第32話 うなじの魅力は理屈じゃない、理屈じゃないんだよ!
湯浴み場の濡れた床をぺチャ、ペチャと音を立てながら浴槽に近づいてくる優奈。滑らないように慎重に歩き、段々と間近に迫ってくる彼女から栄治は目を離せなくなっていた。特に、普段は下ろしている黒く艶のある長髪が今はトップで纏められていて、そこから見えるうなじが嫌が応にもエイジの視線を引きつけた。
やがて浴槽のすぐ隣まで来た優奈は、丁度栄治とは対面に位置する場所に膝をついてしゃがむと、近くに置いてあった桶を手に取り浴槽のお湯を汲んで、かけ湯をする。
栄治はそんな彼女の一連の動作を無言のまま見つめてしまっていた。僅かに自分の口が空いているのにも、気が付いていない。
栄治は心の中で思っていた。これはもうエロいとかでは無くて、すでに芸術の域に達していると。
膝をついてしゃがんでいる姿、首を少し傾けて肩からお湯をかける仕草、そして、流れるお湯で体に巻いてるタオルが外れないように胸元を抑えている手。その全てが美しかった。
栄治は先ほど、部屋に飾られている絵画を見たときに、絵に数億円も払う人の気が知れないと思ったが、もしこのかけ湯をしている時の優奈の油絵とかが売られていたら、自分は数億どころか全財産を叩いてでも買い求めてしまうかも知れない。
そんなアホな事を考えているうちに、優奈はかけ湯を済ませて浴槽へと入ってきた。
彼女は、まず足先でチョンチョンと湯加減を確認した後、一気に肩までお湯に浸かった。どうやら優奈は、一旦足だけ浸かってから全身お湯に入る栄治の「まずは足だけその後ザッパーン」スタイルとは違い、湯加減を確認した後に一気に肩まで浸かる「チョンチョン湯加減すぐにザッパーン」スタイルの様である。
「ん〜〜! 気持ちいいですね!」
お風呂の温もりに、とろけた様な笑顔を浮かべる優奈。
栄治ですら、お湯に浸かった瞬間は至高の幸せを感じたのだ。女性である優奈はもう、極楽ここに極まれり! と言ったところであろう。
「やっぱりお風呂は最高ですねっ!」
「あぁ、全くその通りだね」
幸せな笑みを浮かべて話す優奈に、栄治もつられて笑みを浮かべながら答える。
その後二人は、しばし無言で入浴を楽しむ。とは言っても、栄治の方は優奈が気になり、彼女の方をチラチラと見て、心の底から落ち着くことはできない様だった。対する優奈は、薄く目を閉じて、時折「ふぅ〜」と大きく息を吐き、心の底からこの入浴を楽しんでいる様子であった。
お互い無言のまま、暫く静かな入浴時間を堪能した後、優奈が徐に話し出した。
「盗賊達との戦い、大変でしたね……」
「……うん、そうだね」
しみじみと言った感じで言葉を発する優奈に、栄治も感慨深く返事をする。
「前の世界では戦いなんてしたことが無かったけど、この世界で戦いは普通のことなんですよね。私たちが学校に通ってた様に、兵士は戦場に通う。そして、人も当たり前の様に死ぬ。普通のことなんですよね……」
「そう……だね、この世界での戦争は、前の俺たちの世界よりもずっと身近なんだと思う。死、というものもね」
栄治の言葉に、優奈の表情には悲しみが差し込む。
きっと彼女は、捕らえられた盗賊達の事を気にしているのだろう。優奈が盗賊達の処遇を聞いたとき、騎士は言っていた。盗賊達は皆処刑だと。
盗賊達は数々の罪を犯してきた。残虐なこともやってきているし、人も殺めている。それらの行いを鑑みると、処刑というのは妥当な処遇なのかも知れない。犯してきた罪と同等の罰を与える。命を奪ったものにはその命で償ってもらう。至極真っ当な考えにも思える。
しかし、平和な世界で育ってきた優奈にとっては、どんなに罪を犯した盗賊であっても、1つの命の重さは平等であった。
