第24話 大物を釣るには泳がせ釣りが良いらしい
クレシオンからダッシュベンへ向かう街道は、エスピアン地方の東へと抜ける主要街道として、道は綺麗に均されており、幅は広く楽に大型の荷馬車などがすれ違うことができる様に整備されている。その為、人や物の往来は非常に多く、陽が傾いて薄暗くなってきた今の時間帯でも、沢山の旅人や商人が街道を利用していた。しかし、その多くの人が、武装した護衛を雇って、周囲を警戒をしながら慎重に街道を進んでいる。
「どいつもこいつも護衛を雇ってやがる」
「だいぶん俺たちの噂が広がっているんだろうな」
街道を行き交う多くの人々の中で、並んでゆっくりと歩く2人の男達が、小さく呟く様に話す。
2人組の男達は、大きなフードを目深く被り、すれ違う人や荷馬車などを観察しながら歩みを進めている。
「こうも警戒されてると、なかなかいい獲物も見つかり辛いですね」
2人組のうち背が高く肩幅がガッチリしていて、がたいの良さそうな大男が、武装して歩いている護衛の姿を目で追いながら、忌々しげに言う。
「まぁ、こうも襲撃が続いて、それに対して討伐隊が有効に動けていなければ、商人や旅人は自分で自分の身を守るしかないからな」
隣を歩く男と同じく背は高いが、撫で肩でヒョロとしていそうな細男が、フードの奥で口の端を上げてニヤッと笑みを浮かべた。
「討伐隊は今、西で派手に暴れている同胞達にかかりっきりで俺達の方まで手が回らないらしい」
「それに討伐隊がもしこっちに来ても、今日の夜中には俺達はとんずらしてますからね」
「その通り、だから今回はここでの最後の狩にふさわしい良い獲物を見つけたいところだな」
細男がニヤッとした笑みを浮かべながら、街道を歩く人達を見る。
2人の男は、一見するとどこにでもいそうな旅人に見えるが、目深く被られたフードの奥の眼光は鋭く剣呑な光を放っている。
細男と大男の2人は暫くゆっくりと街道を歩いていたが、やがて大男の方が一台の馬車に目を向けながら細男に声をかけた。
「見てくださいあの馬車、あれは絶対に上物ですよ?」
大男に言われ、細男もそちらに目を向けた。
「確かにあれはかなりの上物だな。ふむ、それにあれほどの護衛の数は、もしかしたら貴族が乗っているかもしれないな」
馬車を見て推測する細男の言葉を聞いて、大男が歓喜の笑みで表情を歪める。
「貴族! それは本当ですか!」
「あぁ、貴族というのは臆病なくせにプライドは高くて見栄っ張りだからな」
本来貴族が乗る馬車には家紋が付いていて、その馬車に誰が乗っているのか周囲の人がすぐにわかる様になっている。しかし、今2人の男が目をつけている馬車にはその家紋がない。おそらく、この街道で盗賊による襲撃が多発していると言う情報を聞いて、注意を引いて目立たない様に、家紋の付いていない馬車を選んだのだろう。
「だがあれほど豪華な馬車だと、たとえ家紋が付いていなくても十分に目立つし、ぞろぞろと護衛を引き連れていたら、完全に注目の的だ」
街道を歩いている商人の機能性重視の馬車と、今男達の目の前を進んでいる馬車とを見比べると、その注目度の差は一目瞭然である。
「襲撃は怖いが質素な馬車に乗るのはプライドが許さない。本当に貴族っていうのはバカばっかりだなぁ」
フンと鼻で笑う細男に、大男が言う。
「どうします? やっちゃいますか?」
「そうだな。だがあの護衛の数は少し厄介だ、あれがなんとかなれば……」
細男が、目を細めながら豪華な馬車とそれを守る護衛達を観察していると、街道を歩いていた1人の男が話しかけて来た。
「あの〜、ちょっと教えて欲しい事があるのですが良いですか?」
話しかけて来た男は20歳前半の若い青年で、黒髪に黒目で服装は全身を覆う大きなローブ。そこら辺によくいそうな旅人、という感じの出で立ちであった。
少し間延びした感じで話しかけて来たその青年に、細男は露骨に嫌な表情を向ける。
「悪いが俺達はここら辺について詳しくない。他を当たってくれ」
不機嫌さを隠そうとせず、邪険に追い払う細男に、青年は残念そうな表情を浮かべるが、すぐに立ち直って、懲りずに話しかけて来た。
「そう言えばあそこの馬車すごいですよね〜、貴族様でも乗ってるんですかね?」
相変わらず間延びした感じで話しかけてくる青年に、細男はイライラを募らせた。
「おい小僧、俺達は貴様に構っている暇はないんだ。さっさと失せろ」
「あ、はい。お邪魔してすみませんでした」
少しどすの利いた声で言う細男の言葉に、青年は慌てて踵を返すと早歩きで去っていった。
「おい兄ちゃん! この辺は盗賊が出るから気いつけろよ!」
去っていく青年の背中に大男が声を投げてニヤリと笑った。
「おい、あまり目立つ行動は控えろ」
細男の窘めに大男は肩をすくめる。
「すみません、あの男の話し方や雰囲気が気に食わなかったもんでつい」
「まあアイツが腹立たしかったのは俺も同感だがな」
2人の男がそんな会話を交わしつつ、さて問題の馬車をどうしようかと再考し始めたその時、件の豪華な馬車から1人勢いよく飛び出して来た。
「絶対に嫌です! 私は政治の道具なんかじゃありません! 自分の結婚は自分で決めます!」
馬車から出て来たのは美しい少女であった。
絹の様に綺麗な長い黒髪を風になびかせ、髪と同じ黒い瞳には強い意志を宿らせて、街道中に響く大声で自分の意思を主張する。
