第30話 感動の再会といえば抱き合ってクルクルが定番だと僕は思います
真夜中の暗闇の中に伸びる一本の街道、夜明けまであと数時間もあるというこの時間帯は、本来であれば人の往来などほぼ皆無となるはずである。しかし、例外というものは何事にもある。今、ダッシュベンとクレシオンを結ぶ街道には、何百という数の松明で辺りを照らしながら、歩みを進める集団があった。
総勢でおよそ900人はいる軍団の隊列の中間に位置するところを歩く栄治は、自分の右隣を歩くクリスティーンに声をかける。
「クリスティーンさんが無事で本当に良かったです。もしも、あなたを無事に救出出来てなかったら、レオンに合わせる顔がありませんでしたよ」
和かな笑みを浮かべながら話す栄治。
クレシオンを出発するとき、散々レオンに「お前の姉ちゃんの事は俺達に任せとけ、何も心配する事はない!」等と言ってきた栄治にとって、今回の作戦が失敗していたらと考えると、それはもう想像にするのも恐ろしい事だった。
だが、今回は優奈の活躍のおかげで作戦は大成功、ギムリから依頼されていた盗賊達の生け捕りに成功し、彼らに囚われていた人達も、全員無傷で助け出すことができた。ちなみに、生け捕りにした盗賊達は、全員の上半身をロープでぐるぐる巻きにして拘束し、更に全員が繋がる様にロープで連結させている。こうする事によって、誰か1人が逃げる為に違う方向に走り出しても、他の盗賊達も同じ方向で同じ速度で走リ出さない限り逃げられる事はない。しかも、周りには何百人もの兵が監視しているので、逃走はほぼ不可能なはずだ。
「ここまで上手くいったのは優奈のおかげだね」
そう言って、栄治は左隣りを歩く優奈に声をかける。
「……ふぇ? あ、ううん。あれは栄治さんとの連携が上手くいったからだよ」
歩きながらぼーっとしていたのか、優奈は栄治の言葉に一拍遅れてから反応し、そこから謙遜の言葉を口にする。
栄治と会話する優奈は、若干口角が上がっており視線も栄治から少しずらされているが、時折チラッと彼の目へ視線が向かう。しかしそれも恥ずかしさからか、すぐに逸らしてしまう。彼女がぼーっとしていたのも、栄治の事を考えていたからだったりするのだが、栄治はそんなことには一切気がつかない。彼女の表情の変化や視線は、そこまであからさまではないので、栄治は優奈がぼーっとしていたのは、今がほぼ徹夜に近い状況だから睡魔に襲われているのだろう、そのように受け止めていた。
「栄治さんがいてくれるから、私は戦えるんだよ?」
上目遣い気味に言う優奈の視線は、僅かに潤いを含んでいて、思わず栄治はドキッとしてしまう。
「ま、まあ……こういう厳しい世界では助け合いが大事だからね。俺も優奈がいてくれるお陰で、強い心を持って戦えているよ」
「うん……」
栄治の言葉に小さく頷く彼女は、恥ずかしそうな、だが嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情が何とも可愛らしく、栄治は思わず見惚れてしまう。
「でも、今回盗賊に囚われていた人達が無事だったのは、優奈の功績だよ」
優奈は、囚われている人達が入っていた檻のすぐ近くで軍団展開したおかげで、盗賊達は檻に近づけず、手を出せなかったのである。
「ほんとみんな無傷で救えて良かったよ」
「そうですね」
栄治と優奈が、自分たちの少し前を歩く、つい先程まで檻に閉じ込められていた人達に、柔らかな視線を投げかける。
盗賊達に捕らえられていたのは、女性がクリスティーンを含めて8人、男性は12人で子供も10人が囚われていた。栄治と優奈が助けに行ったとき、皆んな状況が理解できずにただ檻の中で呆然と立ち尽くしていたが、檻から解放して事情を説明してあげると、お互いに手を取り合って喜びを爆発させていた。子供達はしゃぎ過ぎたのと、助かったという安心感からか、皆んな睡魔に襲われてしまい、今は兵士の背中におんぶして貰いながら、スヤスヤと寝息を立てている。
「うふふ、子供の寝顔って可愛いですよね。あの顔を見れただけで、私幸せになっちゃいます」
