第27話 トークで笑いを取るのは天才にしか出来ないと思うんですよ
栄治は、街道から外れた悪路を月の明かりだけを頼りに、ひたすらに走り続けていた。
「くそ、なんで夜はこんなにも暗いんだよ! ここはファンタジー世界なんだから、もっとこう月明かりもマジカルパワーってな感じでビカッと照らしてくれよなーーいてっ」
栄治が余りにも御都合主義過ぎる事をぼやきながら走っていると、目の前に突如現れた枯れ枝の先端で頬を引っ掻く。弱い月明かりでは、細い枯れ枝など、文字通り目の前まで来ないと認識できないのだ。
栄治は、盗賊達が優奈を攫っていくのを遠目に確認した後、少し距離を置いて盗賊達の後をつけていた。栄治が身につけている意思疎通の魔道具は、大まかにではあるが優奈のいる方向と距離を示してくれる。なので、この追跡はそれほど困難ではないだろうと高を括っていた栄治は、実際に盗賊達を追いかけてすぐに、自分の甘さを痛感していた。
盗賊達を追い始めた時は、まだ少しばかり太陽が地平線の上に顔を覗かせていたが、それも直ぐに落ちて辺りには夜の帳が下りてしまった。頼りになるのはボンヤリと薄く照らす月明かりと、大まかに方向を示してくれる魔道具だけだ。そんな中で、我武者羅に走り出した栄治はすぐに傷だらけになった。
彼が走る道は当然のように舗装されている筈がなく、大きな岩や石でボコボコである。栄治はすぐに躓いて、肘をぶつけ膝を擦りむき、転んだ時に変に手をついて手首は痛め、先ほどのように枝の先で切り傷を作り、しまいには小さな沼に片足を突っ込んで盛大にずっこけて泥だらけになった。
盗賊と戦う前に死んでしまうのでは無いか、というくらいに満身創痍になっている栄治。
「まったく、俺は主人公補正がかかってるはずなんだけどな。ここは普通、颯爽と荒野を走り抜けて、あちこちに落ちてる盗賊の足跡とかを頼りに追跡して『この俺から逃げれると思うなよ』ってニヒルな笑みを浮かべる場面なんだけどな」
理想の主人公像と現実の自分との間にある大きな差に、栄治は「はぁ〜」と深い溜息をつく。
残念ながら栄治には、暗がりの中、岩や石が飛び出している凸凹の道を走る忍者のようなスキルは持ち合わせていない。それに、足跡を頼りに獲物を追跡する、凄腕猟師のような追跡術も無い。昔、栄治が雪国へウィンタースポーツをやりに行った時、雪の上に規則的な穴を見つけ「ヒグマの足跡だ!」と1人騒いでいると、地元の人に「それはウサギのだよ」としらけたように言われた事がある。
「俺もジャングルなら走り慣れてるんだけどな。ジャングルはジャングルでもコンクリートジャングルだけどな! ハハッ」
彼の放った言葉は、不意に巻き上がった一陣の冷たい風と共に流されて行った。
栄治はもう一度「はぁ〜」と溜息をつくと、ボロボロの体に鞭打って駆け出す。
魔道具から感じられる優奈との距離は、足を止めると一定の速度でどんどん離れて行ってしまう。どうやら盗賊達は、この暗闇の中、この悪路など意に介さず、ずんずんと進んで行っているらしい。
「こんな道を一定のスピードで走り続けるとかもはや人間じゃねえよ。てか、これは道なんかじゃ無いな、俺は道とは認めない」
ひとりブツブツと文句を言いながらも、栄治は懸命に足を動かし続ける。この魔道具の感知範囲がどれ程かは分からないが、あまりにも離されすぎて、優奈のいる位置が分からなくなったら、それはもう一大事である。
その後も、栄治は必死に走り続けた。何度も転んだが、痛みを押し殺して懸命に足を動かした。すると、感じられる優奈との距離感が段々と近づいている事に気がつく。
栄治は少し歩調を緩め、あたりを警戒しながらゆっくりと進んだ。盗賊達が優奈を攫ってからここに来るまで大分時間が経っている。そのことを考慮すると、盗賊達の拠点に到着したと考えられるが、もしかしたら、栄治の追跡に気がついて、待ち伏せをしているというか可能性もゼロでは無い。
なので、栄治はあたりを警戒しながら、慎重に歩みを進める。すると彼の目に、月のボンヤリとした明かりの中で、遠くに幾つかの丘が連なっているのが映った。
