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第26話 女性は男性の視線には敏感らしいです

 街道から大きく外れ、整備がされていない鬱蒼とした林の中を盗賊達が移動する。

 優奈が街道で盗賊達に攫われてから、どれ程の時間が経ったのか正確に知る事は出来ないが、空をオレンジに染めていた太陽は完全に地平線の奥へと姿を隠し、代わりに少し欠けた月が辺りを青白くうっすらと照らし出していた。

 そんな僅かな明かりしかない中で、盗賊達は松明も付けずに道無き道を迷いなくズンズンと進んでいく。

 そんな盗賊達を優奈は可能な限り観察していた。

 彼女は今、手足を縛られ馬に横向きでうつ伏せに乗せられていた。初めのうちは、馬が歩く振動で揺れる度に落馬の恐怖に怯えていたが、どうやら手足を縛るロープはそのまま鞍に結び付けられているらしく、また腰の部分も革紐の様なもので固定されているので、思っていたよりも安定感があった。おそらく、こういうふうに攫った人を拘束したまま馬に乗せれる様に作った鞍なのだろう。

 そんな特注の鞍に、うつ伏せで固定されている優奈が周りの様子を伺うには、首を目一杯持ち上げないといけないのだが、ずっとそうしていると首の後ろの筋肉が疲れてつりそうになるので、断片的にしか周りの様子を見ることしかできなかった。

 優奈が必死に首を持ち上げて、周りの様子を観察していると、ちょうど隣を歩いている盗賊と目が合ってしまった。

 盗賊は懸命に様子を探ろうとしている優奈を見て、ニヤリと下卑た笑みを向けた。


「お嬢ちゃん、そんなに頑張っても無駄だよ? だ〜れも助けになんか来ないんだから」


 「ウヒャヒャヒャ」と身の毛がよだつ笑い声をあげる盗賊。

 優奈はそいつから目をそらすと、栄治の事を案じた。

 今彼は、盗賊達に気づかれない距離を保って、後を付けてきているはずだ。優奈と栄治が付けている指輪は、相手に意思や声を伝達するだけではなく、位置も把握する事ができるのだ。といっても、それ専用の魔道具ではなく、あくまで副次的な効果な為、ボンヤリとした方向と距離感が大まかに感じられるといった程度である。

 盗賊達は、馬に乗っている者もいれば徒歩の者もいるので、移動速度は徒歩に合わせられているが、それでも駆け足程度の速度をずっと維持して移動している。舗装もされていない悪路をずっと駆け足で移動し続ける盗賊達の体力は、かなりのものであり、このペースに栄治はしっかりと付いて来れているのだろうかと、優奈は不安を感じる。

 そんな事を思っていると、盗賊達は林を抜けて開けた場所に出た。

 この場所はちょうど周りを小高い丘に囲まれて、小さな盆地になっていた。そしてそこにはいくつものテントが張られていて、小さな焚き火も幾つかあった。

 盗賊達はこの広場の様な場所にたどり着くと、各々散らばって行く。優奈はそんな盗賊達の様子から、アジトに辿り着いた事を察する。


「おう、お前ら帰ってきたのか。成果はどうだった?」


 優奈を攫った盗賊の集団が広場に入ってきたのを見て、広場の中心にいた1人の男が、寄ってきてそう尋ねてきた。

 その言葉に、集団の先頭にいた盗賊が、得意げな顔をして答える。


「お頭、とんでもねぇ上物を捕まえてきましたぜ」


 先頭の男がそういうと、優奈のところまでやってきて、彼女を鞍から外して馬から下ろすと、ズイッとお頭と呼ばれた男の前に差し出した。


「ほう、これは確かに、なかなかのものだな」


 男はそう言って優奈の顎を掴むと、半ば強引に自分の方に彼女の顔の向きを変える。

 乱暴に顔を対面させられた優奈は、精一杯の怒りを込めて相手を睨む。

 “お頭”と呼ばれた男は、腕や顔に無数の切り傷の跡が付いており、左目の縦に入っている傷は一際大きく、その男の獰猛な雰囲気をより一層高めていた。

 そんな男と真正面から対峙している優奈は、あまりの恐怖で足が小さく震えて、瞳には涙が浮かびそうになっていたが、それを怒りという感情でグッと堪え、男を睨み続ける。

 そんな彼女に、お頭は満足そうな笑みを浮かべた。


「本当にいい女だな。その瞳、ゾクゾクするぜぇ! んん? その瞳の奥にあるものはなんだ? 悲しみか、不安、それと恐怖か?」


 怒りを利用して、必死に恐怖を抑えてる事を悟られそうになった優奈は、無理やり顔を横に背けて視線をずらした。

 そんな彼女の反応に、男は更に笑みを深める。


「このまま奴隷商人に引き渡すのは惜しいくらいだな。叶うものなら、今すぐにでもお前の衣服を引き剥がし、そのローブの上からでも分かる程の大きな乳房を揉みしだき! 犯し! お前の表情が苦痛に歪みその瞳に涙を溜め込む様を見てみたい! ……ところではあるが、お前は大事な商品だ。傷が付かぬように丁重に扱おう」