そう言って慈愛溢れる笑みを浮かべる優奈に、クリスティーンがふと思い出したように彼女に言葉をかけた。
「そういえばユウナさん。あなたが私のいる檻に入ってきたとき、どうして私がレオンの姉だとわかったんですか?」
優奈が檻に閉じ込められたとき、彼女は囚われている女性達をグルッと見回した後に、何の迷いもなくクリスティーンに声をかけたのだ。
優奈はその時のことを思い出そうと、軽く顎に人差し指を添えて視線を上に向けた後、「あぁ」と楽しそうな表情を顔いっぱいに広げる。
「それは分かりますよ。だってクリスティーンさんとレオン君って凄くそっくりじゃないですか。ね、栄治さん」
「えっ⁉︎ あ、うん。確かにそっくりだね」
急に話を振られた栄治はびっくりしてしまったが、改めてクリスティーンをじっくり見てみると、目元や鼻筋がレオンにそっくりだった。しかし、全く面識がないときに、複数の女性の中から迷わずに選べるかと言われると、栄治にはその自信が全くなかった。
やはり女性は、男性より洞察力や観察力に優れているのかな? などと栄治が思っているなか、優奈とクリスティーンは楽しそうに話を続けている。
「そんなにレオンと似てるのかな?」
「うんうん、もうそっくりだよ! その『似てるのかな?』って言って首を少し傾ける角度とか、もうレオン君そのものだよ!」
首の角度なんてそんな細かいところまでわかるのか! と驚愕する栄治。そんな彼をよそに、女性2人はこの会話をきっかけに、どんどん会話を膨らませていた。
栄治はそんな2人の会話を聞きながら、一路クレシオンを目指す。
それから暫く歩き、地平線の一部が白くなり始め、もうすぐで夜明けという頃に、栄治達一行の前にクレシオンの巨大な城壁見えてきた。
「クレシオンが見えてきたよ」
栄治が、なにやらお互いの容姿を褒め合って盛り上がっている女の子2人に声をかけ教えてあげる。
「やっと戻ってこれたね」
「……本当に私は無事に帰ってこれたんですね」
クレシオンの城壁を見て、優奈は安堵に笑みを浮かべる。それに対してクリスティーンは、最初言葉を詰まらせると、ポツリと小さく言葉を零した。その瞳には、涙が浮かんでいる。
きっとクリスティーンは、盗賊に捕まったとき自身の人生の末路を感じていたのだろう。そんな時に、弟から助けを頼まれたという人物が現れて、もう戻れないと思っていた故郷に帰ってくることができたら、それはもう感極まって涙が浮かぶのも当然の事だろう。
クレシオンを見て、涙を浮かべ心の底から嬉しそうな笑みを浮かべるクリスティーンを見て、栄治と優奈は、お互いに視線を合わせると無言でニコッと微笑み合った。
クレシオンの城壁が見え始めてから一時間弱経って、栄治達は城門へとやってきた。門番にはすでにギムリの方から連絡が入っていて、栄治達の軍団が見えると、すぐに門を開いて出迎えの騎士達が出てきた。
「エイジ様、ユウナ様。お帰りなさいませ。この度の戦いの戦果、誠にお見事でございます」
出迎えの騎士の中から代表の騎士が1人、栄治と優奈の元にやってきて労いの言葉をかける。
「本当に盗賊達の一団を丸ごと生け捕りにしてしまうとは、グンタマー様のお力は偉大でございますな」
「いえ、こちらもあなた達のお力になれて何よりです」
「困っている人を助ける。人として当然のことをしたまでです」
騎士の言葉に、若干照れながら栄治と優奈はそれぞれ答える。
「お二人様の協力には我々一同心より感謝しております。捕らえた盗賊達はこのまま王城内の地下牢に連行していきます。大変申し訳ないのですが、安全を期すためにそこまでの同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです」
騎士の申し出に栄治は快く返事を返す。
捕らえた盗賊は全部で87人、それに対して出迎えの騎士は20人、この人数では盗賊達がいかに拘束されているとはいえ、安全に連行するには些か不安を感じる。しかし、ここで栄治と優奈の連合軍も連行に同行すれば、流石に盗賊達もこの圧倒的な戦力差を前に、逃亡を図ろうなどとは思わないはずだ。
