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第28話 王様ドッチボールをやるときはイケメンかクラスの人気者を狙えば良い

 栄治は、自分の軍団を心強く感じながら丘の頂に立ち、そこから眼下の盗賊達の拠点を見下ろす。

 盗賊達の拠点からはいくつかの焚き火の灯りが見えているが、討伐隊を警戒して、煙があまり立たないように、小さなものになっている。


「ふむ、なるほど。これはなかなか良い立地に拠点を構えてますな」


 栄治は顎に手を当てて、何度か頷く。

 盗賊たちの拠点は、3つの小高い丘に囲まれている場所にある。

 栄治は自分の軍団に囲まれて、武装解除されている3人の盗賊にチラッと目を向けて、軍団の動かし方を考える。

 現在の栄治の軍団は、以下のようになっている。


 軽装歩兵   100名

 魔術師見習い 100名

 長弓兵    100名

 剣士     50名

 軽魔槍兵   30名

 投槍兵    30名

 槍兵     80名


 合計     490名


 更に、栄治はこの軍団を第1部隊から第6部隊まで分けている。その詳細は以下の通りである。


第1部隊


 軽装歩兵   40名

 剣士     30名

 軽魔装兵   10名

 槍兵     40名

 魔術師見習い 10名

 長弓兵    10名


 合計     140名


 この部隊は、戦場で栄治と行動をともにする、いわば主力部隊である。構成的には、近接系の兵種がメインとなっているが、様々な状況に対応できるように、一応遠距離攻撃のできる、魔術師見習いと長弓兵も、少数ではあるが編成に組み込まれている。


第2・3部隊


 剣士   10名

 軽魔装兵 10名

 投槍兵  15名

 槍兵   20名


 合計   55名


 第2部隊と第3部隊は、全く同じ編成で、近接特化の部隊となっている。唯一の遠距離攻撃の手段は、投槍兵の技能である『投槍』だけだが、これは弓矢に比べると攻撃力はかなり高いが、射程は弓と比べるまでもない程に短い。

 この2つの部隊の役割は、主力である第1部隊の補佐である。今回の戦いにおいては、逃げ出そうとする盗賊達の先回りをして、退路を塞いでおく役割を担ってもらう。


第4部隊


 軽装歩兵   20名

 長弓兵    50名

 魔術師見習い 50名

 

 合計     120名


 第4部隊は、遠距離攻撃の要となる部隊。第1部隊に次ぐ、栄治軍団第2の主力部隊である。その構成は、護衛の軽装歩兵以外は、遠距離攻撃の兵種となっている。


第5・6部隊


 軽装歩兵   20名

 長弓兵    20名

 魔術師見習い 20名


 合計     60名


 第5部隊と第6部隊も、第4部隊と構成は全く同じだが、人数が若干少なくなっている。

 これが今の栄治の軍団構成である。

 第1部隊を軍団の本隊とし、第4部隊は遠距離から攻撃を支援する。第2、第3部隊は状況に応じて本隊の支援に回ったり、遠距離攻撃部隊の護衛に回る。第5、第6部隊も同様に戦場の状況に応じて他部隊を支援する。といった感じである。

 栄治はこれからの作戦を頭の中に思い浮かべながら、それぞれの部隊に指示を出していく。


「第4部隊は、このままこの丘の上にいてくれ。第5と第6は、残り2つの丘の制圧に向かってくれ、そこにも見張りの盗賊がいるはずだ。第2と第3部隊は、俺たちとは別に丘を下って行き、盗賊達の退路を塞いでおいてほしい。あぁ、それと、今回は長弓兵も第2、第3部隊と一緒に行動してくれ。騎兵を止めるには長弓兵の技能『木杭』が必要だからね。第1部隊は俺と一緒にこのまま丘を駆け下りて、盗賊達を急襲する。向こうが態勢を整える前に、一気に制圧するぞ!」