「たしかギムリさんは、盗賊達の拠点は丘の連なっているところだと言っていたよな。とすると……」
栄治はやっと、盗賊達の拠点にたどり着いたと確信を持てた。
栄治は、感じられる優奈との位置関係を加味しながら、1つの丘の頂上を目指して移動をした。そして、栄治が素人ながらも必死に静かに動いて、気配を消しながら丘の頂のすぐ近くまで来ると、彼は口元に笑みを浮かべた。
「やっぱり、予想的中だな」
栄治の目には、丘の頂に3人の男が立っているのが確認できた。彼らは、盗賊達の拠点に近付く怪しいものがいないか監視するための見張りであろう。
その3人の見張りは、しっかりと役目をまっとうして、気配を隠しながら様子を伺っていた栄治にすぐ気がつき、警戒を強めた。
「おい貴様! 何故こんな所を一人でほっつき歩いている!」
3人の男のうち、真ん中の男が鋭い口調で問い掛ける。それと同時に、左右に立っている男達が弓に矢をつがえて、切っ先を栄治に向けた。
この時、もし栄治が少しでも軍人を思わせるような雰囲気を漂わせていたら、問答無用で矢を放たれていた事だろう。しかし、今の彼は転びまくって満身創痍、気配を消そうと中腰で、そろりそろりと足を運ぶさまはまさに滑稽。何も聞かずに殺してしまう前に、少しは情報を聞き出したい。と思わせる程度には、盗賊達の興味を引く姿をしていた。
「え? あれ? お、俺ですか?」
自分の気配隠しの隠蔽行動は完璧だと自画自賛していた栄治は、淀みなく真っ直ぐとこちらを見て来る盗賊達に、思わず栄治は自分を指差し、あたりをキョロキョロと見回す。
「そうだ貴様だ! 他に誰がいるというのだ!」
惚けたように辺りに視線を泳がす栄治に、盗賊は詰問する。そんな盗賊の様子に、栄治は「はぁ〜」と溜息と共に諦めて、中腰の体勢から背筋をすっと伸ばし、前に歩き出す。
本来の彼の作戦では、近くの物陰に隠れながら優奈の合図を待ち、彼女から合図が来たら軍団を展開して、素早く辺りを制圧する。という作戦だった。
しかし、既に見つかってしまったのならしょうがないと、栄治は腹をくくって堂々とした態度をとる。
「そこで止まれ! それ以上近づくと殺すぞ!」
真ん中の盗賊が叫び、左右の盗賊が一層弓を引き絞る。
栄治は自分に向けられている矢の切っ先に目をやり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。彼の膝は恐怖で小さく震え始めていたが、気合いと根性でなんとか平静を保つ。
「あっと、了解だ。これ以上は動かない。だから間違ってもその指から矢を離さないでくれよ?」
栄治は足を止めると、両掌を盗賊に向けて敵意がないことを全力でアピールする。
「もう一度聞く、貴様は何故ここにいる?」
真ん中に立つ盗賊が、栄治のことを目を細めながら見る。彼はその視線を受けながら、恐怖の中必死に頭を動かす。
盗賊達に見つかってしまった以上、優奈の合図が来るまでは何とかして会話をつないで、時間を稼ぐしかない。
「俺がここにいる理由だな? わかった、言う。言うから出来れば、その弓矢を降ろしてくれないかな?」
「ダメだ。サッサと訳を言え! じゃないと貴様の体に穴が2つ増えることになるぞ?」
盗賊の目に剣呑な光が映ったのを感じて、栄治は慌てて両手を振る。
「わかった! わかった! オッケー弓矢はそのままでいい、生きていく上で必要な穴はもう十分に空いてるからね。まぁ、お尻辺りに、もう1つ穴が開いても良いかもしれないけど。トイレの時間が短縮出来るかもしれない。はあっはっは……」
会話を繋げやすいように、何とか笑いを起こそうと試みた栄治であったが、自分を睨む盗賊達の表情がピクリとも動かないのを見て、冷や汗を流す。
「あ〜俺がここにいる理由だな? えっとだな……散歩を、ちょちょちょ! 違うんだ! 散歩は散歩でもただの散歩じゃないぞ? だから右の君、矢を放とうとしないでくれるかい? それと左のあなた、もう少し矢をがっちり掴んだ方が良いんじゃないかな? それだと汗で滑って矢を離しちゃうんじゃない?」
今にも放たれようとする矢に、栄治が慌てる。そこに、真ん中の盗賊が冷たい声で言う。
「早く話せ! 次話を止めたら殺す」