 優奈を好きなように扱っている場面を想像したのか、男は興奮気味に捲し立てたが、一旦呼吸を整えて落ち着くと、優奈に危害を加えない約束をしてきた。

 しかし、男の凶暴な欲望を垣間見た優奈は、今まで感じたことがないほどの嫌悪感をお頭と呼ばれている男に感じて、出来る限り距離を置こうとするが、手足を拘束されていて、更に後ろから別の男に腕を掴まれている状態では、なかなか上手くいかない。

 それでもなんとか離れようと暴れていると、優奈の腕を掴んで拘束していた男が、鼻息荒く話し出した。


「お頭ぁ! そりゃいい考えですぜ! この女まわしましょうや! これ程の女だ。多少傷ものになっていても、そこら辺の奴隷に比べりゃ桁違いに高値で売れ…」

「駄目だ‼︎」


 お頭と呼ばれる男は、興奮して話す男の言葉を途中で遮る。

 あまりの剣幕と口調の強さに、優奈までもが肩をビクッと震わしてしまった。


「いいか、その女は他の者に比べて価値が高い、そしてその分、傷ものかそうで無いかでの価値の差も大きくなってくる。俺の見立てでは、金貨10枚……いやもしかすると50枚は変わってくるかも知れん」


「ご、50ですか……ですがこんな女、この先もう二度と居ないかもしれないですぜ?」


 金貨50枚という想像を絶する金額に、男は戸惑いを見せるがそれでもまだ優奈を諦められ無いらしく、チラチラと彼女を横目で見る。


「もし貴様がどうしてもと言うならば、俺に金貨50枚をよこせ。そうすれば考えてやってもいいぞ?」


 お頭のその言葉に、優奈を拘束していた男はガックリと肩を落とす。


「フン、分かったのならサッサとその女を檻に連れて行け!」


 お頭の命令に、男は不服そうに頷くと、優奈の腕を引っ張って広場の中へと連れて行った。そんな男の背中に、お頭の念を押す声が聞こえた。


「いいか、もしその女に危害を加えたら、貴様の首は胴から離れると思え!」


 この言葉に男は「チッ」と小さく舌打ちすると、優奈の腕を乱暴に引っ張り、移動を続けた。

 今の優奈は手足を縛られ、ろくに歩くこともままならない、それなのにグイグイと腕を引っ張られ、何度も転びそうになりながら、必死に歩いていると、やがて一つの大きな檻の前にやってきた。

 その檻は、何本もの丸太を麻紐の様なロープで縛って組まれたもので、大きさは大体4畳くらいだろうか。斧などの刃物があれば檻を破壊することも可能だろうが、何も道具を待たず、ましてや手足を拘束されている状態では、檻の破壊はまず不可能であろう。

 その様な檻が3つ並んでいて、それぞれの檻には男、女、子供が分けて監禁されていた。優奈はその内の女が監禁されている檻に放り込まれた。

 乱暴に檻の中に突き出され、優奈はつまずいて転んでしまう。そんな彼女の背後で、檻の扉が閉まる音が聞こえた。優奈が地面に倒れたまま背後を振り返ると、そこには、ここまで優奈を連れてきた男が、檻の隙間に顔を押し付け、彼女の頭から足先まで目を見開いて何度も視線を往復させていた。

 優奈は男から感じる纏わり付くようなネットリとした視線に、全身の鳥肌が立ち、冷たい汗が背中に流れるのを感じた。

 男は優奈を何度も凝視し、特に顔と胸を舐め回すように見た後、満足そうに檻から離れると、無言で立ち去って行った。

 男の視線から解放された優奈は、大きく息を吐き出すと、その後に何度か深呼吸を繰り返した。どうやら優奈は、無意識のうちに息を止めていたらしく、奥歯が少し痛いことから、かなり強い力で歯も噛み締めていたようだ。

 さっきの男の視線は、身の毛もよだつ恐ろしさだったと優奈は若干瞳に涙を浮かべる。

 視線というものは、人によってここまで違うのかと優奈は実感する。

 優奈は栄治と一緒にいるとき、彼の視線が時折自分の胸に注がれているのを感じるが、その時に湧き上がる感情は恥ずかしさである。それと同時に少しモヤモヤとした気持ちも湧き上がるが、そこには恐怖や悪寒などの負の感情は一切ない。しかし、先ほどの男の視線は、まるで自分の体の上をゴキブリが這い回っているかのような、ゾッとする様な気持ち悪さを感じた。