優奈がそういう価値観を抱くのは当然である。何故ならそういう教育を受けてきたからだ。人類皆平等、どんな時でも人権は尊重され、人としての尊厳は守られるべきである。そういう教えが、彼女の思考の根底にあるため、自分が捕縛したせいで盗賊達が処刑されることに心を痛めているのだろう。
それに関しては、栄治の方は幾分か耐性があった。
彼は82年という年月を生きてきた中で、少し考え方が良く言えば柔軟、悪く言えば捻くれていた。
命の重さなど、人の都合によっていくらでも変わってしまう。戦争がそれの最たるもので、例えば街中で100人殺せば、歴史に名を残す大量殺人犯になるだろう。しかしそれが戦場なら、100人もの敵を葬り去ったとして、歴史に名を輝かせる英雄の誕生となる。同じ100人の命なのに、状況が変われば正反対になってしまうのだから、人の命は平等なんかじゃない。という考えが、盗賊達の処刑という事実から栄治の心を守っている。
「なぁ優奈、この世界は俺たちが暮らしていた日本よりもずっと厳しい。本当に厳しいよ……そのせいで苦しんでいる人がいるかも知れない、助けを呼んでいる人がいるかも知れない、今回のレオンの様にね。そういった人達が理不尽に命を奪われるのは俺は嫌だよ。だから戦う、たとえ盗賊達の様な人達の命を奪うことになっても……ね」
栄治が優奈に向かってそういうと、彼女は何度か頷いた後に、笑顔を浮かべた。
「そうですよね、今回はクリスティーンさん達を助けることができたんですもんね」
優奈はそう言いながら笑顔を浮かべるものの、そこには若干の陰りがあった。しかし、この問題については、今栄治がどんなに言葉を重ねても解決はできないだろう。これは、じっくりと自分の心と向き合って折り合いをつけないといけない問題で、他人の言葉ではせいぜいその手助けができるくらいだ。
再び二人の間に沈黙が流れる。
栄治は、ライオンの様な石像の口から流れ出るお湯の音に耳を傾けていると、再び優奈が口を開いた。
「あ、あの……隣……行ってもいいですか……?」
完全に不意打ちだった。
栄治は、優奈の唐突な申し出に激しく動揺する。
「え⁉︎ あ、う、うん! もちろんいいよ!」
動揺して案の定言葉を詰まらせる栄治であるが、当然の様に彼女の申し出を快諾する。何故なら上目遣いで言われたからである。
「……ありがとうございます」
「お……う、うっす」
恥じらいを含んだ表情でお礼を言われ、そんな彼女に内心で悶絶する栄治は、若干変な口調で返事をしてしまう。
優奈は湯船で一度立ち上がると、ゆっくりと栄治に近づき、やがて彼の隣に腰を下ろして再び肩までお湯に浸かる。
彼女がお湯に浸かった際に立った波がすぐに栄治に伝わる。
栄治の動揺はさらに加速する。近い! これは思っていた以上に近い! と栄治は心の中で絶叫していた。今まで浴槽の端と端で、それなりに離れていたから理性を保っていられたのに、こんなにも距離を詰められたら、自分はどうにかなってしまうのではないか。
そんな彼の動揺をよそに優奈は、はにかみながら話しかけてくる。
「私、男の人と一緒にお風呂に入るなんて、お父さん以外では栄治さんが初めてです。でもお父さんとお風呂に入っていたのも、かなり小さい時でしたから……そう考えると、男性とのお風呂は栄治さんが初ですね」
「へ、へぇ〜……そっか、うん、それはとても……光栄だす」
興奮と緊張のためか、栄治の口はうまく回らず、最後に噛んでしまって語尾がどこかの田舎っぺの様になってしまった。
手を伸ばせばすぐに触れられる位置に、体にタオルを一枚巻いただけの美少女がいれば、正気を失っても仕方がないのではないだろうか。しかも、体に巻きついているタオルは、水圧のせいで優奈の体にぴったりと張り付き、彼女の悩ましいボディラインをクッキリハッキリ顕著鮮明に映し出している。
「優奈って本当に……可愛いよね」