 栄治が指示を出すと、兵士達は頷いて、彼の指示通りに動いて丘の上から散らばっていく。

 その様子を見つめる栄治は、自身も短く息を吐いて気合いを入れると、一番上に着ていた厚手のローブを脱ぎ捨てた。


「よーし、それじゃあ、お前達準備はいいか? いよいよ悪を成敗する時が来た。いくぞ……突撃っ!!」


 月光の下で、金色の不死鳥の刺繍が施されている漆黒のマントをはためかせ、栄治が号令をくだすと共に、彼の主力部隊が一斉に丘を駆け下りていく。

 栄治も自分の部隊に続いて、一気に駆け下りていった。丘の斜面を風を切りながら走っていると、段々と自身の気持ちが昂ぶっているのが栄治には分かった。この感情の昂りは、戦いに対しての意気込みや恐怖感がゴチャゴチャに混ざって、高揚感をもたらしているのかもしれない。気付けば栄治は、他の兵士たちと一緒に「うおぉー!」と叫び声をあげながら、盗賊達の拠点に突撃していた。


「て、敵の襲撃だぁぁーー!」


「う、うわぁー! 丘の方からも来やがった!」


 丘の斜面から、怒涛の勢いで攻め寄せてきた栄治の軍団に、盗賊達は度肝を抜かされていた。


「何なんだよ……何で急にあちこちから軍団が襲ってきてんだよっ!!」


 栄治達が、盗賊達の拠点に突撃した時には既に、盗賊達は各々に絶望の表情を浮かべ、慌てふためき右往左往していた。


「どうやら優奈の方も上手く軍団を展開したみたいだな」


 栄治の軍団が攻撃する少し前に、優奈は軍団を展開していたのだろう。彼女の軍団によって元々恐慌状態に陥っていた盗賊達は、勢いよく突っ込んでくる栄治の軍団を目の当たりにして、いよいよ武器を投げ出し、逃走し出した。


「お、お前ら! 逃げるんじゃねぇっ! 戦え! たたk…ぐわぁ! は、離せぇー!」


 一人の盗賊が気丈にも手に武器を持ち、逃げる同僚達に懸命に叫んでいたが、5人の剣士に囲まれると、一瞬で地面に引き倒されて、縄でグルグル巻きにされてしまった。

 そんな秒殺劇を見た盗賊達は、さらに戦意を失って、栄治と優奈の軍団から何とか逃れようと一心不乱に走るが、その逃げる先にも、栄治があらかじめ先回りさせていた部隊が立ちはだかっており、次々に捕らえられていく。馬に乗って逃走を図った盗賊達も、長弓兵の技能『木杭』によって阻まれる。馬は尖っている物に向かって走るのを本能的に怖がるらしく、地面から斜めに生えている木の杭を見て怯えて進まなくなり、中には大きく前足を上げて、乗せている盗賊を振り落としている馬もいた。

 

「この野郎! 上等だぁー! ぶっ殺してやる‼︎」


 完全に逃げる道が閉ざされた、と悟った一部の盗賊達が捨て身の反撃だとばかりに、目に凶暴な光を携えて、栄治の方へと突撃してきた。そして、栄治の下まであと数メートルの所まで迫った時、盗賊達の数歩手前の地面が急に燃え上がった。急な出来事に驚いて動きを止める盗賊達の集団、その少し前の地面が再び燃え上がる。2度目で盗賊は気がついた。地面が急に燃えたのではなくて、周りの丘の頂上から大きな火球が飛んできているのだと。


「俺達は魔法部隊にも包囲されているのか……もうダメだ……」


 圧倒的な戦力差を見せつけられた盗賊達は、ガックリと膝をつき首を垂れる。そんな戦意を喪失した者達を栄治の配下が、次々と拘束していく。


「どうやら作戦通りにうまくいったみたいだな。優奈はどこにいるのかな?」


 目の前で簡単に捕縛されていく盗賊達を見て、栄治は作戦が上手くいったことに安堵しながら、辺りを見回して、優奈の姿を探す。

 今回の戦いで、こんなにも圧倒的な戦局を作り出せたのは、ひとえに彼女の働きのお陰である。優奈が危険を顧みずに、自ら盗賊に捕まって内側から攻撃をしてくれた事で、盗賊達の態勢を壊滅的にまで崩して戦いに挑むことができた。