「あ、そうだ。盗賊に捕らえられていた人達も救助したのですが、その人達はどうすればいいですか?」
優奈が自分たちの少し前と、そしてすぐ隣に立っているクリスティーンを見ながら尋ねる。
「その人達についても、一度王城の方で保護させて頂きます」
その言葉に栄治と優奈は頷くと、騎士達と一緒に王城を目指し進んだ。
王城へと続く大通りは人通りがなく、栄治達の軍団はかなりの人数であるにも関わらず、スムーズに移動することができた。空がかなり白み始め、もう少しで地平線から太陽が顔を覗かせようとしているが、流石に市民が活動を始めるには、時間が早過ぎる。それでも、幾らかは目覚めている人達もいるようで、家の窓や玄関の扉を薄く開いて、様子を伺っている人達もちらほらと見受けられた。
栄治達の軍団だけで約900人、それに捕らえた盗賊や同行する騎士達を合わせると1000人ほどの大所帯である。それが早朝の大通りをズンズンと行進していれば、気になるのは当然だ。しかし、流石に大通りまで出てくるような市民はいなく、栄治達はなにも問題なく王城内へと入ることができた。
王城内と言ってもその敷地は広く、盗賊達を入れる地下牢は、王族がいる区域から一番遠い場所にあった。
地下牢へと続く石造りの冷たく無骨な雰囲気の建物の前までくると、中から大勢の獄司達が出てくる。栄治は彼らに捕らえた盗賊達を引き渡した。盗賊達は建物に入る前に、皆揃って絶望に染まった表情を浮かべていた。
獄司に引っ張られてゾロゾロと建物内に入っていく盗賊達を見て、優奈が隣にいた騎士に尋ねた。
「彼らはこの先どうなるのですか?」
優奈の疑問に、騎士は当然の事のように盗賊達のこの先の事を淡々と話す。
「盗賊行為を行ったものは原則として処刑です。ですが、中には食糧難などによって仕方がなく盗賊に身を落とすものもいます。そう言った者達に対しては、処罰が軽くなる可能性がありますが、今回の盗賊達は自ら盗賊に身を落とした者達、それに犯した罪も大きい。よって、彼らは拷問にかけたのちに処刑となるでしょう。そのうちの何人かは見せしめとして、公開処刑になるかもしれません」
ここは彼らにとって正しく地獄であった。しかし、盗賊達は今までに数多くの罪を犯したのだから、同情するには値しない。当然の報いを受ける時がきたのだ。
栄治はそうやって心に言い聞かせ、自分の精神を守る。ふと隣に目を向けると、優奈が辛そうな表情で目をうつむかせていた。そんな彼女に励ましの言葉をかけようとするが、なんと声をかければいいのかわからない栄治。
結局、なにも言葉をかけられないまま時間だけが過ぎ、盗賊達の引き渡しが終わってしまった。
盗賊達がいなくなり、軍団の必要がなくなった栄治と優奈は、自分の軍団を収納する。一瞬で光の塊となり、姿を消す光景を見て、クリスティーンや騎士達が「おぉ」と感嘆の声を上げた。ちなみに、軍団の兵士が姿を消す前に、背負っていた子供達は騎士達が引き受けた。騎士というものは、貴族がなるものでプライドが高く、そう言った事を嫌がると栄治は思っていたが、そんな彼の予想に反して、騎士達は寝ている子供達を丁重に扱っていた。
その後、栄治達は再び移動して、囚われていた人達を引き取るための、宿泊する設備があるところへと向かった。
牢獄のあった建物とは違い、白い石造りの建物は、あちこちに細やかな装飾が施されていて、おもてなしの精神を感じることができる。
騎士達が先行して歩き、焦げ茶色の艶のある両開き扉を開けると、栄治と優奈そしてクリスティーン達囚われていた人達に、中に入るように促した。
栄治達は促されるままに建物内に入ると、玄関から真っ直ぐに真紅の絨毯が敷かれていて、その左右に10人ずつメイドさんが立って、綺麗なお辞儀を披露していた。
「おぉ……本物のメイドだ……」
栄治は思わず感動の言葉を漏らしてしまう。