優奈の魅力で、正常な思考能力を奪われてしまっている栄治が、心に浮かんだ言葉をそのままストレートに口に出してしまう。
「ふぇ⁉︎ あ、ありがとうございます……」
栄治に褒められた時の、優奈の反応がなんとも可愛らしい。
驚きでつぶらな瞳を大きく広げた後に、恥ずかしそうに頬を染めて俯く。そんな彼女の仕草が可愛すぎて、栄治はもう涙が出そうだった。しかも、彼女が顔を俯かせたせいで、うなじが今まで以上にはっきりと見える。いままで栄治は、そこまでうなじに対して魅力を感じたことがなかったが、今回の優奈を見て、新たな性癖に目覚めてしまったのかも知れない。
浴衣とかを着たら最高なんだろうな、と思い優奈の浴衣姿をイメージしつつ、そんな彼女と夏の縁日で屋台巡りなんかできたら幸せだな。そんな妄想を栄治が膨らませていると、今だに頬を染めている優奈がニコッと笑いながら言う。
「やっぱり栄治さんにそういう事を言われると、なんだか照れちゃいますね」
「そ、そう? あー、ごめんね?」
「いえ謝らないでください、栄治さんに褒められると恥ずかしいけど、それと同時にすごく嬉しんです」
そう言って満面の笑みを浮かべる彼女の表情に、栄治が見惚れていると、優奈が身体ごと向きを栄治の方を向けて話しかけてくる。
「あの……栄治さんって現世ではどんな人だったんですか?」
「えっ、現世かい? そ、そうだな……」
急な優奈の話題振りに、栄治は返答を躊躇してしまった。
彼は、今のサーグヴェルドでは20歳前後の若々しい姿をしているが、現世では82歳のヨボヨボ爺さんであった。それをそのまま正直に優奈に話すと引かれてしまうのではないか、という懸念が栄治の脳裏を過ぎったのだ。しかし、それを誤魔化すようないい話も思いつかなかったので、結局栄治はありのままを話してしまう。
「えーと、俺は現世では会社の社長をやっててさ、結構なセレブだったんだよ?」
若干のドヤ顔を浮かべながらいう栄治に、優奈は純粋な賞賛の眼差しを向ける。
「わぁ、栄治さんってすごい人だったんですね!」
両手を合わせて表情を輝かせる優奈に、栄治も気分を良くする。
「ま、まぁね。俺は82歳で寿命を迎えてこの世界に来たんだけど、自分の人生に悔いはないと思っているよ。十分に謳歌したと思う」
「充実した人生を送ってきたんですね」
栄治はチラッと優奈の様子を伺うが、82歳という部分には特に反応を示さなかった。彼女はただただ感心した眼差しを栄治に向けるばかりである。
それに安堵した栄治は、何の気兼ね無く自分の身の上話をする。
自分の出身地や、どのような学生時代を送ってきたか。大学を卒業して就職した話、脱サラして事業を立ち上げた話、そして社長にまで登り詰めた話。
栄治の話を聞いている時、優奈は常に彼の目を見ながら、感心したり驚いたりと反応を豊かに示してくれたので、話す方も気分が良くなって色々な事を話してしまった。
「栄治さんは本当に色々な経験をされてきたんですね」
栄治の体験談や苦労話を聞き入っていた優奈が、羨望の眼差しでいう。
そんな彼女に、気分が良くて調子に乗ってしまっていた栄治が、これまた調子のいい事を口走る。
「でも結婚は一度も経験できなかったかな。もし優奈みたいな女性がいたら、即プロポーズしてたんだけどね」
「……それは本当ですか?」
言ってしまった瞬間に、栄治は「やべっ」と焦ってしまう。何故なら、彼の言葉を聞いた優奈が結構マジな顔をしてきたからだ。
また頬を染めて顔を俯かせてしまう。というような反応を予想していた栄治は、若干身を乗り出して、まっすぐな瞳を向けてくる優奈に、思わず視線を泳がしてしまう。ほぼ真顔で見つめてくる彼女の様子は「適当なこと言ってんじゃねぇぞ?」と怒っているようにも感じられる。
暫しの気まずい沈黙の後、栄治は優奈の圧力に押されて返事をする。