盗賊の冷え切った眼差しと、底冷えするような声音に、本気で言っていると感じ取った栄治は、自分の命を守るために、マシンガントークを始めた。
「おうイエイ! わかった話すよ! 俺がここにいるのは夜で散歩を……星だよ! 俺は天体観察者なんだ。星を見るためには高いところにいた方がよく見えるからね。それで丁度いい丘を見つけて、駆け上って来たと言うわけさ! もしかして君達もあれかい? 観えない物を観ようとして望遠鏡を担いで丘を登って来たクチかい? いや〜、若い時ってそう言うのがあるよね。夜の道を友人と歩いてるだけで何だかテンションが上がるって言うかさ、それがもう友人じゃなくて女子とかだったもう青春! って感じでリア充死ねってなるよね。俺も出来る事なら優奈と手を繋いで夜道を歩きたい! って感じなんだけどさ。ところで君達は好きな人とかいる?」
後先考えずに、取り敢えず口を動かし続ける事だけに集中していた栄治は、頭にポンポン浮かぶ事をそのまま話していたら、途中から自分が何を話しているのか分からなくなってしまった。しかし、話を止めると死ぬという恐怖から、止めれずに話し続けた結果、盗賊達に問われているのに、何故か盗賊達に疑問系で返すと言う謎の形で会話を終えてしまった。
今の栄治の頭の中は恐怖で埋め尽くされており、まともな状態ではない。今さっき自分で話した内容も一切覚えていないが、かなりやらかしてしまった。と言うことだけは何となく判断できた。
「あの、それで俺がここにいる理由なんだけども……」
「ーー殺せ」
何とか事態を挽回しようと試みる栄治に、盗賊の冷酷な命令が下される。
今まさに矢が自分に放たれようとした瞬間、栄治はズザッと土下座をして声を張り上げた。
「全て嘘です‼︎ 俺が今ここにいる理由は、あなた達の仲間になりたいからです!」
栄治はそう叫んだ後に、ギュッと目を瞑った。
それから数秒、一向に自分に矢が刺さらないことに、栄治は恐る恐る顔を上げて様子を伺う。そこには真ん中の盗賊が片手を上げて、弓矢の攻撃を中止している光景が目に入った。
「貴様、仲間になりたいのか? 何でだ?」
盗賊の問いかけに、栄治はホッと胸をなでおろして立ち上がると、中央にいる盗賊に顔を向けた。左右の盗賊も矢は番えたままだったが、一応弓は下を向けていた。
窮地を何とか脱した。と一呼吸つく栄治の耳に、優奈の声が響いた。
『栄治さん、レオン君のお姉さんを見つけました。ほかの攫われた人達もすぐ近くにいます。作戦を開始しましょう』
待ち望んでいた優奈の合図に、思わず栄治は自分の口角が上がるのを抑えられなかった。
「了解だ。こっちも準備が出来ている。いっちょ派手に暴れようか!」
左手を口元に持って来て話す栄治に、盗賊が訝しげに問う。
「おい! 貴様何を話している?」
「え? あぁ、コレですよコレ」
盗賊の質問に、栄治はにんまりと笑みを浮かべると、盗賊達に小指を立ててみせる。そんな栄治の謎行動を理解できないでいる盗賊達に栄治は話を続ける。
「それよりも、俺があなた達の仲間になりたい理由でしたよね? それはですね……あなた達を内部から崩壊させて生け捕りにするためですよ! 『軍団展開‼︎‼︎』」
栄治の叫びと同時に、辺り一面に光が満ち、それは瞬時に軍団へと変化した。
「なっ⁉︎ 貴様グンタマーだったのか! おのれよくも!」
当然の急展開に困惑する盗賊達だったが、すぐに栄治に対し敵意をむき出しにして、弓矢を向け真ん中の盗賊も自身の腰から剣を抜き払う。しかし、状況は先程とは雲泥の差で違う。
「おっと、もし君達がその矢を放ったら、その何倍もの矢が君達の体を貫くことになるよ?」
余裕の笑みで話しかけてくる栄治に、盗賊達は悔しそうに奥歯を噛みしめるが、自分たちの周りにいる大勢の軍団を目にして、諦めたようにガックリと肩を落とすと、手に持っていた武器を手放した。
カランと乾いた音を立てて、地面に武器が落ちたのを見て、栄治は一安心して頷くと、己の軍団に指示を出した。
「よし! それじゃ盗賊達の拠点を一気に叩くぞ!」
栄治の檄に、兵士達は「おぉーー‼︎」と一斉に答えた。