 思わずその時の感覚を思い出して、優奈は全身をブルっと震わせた。そんな彼女に、1人の女性が声をかけて来た。


「あの……大丈夫ですか……?」


 少し弱々しい声で言われた優奈は、その女性の言葉でハッと我に帰り、今の自分の置かれている状況を思い出す。

 今の自分に恐怖に震えている余裕はない、レオン君の姉を救い出し盗賊達を生け捕りにする、という大事な使命があるのだ。

 優奈はその思いで心を奮い立たせると、声をかけてくれた女性に笑みを向ける。


「はい大丈夫です。有難うございます」


 優奈は女性にお礼を言うと、檻に中に監禁されている女性達一人一人に目を向ける。

 檻の中にいるのは全員で8名だ。その8名の女性全員が、10代半ばから20歳前半くらいの若さで、皆可愛らしく容姿に優れている感じであった。

 そんな女性達を見ていた優奈が、1人の女性で動きを止める。ちょうど優奈を心配して声をかけてくれた女性である。

 優奈が数秒間ジッとその女性を見つめていると、ちょっと困惑気味に女性が口を開いた。


「あ、あの、私に何か……? えっと……」


 優奈に視線に困惑して言葉を詰まらせる彼女に、優奈は確認する。


「ちょっと確認したいのですが、あなたはレオンという男の子をご存知ですか?」


 優奈が“レオン”という単語を口にした途端、女性の目が大きく見開かれた。


「あなたはレオンを知っているのですかっ! レオンは! あの子は無事なのですかっ!」


 まさに必死の形相という感じで、優奈に詰め寄る女性。それに対して優奈は相手を落ち着かせる様に、ゆっくりと、そしてはっきりと答えた。


「はい、レオン君は無事ですよ。私はレオン君に頼まれて、お姉さんを……クリスティーンさんを助けに来たのです」


 ニッコリと微笑みながらいう優奈に、レオンの姉ーークリスティーンは涙を流した。


「そうですかレオンは無事だったのですね。向こうの子供達が監禁されている檻にあの子の姿が見えないから、きっと逃げてくれているとは思っていたのですが……もしかしたら……そう、思うと……胸が、は……張り裂けて、しま、いそうで……」


 クリスティーンは言葉につまり、小さな嗚咽を漏らすと、顔を俯かせて「良かった、本当に良かった」と小さく何度も呟いた。

 優奈はそんな彼女を慰めようと体を寄せた。

 レオンは姉を助けようと、必死に駆け回り、姉は弟の安否を心の底から案じていた。なんて絆の強い姉弟なのだろうと、優奈は心が温かくなるのを感じた。

 優奈とクリスティーンはしばらくの間、体を寄せ合っていたが、やがてクリスティーンが顔を上げて優奈に尋ねた。


「あの……申し訳ないのですが、先ほどのあなたは、レオンに頼まれて、その……助けに来たと……」


 言い辛そうに歯切れ悪く言うクリスティーンは、拘束されている優奈の手足にチラッと目を向ける。

 これは当然の反応だろう。きっちりと拘束されて檻に放り投げられて来た者が「あなたを助けに来ました!」と言っても、説得力はゼロというよりも、むしろマイナスである。

 しかし、優奈はクリスティーンの不安そうな表情など、僅かも意に介さずニッコリと笑みを浮かべる。


「はい助けに来ました! 私()に任せてください!」


 優奈の明るい発言に、クリスティーンは困惑すると同時に、優奈の言った「私達」という言葉に疑問を感じていると、おもむろに優奈が両腕を目の前に伸ばす。

 優奈の腕は今、拘束されているので両腕がくっついている状態だが、優奈は両腕に力を入れると徐々に腕を左右に離していく。


「あ、あなたは何を……うそ……」


 クリスティーンは優奈のやろうとしている事が無謀に思えていたが、彼女の予想に反して、優奈の腕はどんどん離れていく。うやがて優奈の力に耐えきれなくなったロープが、ミシミシという音とともに千切れて、地面に落ちた。

 これには、クリスティーンばかりでなく、同じ檻に入っている女性全員が目を丸くしてみていた。


「ちょっと手首が痛いなぁ」


 そう言って優奈は、自由になった自分の手首を数回摩ると、今度は足を拘束していたロープをいとも容易く引き千切ってしまった。


「あ、あなたはいったい……」


 いとも簡単に拘束を解いて、自由の身になってしまった優奈をクリスティーンは呆然と眺めながら、呟きを漏らす。それに対して優奈がペコリと頭を下げた。


「すみません、自己紹介がまだでしたね。私は新川 優奈と申します。悪しきを挫き弱きを助ける正義のグンタマーです」


 優奈は自分の名を名乗った後に、恥ずかしそうに最後の一文を付け加えると、さっと左手を口元に持って来た。


「栄治さん、レオン君のお姉さんを見つけました。ほかの攫われた人達もすぐ近くにいます。作戦を開始しましょう」


 優奈が魔道具を通じて栄治に連絡を取ると、すぐに返事が返って来た」


『了解だ。こっちも準備が出来ている。いっちょ派手に暴れようか!』


 優奈は栄治の威勢のいい言葉に勇気を貰うと、グッと拳を握りしめた。


「はい、戦いましょう! そしてクリスティーンさん。早く帰ってレオン君を安心させて上げましょう」


 優奈の力強い言葉に、クリスティーンは心を覆っていた闇に、一筋の光が差し込んだのを感じた。

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