「……うん。まぁ、本当に優奈みたいな子がいたら、結婚したい次第でございます……」
「そう……なんですね」
「……はい」
短いやり取りの後、二人の間に再び気まずい沈黙が流れる。
栄治はこの変になってしまった空気を変えようと、優奈のことを聞いてみる。
「えと……優奈はどんな現世を送ってきたんだい?」
栄治のその言葉に、彼女は昔を思い出すように視線を少し上に向ける。
「私はですね……栄治さんのように色々な経験をすることができませんでした」
少しだけ悲しみを感じさせる表情を浮かべて話す優奈に、栄治がその先を聞こうか迷っていると、彼女の方から話し出してくれた。
「私は産まれながらに病気を抱えていてですね。俗に言う不治の病というやつです。それのせいで、私はほとんど病院で過ごしていました」
思いのほか大変な人生を送って来ていた優奈に、栄治はどんな言葉をかけるか迷ってしまう。
「それはその……大変な人生を送ってきたんだね」
月並みな言葉しか思い浮かばない栄治に、優奈は小さく微笑む。
「そうですね。入院していた病院はちょうど通学路に面していて、私の病室から登下校している学生が良く見えたんです。私はベットに横になりながら、楽しそうに話している学生達をよく眺めていました」
「ずっと入院生活だったの? 退院とかはできなかったの?」
「中学生の半分くらいまでは、退院して普通に生活できる期間もそれなりにありました。でも高校に上がってからは病態も悪化してずっと病院暮らしでした」
その時のことを思い出しているのか、ちょっと辛そうに話す優奈に、栄治も心を痛める。
高校生といえば、青春のど真ん中である。そんな時に、代わり映えのしない病室で日々を過ごすなど、苦痛で仕方がなかっただろう。
「私はいつも病室の窓から外を見てました。夕方の下校時間になると付き合っている高校生が通るんですよ。お互いの手を握りながら、楽しそうに歩いてるんです。私はその人達を見て、あんなに笑顔を浮かべて何を話しているんだろうって考えていました。それと、いつか私も元気になって退院して、素敵な彼氏を見つけるんだって……でもその夢も叶いませんでした。ちょうど高校を卒業するくらいの時に、急に病気の進行が早まって、結局そのまま寿命を迎えちゃいました」
話し終わった後に、優奈は健気な笑みを浮かべるが、その姿が居た堪れなく思わず手を伸ばして、彼女の肩に手を置きそうになる栄治だったが、今は入浴中で優奈の格好がどんなであるかを思い出し、慌てて手を引っ込める。
「辛い人生だったんだね」
代わりに言葉を投げかける栄治に、優奈は小さく頷く。
「そうですね。病室のベットで横になっている時、良く考えていました。なんで私なんだろうって、なんで私だけこんなに辛い思いをしないといけないんだろうって、自分の人生を恨んでもいました」
そこまで話した後に優奈は一旦言葉を区切ると、なぜか栄治の方をジッと見つめた後に話を再開させる。
「でも今は恨んでいません。むしろ感謝しているかもしれません。お父さんお母さん、それと人数は少なかったですけど大切な友達とはもっと一緒に過ごして、色々な経験を共有したかったですけど、それでももう自分の人生を恨むことはありません…………こうして栄治さんに出会えましたから」
「え⁉︎ お、俺?」
はにかみながら言った優奈の言葉に、栄治は驚いて思わず自分で自分を指差す。そんな彼に、優奈はニッコリと笑みを浮かべながら大きく頷く。
「はい。さっきも言いましたけど、私はずっと入院していたのであまり恋愛の経験がないんです。確か初恋は小学生の時で、相手は私の担当をしてくれていたお医者さんでした。とても優しい方で、子供からお年寄りまで分け隔てない対応をしていたところが、多分好きになったポイントですね。次に好きになった子が、中学一年生の頃で、同じ病室にいた男の子でした。サッカーで骨を折っちゃったんです。とても明るい子で、ちょっとやんちゃでしたね」