いきなりの出来事に、街道にいる人達がなんだなんだと集まってきたが、少女はお構い無しに話を続ける。
「私はクレシオンには行きません! 故郷へと帰らせていただきます」
「おぉ、お嬢様お待ちください」
ツンと踵を返し、馬車に背を向け歩き出そうとする少女に、もう1人馬車から出てきて少女を必死に制止しようとする。
「お嬢様どうか、どうかお願いします馬車の中にお戻りくだされ」
少女を連れ戻そうとしているのは中年の男で、困り果てた表情で両手を少女の方に情けなくヨロヨロと伸ばしている。恐らくこの男性は、少女の執事なのであろう。
「嫌です。私は絶対に戻りません」
「困りますお嬢様〜、お嬢様に帰られたら、私はお相手様になんと言えば良いのですか〜」
情けない声を上げる執事に、少女はビシッと言う。
「この婚約は破棄いたします。そうお伝え下さい」
情け容赦ない少女の言葉に、執事の表情は益々困り果てたものになっていく。
「そんなこと言えませんよお嬢様、この婚約はあなたのお父様がお決めになら…」
「私はお父様の操り人形ではありません‼︎」
執事の言葉を途中で遮り、少女は語気を荒げると、馬車に背を向けて歩き出してしまった。
一連の流れを黙って静観していた馬車の護衛達は、どんどん馬車から離れていく少女と、馬車の近くで頭を抱えている執事を何度か見比べた後、少女の方へとゾロゾロと付いて行こうとしが、動き出してすぐに、少女にキッと睨み付けられてしまった。
「屋敷へは私1人で帰れます、付いてこないでください!」
少女はかなり気が立っているらしく、強い口調で護衛達に言いつけると、足早に歩き出す。
護衛達は判断に困り執事の様子を伺うが、彼は頭を抱えたまま「私はどうすれば〜」と泣き言を言うばかりであった。
護衛達はお互いの顔を見合わせ、どうしたものかと悩んでいる間に、少女はもうかなり遠くまで行ってしまっていた。
この騒動を遠くからじっと観察していた細男と大男は、護衛達をおいてどんどん遠くへ歩いていく少女を目で追いながら、凶暴な笑みを浮かべた。
「おい、仲間と連絡を取れ」
「はい今すぐに」
2人は短く言葉を交わすと、大男は街道から外れて林に中に姿を消し、細男はフードをさらに目深にかぶると、少女の後をつけるために、歩みを早めた。
先ほどの騒動からしばらくの時間が経ち、傾きかけていた太陽は地平線のすぐ上でユラユラと揺れて、クレシオンとダッシュベンを結ぶ街道を夕焼けで染めている。
馬車から飛び出した少女は顔を俯かせ、拳を強く握りしめながら、ただひたすらに歩いていた。
そこに少女は、自分の進行方向に人の気配を感じて、俯かせていた顔を上げた。その視線の先には、フードを深くかぶった、背の高く細身の男が立っていた。
男の顔は、フードの影になっていて確認することができず、辛うじて口元だけが夕日に照らされていた。その口がニヤリと不気味に歪む。
「やぁお嬢ちゃん、こんな夕暮れ時に1人で街道を歩くなんて危ないじゃあないか」
そう言って声をかけてきた男に、少女は言い知れぬ恐怖を感じ取り、1歩2歩後ずさる。
「わ、私は家がすぐ近くなので大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
少女は男に頭を下げて、その横を通り抜けようとしたが、男は素早く横に動いて少女の進路を阻む。
「いやいや、おじさんは心配だよ? 君みたいに若くて綺麗な子が1人でいたら危ないよ? 盗賊に襲われちゃうよ?」
「い、いえ、私は大丈夫ですから」
少女は男から目をそらしたまま、素早く男の横をすり抜けた。
「ふ〜ん、おじさんせっかく心配してあげたのになぁ」
男は小さな声で呟くと、右手の人差し指と親指で輪を作り、それをくわえて息を吐いた。
ピーッという指笛の甲高い音が響き渡ると同時に、街道の左右の物陰から沢山の男達が一斉に姿を現した。
「ひっ! と、盗賊が出たーっ!」
街道を歩いていた1人の行商人が大きな悲鳴をあげると、その叫びを聞いて周りの人たちもパニックに陥った。
「盗賊だー! 逃げろー!」
まるで蜘蛛の子を散らしたかのように、盗賊の出現した地点から一斉に離れようとする通行人達。その通行人がいる街道に盗賊達が一斉に突っ込んできたことで、混乱はさらに深まる。
盗賊の出現に対する人々の反応は様々だった。雇っている護衛を盾にする者や、とにかく全力疾走で離れようとする者、腰を抜かして動けなくなる者。しかし、盗賊達はそんな人々を全て無視して、街道を1人歩く少女を目指して突進していく。
盗賊達の標的になってしまった少女は、必死に走って逃げようとするが、盗賊の中には騎馬に乗っている者もいて、到底人間の足では逃げきれるはずが無く、呆気なく捕らえられてしまった。
少女は捕まった後も逃げようと暴れたが、すぐに猿ぐつわを噛ませられ、手足を縛られてしまい、叫ぶことも身動きを取ることもできなくなってしまった。
完全に少女を拘束した盗賊達は、少女を馬の後ろに乗せ、素早く街道から外れて姿を消してしまった。
嵐のような盗賊達の襲撃が過ぎ去り、街道には腰を抜かして動けなくなっている人が数人と、フードを被った細男だけが残った。
「おじさん、ちゃんと忠告したのにな、盗賊に襲われちゃうよって。ククッ」
男は狂気じみた笑みをこぼすと、盗賊達の後を追うように街道を外れ、姿を消した。