 優奈に対して、どんな労いの言葉をかけようかな。そんな事を頭の片隅で考えながら、栄治が戦場を見渡していると、自分の前方で広場の中心の方が騒々しい事に気が付く。


「ん? どうしたんだ?」


 栄治が様子を調べようと、騒ぎの方に目を凝らす。


「あ、これヤバイ……」


 栄治は視界に映った光景を見て、表情をひきつらせる。

 彼の視線の先には、5人の屈強そうな盗賊達が、馬に乗って暴れ回っていた。5人の盗賊達は、それぞれに鉄製の大きな槍を持ち、それをまるでプラスチックで出来た棒であるかのように、軽々と振り回していて、包囲している兵士たちを一切より付けていない。


「この兵士等はグンタマーの配下だ! グンタマーを殺せば軍団も消える! フェニックスのマントをしている奴を探し出せぇー!」


 5人の盗賊のうち一際体格が大きく、左目に縦の大きな傷跡がある特徴的な男が、他の盗賊に怒鳴るように指示を出しながら、武器を振り回す。その男の得物は、槍に斧が合体したような武器で、栄治の知識によれば、それはハルバートと呼ばれる武器である。

 目測で4メートルはあるのではないかと思われるそれを男はブンブンと風を唸らせながら振り回している。それを見た栄治は、若い頃にやった、無双するゲームの赤い馬に乗っている鬼神を連想してしまった。


「あんな物を振り回すとかゲームかよ。マジでファンタジー世界だなここは」


 そんな言葉を漏らした栄治と、鬼神盗賊の目が合ってしまった。

 2人の視線が交わった瞬間、栄治は自分の体が一瞬にして冷や汗まみれになり、心臓がギュッと握られた様な感覚に陥った。


「あいつだ‼︎ あの男を殺れっ!」


 得物のハルバートをビシッと栄治に方に向け、男が全速力で向かってきた。それに続いて、他の4人も栄治めがけて突進してくる。

 栄治は恐怖で膝が笑い出していたが、周りの戦況を見て必死に頭を回転させる。

 今の戦場は、ほとんどが決着がついた状態になっており、栄治に向かってきている5騎以外は、武装解除して拘束しているところである。しかし、栄治に周りの兵士達は、その盗賊達の拘束をする作業のため、若干彼から離れた位置にいた。物凄いスピードで迫ってくる騎兵を止めるには間に合わない。

 素早くそう判断した栄治は、自分と敵騎兵の間にいる兵士と、護衛のために自分の近くにいた兵士の中から、槍兵と軽魔装兵に指示を出した。


「槍兵と軽魔装兵であの敵を止めてくれ! 軽魔装兵の炎で騎馬の勢いを弱らせた後に、槍で馬上から敵を引き摺り下ろすんだ!」


 栄治は、生前にやったシミュレーションゲームで、槍兵は騎兵に対して強いという認識があったので、自分の近くにいた、槍を扱う兵種に指示を出した。ゲームでの知識が現実に通用するかわからなかったが、切羽詰まった状況では、そんな事を悠長に考察している暇はなかった。

 栄治の指示に反応した兵士たちが、素早く行動して、栄治を守るために突進してくる5騎の騎兵に挑む。

 まずは彼の近くで待機していた6人の軽魔装兵が、立ち向かっていく。軽魔装兵は、見た目は軽装歩兵と同じだが、手に持っている槍の穂先には炎が纏われている。ちなみに、軽魔装兵が持っている槍は軽装歩兵と同じで、柄の部分が木製の短槍なのだが、柄に纏っている炎が引火することはない。きっとこれはファンタジー的パワーが働いてそう言う仕様になっているのだ。そう決めつけて、栄治は深く考えない様にしている。

 6人の軽魔装兵は、炎が纏っている槍を敵騎兵に突き出す。炎を纏っているため、槍を振るたびに、ブォンと音がなるので、中々に迫力がある。

 5騎の騎兵のうち、2騎が軽魔装兵の攻撃で怯んで動きを止めた。そこに、栄治の指示を受けていた槍兵が群がり、槍で突いて馬上から落とす。盗賊も必死に抵抗を試みるが、足を刺され肩を貫かれて、やがて武器を振るえなくなり、馬上から地面に叩き落とされた。


「余計な敵には構うな! 狙うはあの男ただ1人!」


 先頭を走る左目に傷を持つ盗賊は、捕まった2人の仲間など意に介さずに、唯ひたすらに栄治のみを目指して、突っ込んでくる。そんな彼らに、丘の上から大きな火球が降り注いできた。その火球は、盗賊達の進路上に次々と着弾し、そのうちの1つが最後尾を走っていた盗賊に直撃した。