目の前でお辞儀しているメイド達は、栄治が現世で見た事のあるメイドとはかけ離れていて、服装はフリフリしておらず、実用性重視の地味な格好で、女性の年齢も30代から40代くらいのおばさん達である。しかし、彼女らの身だしなみはしっかりと清潔に整えられていて、綺麗に整列しているその姿からは、この人達はおもてなしのプロだ。と思わせる雰囲気が滲み出ていた。
「わぁ! メイドさんだ! 可愛いですねぇ」
栄治の隣では、優奈がメイド達を見てテンションを上げていた。栄治はそんな彼女をチラッと横目で見ると、メイド服を着た優奈が「お帰りなさいませご主人様」と言っている光景を想像して、軽く鼻血を噴出しそうになる。
ちょうどその時、全員建物内に入った事を確認した騎士が説明を始めた。彼はまず始めに、クリスティーン達囚われていた人に話す。
「あなた方は今日ここに宿泊してもらいます。そして明日、盗賊達についての情報をお聞かせください。その後我々が責任を持って送らせていただきます。今まで大変な思いをしたと思いますが、今日は全てを忘れゆっくりと過ごしてください」
騎士の言葉に、クリスティーン達の表情が自然と綻ぶ。次に騎士は栄治と優奈の方を向く。
「エイジ様とユウナ様も今日はここでお寛ぎくださいませ。我々にできる精一杯のおもてなしを致します」
そう言って頭を下げる騎士に、栄治と優奈の2人はいかにも日本人らしく「いえいえどうかお構いなく〜」だとか「お気持ちだけで充分です〜」とか言っていると、メイド達の陰から1人の子供が顔を覗かせた。
その子供は何かを探すように視線を漂わせ、やがてクリスティーンのところでピタッと止まる。
「姉ちゃん!」
子供はクリスティーン目掛けて全力で走り出した。
「レオン!」
クリスティーンも叫ぶと両手を広げて、走ってくる子供、レオンを迎える。
レオンは姉に向かって走り、最後はダイブする感じでクリスティーンの胸に飛び込んだ。彼女はそれをしっかりと受け止めて、両腕でしっかりとレオンを抱きしめると、その場でクルクルと回転する。
「姉ちゃん! 姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん‼︎」
レオンは嬉しさのあまり、同じ言葉を連呼する。そんな弟をクリスティーンはそっと優しく抱きしめて頭を撫でると、レオンの頭に頬を乗せて言う。
「ありがとうレオン。エイジ様とユウナ様から話は聞いたわ。あなた私を助けるために必死に助けを探しれくれたのよね?」
「うん! ……でも誰も助けてくれなくて……そんな時にエイジさんとユウナさんが助けてくれたんだ!」
レオンはクリスティーンから離れると、エイジ達のところに来て深々と頭を下げた。
「本当に姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます。もしあの時、エイジさんとユウナさんに会えてなかったら、俺は……」
途中で言葉を詰まらせ、鼻をすするレオン。そんな彼の頭に、栄治がポンと優しく手を添える。
「約束しただろ? お前の姉ちゃんは必ず助け出すって」
栄治がそう言うと、レオンは無言のまま何度も何度も頭を下げた。その隣にクリスティーンも来て弟と同じように、深々と頭を下げる。
「私からも重ねてお礼を言わせてください。お2人は私たちにとっての大恩人です。本当に感謝しております。このご恩に対して、どんなお礼をすれば良いのか……」
そう言うクリスティーンに、優奈が笑みで答える。
「お礼は、クリスティーンさんとレオン君が再開した時の笑顔で充分です」
優奈はそう言って、栄治の方に視線を向ける。エイジもそれに対して同感であると大きく頷いた。
「それに今回の作戦については、クレシオンの方から報酬も頂いていますから、クリスティーンさん達は何も気にすることがありませんよ」
その言葉を聞いて、クリスティーンとレオンの姉弟は再び深々と頭を下げたあと、再び再開を噛み締めるかのように抱擁をした。
そんな仲の良い姉弟を見て、栄治と優奈の2人だけでなく、騎士やメイド達も全員が微笑みの表情を浮かべて、姉弟を見ていた。