そう言って楽しそうに話す優奈を見て、栄治は混乱する。
急に自分に出会えたから、人生に悔いはないと言ったかと思えば、突然初恋の話を初めて、彼女が一体何を伝えたいのか皆目見当がつかなくなってしまった。
そんな混乱している栄治を置き去りにして、優奈は話を続ける。
「お医者さんを好きになった時も、サッカー少年君を好きになった時も、毎日がとても輝いていました。今日はお話しできるかな? 話せたとしたらどんな話をしようかな? って考えているだけで何時間も経っちゃってたりするんですよ? 恋って不思議だなぁってその当時は思いました。 でも今思うとあれは本当の恋じゃなかったのかもしれません」
優奈は胸を抑えるように、両手を胸元に持ってくる。
「あの時はたしかに毎日が楽しかったです。胸がワクワクと言う感じでした。でも本当の恋ってそう言うんじゃないんですね。ワクワクだけじゃない、時にはギュッと締め付けるように苦しくなったりもするし、逆に口から心臓が出ちゃうんじゃないかって言うくらいに高鳴る時があります」
そう話す優奈の言葉を聞いて、栄治は混乱する思考の中に、1つの考えが浮かんでくる。しかし、彼はそれを意識しないようにする。まさかそんな訳がないと、浮かぶ予測を思考の片隅へと追いやり、まだ混乱しているふりをする。
しかし、そんなことは許されない、決定的な言葉が優奈の口から放たれた。
「恋って楽しいだけじゃない、辛くなる時もあるんだって思い知りました。こう言う感情を知れたのは全て……栄治さんのおかげです!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、満面の笑みで言う優奈に栄治は固まってしまう。そんな彼に優奈はさらに追い討ちをかけていく。
「私……栄治さんのことが好きです! 初めは優しい人だなって思っているだけでした。でもそれから、だんだんと頼もしい人だなって思うようになって、気がついたら好きになってました。いえ、もしかしたら出会った瞬間から好きだったのかも知れません。もう私にもよくわかりません。でも……でも今は栄治さんの事が大好きです!」
恥ずかしさからか、捲し立てるように早口で言った後の優奈の表情は、実に面白いものだった。
まず全ての言葉を言い終えた後に、少しスッキリしたような清々しい表情になり、その後ハッと我に帰り羞恥に頬を染めながらも、期待の篭った視線を栄治に送る。そのあとは、時間の経過とともに不安とも怯えとも取れる表情を強くしていく。
そんな彼女の様子を見て、栄治は早く返事をしなくてはと焦るが、焦れば焦るほど言葉が何も思い浮かばなくなってしまう。
まるで陸に打ち上げられた魚のように、口をパクパクさせる栄治。
そんな彼の様子に、優奈は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ! あの! これはただ私の気持ちを伝えただけなので、その……栄治さんの返事を求めているとか、そう言うのではないので! ただ私の気持ちを知って欲しかったと言うか……あの……え〜っと……わ、私上がりますね! のぼせちゃったみたいです」
優奈はそう言うと、バシャッと勢いよく湯船から立ち上がり、そのまま湯浴み場の出口まで行って、姿を消してしまった。
その間、なんの言葉も行動も起こせなかった栄治は、呆然と優奈が姿を消した後の扉をただジッと見つめていた。
「……情けねぇ、マジで情けねぇ……」
あまりにもヘタレな自分の不甲斐なさに、栄治は自己嫌悪になりながら口元までお湯に浸かると、息を吐いてお湯をブクブクさせた。