「ぐわぁーー!」


 火球の直撃を食らった盗賊は、馬から転げ落ちて地面をのた打ち周り、体についた炎を掻き消そうとする。


「あの男を打ち取ればこっちの勝利だっ!」


 先頭を走る男は、そう叫び。目を爛々と光らせながら、さらにスピードを上げる。その男が乗っている馬は、漆黒の毛並みで、体格は他の馬に比べ一回り大きい巨馬であったため、迫力も凄まじかった。


「あいつマジかよ!」


 勢いを衰えさせるどころか、逆に加速しながら迫ってくる敵に、栄治は若干後ずさりしながらも、大瀑布の様に押し寄せる恐怖に何とか耐える。

 そんな総大将である栄治を守る為に、近くにいた兵士たちが一斉に彼の前に立ちはだかり、敵騎兵と栄治の間に壁を作った。


「そんなもので俺を防げるものかっ!」


 漆黒の巨馬に乗る男がそう叫ぶと、体を伏せてまさしく人馬一体となる。次の瞬間、栄治の前に立ちはだかっていた兵士達の頭上を飛び越えてきた。


「マジかよっ‼︎」


 栄治は驚愕のあまり目を見開き、愕然とする。そんな彼に、男がどう猛な笑みを浮かべて向かってくる。2人の間に、もう妨げるものは何もない。栄治を守るために壁になってくれた兵士たちは、後から来た2騎目の敵を抑え込むために戦っているため、直ぐにこちらにくる余裕はない。完全に一騎打ち状態だ。しかも相手は馬上という圧倒的に不利な状態だ。


「貰ったぁぁーーっ!!」


 盗賊は馬上で叫ぶと、得物のハルバートを栄治の首めがけて振り下ろす。


「こんな所で死んでたまるかぁっ!」


 栄治は恐怖を振り払うかの様に叫ぶと、目を見開き敵のハルバートの軌道を凝視し「ここだ!」という直感に従って、横に大きく飛び退いた。ドシャという音と共に、栄治は地面に肩を強打して、その痛みに顔を歪めたが、この痛みを感じるということは、まだ首と胴体は繋がっている証拠だと、安堵する。


「ほう、この一撃を躱すか。さすがはグンタマーと言ったところか」


 男は栄治を通り過ぎた後、ゆっくりとターンしながら、栄治に賞賛を送る。


「だが2度はない! 次で仕留める!」


 男はその言葉と共に、再び栄治に向けて突撃を繰り出す。

 栄治は物凄い速度で迫ってくる男を見て、自身でも次の攻撃は避けられないと悟る。しかし、それでも彼は諦めるわけにはいかない、栄治は自分に迫ってくる男をそして、その手に握られている得物の切っ先を睨みつけながら、全身を緊張させる。

 男はハルバートを振りかざし、栄治に向けて勢いよく振り下ろして来た。今回の斬撃は先程に比べて早い、まるでスローモーションの様に、自分に迫ってくるハルバートの刃先を見ながら、栄治は「これは避けれない」そう悟った瞬間、栄治の耳に優奈の声が響いた。


「栄治さん!!」


 栄治が気がついた瞬間には、すでに彼の目に前には優奈の姿があった。そして、迫り来るハルバートの柄の部分をまるで野球のバッターがボールを打ち返す様に打ち返した。剣術など一切知らないし、身についてもいない優奈のそのデタラメな動きに、馬上の盗賊は度肝を抜かされると同時に、ハルバートを大きく弾かれバランスを崩した。そして、そのまま馬上から落ちてしまった。


「いまだ取り囲め!」


 漆黒の巨馬から落ちた男を見て、栄治が周りに指示を出す。すると、栄治の壁役として敵を抑え込むことに成功した兵士たちが、一斉に落馬した男を包囲して抑え込むと、素早く縄で拘束した。

