルに裏返しに落ちた2枚のカードを手に取る。
「これから先、色々と動き出しそうね……」
占い師の持つ2枚カード、1枚は純白の衣を纏った天使のカード、そしてもう1枚は、大きく不気味な鎌を持った黒衣の死神だった。