 男が縄で手足を拘束された姿を確認して、栄治は安堵のため息を漏らした。


「ふ〜、なんとか勝った」


 恐怖から解放された栄治は、体に脱力感を感じつつも、助けてくれた優奈の方を向く。


「いや〜、助かったよ優奈。君が来てくれなかったら、今頃俺の首はそこら辺に転がってい…」

「栄治さんっ!!」

「ちょっ優奈、ぐわぁ」


 優奈に対してお礼を言う栄治、しかし、最後まで喋りきる前に、彼女が栄治に対して猛烈タックルをして来た。

 今の栄治は、極限の恐怖から解放されて、体が脱力状態にある為、足の踏ん張りが効かずに、そのまま優奈に地面に押し倒されてしまった。しかも、優奈は栄治が倒れた後も抱き着いたまま離れようとせずに、逆にギューっと抱きつく力を強めていく。


「や、やあの、え、ゆ、優奈? 優奈さんや?」


 優奈の突然の行動に、盛大に焦り出す栄治。

 というのも、彼女の抱きつく力があまりにも強いので、優奈の持つ魅力的な柔らかさが、それはもうこれ程か、という感じに押し付けられているのである。ベッタリ密着状態な訳である。

 生物というのは、命の危機に陥ると種の存続本能が働いて、やる気がアップするらしい。栄治もその例に漏れず、体は脱力状態だが、ある一部分はやる気マックス状態になっており、こんなに密着していては、優奈にそれがバレてしまうと、焦って彼女を引き離そうとする栄治。しかし、動くたびに優奈は、栄治を離すまいとギュッギュッとさらに密着して来て、しかも動くことで、栄治のちょうど下腹部あたりに感じられる大きな膨らみが、ムニムニと形を変えて、栄治を悩ませる。

 もうこれ以上は限界だ。これ以上いくと獣になってしまう、そう感じた栄治は優奈に声をかける。


「えーと、優奈さんや。これ以上は色々やばいから、チョコっとだけ離れてもらえません?」


「……嫌です」

 

「いや〜、このままだと2人の関係に色々と支障が……」


 栄治はどうしたものかと頭を悩ませる。

 そんな彼に、優奈は栄治の胸に顔を埋めたまま、呟くように言う。


「怖かったです……凄く怖かったんです」


 そう言う優奈の声が、若干くぐもっている事から、彼女が泣いていることが栄治にもわかった。


「いなくなっちゃうんじゃないかと……栄治さんが死んじゃうかも……凄く怖かった……」


 栄治は優奈のその言葉を聞いて、自分の昂ぶっていた気持ちが少し落ち着いて来た。

 優奈にとって、栄治はこの世界で唯一の知り合いで、仲間である。その仲間が居なくなってしまっては、この世界に1人取り残されてしまうような感じに陥ってしまうだろう。しかもこの世界は、魔物や盗賊がいて、国同士では戦争をしている世界だ。そんな、今まで生きて来た世界から、あまりに掛け離れすぎている世界では、仲間を失う恐怖も大きくなってしまうだろう。

 そんな彼女の気持ちを察して、栄治は腕を持ち上げて、その手で優奈の頭をそっと優しく撫でた。


「心配かけてごめんな優奈。でもほら、優奈が助けてくれたおかげで、俺はこの通りピンピンしている。本当にありがとう。トロールの時と今回で、2回も命を助けられちゃったな。ほんと優奈は俺の大恩人だよ」


 ゆっくりと優奈の頭を撫でながら、栄治が静かな声音で感謝を述べると、優奈は栄治の胸に顔を埋めたまま言う。


「……栄治さんも、私の大恩人です。栄治さんがいなかったら私はダメでした……だから……だから私を残して居なくならないでください」


 そう言って、優奈は再びギュッと強く栄治に抱きつくと、彼の胸に埋めていた顔を左右に動かしてスリスリしてくる。

 「やばい! これはやばい!」と栄治は胸中で絶叫を上げるも、なんとか理性は気合と根性で維持する。


「大丈夫、俺は優奈を残して居なくなったりしないよ。これからも、お互いの力を合わせて困難を乗り越えていこう!」


 栄治は優奈を元気づけるように明るい口調で言うと、それを聞いて暫くしてから、優奈は顔を上げて栄治と視線を合わせた。


「はい! これからも一緒に頑張りましょうね」


 少し赤く、そして涙が溜まった瞳は普段よりも大きく見え、その煌く瞳に明るい笑顔を携えた優奈の表情は、まるですぐに割れてしまうガラスのように繊細で美しく、栄治は絶対に何があっても、彼女を守ると、心の中で誓った。


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